第48話 新生・4

第四十八話 新生・4


 早朝、まだ日も登らず外は凍えるように寒い。街にはいくらかしか灯りが点いておらず、多くの人は眠りの中だろう。しかし、ここホワイトスワンの周囲は喧騒に包まれていた。


「先生! 予備の人工筋肉は積んだ?!」


「まだデス! 外に置いてあるから中に入れるデス! それとクレアはこのリストのチェックをお願いするデス!」


 周りには多くの物資と荷物が積み上げられており、薄暗いなかをホワイトスワンの照明が照らす。理力甲冑用の部品や装備、各種弾薬、それに食糧や物資を搬入しているのだ。医薬品を積んだ木箱や銃弾が収められている金属の箱、何が入っているかよく分からない大きな木箱、さまざまな物がホワイトスワンの腹の中に入っていく。


「ヨハン、次はこれを運んでくれ!」


「うっス、ユウさん! はーい、みんなどいてくれー! 理力甲冑が通るぞー!」


 ヨハンが駆る理力甲冑が大きな木箱を手に抱えている。その足元では大きな足に踏みつぶされないように退避する人々が。


「ねぇーレオー。これはどこに置いたらいい?」


「食糧は全部、貯蔵庫だ。重いから気を付けろよ、リディ」


「台車使うから平気だよっ! レオは心配しすぎ!」


 大きな音を立てながらリディアが台車を押していく。それをどこか心配そうな顔で見るレオはふぅとため息をついてしまう。そこへ丁度ボルツがやってきた。


「あっ、レオさん、ちょっとこっちで手伝ってください! 急に荷物が増えたんで場所を空けなきゃいけないんです!」


「荷物……? グレイブ王国は十分な物資を用意してくれた筈では?」


 今、搬入している補給物資は全てグレイブ王国が用意してくれたもので、しばらくは無補給でもなんとかなる量だ。それをさらに増やすというのは少しおかしい。


「いえ、それがその荷物は理力甲冑でして……私もさっき聞いたところなんですよ」


「???」


 現在、ホワイトスワンには理力甲冑が三機搭載されている。そして操縦士はそれぞれ三人だ。なので四機目の理力甲冑を積んでも、操縦する人間がいないのだ。


「まさか、リディを乗せるつもりじゃないでしょうね!?」


「お、落ち着いて! リディアさんの実力はまだ実戦レベルじゃないですよ! だから困っているんですよ……」


 ボルツに諭されてハッと冷静になるレオ。やはり、兄としては妹の身が心配という事か。


「すみません、取り乱してしまいました……。それで、機体はなんですか? やはりステッドランド?」


「いえ、それが……」









「……あの、先生? この紅い理力甲冑は一体……?」


「ん? ああ、この機体はカレルマイン。グレイブ王国が開発した理力甲冑デスよ」


 先生はユウの顔を見ずに答える。質問の意図を分かっててとぼけているのだ。


「いやあの、どうしてスワンに新しい機体を載せているかを聞いて……」


「このカレルマインの特徴はデスね、人体構造を極限まで再現した骨格と人工筋肉の配置にあるんデス。装甲も極力動きを阻害しない作りになっていて、理力甲冑とは思えないほどの柔軟な動きが可能なんデス! いやぁ、今は装甲で見えないデスけど、人工筋肉の配置が芸術的なんデスよ! これが!」


「…………」


 何かを誤魔化すかのように、目の前にある深紅の機体、カレルマインの解説を始める先生。一体、なんの目的があってホワイトスワンに載せるのだろうか。ジトっとした目で見つめ続けていると、先生は焦りだしてしどろもどろになってしまう。


「ほ、ホラ! グレイブ王国は理力甲冑や色んな技術を持っていますからね、その一部を連合に持ち帰ってフィードバックしたいんデスよ! 連合の技術者はまだまだデスから!」


