第13話 双頭

第十三話 双頭


 この日、ユウとヨハンは朝早くから理力甲冑に乗り込み、森の奥へと進んでいた。目的は勿論、オニムカデの駆除だ。ホワイトスワンに乗っていたときは分からなかったが、町からそれほど遠くない場所で木々の低いところに傷がついている。ヨハンによるとオニムカデが這うときにつく傷かもしれないとの事だ。


「こんな町の近くに……それに数が多いですね」


「酷いものは木がボロボロだな。早くなんとかしないと林業への被害が増す一方だ」


 二機はそれぞれ一定の間隔を開けて歩く。いくらもしないうちに前方で蠢く何かが見えた。ユウとヨハンは無線で言葉を交わすことなく武器を構えながらゆっくりと進む。多数の関節が奏でる音が重なるように聞こえてくる。オニムカデだ。ユウは虫は特別苦手というわけではないが、初めて見る巨大なムカデに僅かな嫌悪感を抱く。

 黒く光る甲殻、理力甲冑よりも大きい体長、そして凶悪な見た目の牙。事前に聞いていた姿形と同じだ。そしてこれも事前情報通り動きはそれほど早くないようだ。


「ヨハン、いくぞ!」


 言うが早いか、アルヴァリスはオニムカデに向かって走る。敵は二匹いる。ユウは剣を振り上げオニムカデの頭部目掛けて振り下ろす。しかし、剣は甲殻に弾かれてしまった。まるで大型トラックのタイヤを棒で叩いたような手ごたえを感じる。相当に頑丈なようだ。


「ユウさん、隙間を狙ってください!」


 ヨハンの操るステッドランドは右手に持った剣でアゴの大きな牙を受け止め、左手の剣を体の下側から甲殻と甲殻の隙間に突き刺す。オニムカデは苦しそうにもがくが、二度、三度と剣を刺されてしまい絶命する。


 ユウはそれに倣い、軽いステップでアルヴァリスをオニムカデの側面に立たせる。そして体節と体節の間を狙い剣を振るう。次の瞬間、頭部と胴体が別れたオニムカデは力無く地面に倒れた。


「甲殻が硬いけど、落ち着いて対処すれば問題ないな」


「そうっスね。とりあえず、ここら一帯の奴をやっつけちゃいましょう」







 数えて二十匹目を倒した頃は昼を過ぎていた。何度かホワイトスワンに休憩で戻ったりもしたが、流石に空腹と疲労を感じるユウとヨハンはそろそろ昼食に戻ることにした。


「で、どうなのよ。まだかかりそうなの?」


「兄ちゃんたちー! おかえりー!」


 クレアは戻ってきたユウたちに尋ねる。クレアは先生達の護衛としてホワイトスワンに残っている。しかし、こんなところに帝国からの刺客がいるはずもなく、遊びにやってきたロイの相手をしていた。


「そうだね、二十匹は倒したけど、まだかなりの数がいると思う」


「ユウさん、戻る途中でもう一匹倒したでしょ。それにしてもこの数は異常ですね。本当に大繁殖って感じ」


 ヨハンはうへぇ、という顔をしてみせる。詳しい生態を知らないユウでさえもかなりの異常事態だと分かる。何か原因を絶たねばこの事態は収まらないのかもしれない。


「思ったんだけど……こんなに沢山いるなら、それだけ沢山の卵か何かあるんじゃないかな? それを叩かないとずっとこのままだと思うんだけど」


「……それもそうね。私達はいつまでもここに居られるわけじゃないし」


「うーん、オニムカデの卵か……暗くてジメジメしたところを重点的に周ったけど、それらしい所はなかったっスよ」


 ヨハンは腕組みして考えているが、確かに木々が生い茂ったり日当たりの悪い場所に多くいた。しかし、卵やそれらしい痕跡は見つけられなかった。一体どこにあるのだろうか。


「くらくて、ジメジメならきっとあそこだよ。あっちの山のほう」


 話を聞いていたロイは北西の小高い山を指差した。


「父ちゃんがいってたんだ。あっちの山にはムカデがたくさんいる、くらくてジメジメしたどうくつがあるって。だからぜったいにあの辺にはいくなって」


 三人は顔を見合わせる。なるほど、洞窟か。確かにムカデがいそうな場所だ。


「決まったな。午後からはその洞窟に行ってみるか」


「……私は引き続き先生とロイのお守りをしてるわ。別に行っても良いんだけど、虫の卵とか幼虫とかは……ね」


 ユウとヨハンは卵と幼虫と聞いてその光景を想像してしまい、げんなりとした顔をする。……昼食は軽めにしておこう。









「お、ここみたいだな」


 ユウはアルヴァリスを停止させる。ヨハンもステッドランドを停止させ、大きく開いた洞窟の前に立つ。かなり大きな洞窟のようで、どれ程深いかはここからは分からない。しかし、少なくとも入り口から見える範囲は巨大な理力甲冑がそのまま入れる程の広さだ。

