第51話 困惑・3

第五十一話 困惑・3


 ホワイトスワンの格納庫。つい先ほどまでの戦闘が終わり、各機体を収容し終わった所だ。今は敵の追撃を避けるため、戦場から急いで逃げている。


「…………!」


 真紅の機体・カレルマインの前で専任操縦士が一人、カラテの型を稽古している。正拳突きを行うたびにそのツインテールが揺れ、額から汗が流れ落ちた。一つ一つの技を確かめるように繰り出すが、その表情は真剣というよりもどこか思い詰めているように見える。


 今回で五度の戦闘を経てもネーナはあまり実戦に慣れていないらしい。いや、戦闘技能に問題はまったく無いのだ。むしろ、そこら辺の操縦士よりも格闘戦はよっぽど強い。


 今日の戦闘でも武装した敵のステッドランドを素手で六機は撃破している。そもそもカレルマインは徒手空拳で戦う事も想定して設計されている。なので、武器を持った相手に対し素手で戦う事を想定されたカラテを扱うネーナとは相性が抜群に良い。


「あっ、ネーナ? まだこんな所にいたの?」


 ブリッジへと続く扉からヨハンがこちらにやって来る。彼は既にいつもの普段着へと着替えており、その手には厨房からくすねてきたのだろうか、齧りかけの干し肉持っていた。


「あっ、ヨハン様」


 ネーナは近づいてくるヨハンへと駆け寄る。ヨハンはその様子を思わず立ち止まり、まじまじと見てしまう。


 彼女は自身の機体と同じ真紅の操縦士専用服パイロットスーツを着たままだ。ヨハンやクレアがいつも着ている連合軍仕様の専用服とは異なり、グレイブ王国軍が使用しているものの特別仕様だ。


 魔物から採れる丈夫な革を立体的に裁断・縫製し、ネーナの体型にピタリと合わされたそれは、ユウ曰く、レーシングスーツみたいだと評された。各関節の他、胸部や腰回り、背中などには衝撃緩和用の厚めのクッション材が入ってはいるが、それでもネーナの恵まれた体型を誤魔化しきれるものではなかった。


(身長の割に色んな所がデカイし、引っ込んでんだよな……うちのメンバーの中で一番だな、こりゃ)


 ヨハンの脳内で、ネーナ、リディア、クレア、(超えられない壁)、先生という意味深な序列が完成した。


「ヨハン様? どうされました?」


「うぉっと! ああ、いや、大きい事は良いことだよなって事」


「?」


 ヨハンの視線の先には気が付かないネーナはなんの事か分かっていない。


「ヨハン様はどうしてここに? 整備は夕食の後では?」


「えっと、君を探していたんだけど……ちょっと話、良いかな?」


 その言葉にネーナの頰がポッと赤に染まる。


「んまっ、ヨハン様ったら……こんな野暮ったい所で……そんな駄目ですわ……!」


 何かを勘違いしたらしいネーナは身体をクネクネとさせている。そのたびにので、ヨハンの視線は釘付けになってしまう。しかし、本来の目的をかろうじて思い出して話を切り出す。


「えっと、その……なんて言ったら良いのかな。ネーナはさ、あんまり一人で突っ込まずに、もっと俺らを頼って欲しいんだけど……」


 ヨハンはどう言っていいのか分からず、を回すような仕草をしてしまう。


「フフッ、変なヨハン様……。あの、もしかしてわたくしの事を心配して下さっていますの?」


 ヨハンは頭をボリボリと掻く。図星なのか、少しばかり顔が赤い。


「いや、その……うん、まぁ、心配……かな?」


「なんでそこに疑問符が付くのですか?!」


「なんて言ったら良いのかな……? ネーナ、君の戦い方なんだけど、一人で敵を全部を相手にしてる……ような気がすんだよね」


 一人で。その言葉にネーナの肩はピクリと反応する。


「今日の……いや、これまでの戦い方を見てると、なんか危なっかしいっていうか、立ち回りの仕方が……ね」


 ヨハンは恥ずかしいのを誤魔化すためか、手に持った干し肉を乱暴に齧る。


「その……今までのカラテ修行が……一対多の戦い方ばかりだったものでして」


「……本当にそれだけ?」


 ヨハンはネーナの言葉に直感で違うと感じる。彼は最前線で共に戦うネーナの動きをよく見ていたのだ。確かに、彼女の言う通り一対多数の戦いにおいては周囲の動きに気をつける必要がある。しかし、その動き方には味方のヨハンやユウが含まれていなかった。


