第53話 分断・1
第五十三話 分断・1
激しく揺れる大地。そこら中の地面はえぐれ、泥と雪でグシャグシャだ。ここはちょうど森の切れ目、視界の向こうにはうっすらと白い大地、そして背後には薄暗い森林が広がる。
「くっそ! コイツら強い!」
思わずヨハンは叫ぶ。ステッドランド・ブラストの両手がくるりと回ると、その手にした紅刃の双剣で敵の剣戟をいなしていく。何度目かの攻撃を防御していると、急に機体を小さくかがませた。すると、ブラストの斜め後方から鋭い斬撃が背中を掠める。
「ユウさんもっ! 姐さんともっ! はぐれたっ! ネーナもどっかに行ったし!」
半ばヤケになって叫ぶ。そうしている間にも激しい攻防は続いている。双剣を交差させて正面からの斬撃を受け止め、一瞬の隙に敵のドテっ腹に蹴りをお見舞いした。しかし、その直後に左から鋭い突きが迫ってくるのを腕に装備された小振りな盾でなんとか受け流す。
「どーしてこーなったー?!」
ブラストが一瞬のタメを作ると、その場で独楽のようにクルリと一回転した。好機と見た敵機が三機、一斉に飛びかかってきたが、ブラストが両手にした双剣――――オニムカデの牙を加工したソレは遺憾なくその切れ味を発揮する。独楽のように回転した勢いで紅い刃は三機の敵ステッドランドの右腕、胸元、そして首をそれぞれ斬り裂いてしまった。
一度に三機を戦闘不能、あるいは中破にした為か、敵の一団は少し距離を取った。今、ここにはヨハンが乗るブラストと帝国軍の部隊しかいない。ユウ達、他のメンバーは一体どうしたのだろうか。時間は少し前に戻る――――
いつもの食堂兼、作戦会議室。クレア、ユウ、ヨハン、ネーナの操縦士組と先生がレオからの報告を聞いていた。この二日ほど、レオはホワイトスワンを離れ、近隣の村や町で情報収集及びレジスタンスと連絡を取っていたのだ。
「結論から言います。ここから南にある、この補給基地は無視して別の小規模部隊か軍事施設を叩きましょう」
レオは壁に掛けられたオーバルディア帝国を細かく分けた地図を指差す。白く塗られた磁石はホワイトスワンを、その南側には補給基地を示す、一回り大きく赤い磁石がそれぞれ貼り付けられている。
「この補給基地にはかの
「……マジ?」
「うーん、
クレアとヨハンはそれぞれ暗い顔をしている。ユウとネーナはなんの事かよく分かっておらず、ポカンとしていた。
「えーと? ロックベア? なに、魔物?」
「そうか、ユウは知らないのよね。ドウェイン・ウォー。帝国の有名な武人と言えば過去に何人もいるけど、この二十年くらいは彼がその筆頭ね」
「そりゃもう、めちゃくちゃ強い操縦士なんスよ。西のドウェイン、東のグレッグマン、なんて言われる位の猛将っス」
またユウの知らない人名が出てきたが、構わずヨハンは続ける。
「ロックベアっていうのは、そのオッチャンが若い頃に付けられたあだ名で、なんでもロックベア三頭を相手に素手の理力甲冑で立ち向かい、無傷で屠ったそうっス」
「あらま。素手とは凄い方ですのね」
ネーナはフムフムと関心するが、お前も素手で敵を容赦なく打ちのめしているだろうがという視線が送られる。
「えーと、そのロックベアって魔物はどれくらい強いの?」
「そうね、ユウの知ってる魔物なら……
ユウも戦ったことのある、魔猪と呼ばれるイノシシのような非常に手強い魔物。その体高は理力甲冑とおなじ位で、その重くがっしりとした体躯から繰り出される突進はステッドランドくらいなら簡単に鉄くずに変えてしまうほどだ。通常、この魔物を討伐するには熟練の理力甲冑二個小隊、それも遠距離からの銃撃に徹しなければならないと言われている。
