第49話 覚悟・2

第四十九話 覚悟・2


 彼女に人を殺す覚悟があるのか。





 少し、考えるために目を閉じているネーナ。そして目を見開き、キッとクレアを見つめ返す。


「そんなもん、あるわけありませんわ!」


「……はぁ?」


「……はぁ?」


 何故かネーナが聞き返す。


「いや、何よ。その答え。あんた、理力甲冑同士の戦いよ? 普通に死人がでるのよ?」


「んなもん、知ったこっちゃないですわ。それに、ワタクシの学んだカラテは人を殺めるためのものではありません。いかにして武器を持った相手と渡り合えるか、私のお師匠さんがそう言ってました」


「いや、あの……」


「知っていますか? 我が古流武術であるカラテには敵を活かさず殺さず、的確に仕留める技が百八もありますわ! ……まぁ、私はその内の二十ほどしか習得していませんが」


「えっと、あの……」


「それに、いざとなったら私の身柄を帝国に引き渡せばいいのではないでしょうか? いくら私が実家に離縁状を叩きつけたとはいえ、それでもいろいろと取引には使える筈ですわ。こういっちゃなんですが、お父様の権力と家の名前は強大ですからね」


 ネーナは割と本気で言っているようだ。思ったより、彼女は自身の能力と自らの立場、そしてその使い方を知っているのかもしれない。見た目はただのお嬢様だが、場合によっては自分の身柄を取引に使えという人間はそういないだろう。


「ぷっははは! クレア、僕らの負けだよ。それで、ネーナ。あの深紅の理力甲冑、カレルマインだっけ、あれは君が乗るの?」


「ちょっ、ユウ!?」


「ええ、そうですわ。実は先生に無理を言ってあの機体を盗…………いえ、どうにかスワンに手配して頂くように尽力してもらったのですわ」


「え……ぬす……え……?」


「あっ、こら! ネーナ! その話は……!」


「先生、ちょっと……その話を詳しく聞かせてもらおうかしら。別の部屋で……ね?」


 ひどく慌てている先生と、ひどく冷たい目をしているクレア。


「いや、クレア、これには深い訳と事情があってデスね……」


 まるでマンガのように冷や汗を流しながら両手をあたふたさせている。


「本当にもう……後でグレイブ王国からなんか言われたら先生の身の安全は保証しないわよ……? はぁ、なんだか疲れたわ」


 そう言ってクレアは食堂を出ていった。


「あっ、クレア! ちょっと待って!」


 そしてそれを追いかけるユウ。


「……とりあえず私はこの艦に居てもいいのかしら?」


「……いいんじゃないデスか?」


 残された先生とネーナは互いに顔を見合わせる。


「それにしても、よくあのクレアを説得(?)したわね。見ててちょっとヒヤヒヤしたけど」


「先生、カレルマイン盗難の件は私も後で話を聞きますよ」


 今までクレアの怒気に怯えていたリディアとボルツがようやく口を開く。レオはその隣で腕を組んで何かを考えているようだ。


「ほら、レオ。終ったよ。瞑想なんかしてないで戻っておいで」


「……ん、ああ。やっと終ったか」


 ずっと同じ姿勢で凝ったのか、肩をぐるぐると回している。


「……フゴッ」


「ヨハンは……完全に寝てるね」


 ヨハンは壁にもたれ掛かりながら、器用に寝ている。この緊張感の中、剛毅なやつである。


「んあ……ん? もう終った?」


 あくびをしながらぐぐっと体を伸ばす。その拍子に背骨がポキポキとなった。


「あっ、ヨハン様!」


「ん? なに、俺?」


 ネーナはすっと立ち上がると、寝ぼけ眼のヨハンの手を取る。


「お久しぶりですわ! あの時は私をして頂き、本当に感謝しています! この喜び、なんと表現してよいか……!」


「えっと、ああ、うん。それは良かったね……?」


 嬉しさのあまり、ネーナは両手をブンブンと振っている。そのお陰でヨハンの頭は首を振るオモチャのように、ガクガクとあっちやこっちへと忙しなく揺さぶられる。


「あ、あの、そろそろ手を……」


「あ、あら。私としたことが、失礼しましたわ」


「いや、大丈夫……。それより、結局どうなったのさ?」


「ええ、晴れて私はホワイトスワンに居てもいい事になりましたわ! ぶいっ!」


「へぇ」


「んまっ。なんて素っ気ない返事」


「いや、なんとなくそうなるかなって……」













「クレア、待ってよ」


 クレアを追いかけてユウは格納庫まで着いてきていた。


「ハァ、まったく。とんだ世間知らずのお嬢様よね。相手にするのがバカらしくなってきたわ」


「アハハ……。でも、純粋に戦力が増えるのは良い事なんじゃない?」


 ホワイトスワンの戦力はアルヴァリス・ノヴァ、レフィオーネ、ステッドランド・ブラストの三機一小隊だ。本来ならば、理力甲冑部隊は四機一小隊で最小単位となり、これに整備や補給の部隊、それに随伴する歩兵部隊がいくらかで構成されることが多い。


「ま、確かにね。あの機体カレルマインあの娘ネーナは接近しての格闘戦が得意なんでしょ? それならヨハンと彼女を前衛に置いて私が後衛、ユウは近接~中距離を臨機応変に動いて貰えると安定して戦えるわ」


 クレアも、このホワイトスワン隊を率いているだけあってそれくらいは考えていたらしい。


「いくら機体がパワーアップしても、結局は三機だしね。やっぱり一機増えるだけでも安心だよ」


「まぁ……ね。でも、正直な所、やっぱり心配よ。本人はああ言ってるけど、それでも彼女の潜在的な影響力は大きいわ。もし大怪我でもしたら……」


 クレアは格納庫の隅にある小さなベンチに座る。その表情は少し暗く、ネーナの事を本気で心配しているようにみえる。


「良かった。やっぱりクレアはネーナの事が心配だったんだね」


「ハァ?! な、何を言ってるのよ!」


「いや、クレアはネーナの事、別にスワンに乗せても構わなかったんでしょ?」


「?!」


「だって、怒るのは怒ってたけど、なんかいつもとは違う怒り方っていうか……」


 ユウは両手を体の前で動かし、ろくろを回すような恰好をする。


「なんていうのかな。さっきの尋問?も、あれはネーナが戦える覚悟みたいなものを持ってるかの確認なんでしょ。そんな感じがしたよ」


 みるみるうちにクレアの顔が真っ赤になっていき、体がプルプル震え出した。


「……もしかして、気付いていた……の?」


「確信は無かったけど」


 いきなりクレアは立ち上がり、目の前にいたユウに向かって――


「いったぁ!」


「う、うるさい! 分かってたなら言わなくてもいいでしょ!」


 ユウは鋭いローキックを食らってしまい、あまりの痛さにその場にしゃがみ込んでしまう。クレアはすっかり怒ってしまい、ドスドスと音を鳴らしながら格納庫から出ていった。


 その場に残されたユウは痛みに耐えつつ立ち上がり、格納庫の向こうに鎮座している深紅の機体を見やる。


「カレルマイン……か。頼りにしているよ」


 その機体は精悍な意匠の表情のままだが、どことなく頼もしく見えた。







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