「違ったら悪いんだけど、君は全部を自分でやろうとしてない? 確かに今日まで相手にしてた奴らは雑魚ばっかで、あれだけの乱戦ならネーナ一人でもなんとかなると思う。けど……」


 突然ネーナは言葉を遮った。


「わ、わたくしは! ……今の私では、このホワイトスワンの皆様の役に立つ事といえば理力甲冑カレルマインの操縦くらいなんです!」


 彼女はそのまま、うつむき加減に喋り続ける。


「お料理や洗濯はユウ様に教わっていますが……その、まだあまり上手く出来ておりませんし、先生やボルツ様みたいに機体の整備も出来ません! クレア様の手伝いをしようにも、軍隊の事は習っていませんし……」


「あー、やっぱりそれを気にしてたんだ。別に気にしなくてもいいんだよ、


「そ、そんな事!?」


 思わず叫んでしまう。ネーナが悩んでいる事をそんな事とは。


「それで言ったら、俺はもっと何も出来てないよ。総合の操縦技能はユウさんに負けるし、射撃は姐さんに敵わない。純粋な格闘戦なら君の方が上じゃない? 料理も洗濯も軍で覚えたその場しのぎ。整備もろくに覚えないって先生にどやされるし、あの二人レオとリディアみたいに諜報や潜入なんかムリムリ」


 ヨハンは肩を竦めてヤレヤレといった風に首を左右に振る。しかし、その表情は負い目だとか焦りのようなものは感じない。


「それでも俺は気にしてないし、君も気にする事はないよ。別に誰かの得意分野で勝つ必要は無いし、重要なのはもっと別の事」


「べ、別の事?」


「そ。一番大事なのはみんなが生きてココスワンに帰ってくること。俺はこんなだから姐さんやユウさんのお世話になりっぱなしだけどさ、みんながいてくれるから俺は無事にスワンに帰ってこれるんだと思う。逆に、ユウさんが危ないときは俺が助けにいくし、姐さんが危ないときは……あー、そうなったら多分ユウさんが一目散に駆けつけてくれるしな。機体がボロボロになっても先生とボルツさんがきっちり修理してくれるし、要はみんなが助けてくれるんだよ」


「……そんな事、誰かに助けてもらってばかりでは! 私は独り立ちできませんわ!」


 ネーナは勢いよく走りだしてしまった。そのいつもより小さく見える背中を見送ったヨハンは所在無さげに残った干し肉を口に頬張る。


「うーん、気にしすぎだと思うんだけどなぁ……」









 場所は変わってホワイトスワンのブリッジ。そこでは先生がうんうん唸っていた。


「アルヴァリスによく似てるけど、違う理力甲冑デスか……」


 ユウは今日の戦闘で出会ったクリスの乗るティガレストについて報告していた。そのあまりにもアルヴァリスに似た姿、そして試作型とはいえ理力エンジンを搭載しているという事実は先生も思い悩んでいる。


「私にもその機体の詳細はわかりかねますね。ひょっとしたら私と先生が亡命してから建造された機体でしょうか?」


 ボルツがスワンを操艦しながら見解を示す。それに対して先生は相変わらず唸るだけだ。


「見た感じ、骨格フレームはステッドランドっぽいんですよ。それに搭載している理力エンジンは試作型だから、アルヴァリスのものよりは性能が劣るって操縦士が言ってました」


