第50話 強襲・1

第五十話 強襲・1


 枯草色で覆われた広い平原。空は薄暗く曇り、日差しが弱い。雲の色からすると、もうすぐ雪が降りそうだ。


 乾燥した空気を震わせながら、三機の理力甲冑が歩みを進める。巨大な人型機械の重量はまばらに下草が生えた地面を容赦なく平らに均していく。


 各機体は薄い黄色や土色、黒色でまだらに染められた布を外套のようにして被っていた。これは機体色を隠す為のもので、近くから見ればあまり意味が無いものの、遠くからならばその隠蔽効果は高い。


「そろそろ見えるはずだな」


「へっ、さっさと蹴散らしてやりましょうよ!」


「まぁ、待て。襲撃する合図を待たないと」


「うう、分かってはいても緊張します……」


「大丈夫だよ、すぐに終わるから。……お、あれが敵の補給部隊か」


 ……なにやら襲撃だの、蹴散らすだの、物騒な会話が聞こえる。しかし実際に理力甲冑を駆り、その手にはよく研がれた剣と弾丸が装填されている小銃が握られていた。彼らは本気であの補給部隊を攻撃するつもりのようだ。






 当の補給部隊は周囲を警戒しているものの、あまり緊張した雰囲気は無い。それもそのはず、ここは帝国領内で軍の支配が及ぶ地域で、彼らはその帝国軍に所属する兵士なのだから。まさかこんな所で襲われる事などありはしない。そもそも、一体誰が襲ってくるのだというのだろう。……もし、いるとしても飢えてなりふり構わない魔物くらいだろう。


 補給部隊は大量の物資を積み込んだ馬車がズラッと並んでいる。適度に間隔を開けつつ、その周囲には護衛に付いている歩兵が多数いた。彼らは主に輸送中の護衛もこなすが、もっぱらの仕事は馬の世話と運ぶ荷物の管理だ。


 馬車を牽く馬がそわそわとしている。その視線の先には巨大な人型、綠灰色に塗装された帝国軍のステッドランドが。


「おい! 理力甲冑はもっと向こうを歩け! 馬がビビってるだろうが!」


 馬車を護衛しながら近くをついて歩いている歩兵の一人が無線機に向かって叫ぶ。それに応えたのか、ステッドランドの一機が手を上げて車列から少し遠ざかった。他の機体もそれに倣って離れて歩き出す。


「ったく、もう少しまともな護衛を寄越しやがれってんだ……」


 無線機のスイッチを切ってから呟く。


 帝国軍の主力部隊は殆どが今や国境戦線に駆り出されている。そのため、国内に残っている部隊は二線級の者が多いという噂だ。どうやら、この連中もそうなのかもしれない。


「はぁ。今はまだいいが、国境近くであんまり腑抜けたことしてくれんなよ?」


 その兵士は実戦経験が豊富というわけではないが、それでも今の補給部隊に配属されてだいぶ経つ。敵に剣を向け、銃を撃つのが仕事ではないが、それでも補給部隊という職務に誇りを持っていた。彼らが前線に物資を運ばなければ、どんなに精強な軍隊も戦えはしないからだ。だからこそ護衛の部隊はした奴でなければ、万が一の時にどうしようもなくなる。


 冷たい風が吹き、辺りに生えた草がサラサラと鳴る。今日は空が曇りのため、あまり気温も上がらない。こんな日は早く味方部隊との合流地点に着いて馬を休ませてやりたいと思い、その首をそっと撫でてやる。


「ん? どうした?」


 やけに馬が周囲を気にしている。耳がピクピクと動き、視線はどこか落ち着かない。味方のステッドランドは先程より離れたところを歩いているから、別のなにかを警戒しているのか。


「どこかに魔物でも潜んでるのか……?」


 歩兵が周囲を眺めると、遥か向こうの丘の上に何か妙な物体があるように見えた。目を凝らしてみると、その怪しい影は外套を被った人間のようなシルエットのようだ。しかし、その外套の色が周囲と同化しているので遠近感が狂ってしまい、どれくらいの大きさなのか、向こうまでの距離を把握できない。


「おい、操縦士の連中! 聞こえているか?! 八時の方向に……」


 念のため、理力甲冑の操縦士に無線で連絡し、怪しい影を調べてもらおうとした。しかし、突然の轟音に通話は途切れてしまった。


「……っ!」


 近くに砲弾が落ちたのか。あまりの音に耳が痺れてしまい、キーンと耳鳴りが酷い。


 すぐ傍でパニックを起こした馬が見える。目がチカチカするが、なんとか我慢しながら馬をなだめようと懸命に呼びかけた。


(畜生、一体何が起きたんだ?!)







