第51話 困惑・2
第五十一話 困惑・2
突然、補給部隊の車列と護衛の理力甲冑が停止した。そして周囲を警戒しているようだ。
「バレた?! どうして……!」
クレアは思わず独りごちる。この距離で潜ませた理力甲冑を発見されるはずがない。現に、敵の護衛部隊はこちらを発見したわけではなさそうだ。
「クレア、どうする? このまま仕掛けるか?」
「姐さん! 大丈夫ですよ、敵機は二十機! 俺たちの敵じゃないっスよ!」
「え? え? どうしますの?!」
クレアは脳内で状況を整理する。
現在、敵の補給部隊とその護衛は緩やかな坂の一番底にいる。そしてクレアのレフィオーネは北側の森の中央部分、周囲よりも少し盛り上がっている所に陣取っている。その手には対魔物用大型ライフル、ブルーテイルが。
南側の森の手前側にはユウのアルヴァリス・ノヴァ、ヨハンのステッドランド・ブラスト、ネーナのカレルマインがそれぞれ待機している。当初の予定ではレフィオーネが車列に向けて砲撃を行い混乱させ、その隙に南側から三機を接近させて一気に勝負をつける作戦だった。
しかし、この状況で仕掛けてもいいのだろうか? 敵機は周囲を警戒しており、これではこちらの思惑通りに混乱を引き起こせない可能性が高い。それともこのまま、攻撃をせずにやり過ごすか?
「……そうね、仕掛けるわ。予定通り、私の攻撃を合図に突っ込んで。ただし、作戦の一部を変更するわ。敵の補給部隊を――――」
「よっし! 一気に片付けるぞ!」
「ヨハン、作戦は分かっているな!? 無茶をするなよ!」
ヨハンの駆るブラストが外套のようにしていた大きな布をはぎ取る。黄土色や黒色で染められたその一枚布は理力甲冑に被せて、敵からの視認性を下げるものだ。ユウとネーナも同様に機体から外套を脱ぎ去り、敵へと一直線に走っていく。
「……? あの黒い機体、こっちを見ている?」
ユウは護衛部隊の戦闘にいた見慣れない黒い理力甲冑を見る。相手も
「各機、見慣れない黒い機体がいる! 敵の新型かもしれない!」
ユウは無線に向かって叫ぶと、そのまま自動小銃を左手に持ち替え、盾の裏に仕舞われた片手剣を右手で引き抜く。黒い機体をよく見ると、右手には片手剣、左腕に小振りな盾と小銃というアルヴァリスと似た武装のようだ。
「ステッドランドじゃない…………なんだ? 黒いアルヴァリス……?」
ユウの目にはその機体が黒く塗られたアルヴァリスのように見えた。装甲形状などはどことなく以前のアルヴァリスに似ているものの、
「この音…………
両者が近づくことではじめて分かった。妙な感覚というのはあの黒い機体から聞こえてくる
つまり、あの黒い機体には理力エンジンが搭載されている?
それを確信する前に目の前の黒い機体は姿勢を低く走り、剣を構える。ユウは一瞬、小銃で迎撃しようかと思ったが、その素早い動きを見て相手と同じように剣を構える。
(あの、操縦士、速い!)
