第49話 覚悟・1
第四十九話 覚悟・1
「で、この状況の説明をしてもらおうかしら」
ここはホワイトスワンの食堂兼、休憩室兼、作戦会議室兼、尋問部屋だ。今は机を隅に片付け、部屋の真ん中に椅子が二つ。そこにはうなだれた先生と、一体何が起きているのか分かっていないネーナが座っていた。その周りにはスワンメンバーが取り囲んでいる。
「く、クレア……あんまり先生を責めないで……」
ユウが先生を庇おうとすると、クレアは鋭い視線を向ける。
「いえなんでもありません」
「ユウ……尻に敷かれてる」
ボソリと呟いたリディアにも突き刺さるような視線が。明らかに怒気に包まれているのだが、うってかわってクレアの表情は澄ましたものだ。しかし、その静かなる怒りに曝されてリディアは思わず体が震えてしまっている。
「まずは順番にいきましょう。ネーナをスワンに連れ込んだのは先生ね?」
順番に、とは言ったがいきなり核心を突く。
「い、いや、これには深い訳と事情があってデスね……」
「先生?」
普段よりもトーンが低い声が部屋に響く。やはりその表情は普段と変わらないが、まるで怒りのオーラというものが目に見えそうだ。
「……うう、そうデス。私がネーナを連れ込みましたデス」
「それで? どうしてこんな事を?」
「いや、あの……」
「それは
と、ここまで他人事のように事の成り行きを見守っていたネーナが口を挟んだ。クレアはネーナを頭から爪先までじっくりと値踏みするかのように見る。
「いいわ、
「ありがとうございますわ。まず、最初に言っておきますが先生は何も悪くありませんわ。私がホワイトスワンに乗り込む事は私自身が決めましたわ」
「良いか悪いかは私達が決めるわ。あなたは自分の立場がよく分かっていないようだけど、これはかなり不味い状況なの」
ネーナはオーバルディア帝国でもトップクラスの貴族の娘だ。さらに母親はグレイブ王国の王族、つまり両国にとってかなり重要な血筋の人間である。
そんな人物がいま、ホワイトスワンにいるという事は。
「そんな事は分かっています。私は私の意思でグレイブから出ていくのですから」
ネーナはその纏った柔らかい雰囲気の中にもしっかりとした意思と決意を持っているのか、クレアを見返す眼差しは真剣だ。
「私の出自を知っているのでしょう? なら、大体の事は察しがつくと思います。母を早くに亡くした私は、父の言うことを盲目的に信じて今まで何の不自由なく暮らしてきました。いわゆる世間知らずの箱入り娘ってやつですわ」
そこまで言うと、小さく息をつく。流されるまま生きてきた過去の自分に呆れたため息か、それともこれから喋る内容があまり気の進むものではないのか。
「今から考えると、父の行動はかなりの過保護っぷりだったと思いますわ。基本的に外出は出来ませんし、庭に出るのでさえ使用人が五、六人は常に周囲にいる始末。でも当時の私はそれが普通だと信じて疑いませんでしたわ。そんな風に育てられたので、
少し俯きかけたネーナだったが、急に顔を上げる。
「そんなある時ですわ! 私は所用で街の外を移動していましたの! ……もちろん、厳重な警護が付いた馬車で、ですけど。窓の外を見る事も出来ない私が車内で退屈していた時、突然大きな音と地響きが起こりました。最初は何が起きたのか理解できませんでしたが、私の乗る馬車が突然ひっくり返って外に放り出されて分かりました。巨大な魔物に襲われたのです」
その表情は活き活きとしている。当時の事を鮮明に思い出しているのか、その視線はどこか遠くを見ているようだ。
「あまりの事に私は恐怖で声も出せませんでした。毛むくじゃらの巨体にギロリと血走った目がこちらを向いているんですもの。あ、これはもうワタクシ死んでしまうなと思った瞬間、そのお方はどこからか颯爽と現れたのです! まるで蜂のような鋭い一撃と蝶のような華麗な動き! あっという間にその理力甲冑は魔物を倒してしまったのです!」
「そのお方とやらは何なの?」