 この洞窟は山の北側に位置しているため、日中でも陽がほとんど当たらない。ここに来るまでも多くのオニムカデと遭遇したが、洞窟に近づくにつれてその数が増しているためここで正解なのかもしれない。


「ユウさん、を仕掛けてみましょう」


 ユウは言われてアルヴァリスの腰にくくりつけた袋を取り出す。中には大きな葉っぱが大量に詰め込まれていた。


「これが殺虫剤代わりか……」


 さきほど昼食を取っているとロイの父親と仕事仲間が持ってきてくれたものだ。ユウ達がムカデ退治をすると聞いて急いで集めてくれたという。なんでも、昔からこの葉を燻したりお香に混ぜることで虫を殺したり防虫に利用するそうだ。何かしらの殺虫成分があるのだろう……しかし、いくら虫とはいえ魔物にも効くのだろうか?


 二人は周囲を警戒しつつ、手早く洞窟の入り口から少し入った所で焚き火を始める。例の葉っぱから煙がもうもうと上がり出したのを確認した二人は急いで理力甲冑に乗り込む。


「少し離れていよう」


 二人はいつ襲われてもいいように周囲に気を配る。……何も起こらない。いや、洞窟の中ではなく、森の向こうでオニムカデらしき影がのたうち回っている。どうやら効果はあるみたいだ。






「そろそろ乗り込んで……みますか?」


 殺虫剤代わりの焚き火がほとんど燃え尽きたが、洞窟には特に変化が無い。もしかしてハズレだったのだろうか。一応、確認の為にも理力甲冑で探索してみることにした。

 ヨハンはステッドランドで近くの木の枝を手際よく切り、何か作業をしている。


「即席の松明です。燃焼時間は短いけど、ちょっと調べる位なら十分っスよ」


 洞窟の中は広く、理力甲冑が二機で歩くには十分な高さと幅になっていた。少し歩いてみると、何かが松明の明かりに照らされる。オニムカデだ。しかし、全く動かない。


「効果は有ったみたいだな。もう少し進んでみよう」


 それからしばらくはオニムカデの死骸をいくつも踏み越えて洞窟の奥へと歩みを進める。外からは想像もつかなかったが、洞窟はかなりの長さだ。しかもだんだんと地下に降りている。あんまり深いところまで行くと空気よりも重いガスが溜まっているなどして酸欠の恐れがあるが、今のところ即席松明の火は順調に燃え続けている。


 いくらか歩いた所で急に洞窟が広くなった場所に出た。今までの通路のような部分も広かったが、ここはさらに広いホール状になっている。向こうのほうは松明の明かりが届かず、ぼんやりとしか見えない。


 ……理力甲冑が駆動する時に発生する、何かが高速回転するような高い音が洞窟に反射する。キィンという音がこだまして聞こえるなか、何か妙な音が聞こえてくる。


「ユウさん、奥に何か居ます……!」


 ヨハンが松明を掲げるがよく見えない。二機はゆっくりと奥に向かって歩く。広い空間にいるはずなのに何故か息苦しい気がする。あまり長居は出来ないか。


 二人は暗がりに気を付けながら進んでいく。その時、ユウは明かりに反射しながら何かが動くのが見えた。なんだ、何が動いている?