機体の性能なのか、それとも操縦士の腕前なのか、その黒い機体は予想以上の速さで動き回る。これでは小銃の狙いがつけられず、無駄弾を撃つだけと判断したのだ。
アルヴァリス・ノヴァが盾を前面に構えつつ、右足を踏み込み地面にめり込ませる。その反動で剣を横薙ぎに大きく振り回し、突っ込んでくる敵を迎え撃つ。
「避けないっ?!」
黒い機体は速度を緩めず、いや、それどころかさらに加速してこちらへと突撃してくるではないか。突きの構えから敵機は小さく跳躍をする。すると、剣を突き出しつつ機体を錐もみ状に回転させた。アルヴァリスの振るう剣を器用に受け流しつつ、その切先は正確に胸部へと目掛けて飛び込んでくる。
「っ!」
ユウは機体の力を抜き、振り回した右手に引っ張られるようにアルヴァリスを右回りに捻る。各部のスラスターから圧縮空気が短く噴射され、咄嗟の回転を補助する。敵の剣先は背中側の肩に突き刺さりかけたが、なんとか受け流すことに成功した。さらに、お返しとばかりにそのまま回し蹴りの要領で左脚を敵機にぶつけてやる。
しかし、回し蹴りの感触がいまいち悪い。どうやら黒い機体も錐もみ状に回転していたおかげで蹴りの打点がずれたようだ。
お互いに素早く後ろに飛び去り、間合いをとる。この一撃の間に敵の力量が見えてきた。
「…………かなり、強いな」
ユウは思わず唾を飲み込む。いつの間にか額に汗が浮いているようだ。
今も黒い敵は剣を構えているが、その姿は非常にリラックスしていて隙がない。これは迂闊に攻撃を仕掛けられないと直感がささやく。
ジリ、と半歩だけ右に移動する。と、相手も同様に左へ半歩移動する。ユウは全身の筋肉に力が入りかけている事に気付き、静かに、相手に気取られないように注意しつつ深呼吸する。操縦士の緊張はすなわち、理力甲冑の人工筋肉を硬直させてしまい、一瞬の動きを妨げる。
「ふっ、さらに強くなったな。ユウ」
敵の機体からだろうか、
「……こんな所で会えるなんて、奇遇ですね。クリスさん」
両者はまるで、街中を散歩中に知り合いとばったり出会ったかのように話す。しかし、どちらの機体も構えは崩れておらず、むしろ剣気は増すばかりだ。
「しばらく見ないうちにアルヴァリスも変わったな。君と同じく、ずいぶんと手強そうだ」
「そういうクリスさんこそ、それ新型機ですか? ズルいなぁ」
と、ユウは言い終わる前に仕掛けた。右脚を踏み出すと同時に剣を小さく振りかぶり、突進するかのような勢いで斬りかかる。背中の理力エンジンが唸りを上げ、圧縮空気が機体をさらに加速させた。それを黒い機体、クリスは難なく剣で払う。
「前より速くなった。今の攻撃も防御だけで手一杯だよ」
「そっちも、前よりずっと機体捌きが上手いです。まるで生身の人間を相手にしているみたい」
アルヴァリスと黒い機体はそれぞれ体勢を整え、再び剣を構える。
(どうする? クリスさん相手だと、とてもじゃないが倒しきれる自信がないぞ? それにあの黒い機体、ステッドランドとは比較にならない)
ユウはこの短い間にクリスの技量、黒い機体の性能をひしひしと感じ取っていた。恐らくだが、骨格はステッドランドとほぼ同一のものだろう。しかし人工筋肉か何かが違うのか、その速さと膂力は段違いだ。
「そうか、理力エンジン……」
今も聞こえてくる、あの高音。もし理力エンジンが搭載されているとすれば、それこそアルヴァリス並みの性能を持っていても不思議ではない。いや、さらにクリスの技量が上乗せされれば、それこそ手強いなどという表現では収まりきらないだろう。
「やはり、君には分かるか。そうだ、このティガレストには試作型だが、君のアルヴァリスと同様の理力エンジンが搭載されている。もっとも、その性能はそちらには劣るだろうがね」
「全く、どこで手に入れたんですか……っ!」
今度は
「いやなに、君の所に逃げ込んだ少女がいただろう? 彼女の忘れ物だそうだよ」
ティガレストの大きく振りかぶった剣を避ける為、アルヴァリスは前転のように地面を転がる。そして振り向きざまに剣を返すが、そこには何もなく、ただ空を切るばかりだ。
前転宙返りの要領で回避したティガレストが着地と同時に手にした小銃を向ける。それに反応したユウは咄嗟にその場を飛び退き、盾を構える。弾丸が硬質なオニムカデの甲殻に弾かれる音がした。
「その盾はなかなか硬いな。特別製というやつか」
「これは
「そうか、それは残念だ」
