第50話 強襲・3

第五十話 強襲・3


「さて。敵はみんな逃げたデスかね?」


 理力エンジンの高音と圧縮空気が巻き起こす風の音が響くブリッジで先生はポツリと呟く。


「もう大丈夫でしょ。さっきクレアから連絡があったけど、帝国の補給部隊は半数以上が撤退。護衛の理力甲冑は全機撃破。上々の戦果だね」


 リディアが無線機と理力探知機レーダーを弄りながら返す。今、探知機にはホワイトスワン隊の理力甲冑、四機分しか光点がない。


「そろそろ見えるころです。そんなに苦戦した様子も無いですし、今日は簡単な整備だけで済みそうですね」


 ブリッジ中央の運転席にはボルツがアクセルを調節しながら先生に話しかける。改修・強化されたアルヴァリス・ノヴァをはじめ、今や彼らの戦力はちょっとした中隊を越えるだろう。


「ま、そうデスね! 私が再設計したステッドランド・ブラスト! ヨハンの戦いやすいようにしたお陰で接近戦だけならアルヴァリスを越える攻撃力を持つデス! それにユウのアホみたいに大きな理力を生かせるアルヴァリス・ノヴァ! これはもう芸術の域なのでは? あんな素晴らしい機体を作ったのは一体どこの天才美人設計士なんデスかね?! あ、私か! いやぁ、私は私の才能が怖いデス!」


「ザザ…………自画自賛の所、悪いんだけどね。先生」


 僅かなノイズと共に無線機からクレアの声が聞こえてくる。どうやら無線が繋がっていて向こうにも聞こえていたようだ。すぐさまリディアが無線機を操作して音量を上げた。


「……今日で三つ目の補給部隊を襲撃したのよ? そろそろ帝国軍も警戒し始める頃よ。今まではどうみても実戦経験の少ない部隊が護衛だったけど、次からはマトモな部隊が就くわ……」


 ホワイトスワン隊がグレイブ王国を出発して四日目。クレアの言う通り、今日襲撃した補給部隊は三つ目だった。帝国軍は自国内で部隊が襲われるとは想定していなかったのだろう。なので最低限というか、魔物避け位にはなるであろう練度の低い部隊を護衛に配置していたのだ。


「うぐっ! で、でも、贔屓目に見ても今のオマエラは十分強いデスよ? それこそ帝国最強の部隊と名高い、皇帝警護部隊に匹敵するんじゃないデスか? えーと、あの部隊は名前なんていいましたっけ?」


「ちょっと、先生がそんなこと言わないでよ。ユウとヨハンが調子に乗るから!」


 先生とクレアがやんややんやと言っていると、レオがもたれかかっていた壁から喋りだす。


「先生、ここはクレアさんの言う通り、慎重になった方が良いと思います。我々は基本的に孤立無援。危ない橋は渡らないことに越したことはありません」


 そう、ホワイトスワン隊がいるこの場所はオーバルディア帝国領内のど真ん中。こんな所に味方の連合軍がいる筈も無く、周囲は敵しかいない。そんな所で無茶をすれば全滅するのは必至、というやつだ。


「う、うっせーデス! 危ない橋ならこのホワイトスワンで飛び越えればいいんデス!」


 先生は意味不明な事を口走っているが、その一方でクレアとレオの言う危険性をもちろん理解している。しているのだが、今は改修した機体の性能・素晴らしさを喧伝したいのであった。


「そうこう言っているうちに着きましたよ」


 あくまでもボルツの感情は常にフラット。先生がぐぬぬと歯がゆい表情をしていてもニュートラルに接することが出来る数少ない人間の一人だ。彼はテキパキと計器の確認やスイッチ類を操作して宙に浮いているホワイトスワンを着陸させる。


 その周囲には破壊された理力甲冑がいくつか転がっており、その向こうにはひっくり返った馬車や、バラバラに散乱した物資が落ちていた。そしてそこには馬車に繋がれたままの馬や、飛び散った破片に当たったり馬車に押しつぶされた兵士の姿もあった。


 その光景を見て、先生の表情は少し曇る。


「仕方ないとはいえ……直接見るとやっぱりいい気分はしないデスね」


 その言葉にブリッジの面々は何も返すことが出来なかった。


「せめてここに軍が調査に来たとき、遺体を回収しやすいようにしておきましょう。ここで埋められるより、家族の下に返してあげたほうが良いはずです」


 ボルツが淡々とした口調で話す。しかし、その表情は何かを含んでおり、彼も決して無感情なわけではない。









 ユウが草むらに落ちていた一抱えもある木箱をひっくり返す。中身は酒瓶だったようで、アルコールの匂いが辺りに広がる。どうやら中身は割れているようだ。


「これはダメだな……」


 仕方ないのでその木箱はそのままにしておく。他にも何か使えそうな物資がないかと辺りを見渡す。


 ユウ達一行はその場に残された数名の負傷者を救助、および応急処置を施し、遺体も広場に可能な限り集めておいた。本来ならば負傷者は戦争捕虜として自軍へと連行するのだが、今はそのような余裕もない。それに半日もすれば帝国軍がやってくるはずなので、余程の重症者でなければ問題ないだろう。