「よし、だ! みんな行くぞ!」


「うっス! 待ちくたびれっスよ!」


「あわわわ、待って下さいまし!」


 機体に纏わせた布を翻し、巨大な人型が大地を走り出す。一番に飛び出したのは鈍色をしたステッドランド……ではない。全体的な意匠はそうなのだが、所々で装甲形状が異なっている。そしてその機体は全身のあちこちに武装を身に着けており、腰の辺りからそのうちの二振りの短刀を抜いた。


「やっとステッドランド・ブラストの性能を発揮できるぜ!」


 両手に紅い刀身を煌めかせ、一目散に帝国軍の補給部隊、それを護衛している理力甲冑の下へと駆けていく。


「ヨハン、援護するわ! 場をかき乱して!」


 上空には薄暗い雲の中、鮮やかな水色の理力甲冑が。その機体は自身の全長のおよそ三分の二ほどもある長大な銃を構えていた。


「ちょっと過激オーバーキルすぎるけど、悪く思わないで、ねっ!」


 レフィオーネがその引き金を引くと、大きな衝撃音と共に先端が細く尖った銃弾が放たれた。この対魔物用大型銃、ブルーテイルは貫通力を高めるために銃身を長くしてある。さらに、その銃弾の内部には鋼鉄の芯が入っているので、理力甲冑の装甲くらいならばいともたやすく貫徹してしまう。重く、直進性の高い弾丸はクレアの狙い通り、護衛のステッドランドの胸部に大きな穴を開けてそのまま地面にめり込む。


「ヨハン、敵の足を止める! その隙にやれ!」


 ユウが叫ぶと、純白の機体が右手に自動小銃を構えた。次の瞬間、背部と腰部からスラスターのようなものが展開し、凄まじい勢いで圧縮空気が噴出する。その反作用により、機体は前方へと素晴らしい加速を見せた。


 真っ白な装甲に、鮮やかな赤のラインが走り、その顔つきは勇ましい戦士のような意匠が施されているアルヴァリス・ノヴァ。その軽やかな機動は改装前と比べるともはや別物といってもいいくらいだ。


 小銃の射程ぎりぎりまで近づくと、軽く地面を踏み切って跳躍した。その間も機体各部に設けられたスラスターからは圧縮空気が小刻みに噴出されており、空中での姿勢制御に一役買っている。敵の理力甲冑はバラけているので狙いは大まかに、右から左に向けて掃射した。


 突然の襲撃に慌てた帝国の理力甲冑達は上空の青い機体レフィオーネからの砲撃をなんとか耐えつつ、真っすぐこちらに向かってくる鈍色の機体ブラストを迎撃しようとしていた。しかし、純白の機体ノヴァの攻撃から身を守ろうと一瞬だけ動きが鈍る。


 その隙を見逃すヨハンではない。ブラストの姿勢を一段と低くし、一気に跳躍する。帝国の操縦士にはまるで姿が消えたように見えた事だろう。空中でクルリと前転し、そのままストンと敵機の真正面に着地した。


 突然の事に動揺してか、動けないでいる敵のステッドランドを意に介さず、ブラストは着地したままの姿勢で両手に持った短刀を両脇に投げつけた。


 紅い刀身が尾を引くように流れていき、左右から襲いかかろうとした二機の敵機体の胸へと突き刺さる。オニムカデの鋭く硬質な牙を加工したこの対の短刀はただ鋭いだけではない。オニムカデがこの牙で獲物に噛みつき、その分泌腺から強力な毒素を注入する機構をそのまま備えている。いま、ニ機のステッドランドの胸からは人工筋肉と装甲が毒に侵され、腐食によって発生した煙が上がりだした。


 ブラストが両手に伸びた赤い紐のようなものを思い切り引っ張ると、二振りの短刀がその手に戻る。その際、こぼれ落ちた毒が地面の草を腐食させた。よほど強い毒のようだ。そしてすぐさま、その場でバック宙しながら敵機を蹴り上げる、いわゆるサマーソルトキックを放った。


 後ろにたたらを踏んでしまう敵のステッドランドの背後に周りこんだヨハンは背中をしっかりと掴み、力任せに右方向へと敵機を向ける。と、次の瞬間、盾代わりになった機体の全面装甲に火花と衝撃は走った。


 動揺から立ち直りつつある敵の護衛部隊がステッドランド・ブラストに向かって銃撃を開始したのだ。しかし、その程度でヨハンが怯むはずもなく、機体の両手がしっかり敵機を掴んでいることを確認すると、そのまま銃撃している敵に向かって突進しだした。


「ウオォー!」


 気合の叫びと共に地面が大きく揺れる。仲間の機体を盾にされてしまい、攻撃の手を緩めてしまっている敵の部隊。そこへ向かってブラストは掴んだ敵機を押し出すように投げつけた。それを抱きとめるようにしてぶつかった敵の機体へ左腕を向ける。よく見ると下腕と小盾の間には銃口が覗いており、狙いを定めたヨハンは操縦桿に設けられた引き金を引く。


 通常の小銃とは異なる激しい発砲音を響かせ、その銃口から無数の小さな鉄球が弾かれた。人間のこぶし大ほどの鉄球は理力甲冑の装甲を激しく叩き、その一部は装甲の薄い所や隙間をズタズタに引き裂いてしまった。


「この散弾銃、結構つかえるかも?」


 すばやくリロードを行い、左腕に内蔵された散弾銃をもう一度発射する。今度は頭部周辺に命中し、敵ステッドランドの頭はハチの巣のように穴だらけになってしまった。







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