第52話 剛毅・2
第五十二話 剛毅・2
「なぁにぃ?! それは本当か!」
野太く野卑な声がびりびりと響く。無線の相手の表情は見えないが、おそらくあまりいい顔はしていないだろう。
「ええ、貴方の部隊の居る場所、その近辺に例の白鳥が潜伏していると思われます。実は今から二十一時間前、第五十三補給部隊が襲われました。被害は大きく、その後すぐに逃げられたそうです。そこで最近の補給部隊襲撃の位置関係からして、南側の……」
「ええい、小難しいことはいい! 奴らが近くにいるのならこの儂が探し出して屠ってくれるわ!」
「……くれぐれも無理は禁物ですよ。あのクリス・シンプソンが仕留めきれなかった白い影の強さは本物です。いくら貴方でも」
男はフンと大きく鼻を鳴らす。
「あんな
「しかし、わが軍はその噂にいいように振り回されています。上層部のお歴々はまだその危険を認識していませんが、私個人の考えを言わせてもらえば早急にその部隊は撃滅すべきです」
「分かっとる分かっとる。だからこそ、わざわざ儂の所に連絡を寄こしたのだろう?」
自信満々な表情が、獲物を前にした魔物のようにニヤリと口角が吊り上がる。
「むゎぁかせておれ! 件の白鳥は必ずや儂とゴールスタが叩き潰してやるわい!」
「……ハァ。期待していますよ、帝国の
ドゥエイン・ウォーと呼ばれた大男は豪快に笑いながら無線機を切る。強力な魔物である
量産機として優秀なステッドランドはその拡張性においても優れていた。例えば連合軍においてはクレアのレフィオーネ、シンのグラントルクのような派生機を生み出している。そして開発元である帝国ではいくつかの局地戦対応型や各部隊の隊長専用機となる機体を開発していた。ゴールスタはそうした改修機の一つで、なんといってもコンセプトは圧倒的重量による圧倒的格闘戦、という少々頭の悪そうな内容だった。
しかし、この圧倒的重量というものは案外馬鹿には出来ず、純粋な殴り合いにおいてこのゴールスタを上回る理力甲冑はまずいないだろう。スポーツ化された格闘技において、選手の体重が厳密に階級化されるように、こと殴り合いにおいて彼我の重量差というものは大きく影響する。つまり、
連合軍のグラントルクもある種、こうした思想に基づいて設計されているのだが、そこは機動力との兼ね合いを考慮している。しかし、ゴールスタにはそれが無い。多少の機動力不足は分厚い装甲で補うという、人によっては漢らしい機体とも言えるだろう。
そしてその豪気な機体を駆るのは、これまた豪放磊落が人の形になったような人物だ。ドゥエイン・ウォーはその見た目通り、何もかもが大きな人物と評される。豪快な性格に筋骨隆々で恵まれた体躯。歳の頃は五十を過ぎているにも関わらず、これまで大小様々な病気一つしないのは日々の筋トレのお陰と公言しているほどだ。
ドゥエインはその大きな体を小さくしながら無線機の置いてあるテントを出た。昨日までの悪天候はどこへやら。僅かな雲に冬の青空が晴れ渡っている。彼のいる場所は対連合軍最前線へと送られる物資が集まる仮設の補給基地だ。こうした臨時の補給基地は帝国領内のあちこちに作られ、食糧や日用品、各種弾薬に火薬、理力甲冑の資材が一挙に集められる。
「大隊長、おはようございます!」
「おう、作業急げよ! もしかしたら連合がここまで攻めてくるかもしれんからな!」
「そしたら大隊長がまとめてやっつけて下さいよ!」
近くを工兵が数人、土嚢袋や建材を運んでいた。補給基地とは言え、あくまで仮設なのでこまめな修繕と改築が必要なのだ。それに軍事基地としての備えも必要となるので、工事を担当する多くの工兵は真冬というのに汗水流しつつ作業に勤しんでいるのだ。
少しの間、他愛ない会話と工事の進捗を話した後、ドゥエインは補給基地の中央にある掘立小屋へと入っていく。見た目は粗末なのだが、この仮設補給基地の本部であり彼のオフィスもここにある。といっても、大半の事務作業は部下がこなすのでドゥエイン本人は書類にサインするくらいなものだが。
「おい! クルスト! それにエベリナはいるか?!」
木の壁がビリビリ震え、掘立小屋が崩れるかと思うほどの大声だ。しかし事務作業をしている彼の部下達にとっては普段のことなのか、特に動じた様子もない。
「あー、両小隊長なら理力甲冑の整備場ですね。午後から訓練するので、機体の点検ではないでしょうか?」