(そういえば、帝国の兵士を手当てするのに、誰も反対しなかったな……リディアかレオさん辺りは反対しそうだったけど)


 リディアとレオはオーバルディア帝国に抵抗する組織レジスタンスに所属している。そのため、帝国の益になるようなことは好まないとユウは考えていたが、さすがに無闇に人が死ぬのを容認する人間でもなかったという事か。


「お、これは……缶詰か。珍しいから貰っておこう」


 木箱が壊れて中身の缶詰がいくつか散乱しているのを見つけた。缶詰の胴には魚の絵が描いてある。冷蔵庫が一般家庭に普及していないこの世界ではこうした保存食は貴重だ。特に缶詰は長期間保つため、他の干し肉などの加工した保存食より便利でおいしい。


「そういや、缶詰とか瓶は軍以外でそんなに普及してないんだよなぁ。この世界ルナシス


 理力甲冑や一部の工作機械など、ユウの居た世界と遜色ない科学技術を持っているかと思えば、冷蔵庫が珍しかったり生活様式などではいつの時代かと思うような、古臭いと感じる点が多々ある。


「この世界……ルナシスだっけか。ここもつくづく変な世界だよ」


 ユウは両手に持てるだけの缶詰を拾い、ホワイトスワンへと戻る。










「隊長! 隊長! 次の任務が決まりましたよ! 第53補給部隊の護衛です!」


 軍服を着た青年が走ってくる。息を切らしながら彼の所属する部隊の隊長へと、今しがた決定した任務の内容を伝える。隊長は格納庫へと続く道を歩いていたが、説明を聞くためにその場で立ち止まった。


 ここは帝国軍の軍事基地の一つで、今は補給物資の中継地点となっている。平時は兵士たちが訓練している空き地も、今は大量の物資と木箱で埋め尽くされている。その向こうには警備の理力甲冑だろうか、ステッドランドが二機、ゆっくりと歩いていた。


「おいおい、少しは落ち着け。貴様も栄えある帝国軍人なのだぞ?」


「ハッ! でも、少し緊張してしまいます! 最近、領内で補給部隊が襲われるっていう噂、隊長も聞いたでしょう? 噂によると、あれ、連合の白い影らしいですよ?!」


「ああ、それか。噂とは早いな。お前は信じているのか?」


「うーん、半分半分って所ですね。救助された兵士の証言が白い機体を見たと一致しているようですが、相手からしたら敵の腹の中で暴れているわけですよね。そんな危険な真似をするかなというのも正直なところです」


「最近の山賊は理力甲冑で武装しているという話もあるしな。それに魔物に襲われたはいいが、恥ずかしくて嘘をでっち上げた可能性もある。噂は当てにならんさ」


 隊長は特に気にする必要はないという顔で歩き出す。そして格納庫へ入る扉を開ける。中は照明を点けていないため薄暗いが、その奥に特徴的な塗装カラーリングの機体が鎮座しているのが分かる。


「ようやくティガレストの初陣ですね! 隊長もこの時を待っていたんですよね!」


「まぁ、な」


 隊長――――クリス・シンプソンは短く答える。ここしばらくはずっと理力甲冑の研究者であり、彼の部隊のボスであるサヴァンの下、機体と理力エンジンの稼働試験ばかりをこなしてきた。そのお陰で十分なデータを回収でき、この度、ようやく実戦の可能性のある補給部隊の護衛に就くことになったのだ。


(ふふふ、白い影……か。補給部隊を襲っているのは間違いなくユウとアルヴァリスだな)


 クリスは先ほど、噂は当てにならないと言ったが、心の奥では奇妙な確信があった。ユウがそこにいると。


「さて、全員に連絡しろ。予定時刻までに出発の準備をするぞ」


 若い部下に指示を飛ばすと、彼は一目散に走っていった。クリスはその後ろ姿を見て、つい最近部隊に入った新米を少し心配する。


「本当に軍の教育課程を終わらせてきたのか……? もう少し落ち着けよ」


 届かない声は広い格納庫に散る。改めて彼は新しい機体、ティガレストへと向き直る。


「……やはりあの塗装は派手じゃないのか? 黒地に黄の縁取り……」


 彼の言う通り、ティガレストの塗装は少々派手だった。黒地の部分はともかく、あちこちに走る黄色のラインが特徴的な模様になっている。


「塗装は性能に関係ない、そう割り切るしかないか」


 クリスはボスサヴァンの色彩感覚に一抹の不安を覚えながらも、機体性能と自身の腕に疑いはない。これならばユウとアルヴァリスに勝てる。いや、勝たなくてはならない。


 クリスの拳が静かに握りしめられた。




 ――新たな力を得たクリスの脅威がユウへと襲い掛かる。








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