第52話 剛毅・1
第五十二話 剛毅・1
昨晩降った雪は薄っすらと草原を白く染める。比較的緯度が高くないこの地域ではあまり雪が積もることはないが、年に何度かはこのようになるらしい。
「うへぇ、寒い……」
僅かに積もった真新しい雪を踏み、白い息を吐きながらユウがホワイトスワンから出てくる。いくらか太陽が昇る時間が早まったとはいえ、早朝のこの時間はまだまだ寒く薄暗い。
いつもの時間に起きたつもりなのだが、今日は少し早く目が覚めたユウはなんとなく外の景色を見にやってきたのだった。身を切るような寒風が寝起きの頭を
「こんなに寒いし、雪も積もってたらバイクで走れないや……」
ユウは扉の奥、格納庫の済にロープでくくりつけられている自分のバイクを眺める。
以前、先生に小型の理力エンジンを取り付けられるという魔改造を施された彼の愛車は静かに佇んでいる。
精悍な顔つきのフロントは最近殆どの車種で標準になっているLEDライトが装備されている。後方のテール部分はフェンダーレス仕様でスッキリとした印象だ。もともとレーシングバイクのような見た目をしているのが、さらにスポーティーに映る。
理力エンジンを搭載した事によりガス欠の心配がなくなったわけだが、如何せん各地を転戦するこの旅では満足に走り回る事も出来ない。それにユウのバイクは
「あーっ! 久しぶりにスピード出したいなぁ!」
ユウは背伸びをしながら叫ぶ。この世界は元の世界とよく似たところもあるが、やはり根本的なところで違うと感じさせられる。
「もしかしてユウはスピード狂なの……?」
後ろから声がする。振り返るとクレアがいた。暖かそうなコートを着ているが、起きたばかりなのか身体は小刻みに震えている。
「おはよう、クレア。今日も寒いね……あと僕はそこまでスピード狂じゃないよ?」
「おはよう……あんまり説得力無いけど、一応信じてあげる」
口ではそう言ったが、クレアの脳裏には凄まじい速度で走ったり跳躍をするアルヴァリスの姿が思い浮かぶ。あれ程の速度ならば操縦席の高さからでも相当な速さに感じる筈なのだが、当のユウはあまり気にしていない様子だ。
(今でこそ慣れたけど、レフィオーネで地表スレスレを飛ぶのもだいぶスピードが出て怖いのよね……)
「ねぇ、ユウは操縦が怖くないの? アルヴァリスでかなり無茶な動きをしてるけど」
「うん? …………。そりゃ、もちろん怖いよ?」
「今の間は何よ。それになんで疑問形になるの」
クレアのツッコミにユウは頬をかく。何か言いたげだが、ちょうど良い言葉が見つからないようだ。
「えっと……バイクに乗ってる感覚に近い……のかな? 最初の頃はちょっと手探りだったけど、今ならなんとなく転びそうな危ない機動は分かるし、どう動いたらいいかは肌で感じるよ。それにギリギリを攻めるほどの動きはたまにしかしてないし」
クレアは絶句する。
「アンタ……一体どういう神経してんのよ……まだスピード狂の方がマシなんじゃない?」
「えぇ……? それはちょっと酷くない? でも、理力甲冑に乗ってると感覚が鋭くなるのは確かだと思うんだけどな」
ユウは本気で言っているようだが、そんなことは聞いたことがない。あくまで操縦士はモニター画面に映る映像とシート越しに伝わってくる振動、そして周囲の音で全てを判断する。もしかして、戦闘状態という極限状態でユウの感覚が一時的に強くなっているのだろうかとクレアは訝しむ。
「そんな事ってあるのかしら……? まぁ、なんでもいいけど無茶だけはしないでよ」
「うん、分かってる。あんまりクレアに心配は掛けられないからね」
「ちょっ! どういう意味よ、それ!?」
思わずクレアの顔は赤くなり語気も強くなってしまう。
「だって、クレアって結構心配性だし」
「それは私がアンタ達の隊長だからよ! ……いいわ、隊長からの命令よ! 朝ごはんはオムレツにしなさい。じゃないと怒るから」
「ハイハイ、分かりました。隊長殿。じゃ、早速ごはんの用意をしようかな。えっと、卵あったっけ……?」
ユウは飄々とした表情でホワイトスワンの中へと戻っていく。その後ろ姿が見えなくなるまで、クレアはじっと見つめていた。
(心配なのは隊長として……だけじゃないけど……)
ずっと思っている事。どうしてもユウには聞けない思いがつい口に出てしまう。
「ユウ……いつかは元の世界に帰っちゃうんでしょ……? だから、それまでは無事でいてよね……」
冷たい水を我慢しながら石鹸で手を洗う。ざっと見たところ卵は人数分ありそうだ。軽めの朝食をみんなの分、そして戦闘になるかもしれないので簡単に食べられて腹持ちの良い食事を考える。が、しかし。
(そりゃ、いつまでもクレアに心配は掛けらんないよなぁ。むしろ、色々とサポート出来るようになりたいし……)
割ろうとした卵を手にしたまま、頭の中ではついついクレアの事を考えてしまっていた。
「……うーん、我ながら意識しすぎ、かな?」
とりあえずは目の前の朝食づくり。さすがに八人分の食事を作るのは重労働なのだ。ユウは気持ちを切り替えるように卵を調理台の平たい部分に軽く叩きつけた。
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