「ハァ、そういうことにしておきましょうか。でも、後で理由を教えてくださいよ? じゃないとクレアが怒りますから」


「う゛っ! ぜ、善処……するデス」


 クレアが怒った姿を想像したのか、先生の顔は少し青ざめている。


「しかし、こうして見ると壮観ですね……」


 ユウは四機の理力甲冑が並ぶ姿を見て言う。左から、カレルマイン、アルヴァリス、レフィオーネ、ステッドランド。


アルヴァリスとヨハンのステッドランドも苦労したデスよ。時間がなくてこっちも突貫作業でしたけど、いい仕上がりデス」


 白い装甲に赤のラインが映えるアルヴァリス……いや、先生の手によって改修されたアルヴァリス・ノヴァ。新型人工筋肉の配置を最適化し、装甲形状も一部変更されている。そのお陰で重量はそのままに出力が増していると先生は説明していた。背部の理力エンジンもレフィオーネや他の機体に搭載される量産型のものとは異なり、アルヴァリス専用に改造カスタムされている。


 また、レフィオーネの飛行用スラスターを流用したパーツが機体各所に取り付けられている。これは圧縮空気を噴出することで機体の姿勢制御に使われるほか、瞬間的な加減速といったユウならではの高機動を実現させる。機体重量の関係からレフィオーネのような自在な飛行は出来ないが、十分な助走とスラスターの噴射を利用すれば疑似的な飛行も可能になるだろう。


 さらにとある機能を増設したとの事だが……。先生はまだその機能を明らかにしていない。


 ヨハンの乗るステッドランドも前の戦闘で大きく損傷したため、修理ついでに先生自らがヨハン専用に大改装を施した。アルヴァリス・ノヴァは全体的に元の性能を上げる形だが、このステッドランド・ブラストはヨハンの戦い方に特化――つまり、超近接戦闘用に調整されたのだ。


 ステッドランドは平均的な性能を目指して開発されたため、ヨハンの戦闘スタイルを十分に発揮できないと先生は考えた。そこで、機体の前面装甲を増し、人工筋肉をアルヴァリスと同じ新型に換装した。両椀部に籠手のような小型の盾を、さらに機体の各部に接近戦用の各種武器を装備し、一対一の接近戦はもちろん一対多の乱戦においてもその攻撃力は遺憾なく発揮できるようになっているという。


 どちらも本格的な実戦はまだだが、グレイブ王国での訓練では十二分な性能を示した。ユウとヨハンの操縦の腕も上がっているので心配はいらないだろうとはクレアの言だ。


「アルヴァリス・ノヴァとステッドランド・ブラスト……うーん、カッコいい」


「そりゃ私が設計したんデスから当然デス! 男の子の心をくすぐる秀逸なデザインになりました!」


 と、格納庫を小さく揺らして大型理力エンジンが始動した音が聞こえてきた。聞き慣れたエンジンの吸排気音が少しずつ高くなっていく。機構の一部を改良したので出力の上昇、始動性、冷却性能などが上がっているというが、確かに格納庫に響いてくる音はこれまでのものより綺麗に感じる。


「そろそろ出発ですね、じゃあブリッジに行きましょう」


 艦体が揺れた拍子にガタッと、どこからか音が聞こえてきた。


「なんの音でしょうかね? 木箱の荷締めが甘いのかな?」


「あっ、いや何でもないデスよ! ここはいいからさっさとブリッジに行くデスよ!」


 何故か慌てる先生をしり目に、ユウは格納庫の床に固定された木箱を調べていく。すると、一つだけ蓋が閉じられていない木箱を見つけた。大きさは人が一人くらいは入りそうな大きさだが、中身を示す表示が無いので何の木箱か分からない。


「なんだこれ。フタが空きっぱなしじゃないか。中身は……」


「ユウ! それはいいから! あとで私がやっておくデス!」


 ユウが蓋を開けて中身を確認しようとすると。


「…………」


「あ、あら。ごきげんよう。こんな所から失礼しますわ」


 その木箱の中には一人の少女が――いや、ユウはこの顔に見覚えがある。帝国の貴族を両親に持ち、血筋でいえばグレイブの王族の一人。ついこの前、帝国領からホワイトスワン隊が誘拐してきて、最近では脱走騒ぎを起こさないので何かあったかのかと思っていた。


 そう、ネーナその人だった。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る