そして件のロックベア、別名を岩石熊と呼ばれる魔物は一言で言ってしまうと巨大なクマである。ただし、体表の多くを岩石状の物質で覆われた、だが。その大きさは理力甲冑と同じか、少し小さいくらいだが、その体重は二倍近くを誇る。これは体表の岩石が主で、その圧倒的な膂力と重量を以て自分よりも大きな魔物を狩ることもあるという凶暴な魔物だ。
その岩石は鉄やクロムが多く含まれ、地域によって微妙に組成が違うらしい。が、一律にその硬度は高く、理力甲冑の剣や小銃程度では簡単に弾かれてしまう。有効な手段は肉薄しての岩石に覆われていない
つまるところ、ドゥエインのあだ名であるロックベアとは、同名の魔物のようなゴツゴツとした筋肉、全てを腕力で解決しようとする戦い方、そもそも顔が熊のように厳つい、といった辺りから名付けられたのである。
「あー、
「しかも素手で、無傷」
ユウは少し頭の中でシミュレートしてその強さを想像する。アルヴァリス単機、武装は何も無し。相手は
「……その人、めちゃくちゃ強いじゃないか!」
「だから言ってるでしょ、化物並って。理力甲冑に関わる人間なら誰でも知ってるくらいなんだから」
「
「座学でもさんざんこのオッチャンの名前出てくるんスよ。少し前の戦争ですげー数の勲章貰ってるし、生きる伝説っスね。こりゃ」
「あの、無視するのはちょっと酷いのではなくて?」
ネーナは少し怒っているのか、薄い紅色の頬を膨らませている。
「いや、ほら。僕も全然知らなかったし、大丈夫だよ」
ユウがフォローするが、何が大丈夫なのかは彼自身にも分からない。
「その熊……ウォー大隊長は本人もデタラメに強いんですが、理力甲冑の操縦を人に教えるのも上手いと聞きます。一時は教導隊に居たという話ですし、今の大隊長という階級も前線で指揮するより人材育成の為という噂だそうで、彼の部下は軒並み尋常ではない強さだとか。先のシナイトス戦役では猛威を振るい、多くの武功を立てた人物として、帝国では一種の英雄みたいなものです」
レオが簡単に補足するが、ますますその恐ろしさが伝わってくるようだ。むしろここまで来るとどこまでが本当なのか判断つかない。
「今回は補給基地の護衛で助かったって所スかね。そんな危ない所、さっさと迂回して他の補給部隊を蹴散らしましょうよ」
「そうね、いくら何でも危険すぎる橋を渡る必要はないわね。それで? レオさんの事だから他に適当な部隊の情報でも入手してるんでしょ?」
その言葉にレオは小さく頷き、地図上に別の磁石をいくつか置き、簡単なルートと部隊の規模、いつ頃通るのかを説明していく。
ホワイトスワン隊が馬車を中心とした補給部隊を攻撃しているのは理由がある。まず、帝国の補給部隊の多くは機械化されておらず、陸上の輸送は未だ馬車が主体だ。例の黒い高速輸送艇はそれなりに量産されたものの、帝国軍全体を支える多大な物量を賄える程の数では無かった。なので大抵は消耗率の高い戦線や、近くに補給基地も無く敵地深くに侵攻した部隊への補給に使われている。
「じゃ、まずはこの一番近い部隊が手近ね。ちょうど今からなら補給基地の少し手前で叩けるわ」
「あんまり基地に近かったら増援が来るんじゃない?」
「別に平気よ。こっちは補給部隊にちょっかいを出して、みんな無傷で帰投できればそれで勝ち。相手の荷馬車一つでも潰したり護衛の部隊に損害が出ると、今度はやられないよう他の補給部隊に割く護衛の数を増やしたり、行軍が慎重になるわ。それだけでも帝国にとっては大きな負担になるの」
「つまり今回も一気に攻めて、すぐに撤退か。まぁ、補給も増援も何もないし、こっちの損害を最小限に抑えないとね」
ユウはふむふむと納得する。クレアは全員の了承を得たという事で今後の作戦の方針を大雑把に説明し始めるのだった。
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