再び両者は膠着状態になる。ティガレストは小銃を構えたまま、銃口を正確にアルヴァリスの頭部へと狙いを定めている。大してアルヴァリス・ノヴァはオニムカデの盾と片手剣を構えつつ、いかに間合いを詰めようかと機を伺っている。
と、突然、ティガレストが後方へ大きく跳んだ。その直後、元いた地面の辺りが大きく抉れる。
「ユウ、時間よ! ここから撤退するわ!」
補給部隊を襲撃する直前の事、クレアは敵がこちらの襲撃に気付いたことで作戦の一部を変更したのだ。それは制限時間を設ける事。相手に与えた損害の大きさに関わらず、五分でこの場から撤退するという事だった。
すでにホワイトスワンにも連絡しており、すぐ近くまで来ているはずだ。補給部隊の装備の中にあの高速輸送艇がない今、ホワイトスワンの速度に追いつける機体はいない。
それに補給部隊を護衛していた敵機は半分ほどヨハンとネーナに倒され、その二人も戦線から既に離脱し始めている。補給部隊にもある程度の被害を与えられているようなので、作戦自体は成功といったところか。
つまり、あとは無事に逃げ切るだけ。
クリスの気がアルヴァリスから逸れているうちに距離を離さなければ。ユウは例の装置を起動させるために、操縦桿脇に取り付けられた赤いボタンを勢いよく叩く。
「先生、アレを使わせてもらいますよ!」
その瞬間、アルヴァリス・ノヴァの胸部装甲が一部開き、吸気口を展開する。周囲の空気を特徴ある甲高い音とともに吸入し始めると、機体にとある変化が見られ始めた。各装甲の隙間から、光る粒子が溢れはじめ、アルヴァリスが輝きだしたのだ。
「――――ノヴァ・モード、ちゃんと起動した!」
背面に搭載された理力エンジンの回転数がさらに上がり、特徴的な甲高い音がもう一段、高くなる。さらに胸部でも別の理力エンジンが稼働しているようだ。二つのエンジンが奏でる管楽器のような高音は互いに調和し、それはまるで何かの音楽のように周囲に響き渡る。
先生曰く、これまでに何度か見られたアルヴァリスの発光現象は、理力エンジンを通して過剰な理力を消費させることで起きる現象なのだという。そのため、機体全身の人工筋肉は理力の
結局、その発生メカニズムは完全に解明出来なかったが、理力の過剰投与が原因の一つならば再現自体は簡単だった。
果たして、先生の思惑どおりにノヴァ・モードと名付けられた発光現象は再現出来た。しかし、人工筋肉と二つの理力エンジン、さらに操縦士であるユウの負担を考慮し、現状では三分の制限時間が設けられている。
「初使用が逃げるためっていうのは、ちょっとアレだけどっ!」
光る粒子を零しながらアルヴァリスが地面を踏み切ると、その機体はあっという間に宙へと飛び出した。踏み込んだ地面は足跡を深く刻みつつ、不思議な色に光る粒子がポツリと残されていた。
「うぐっ! やっぱりこの
瞬間的に
長い跳躍が終わり、地面が迫ってくると左脚のスラスターが可動し、着地の衝撃を和らげるべく一斉に空気を吹かす。そのまま、跳躍の勢いを殺す事なく次の跳躍へと移る。たった二歩の跳躍ですでにティガレストからは大きく離れてしまった。
「おいおい、まさかあんなことが出来るとはな」
クリスは操縦席でため息交じりにつぶやく。視界の端では理力エンジンの回転数を示す計器の針が右へと傾きかけ、
と、北側の森の方を見れば、
「引き際が良い……という事にしておこう。生き延びるのも良い戦士の資質だからな」
クリスは無線を操作し、無事だった自分の部隊を再編しつつ補給部隊の被害を確認し始めた。どうやら自身がユウとの戦いに熱くなっている間に手酷くやられてしまったようだ。
「このザマでは名ばかりの護衛だな」
言葉の割にはクリスの顔は沈んでいない。むしろその表情の奥には歓びのようなものが見え隠れしている。
(このティガレストならば、あのアルヴァリスにも劣らない性能だと分かった。後は操縦士同士の戦いだな……)
部隊の半分が撃破され、補給部隊にも約三割ほどの被害が出てしまった。しかし、
「やはり、降り出したか……」
操縦席のモニターにはちらちらと白く舞うものが映りだした。風は多少弱まったものの、あの雲の様子からすると明日の朝には積もるかもしれない。雪が積もると理力甲冑の行軍は途端に難しくなってしまうが、クリスの頭の中はそんな事などどうでもよかった。
被害の大きさなど気にならないかのようにティガレストは悠々と仲間の下へと戻っていく。その
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