第48話 新生・2

第四十八話 新生・2


 二人がホワイトスワンの下に戻ると、そこには人だかりと大きな歓声が沸き上がっていた。


「お、ようやく完成したのかな」


 レフィオーネの手のひらに座っているユウは視線を白く巨大な機体に向ける。所々にあった銃撃などの損傷は全て修理され、煤やホコリで汚れていた装甲は綺麗に塗装し直されている。しかし大規模な改修の筈だが、かつてのホワイトスワンと見た目はそう変わらない。


 だが、近づいてみると所どころで変化しているのが確認できる。まず、宙に浮くための圧縮空気をため込むスカート部分の形状が少し変わり、一回り大きくなっていた。さらに艦体後部の吸気口の形状も変わり、大型理力エンジンの吸排気効率が上がっている。


 さらに舷側には機関銃のようなものがそれぞれ二基、左右の合計で四基取り付けられている。これは対理力甲冑を想定して備え付けられたもので、敵を近づけさせない事を目的にしている。口径は少々小さいが、ある程度の連射性能を持たせている。また照準と発砲はブリッジからの遠隔操作も行えるようになっているので、場合によっては一人で操作可能なように設計しているという。


「あ、ハッチが直ってる」


 ユウはホワイトスワンの側面に設けられた理力甲冑が出入りするための大型ハッチが修理されている事に気付いた。かつて、先生とホワイトスワンを助けるために初めてアルヴァリスに乗って戦闘した際、ユウが蹴破って破壊したハッチはここ、グレイブ王国で修理されるまでそのままだったのだ。


「アンタには言ってないと思うけど、先生はずっと根に持ってたみたいよ? ずっと格納庫が吹きさらしだったのがようやく直せるって」


「……アハハハ」


 誤魔化そうとするが乾いた笑いしかでないユウは話題を変えることにした。


「そ、そうだ。理力エンジンの量産はなんとか無事に軌道に乗ったらしいけど、ちゃんと連合まで届けられているの?」


 もともとユウ達、ホワイトスワン隊は理力エンジン量産のためにグレイブ王国まで向かっていた。彼らが王国に到着したときには既に量産体制は整っており、後は先生の調整を待つだけだったのだ。そして完成したエンジンの第一便はとうに王国を出発したとユウは聞いている。


「陸路だと、進軍する帝国軍と鉢合わせになっちゃうでしょ? それに確か、海路も帝国に封鎖されているて話だし」


「そうね。ユウの言う通り、普通の手段だと間に合わないどころか帝国に見つかって破壊されるのがオチね。そこは先生や上の連中も考えているのよ」


 そう言ってクレアは半ば呆れた様子で続ける。


「確かに北の海はサペロスを中心に帝国の海軍がほぼ封鎖しているわ。帝国以外の船は手当たり次第に臨検して回って、連合に物資が行き来できないようにしている。普通の船じゃあ軍艦には勝てないしね」


「じゃあ一体どうしたのさ?」


「だから、を造らせたのよ。理力エンジンを搭載した高速船をね」


 この世界の船はいわゆる帆船で、前に進むためには帆に風を受けなければならない。そのため、常に一定の速度を保つことは難しい。小型の漁船ならばそれなりの速度も出せるのだろうが、大砲や人員を多く積んだ大型の軍艦は小回りが利かず速度も出にくい。


 そこで先生は通常の帆船を大改造する案を考えた。その概要を簡単に説明すると、船体に大型理力エンジンを積むことによりスクリューを回転させて推進力を得る船だった。本来の技術発展ならば蒸気機関を搭載した汽船があるのだが、これをすっ飛ばした形になるだろう。これにより、安定した推進力が得られるという。


「これまでの帆船とは比較にならない程の速度が出せる船らしいわよ。帝国の軍艦なんか簡単に振り切っちゃうくらいに」


 しかし、それでも色々と問題はあったらしい。そもそも、大型船を推進させるだけのスクリュー形状は試行錯誤の連続だったらしく、これはグレイブの技術者の不眠不休の努力によって完成したという。


