第48話 新生・3

第四十八話 新生・3


「へ?」


 ユウは思わず間抜けな声が出てしまった。


「い、いやいや、連合に戻って帝国軍と戦うんじゃないんですか?」


「んなもん、知ったこっちゃねーデスよ。決めたのは連合軍のお偉いさん達デス。一兵卒であるオマエ達は上官の命令に従わなきゃいけないんデスよ?」


 先生の言う事は至極もっともだ。しかし、ユウは納得しきれないでいる。


「まぁまぁ。ユウの気持ちも分かるわよ」


 クレアの声が背後から聞こえた。レフィオーネから降りて来たのだ。


「上層部も一応考えているのよ。今から国境線付近に戻っても時間が掛かるうえに、スワンと私達の理力甲冑だけじゃあ戦力の足しにはならないわ。それほどに前線の単純な戦力差は大きいの」


 今や北はクレメンテ、南はケラートと、ほぼ大陸を縦断している。帝国軍は初戦でこの戦争の趨勢を決しようと企んでいるのだろう、これまでにないほど大規模な軍勢を一度に投入していた。そんな所にいくらユウとアルヴァリスが切り込もうと、多勢に無勢、戦略的な意味は無いに等しい。一部分の戦場で勝利を得たとしても、他の多くの戦場で負けては意味がないからだ。


「だから、もっと効果的な攻撃を仕掛けるの。……ユウは軍を敵地に派兵するのに一番重要かつ、守らなきゃいけないものって何だと思う?」


 突然のクレアからの質問にユウは考え込んでしまう。


「えっと、守らなきゃいけない……だろ? 司令部、とか?」


「まぁ総司令部は最後の砦よね。それ以外にも死守しなくちゃいけないものがあるの……それは兵站よ」


「つまり、補給デスね。どんなにユウが強くても腹が減ってたら戦えないし、アルヴァリスの整備だって十分な補給が無いとままならないデス」


 なるほど、という顔をするユウ。彼の中で合点がいったようだ。


「それじゃあ、僕らの任務は連合に向かっている補給部隊を叩く事?」


「その通りよ、理解が早くて助かるわ。ホワイトスワン隊の次の任務は敵の補給線を叩く事。連合に攻め込んだ軍勢はとても巨大だわ。でも、その大部隊を支える食糧と物資を絶てばただの烏合の衆になって何も出来なくなるわ。帝国軍が弱体化するのが先か、連合の守りが崩れるのが先か……これも一種の賭け、ね」


「ふっふっふっ、私はそういう賭けは大好きデスよ!」


 先生の目がいつになくギラギラしている。この人にはギャンブラー気質でも備わっているのだろうか。


(本当に先生はギリギリの世界で生きているなぁ……)


「ま、最初から不利な戦いっていうのは聞いていた事だっけ」


 ユウは軽くため息をつく。理力甲冑同士の戦闘にはそれなりの自信がついたが、如何せん、戦争という国家同士の戦いにおいてユウはとことん非力だ。組織を相手にするという事の難しさはついこの前、帝国軍に囚われた時に嫌というほど味わった。


「それじゃあ、早速出発の準備をしよう。スワンの改修は終わったけど、物資の搬入はまだなんでしょ?」


 クレアと先生はユウを見ながら頷く。と、ようやく三人はいつの間にか周囲が静かになっていることに気付いた。あれだけ周りにいて騒いでいた作業員たちがホワイトスワンの艦首側に集まっているのが見え、そこからひと際大柄な親方の大きな叫び声が聞こえる。


「おーい、先生やぁ! お前らもこっち来いよ!」


 何事かと三人は皆が集まっている所に駆け付ける。そこには船で使うための丈夫なロープと酒瓶を持って親方が待っていた。


「このホワイトスワンはおかを進むが、要は船みたいなもんだろ? 今回は改修だから本当は違うんだが、これも景気づけだ。進水式の真似事してコイツの無事を祈願しようやって話になってたんだよ」


「おおー! ありがとうデスよ、親方!」


「進水式って、どんなことをするんですか?」


 進水式について名前は聞いたことがあるが、その内容までは知らないユウは親方に聞いてみる。


「本来は造船所や街の偉い衆、色んな関係者を呼んで式典を開くんだ。で、海の神サマにお祈りをした後、船に括りつけたロープを切るんだ。そのロープの先にゃ酒の瓶が結んであって、それを艦首に叩きつけて瓶が割れると船の無事と航海の安全が神サマに届くって寸法よ」


「昔ながらのやり方ね。聞いたことがあるわ」


「へぇー。なんか面白そう!」


 こうした事は初めてなのか、ユウの顔は興味津々だ。


「今回は真似事だからな、色々と省略してロープで瓶で割る所だけだ」


 親方が説明している間に、作業員たちがホワイトスワンにロープを結び、テキパキと準備を進めている。艦首から伸びたロープは斜めに張られ、ユウ達のいる近くの地面に楔で固定された。その途中には先ほどの酒瓶が結んであり、確かにロープを切れば丁度叩きつけられるような位置になっている。


「せっかくだし、ユウがロープを切る役をするデスか?」


「なに、やりたいのユウ?」


「え?! 僕がやっていいの?」


 いつもより大げさな素振りで驚くユウ。妙にソワソワしているが、よほどやってみたいのだろうか。


「そんなやりたそうな顔してたら譲るしかねーデス。寛大な私の心に感謝するデスよ?」


 親方から手頃な大きさの手斧を受け取る。よく使いこまれているようで、手に柄がよくなじむ。みんなに見られながら、ロープの前まで進むとユウは少し緊張した面持ちで周囲を見渡した。


「えっと、こういう時って何か言ったほうがいいのかな?」


「……ユウはそういうのニガテそうデスよね。仕方ないから私が代りをしてやるデス。えー皆さん! ホワイトスワンの修理をどうもありがとうデス! これから帝国軍との戦闘が激しくなると思うデスが、私達はぜってーに負けねーデス! 帝国の奴らなんかメタメタにぶっ飛ばしてやるから、期待して待っとけデス! じゃあユウ、いっちょやってくれデス!」


 先生の掛け声を聞いてユウは強く頷く。そして右手に握った手斧を振りかざし、勢いよくロープ目掛けて断ち切る。ロープに繋がれた酒瓶は重力に引かれ、大きく弧を描きつつホワイトスワンの艦首へとぶつかった。瓶が割れると同時に、大きな歓声が沸きあがる。


「オメーら! これから気合を入れていくデスよ!」











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