 ……シャラ シャラ シャラ……


 まるで木葉か金属片が擦れるような音だ。得体のしれない相手に緊張が高まる。


 二機が謎の動く物体の正体に気が付いたのは、にかなり近づいてからだった。あまりに大きいので最初は分からなかった。ソレはホールのほぼ中央に陣取り、非常に長い体躯をとぐろに巻いている。先ほどからの明かりの反射はとても頑丈な甲殻が黒光りしていたもので、妙な音は無数に生えた足が蠢く時に奏でられた音だった。


 ソレは異様に巨大なオニムカデだった。これまでに倒したオニムカデも大きかったが、こいつは比較にならない程大きい。理力甲冑、いや、ホワイトスワンを二巻は出来るかもしれない。それに巨大な顎の牙はアルヴァリスの剣より長く太い。規格外の大きさに二人は圧倒される。


 オニムカデの頭が触角をチロチロ振りながらアルヴァリスとステッドランドの方を上から見下ろす。二匹が絡んでいるのか。それぞれの頭は牙をガチガチ鳴らせて威嚇する。

 ユウはとぐろの隙間から見える物に気が付いた。薄い黄色をした無数の小さい球状の何か。もしや、あれは卵か? それならばこの巨大オニムカデは卵を守っているのか。


「ヨハン! 逃げるぞ!」


 ユウが叫ぶと二機は放たれた矢のように来た道を駆け出し、巨大オニムカデもそれを追いかける。ホールから通路に入ったが全く速度が落ちない。通路状になっている洞窟の壁を巨大な足が削岩機のように荒々しく削っていく。ひょっとして、この洞窟は巨大オニムカデが掘ったものなのか? もしそうならこの大きさも納得が出来る。


「なんで! アイツは生きているんですか?!」


 ヨハンが悲鳴のような声を上げる。殺虫剤が全然効いてないのだから、その悲鳴も無理はない。


「多分、洞窟が深すぎたか、それとも体がデカ過ぎて効かなかったんだ!」


 恐らく、その両方だろう。洞窟の奥は広いホール状になっていたので殺虫成分が拡散し、あの巨体を殺すには葉っぱの量が少なかったのだ。


 一本道の曲がった洞窟をアルヴァリスとステッドランドは必死に駆け抜ける。あまりの速さで走るのでステッドランドが手にした即席の松明は今にも消えそうだ。すると向こうに明かりが見えた。出口だ。

 二機は洞窟を飛ぶようにして脱出し、続いて巨大オニムカデも後を追って飛び出していく。その際、オニムカデの巨体が洞窟の入り口を削って拡張する。


「でかい……!」


 すぐさま、振り向きながら戦闘体勢に入ったユウは呟く。改めて見るとその巨大さが際立つ。それに……。


「あのオニムカデ、頭が二つも付いていますよ!?」


 そう、二匹が絡み合っていたのではない。このオニムカデは巨大なうえに双頭だったのだ。体長の三分の一ほどから体が二又に裂け、それぞれに頭がついている。突然変異であろうオニムカデは二つの大きな頭をもたげてこちらを睨む。まるで物語に出てくる巨大な大蛇か竜のようだ。

 それぞれの頭についている鋭い牙がガチガチと再び鳴らされる。二つの首が後ろへわずかに動いたかと思うと、巨体に似合わない速さでユウとヨハンに襲いかかってきた。


「くっ……!」


 アルヴァリスとステッドランドはその場を大きく跳躍して回避する。それぞれが元いた場所はオニムカデの巨大な頭が地面と激突し、大量の土砂を巻き上げながら首を振り回す。


「ヤバいっすよ! こんなの、かすっただけで機体がバラバラにされる!」


 しかしここで逃げたとしても、この二つ首はかなりの速さで走るためすぐに追い付かれるだろう。それに下手に町の方へ逃げるとそちらの方へ攻撃対象が移るかもしれない。


「でもヨハン、ここで倒すしかない!」


 アルヴァリスは剣を振りかぶり黒光りする甲殻に斬りかかる。しかし甲殻は想像以上に硬く、傷ひとつ付かずに弾かれた。


「それならっ!」


 ユウはアルヴァリスの剣を水平に構えさせると、クルリと機体を回転した。回転による遠心力を得た剣はオニムカデの腹と背の間、黒と白の甲殻の隙間へ鋭い一撃を与える。

 通った。確かに剣は隙間を抜け硬い甲殻の内側にある肉を斬り裂いたが傷は浅い。


「デカ過ぎて刃が通りにくい……!」


 あまりにも大きな体を傷つけるためにはアルヴァリスの剣では重量と大きさが足りないのだ。ユウがどうするかと考え付いたところ、突然、機体に大きな衝撃が走る。後方へ吹き飛ばされたアルヴァリスは大きく尻餅をついた格好になった。


「くっ……! なんだ?!」


 見ると斬りつけた腹から生えている足が奇妙に動いている。巨大オニムカデはアルヴァリスを足で器用に蹴りつけたのだ。これでは下手に近づいて攻撃しにくい。






「一撃が……重い!」


 ヨハンのステッドランドは向こうでもうひとつの頭から繰り出される攻撃を凌いでいた。二振りの剣で上手く牙を捌いているが、覆しようのない質量差はステッドランドの腕部に悲鳴を上げさせる。このままではあまり何度も受け続けられない。


「てぇぇ……りゃぁぁ!!」


 ヨハンも防御に徹していては押し負けると分かっており、なんとか僅かな隙を作って反撃に移る。牙を二刀で思い切り上に跳ね上げ、がら空きになった頭の下に潜り込むステッドランド。巨大オニムカデはそのまま頭を下に振り下ろしてヨハンを押し潰そうとする。


「危ないっ!」


 ユウが叫ぶと同時にヨハンのステッドランドは垂直に飛び上がり、オニムカデの顎下へと片方の剣を突き立てる。普通ならば簡単には突き刺さらないほど硬い甲殻は自身の重量と振り下ろす速度が仇となり、周囲に亀裂を走らせながら砕ける。


「やったか?!」


 ヨハンは勢いをそのままに、突き立てた剣を振り抜こうとする。このまま縦に斬り裂いてやる。その瞬間、あまりの衝撃に視界が歪んでしまった。


 ヨハンが下から串刺しにした頭は怯むことなく巨大な頭部を振り回し出したのだ。ステッドランドは攻撃する途中だったため防御が間に合わず、土手っ腹に巨大なハンマーをぶつけられたかのような重い一撃を食らって遠くに吹き飛ばされる。


「ヨハン!」


 ステッドランドは近くの木々をなぎ倒しながら減速する。アルヴァリスはそちらの方へ駆け寄ろうとしたが、もう片方の頭が牽制するかのように立ちはだかった。ステッドランドは胸から脇腹にかけて装甲がへこんだり脱落しかかっている。


「ヨハン! 無事か!?」


 ユウは無線に向かって叫ぶと、ザザッというノイズの向こうにうめき声が聞こえた。気絶しているのだろうか、何とか無事のようだ。


 二つの頭は動かなくなったステッドランドを無視してユウのアルヴァリスへと狙いを定める。ユウは盾を全面に構えながら左右どちらの攻撃にも対応出来るように爪先へ力を込める。一瞬の間の後、右の頭が顎の牙を大きく広げて迫ってきた。それを横に跳んで躱すと、タイミングを合わせたのか左の頭が猛烈な速度で襲いくる。


(躱せない……!)


 咄嗟に左腕の盾を前面に掲げる。オニムカデの巨大な牙がアルヴァリスの盾に貼られた分厚い金属板と激しく衝突した。この汎用型の盾は厚みのある金属を張り合わせており、多少は重いがかなりの強度を誇る。理力甲冑の剣擊はもとより、大口径の銃もある程度の距離ならば防げる。


 その盾があまりの運動エネルギーに耐えきれず、変形、いや貫通してしまった。アルヴァリスはそのまま盾と一緒に持ち上げられてしまう。


「くそッ! 離れない!」


 ユウはなんとか振りほどこうとするが、牙はしっかりと盾に食い込んでしまって外れる気配がない。それどころか万力のような力で締め付けてくるではないか。それに牙の先から何か液体のようなものが分泌されている。ムカデの毒腺というやつか。その毒が飛び散り、装甲から煙が上がる。


「まさか、強酸?!」


 ユウは思いきって左腕と盾を繋ぐ部品に剣をあてがい、切り離す。地面に着地したアルヴァリスは大きく後方へ跳躍し、巨大オニムカデと距離を取る。

 牙に絡め取られた盾はというと、みるみる間に曲がっていき最後は真っ二つに割れてしまった。なんという凄まじい咬合力か。


 圧倒的な質量による打撃、強力な顎の牙、理力甲冑の装甲を溶かしかねない毒。そして並みの攻撃ではが立たない分厚い甲殻。

 これからアルヴァリスは一振りの剣と腰に保持しているライフル銃だけでこの双頭のオニムカデを仕留めなければならない。


(ライフルだと至近距離でもあの甲殻を貫通しないだろうし……甲殻と甲殻の隙間を狙うのも難しそうだ。でも剣ならばヨハンがやってみせたように、相手の質量を利用すればあるいは……)


 そういえば、ヨハンが下顎に突き立てた剣は? 影になってここからでは見えないが、右の頭から体液が滴っている。これならば……!