近くの席に座っている若い部下が答えた。ドゥエインの大声と比べるといささか小さな声に聞こえてしまう。
「整備場だな?! 分かった!」
「大隊長、書類が溜まってますからね! 早く帰ってきてくださいよ!」
「おう! 気が向いたらなぁ!」
事務机に向かっていた部下たちは
ドゥエインが整備場に入ってまず目に付いたのはずらりと並んだ理力甲冑の列だ。ここも他の施設と同様に仮設のため、待機場所は露天になっている。しかし、常時三十機もの機体が稼働し、整備や予備も含めると四十の理力甲冑がこの補給基地に配備されている事になるのだ。確かに、補給基地とはいえ警備の戦力を削るわけにはいかないのだが、基地の規模に対しては少々多すぎる。これにはとある事情があり、その事情とは理力甲冑を前線に送るための一時待機場としての役割を持たせていることにある。
最前線ではもちろん理力甲冑同士の戦闘が行われ、その度に少なくない数の機体が損傷、撃破されてしまう。その都度に機体を後方から運んでいては時間が掛かってしまうため、他の物資のようにある程度の数の機体を前線に近い補給基地に待機させておく方法が取られるようになった。
前線で損傷した機体がこの補給基地に運搬され、入れ替わりに別の機体が前線へと赴く。ある種、ここは修理工場としての側面も備えているのだ。そのお陰で整備班はいつもてんてこ舞いの忙しさで、現場からはよく待遇改善の上申書が届く。
再びドゥエインは広い整備場の隅々まで響く大声で二人の部下を呼び出す。するとすぐに彼の下へ駆けてくる人影が見えた。
「どーしました? おやっさん?」
「おい、ちゃんと大隊長と呼べ! クルスト、エベリナの両名参りました。ご用件は何ですか?」
少しだらしない風貌の青年と、軍服をきっちりと着こなしている若い女性の対照的な二人組。彼らはドゥエインの部下であり、養子でもあり、そして理力甲冑の弟子でもあった。
「おい、クルスト。おめぇ、連合の白い影って噂を知っているか」
クルストと呼ばれた青年は寝ぐせのついた長めの髪をボサボサとかきむしる。見た目はだらしないが、中身はもっとだらしない。しかし、少し垂れ目気味の目と人懐っこい性格から憎めない人物として多くの人から可愛がられている。
「ううん? いや、知んねっすわ。あー、でも部下がそんな事を言っていたような……」
「噂程度の話ならば聞いております。なんでも近頃、帝国領内を荒らしまわり、討伐に向かったステッドランド二十機を瞬く間に撃破したとか。目で追えない程の早い動き故、白い影と呼ばれているそうです」
クルストの代りにエベリナが答える。肩に掛からない程度のボブカットに市井にはあまり普及していない眼鏡が知的な雰囲気を醸し出す。実際のところ頭の回転も早く、理力甲冑の操縦はもちろんの事、ドゥエインの右腕として様々な作戦立案にも一役買っている。
「その白い影と白鳥がな、この近くに潜んでいるらしい。そこで、だ。お前ら二人の小隊と儂でちょっくら狩ってやろうと思ってな」
白鳥とは帝国軍でのホワイトスワンに対するコードネームである。以前の街道爆弾事件の主犯と目されているうえに各地で度重なる戦闘の結果、アルヴァリスとホワイトスワンは十分に敵性存在として知れ渡っていた。
「おお、出撃! おやっさん、俺がんばっちゃいますよー!」
「……あまり噂を鵜呑みにするわけではありませんが、白鳥と戦った部隊の多くはかなりの被害が出ているようです。我々だけでは危険かと思いますが」
「えー? エベリナは考えすぎだよ。俺とおやっさんがいるんだから、だいたいの敵はやっつけられるって」
「貴方は楽観的過ぎです。あと、おやっさんではなく、ちゃんと大隊長と呼びなさい。ここは職場なんですから」
すっかりやる気になっているクルストと、やはり対照的なエベリナ。その様子を見てドゥエインはニタリとほほ笑む。
「まぁ、儂も相手の戦力を舐めて掛かっておる訳ではない。その為にわざわざお前らを連れて行くんだからな」
エベリナはふむ、とドゥエインの考えを読む。伊達に長年、彼の下で戦い方を学んできてはいない。しかし、もう一方のクルストの頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
「クルスト。貴方にも分かりやすく説明します。まずは私と貴方の小隊で――――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます