第50話 強襲・2

第五十話 強襲・2


「ネーナ! そっちも援護するから!」


「りょ、了解ですわ!」


 ユウが駆るアルヴァリス・ノヴァが長い滞空を終え、地面に着地すると同時に自動小銃の空になった弾倉を新しいものに換装する。さすがにユウも手慣れたものであり、流れるような手付きだ。すぐさま装弾を完了させ、その銃口をネーナが乗るカレルマインを避けるよう水平に薙ぐように掃射する。


「わっわっわっ! 大丈夫ですの? 当たってませんの?!」


「カレルマインには当てないからそのまま突撃して!」


 初めての実戦ということもあり、ネーナは少々緊張、というよりもテンパっているようだ。少したどたどしい動きで手近な敵機へと接近する。


(大丈夫かな? もし危なそうだったら助太刀しなきゃな……)


 ユウがそんな心配をしていると、カレルマインの動作が急に鮮やかになる。突然動きにキレが増し、足運びが目で追えない程に緩急を織り交ぜられた動きになった。


 深紅の機体カレルマインを迎撃しようと敵のステッドランドは両手持ちの大剣を左右に振り回す。しかし、ネーナは相手との間合いを正確に読み取り、大剣が当たらないギリギリで回避せさた。そして僅かな隙を狙って自身の間合いに機体を滑り込ませつつ、右腕を引き、左腕を敵機に向ける


「すぅぅ…………ハァッ!」


 カラテにおける特殊な呼吸法というやつであろうか、ネーナは肺に空気をため込み、一瞬のうちにその力を開放させる。一瞬のうちに左腕を引き、それと連動するかのような動きで右腕を、いや右拳を突き出す。


 正拳突き。


 カラテの最も基本の型にして、最も強い技。


 とある武術家が言ったという。カラテに数多の技があれど、基本の突きを極めし者こそが最強であると。


 カレルマインの右拳がステッドランドの左胸の装甲を破壊しながらめり込む。一瞬の後、胸部が大きくへこんだ機体はゆっくりと後ろへと倒れゆく。


「わっわっ! 理力甲冑相手に本気で打ちましたわ! 凄いですわね! あんなにぐちゃぐちゃになるんですのね!」


「いいから次が来るぞ!」


 無線の向こうからネーナのキャッキャッとした声が聞こえてくるが、他の敵はただ突っ立っているわけではない。ユウは少し語気を強めに言うが、既にカレルマインは次の動作に入っていた。


「大丈夫です、わよっ!」


 振り下ろされる剣を左腕で軽くいなしながら機体の向きを変える。その勢いを利用して今度は右肘を相手の首付近に打ち付けた。いわゆる猿臂えんぴと呼ばれる肘打ちだ。


 人間ならば気道が潰されてしまい呼吸困難に陥るだろうが、今の相手は理力甲冑だ。強い衝撃だったものの頭部はかろうじてくっついており、敵機はなんとか姿勢を持ちこたえさせて反撃に移る。


「動きが……遅いですのよ!」


 敵機はいなされた剣を水平に薙ぐが、カレルマインの姿はそこに無かった。いや、素早く地面に伏せていたのだ。そしてすぐさまネーナは機体の脚を回転させるようにして敵の足を払う。


 剣を振るう為にしっかりと踏ん張った軸足を思い切り払われたステッドランドは無様にも尻もちをついてしまった。ちょうど腰の上にある操縦席には激しい衝撃が伝わっていることだろう。きっと操縦士は今頃、脳震盪を起こしているに違いない。


 しかし、カレルマインの攻撃はこれで終わるはずが無かった。一瞬の動きで倒れた機体の上に跳び乗り、自機の右足を頭部めがけて踏み降ろす。金属がへしゃげる音と共に、敵機の手足がビクリと痙攣した。


(僕の知ってる空手よりも実践的……というよりも攻撃的だな……?)


 小銃でヨハンとネーナに近付こうとする敵を牽制しつつ、ユウはカレルマインのカラテを視界の端で眺める。攻撃の一つ一つに迷いがなく、的確に相手をしている。


 ネーナの操るカラテを攻撃的と評したユウだが、実はあまり空手の事を知らないのでなんとなく、なのだったが。剣道ならばいくらか判るが、流石に映画やドラマの魅せる為の空手しか見たことがないので仕方がない。


 しかしそれにしても、ユウの知る空手と、ネーナの修得しているカラテ、両者はとてもよく似ている。この異世界においても、ユウの知るような徒手空拳で戦う武術が発展したのだろうか。


「ま、今は目の前の敵だな!」


 ヨハンとネーナの獅子奮迅の活躍で敵の護衛部隊はいつの間にか半分まで減っていた。ユウは一気に畳み込むため、右手の小銃を腰にラックに収め、左腕に装備された盾、その裏側に仕舞われた剣を一気に引き抜く。


 アルヴァリス・ノヴァが片手剣を構えると、機体のスラスターが背面に揃って向きを変えた。背部に格納されている理力エンジンが高音を発し、スラスターの噴出口からは圧縮空気が漏れ出し始める。


「行くぞっ!」


 ユウの掛け声と同時に溜め込まれた圧縮空気が解放される。体に強い加速度を感じながらも、その視線を敵機から離さない。


 走ればゆうに二十歩はあった距離が瞬間的にゼロとなり、アルヴァリスは右手を無造作に振り抜く。敵のステッドランドは左の肩口から右の脇腹辺りまでを真っ二つにされてしまう。切断された断面からは内部の操縦席が覗いており、キョトンとした操縦士の顔が見えた。


 アルヴァリス・ノヴァはそのまま勢いをつけたまま、次の敵へと狙いを定める。ユウの意思に従うかのような動きで全身のスラスターが可動し、機体の姿勢制御と推力偏向を行う。あまりの勢いに辺りはまるで嵐の真っ只中のような風が荒れ狂っている。


「二つ目っ!」


 ステッドランド・ブラストに攻撃を仕掛けようと背中を見せている敵へ、すれ違いざまに剣を素早く上下に二度振るう。小銃を構えていた敵機はポカンと立ち尽くしてしまった。それもそのはず、小銃を持っていた左腕と、引き金を引こうとしていた右腕は両方とも肩から斬り落とされてしまったからだ。


「っ!」


 地面に片足をつけ、急激な方向転換を行う。爪先で一直線に耕される大地をもう一度蹴り、短い助走の後にスラスターを噴射させた。するとアルヴァリスの背後を数発の銃弾が掠めていく。どうやら、敵の中には比較的珍しい自動小銃を装備している機体がいたようだ。


 アルヴァリス・ノヴァは左腕の盾を前面に構えながら、こちらを銃撃してくる敵に向かって突撃を敢行する。


 敵のステッドランドは慌てずに狙いをアルヴァリスに向けて自動小銃の引き金を何度か引く。数発ずつ、連続で発射された銃弾は白い機体に当たり――――そして、無傷だった。


 この至近距離ならば、装甲の薄い箇所は簡単に貫通するはずだったが、銃弾は全てあの真っ白な盾に弾き返されている。勢いが弱まらないことに焦りを覚えたのか、敵の操縦士は引き金を引き続けてしまい、すぐに弾倉内の銃弾が空になりそうだ。


 まさに目の前という距離まで間合いを詰めるアルヴァリス・ノヴァ。多くの理力甲冑が装備する汎用の盾ではすでに蜂の巣になっていただろうが、この盾は少しばかり特別性なのだった。


 過去にユウ達が遭遇し、そして退治した山のように大きい双頭のオニムカデ。その軽くて頑強な甲殻を利用して作られたこの盾は小銃程度ではキズ一つ付かず、打撃等の衝撃をその多層構造で緩和させるのだ。


 目前でアルヴァリスが盾を振るう。盾の先端で敵機の腕を払うと、引き金に指がかかったままの自動小銃は何も無い上空に向かって最後の弾を吐きだした。


 その隙に剣を握ったままの右拳を敵の腹部へと打ち据える。二度、三度と打つとステッドランドは全身の力が抜けたようになってしまう。何度も胴体に大きな衝撃を与えた事で、中の操縦士が失神寸前になったのだ。最後にもう一度、思い切り殴りつけると敵機は後方へと倒れかける。


「……フッ!」


 ユウは短く息を吐くと、その意思に反応してアルヴァリス・ノヴァが右腕を真っ直ぐ、そして素早く突き出した。刃が煌めき、その切っ先がステッドランドの胸元に突き刺さる。そのまま刀身を捻るように回転させると、思い切り上へと跳ね上げた。


 機体が地面に倒れ込むのと、刎ねられた頭部が落ちたのはほぼ同時だった。








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