「アンタ、敵と楽しく会話してたの?」


 話を聞いていたリディアが呆れつつ言う。


「いやぁ、久しぶりに会ったから結構盛り上がったんだよ。あの人クリス、理力甲冑の操縦が物凄く上手くてさ、今日なんか一撃も入れられなかったよ! でもこっちはかすり傷とはいえ、背中に一発貰ったし……」


 ユウが嬉しそうに話すのを見て、リディアとクレアは静かにため息をつく。


「ま、とりあえずその黒い機体ってのは要注意デスね。私の作った機体と理力エンジンに敵うとは思えませんけど、念のためにソイツとは出来る限り戦闘を避けるデス」


 そう言うと先生は椅子から飛び降り、ブリッジから出ていく。それに付いて行くようにしてクレアも退出した。


「そうは言っても、逃げるだけでも結構必死なんだけどな」


「ま、なるべくですよ。それより、ノヴァ・モードはどうでした? さっきの戦闘で使用したのでしょう?」


「そうですね、ほぼ逃走用にでしたけど。後で報告書に纏めておきます」


「呑気そうでいいわね……アンタら……」


 あまり緊張感のない会話にリディアは反応のない理力探知機を眺めつつ呟く。











「さて、先生。何か隠しているわね?」


 ホワイトスワンの廊下ではクレアが先生を問い詰めていた。


「は、はて? なんのことやらサッパリパリ、デスけど?」


 クレアは先生が逃げられないように腰をかがめつつ、いわゆる壁ドンの姿勢だ。そしてその視線は先生を射抜くかのように鋭い。


「先生……?」


「ぐっ! ……うう、降参デス……話すから怖い顔やめるデス」


 そんなに怖い顔してないわよ、と小さく呟きながらクレアは姿勢を直す。


「……まず、試作型らしい理力エンジンの事デスけど、あれは多分、破棄しそこなった分デスね。幾つかの完成品と限りなく完成に近いエンジンはこのホワイトスワンに積んでこっち連合軍に持って来たんデスけど、そうじゃないやつは殆ど破壊したんデス。物理的に」


「殆ど?」


「そう、殆ど。でも、全部は時間が無かったんデス。なので、残った中で一番出来が良かったのを解析すれば、ひょっとしたら理力甲冑に搭載可能なサイズと性能を持つことも可能デスね。いや、多分そうしたんだと思うデス。この期間で実用レベルまでに仕上げてきたのはちょっと驚きましたが」


「なるほどね。まぁ、それは仕方ないわ。それじゃあ機体の方も似たようなもの?」


「そっちは本気で心当たりが無いデス。でも、アルヴァリスは元々、次の量産機として開発が進んでいたから定期的に資料を上層部に渡していたんデスよ。途中から計画が見直されそうになったので、いくらか偽装資料ダミーデータにしましたが。それでも理力エンジンを搭載しつつアルヴァリスに匹敵する性能を発揮したということは、残った資料から組み上げたんだと思うデス」


「ま、量産計画を前提にしてるなら部品くらいは沢山あっても不思議じゃない、か。それは分かったからいいけど、どうしてブリッジでは隠してたのよ?」


 その質問に先生は顔をそむける。


「…………だって、アルヴァリスと同じくらい強い理力甲冑を帝国のアホ共が作ったとあらば、私の腕が疑われるかもしれないじゃないデスか…………」


(ああ、先生はそういう所を気にする人間だったわね……)


 クレアは内心でなるほどと思い、拗ねている先生をそっと抱きしめる。


「大丈夫よ、先生が凄いのはこのスワンに乗っている皆が知ってるわよ。レフィオーネだって作ってくれたし、アルヴァリスとステッドランドもあんなに強く改修してくれたじゃない」


「うう、くれあ~!」


 よしよしと先生の頭を撫でる。こうしてみると、見た目相応の少女にしか見えない。


 しかし。


(しっかし、クレアの胸はうっっっすいデスね。これなら私の方がまだユウを誘惑できるデス。あ、ダジャレじゃないデスよ?)


 そんな事はつゆ知らず。先生は先生でそこまで落ち込んででいなかったのであった。










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