「へぇー。それじゃあ今頃はグレイブと連合を行き来してるの?」


「……いえ、ちょっと前にようやく改造が終わったらしくて、今は試験航行中だって」


「え?! じゃあ最初の理力エンジンはどうやって運んだの?」


「ほら、帝国の高速輸送機があるじゃない。あれを修理したらしいわよ」


 クレアによると、壊れかけた帝国の高速輸送艇を秘密裏に回収し、修理してそのまま輸送機として使ったという。帝国が実用化させた理力エンジンは先生のものに比べると性能が劣悪らしく、新たに換装させたとのことだ。


「で、レジスタンスの協力を得て、帝国と鉢合わせにならないルートを進んだそうよ。実際、上手くいくかは五分五分だったらしいけど、場合が場合だからね。多少の無茶はしょうがないって事」


 相変わらずというか、なんというか。結果的に帝国の進撃に間に合う形で運搬できたのは幸いだったと言える。


「……もしかして、その輸送機って僕とレオさんが乗ってきたやつ?」


「ええっと、どうなのかしら。そこまでは聞いてなかったけど……状況からしてそうなのかも?」


 ユウはその時の事を思い出す。ホワイトスワンと合流するためにユウとレオは帝国の輸送機を強奪し、クレアや先生を追いかけていたのだ。その際、帝国軍の理力甲冑に襲われているホワイトスワンを助けるために輸送機ごと敵機に体当たりを仕掛けたのだった。


 その輸送機は敵機諸共に大破したと思ったが、修理可能な損傷だったのだろう。外板などが紙切れのように散らばっていた気がするが。






 そんな話をしていると、ちょうど盛り上がっている一団の所に着いた。作業着を着た面々の顔は機械油で汚れ、休む間も惜しんで作業を続けたため髪はボサボサ。目の下には疲労と寝不足でクマが出来ている者も多かった。


「やったデスー! やっと終わったデスー! 徹夜仕事はコリゴリデスー!」


「本当に終わった! やっと休めるぜ!」


「うおー! 家に帰れるー!」


 様々な心からの叫びが聞こえる。ユウ達は殆ど手伝えなかったので外から眺めるだけだったが、その突貫工事は壮絶を極めた事は十分に伺える。先生の仕事に無茶は付き物だが、今回も例外ではなかった。


「先生! 戻りましたよ!」


「おっ! ユウにクレアデスか! そっち大型ライフルの調整も終わりましたか?」


 レフィオーネをしゃがませ、ユウのいる左手を静かに地面に降ろす。それに続いてクレアが操縦席から顔を覗かせた。


「照準なんかは大丈夫よ。でも重量のバランスがまだ悪いの、今度調整してくれない?」


「ふーむ、銃身と銃床を少し削りますかね。分かったデス! あとでやっておくデスよ!」


 ユウが作業員の集団の間をすり抜けて先生の下へ走る。辺りは汗と機械油、そして少しの加齢臭が混じった独特の臭いが漂っている。風呂どころか、着替える時間もないほどに忙しかったのだろう。ユウはなるべく嫌な顔をせずに努めた。


「先生、スワンの改修が終わったんですね」


「そうデス! なんとか予定の一週間を切り詰め、五日で終わらせてやったデスよ! ざまぁ見ろデス!」


 誰に向かって言っているのか分からないが、恐らくになっているだけだろう。ユウは気にせず話を続ける。


「じゃあ、早速出発ですね! 早く連合に戻って皆を助けないと!」


 既に連合と帝国の戦端は開かれている。詳しい戦況は不明だが、帝国側の強襲により恐らく連合は不利になっているはずだ。


「うーん……? クレアから聞いてないんデスか? 私達はこのまま帝国の領内を突っ切って南下していくんデスよ」






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