理力甲冑について・1 ※2019年1月20日挿入

理力甲冑について・1


 ここはホワイトスワンの食堂兼、作戦会議室兼、休憩室兼、


「オマエラ、さっさと席に着くデス! 授業を始めるデスよ!」


 小さな黒板の前に先生が立つ。その手にはどこから持ってきたのか教鞭を持ち、これまたどこで手に入れたのか眼鏡を掛けている。どこからか学校のチャイムが聞こえてきそうだ。


「うぇー」


「いきなりどうしたんです? こんな所で」


 ヨハンとユウは席に座り、先生に質問する。彼らはつい先程まで格納庫で自分の理力甲冑を整備していところ、急に呼びつけられたのだ。


「無知で浅学なオマエラが機体を扱えるよう、この私直々に理力甲冑の歴史を教えてやるデス! 感謝するデスよ!」


 そう言って黒板に何かを書き出す。


「えっと、美人女教師が教える理力甲冑の歴史……。先生、美人女教師ってどこにいテェッ!」


「ユウ、目が悪くなってるなら後で眼鏡を作ってやるデスよ?」


 恐るべき速度で投擲されたチョークがユウの額で砕け散る。その横でヨハンがアクビをしそうになっていたのを必死に我慢しだす。


「それじゃあ始めるデスよ。まず理力甲冑の定義から始めましょうか。ヨハン、分かりますか?」


「え、オレ? えっと、デカくて強いのが理力甲冑でしょ?」


「……ヨハンはあとで補習決定デスね。現在の理力甲冑を定義づける要素は大きく2つあります」


 再び先生は黒板に何かを書き出す。


「まず一つは対魔物用の兵器である事、もう一つは人工筋肉を使用している事デスね。それではユウ、どうしてこの二つが理力甲冑の定義になっていると思うデスか?」


 額をさすりつつ、ユウは答えに困る。


「ええ……。なんでだろう? あ、もしかしてそれが理力甲冑の歴史に関係してるとか?」


「妙な所に気づいてないで、もう少し考えろデス。まぁ、そうデスけどね。まず、理力甲冑の誕生についてデスが、これは今からおよそ百五十年ほど前と記録されています」


 先生は黒板の文字を消してからチョークを持つ。サラサラと何かを描いているかと思ったらデフォルメされたステッドランドだった。


「おお、先生は絵が上手いっスね」


「おだてても補習は無くならないデス。さて、現在の理力甲冑がこれくらいの大きさなら、当時の機体はこの半分程度だったとされているデス」


 隣に半分ほどの大きさをした機体を描き込む。


「へぇ、当時は小さかったんですね。いや、人間よりは大きいですけど」


「当時の資料によると、この大きさだったのは技術力が関係してるデスね。今でこそあんな大きな機体ステッドランドやホワイトスワンを建造出来るようになったデスが、昔はかなり苦労したようデス」


「昔は苦労したんスね」


 ヨハンはフーンと関心している。それに比べ、ユウはあまりピンと来ないようだ。


「それでもその当時は最新鋭かつ、強力な兵器……とはいかなかったようデスね。小型ならともかく、中型の魔物相手では歯が立たなかったと言われているデス。そもそも、なぜ理力甲冑が開発されたかというと、最初の目的は魔物を討伐する為だったんデス」


「なるほど、だから定義の一つが対魔物用兵器なんですね」


「そういう事デス。ただ、現在の運用方法からすると少しそぐわない定義デスけどね。ま、とにかく最初期の理力甲冑は小さいながらも、なんとか魔物討伐を繰り返すことでその有用性を示してきました。そして今から百年ほど前に現在の機体の源流ともいえる形が出来上がったデス。意外デスけど、全長、人工筋肉の配置、骨格形状など、この辺は百年ほど大きく変化していないんデス。それだけ当時の機体の完成度が高かったという事デスね」


「ふーん? あれ、でもなんで今の大きさがちょうど良いんですか? もっと大きな魔物もいるんでしょ? それなら機体を大きくしなくちゃ対抗できないんじゃ」


「ふむ、ある意味、至極真っ当な意見ではあります。しかし、機体の大型化には二つ問題があるんデス」


 先生は黒板に数字の2を書き、その右上に小さく3と書いた。


「ユウは高校生だったはずだから流石に分かりますよね。ヨハン、2の3乗はいくつですか?」


 先生は手にした教鞭をズビシとヨハンに向ける。


「…………」


「オマエ、流石に乗数は分からないとヤベーデスよ……。ユウ、いくつですか」


「2の3乗は8です。ヨハン、2の3乗は2かける2かける2っていう意味だよ」


「そうデス。理力甲冑は立体物なので、全長を仮に二倍にすると体積は2の3乗、つまり8倍になってしまうデス。体積が8倍になると重量も8倍になる計算デス。それどころか、大きくなることで足回りにかかる重量負担も比例して大きくなり、その分だけ足を頑丈にすればさらに重くなるデス」


「つまり、機体の大型化は一定以上出来ない?」


「そういう事デス。重すぎる機体はまず道を歩けないデス。一歩踏み出すごとに大きな穴を作って後続の部隊に迷惑を掛けるし、動きが鈍重すぎて近接戦闘なんか出来ないデス。まぁ、格闘戦は重量差による恩恵もあるんですが、今は無視します。なのでその辺のバランスと、比較的遭遇する事の多い魔物のうち、かなり大型な部類に対抗できればそれで良しという事で今の大きさになったんデス」


「大型の魔物を想定した大きさにしても、滅多に討伐対象にならなかったら意味がないって事ですね。それだったら普段から戦う魔物の大きさに合わせた方が合理的、と」


「ユウは飲み込みが早くて助かるデス。ヨハン、ユウをちゃんと見習うデスよ」


「……うっス!」


「そんなこんなで魔物に対抗する為の兵器として理力甲冑の性能は向上していったデス。装甲に使われる鉄も様々な種類が作られ、なるべく軽くて強い鋼も研究されてきたデス。そのお陰でこの百年ほどは魔物による被害がそれまでと比べてかなり少なくなったようデス」


「おお、ちゃんと成果が上がってるんですね!」


「ただ、兵器としての性能が上昇したことと比例して魔物被害が減ると、今度は理力甲冑の相手が魔物から人間に変わっていったんデスけどね」


「えぇ……」


「ま、人間てのはそういう生き物デス。すると、今度は対魔物用の性能よりも、対理力甲冑としての性能を追求していくんデスが……この話はまた今度にしましょう。これは剣や銃器といった武器の発展とも密接に関係しているし、それだけで一日が潰れるデス」


 すでにヨハンの頭はパンク寸前だが、何とか先生の話を理解しようと必死なようだ。必死になるあまり、眠たそうな目になっているのは気のせいだと思う事にしたユウだった。






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