「よくぞ聞いてくれましたわ! あ、いえ、私も素性までは分からないのですが、乗っていた理力甲冑が帝国軍のステッドランドでしたので、おそらく軍の操縦士さんがたまたま駆けつけてくれたのでしょう。魔物を倒した後、他の部隊の皆さんもやってきてくださってケガをした護衛の皆を助けてくれました。その時に少しお話をしたのですが、名前を訊ねても教えてくれませんでしたわ……。でも、その人は私に教えてくれた気がするのです」
ネーナは思わず椅子から立ち上がり、拳を握りしめる。まるで何かの演説のようだ。
「世界は広く、私が知っている事はほんの一部の知識のみだと! あの時、初めて死というものを感じた私は、ただ父の言いなりになって窮屈で、退屈な日常を享受するだけではいけないのだと! 世界はこんなに刺激に満ちているというのに、私はそれを知らずに今まで生きてきたと知ったのです! だから、私は自由を求めて家を飛び出したのです! こうなった私はもう、誰にも止められやしませんわ!」
……わずかな間の後、ネーナはストンと椅子に座った。その表情は晴れやかで、まさに言ってやった、という感じだ。しかしそれとは対照的にクレアの表情はひどく曇っている。
「あー……、言いたいことはそれで全部かしら? なら言わせてもらうけど、私達がやっているのは戦争よ? 貴族のお嬢さんが考えているようなお遊びじゃないの。言葉通りに命のやり取りをしているの。下手をすればここに居るメンバーのうち、誰かが欠けたって不思議じゃないわ。
「むぅ、それは自覚しております。だからこそ恥を忍んでお願いしますわ。私をこの艦に乗せてくださいまし」
「いやいや、なんでそうなるのよ!? さっきも言ったけど、アンタ、自分の立場が分かってる? 帝国の貴族の娘で、グレイブの王族なのよ?!」
ネーナはまだ社交界にはデビューしてはいないようだが、それでも一国の重要人物の一人に間違いはない。そんな人物を簡単に軍艦であるホワイトスワンに乗せる訳にはいかないのだ。
「その点なら問題ありませんわ。グレイブ王家の血筋を引いているといっても、お母様がお父様の下へ嫁いだ時点で私にグレイブ王国の王位継承権はありません。ただの血縁関係ってだけです。それに家の事も大丈夫でしょう。皆さんが私を誘拐する際、あの別荘に離縁状を置いてきましたから」
「いや、そういう問題じゃ……は? 離縁状?!」
「そうですわ。正式な書面じゃありませんけど、私はあの家を出るという決意をしたためておきました。お父様がそれを読んでどのようにするかは分かりませんが、一応の手続きは踏んでおります。なので、今の私は貴族であることを辞めましたの」
こともなげに済ました顔でネーナは言ってのける。貴族であることを辞める。そんな事を簡単に出来るのか、ここにいるメンバーは分からないが、少なくとも当人は本気のようだ。
クレアはあまりの事にこめかみを押さえている。一体、何を言ってるんだこの娘は。ユウはその表情からクレアの心の叫びが聞こえる気がする。
「アンタ……まぁ、それは置いておきましょう。じゃあ、ホワイトスワンに乗ってどうするつもり? この艦は戦闘もするし、生活する人員も既にギリギリなのよ? 貴族暮らしのお嬢様に出来ることはあるの? 料理や洗濯だって自分でやらなくちゃあいけないの」
(少なくとも、料理は僕一人でやってるんだけどなぁ……)
その事を指摘すると、恐らくクレアは怒り出すので口には出さないユウ。しかし実際の所、広いようで案外狭いホワイトスワンの内部に貯蔵できる物資は限られるので、生活する人間が一人増えるだけでもその消費量は頭が痛い。
「そうですわね。戦闘面はともかく、炊事に掃除、洗濯などの家事全般を
予想を裏切る回答に誰もがポカンとしてしまう。図々しいのか、さてはてこの場合は自分の能力を正確に把握しているというべきか。
仕方ない、という風にクレアはため息をつく。そして少し腰を折り、座っているネーナに視線を合わせる。
「アンタ、
ネーナを除いた全員が息をのむ。クレアが彼女に尋ねた事は……。
「繰り返すけど、この艦は戦闘用のものよ。アンタは理力甲冑に乗れるし、戦闘も出来るらしいじゃない。なら、敵が襲ってきた時に戦ってもらうわ。その時に、
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