 ユウは左手にライフルを持ち、銃の安全装置を解除する。最初からオニムカデには効果がないと踏んでいたので、予備の弾倉は持ってきていない。しかし、今ある分だけでもこの作戦ならばなんとかなるだろう。


 二つの頭は残ったアルヴァリスを仕留めるために猛攻を開始する。片方の頭が牙を突き立てようと飛びかかるのを複数回の跳躍で避ける。そこへもう片方の頭が胴体を使って凪ぎ払ってくる。この連携を予期していたアルヴァリスは宙返りで回避し、甲殻の隙間へ剣を突き立てようとする。しかしオニムカデは体をよじることで隙間への攻撃を防ぐ。これまでの行動から読んだというのか、以外に賢いのかもしれない。


 アルヴァリスは積極的に攻撃をせず、回避に専念している。敵の一撃はどれも致命的な威力を持つが、落ち着いて動きを見れば躱すことは難しくはない。オニムカデが巨大なので、その予備動作も分かりやすいお陰だ。

 しばらくの間、そうやって攻撃を避け続けると片方の頭からの攻撃が鈍くなってきた。周囲にはオニムカデの体液が飛び散っている。


(そろそろか……?)


 陸上のハードルを飛び越えるようにしてオニムカデの攻撃を上へ跳んで躱したアルヴァリスはそのまま背中を走り抜け着地する。二つの頭はそれを追いかけようと全身を器用に動かして向きを変える。その一瞬の隙をユウは見逃さなかった。


「今だっ!」


 アルヴァリスは右の頭を目掛けて跳ぶ。あまりの速さに二つの頭は反応出来ない。そのまま右の頭部の下に潜り込んだアルヴァリスは地面を垂直に蹴って機体を捻りこみ、上方へ膝蹴りを繰り出す。目標はヨハンが突き立てた剣だ。

 金属と甲殻が割れる音がする。突き刺さったままの剣はアルヴァリスの膝蹴りでより深く突き刺さり、しまいには上側の甲殻も突き破ると同時にあまりの力に負けて折れてしまった。


 思わぬ攻撃に右の頭は悲鳴のような音を上げる。しかしアルヴァリスの攻撃は終わらない。そのまま頭にしがみつき、手にしたライフルを今しがた貫通した傷口につっこむと引き金を引く。鈍い銃声が数回響くと同時に巨大オニムカデの右の首は不自然に震える。そしてすぐに力なく地面へと激突する。

 分厚い甲殻を貫通することが出来ない銃弾はオニムカデの体内で跳弾し、内部の組織をズタズタに破壊したのだ。いくら外皮が硬くとも、中身は柔らかい。


 今や一つ首になった巨大オニムカデは片方の頭がやられた怒りか、思うように仕留められない苛立ちからか甲高い叫び声のようなものを上げる。

 怒りの気勢を無視するかのようにアルヴァリスは今、倒したばかりの頭にまだしがみついている。いや、両腕を顎の大きな牙の一本に掛けているようだ。ユウは歯を食い縛り、アルヴァリスにあらんかぎりの力を振り絞らせる。


 アルヴァリスは両手で大きな牙をしっかりと掴み、足でその付け根を踏みつけて全身を使って引き抜こうとする。メキメキと音を立てて牙が付け根から引きちぎられようとしている。理力甲冑に使用されている人工筋肉が持てる全力を発揮する。装甲で覆われているその下では限界まで人工筋肉が膨れ上がっているだろう。

 その動かないアルヴァリスを残った左の頭が呑気に放っておく筈もなく、ここぞと言わんばかりの速さで襲いかかるが何故かアルヴァリスは避けようとしない。


 アルヴァリスに搭載された理力エンジンの吸気と排気が激しくなる。低い唸るような音が辺りに響き渡る。

 一瞬、アルヴァリスの全身が強く光ったように見えたかと思うと、大きな音を立てて筋線維がちぎれ巨大な牙がもぎ取られた。そのまま突進してくる頭部を上空へ大きく跳躍して避ける。


「これでトドメだ!」


 アルヴァリスは空中で姿勢を変え、手にしたオニムカデの大きな牙を両手に持ち直す。そのまま、地面と激突したままの残った頭部にその牙を突き立てる。落下速度とアルヴァリスの質量を乗せた一撃は、牙の尋常ではない硬度と鋭さもあって簡単に甲殻を貫通した。


 巨大オニムカデは全身をのたうち回らせる。アルヴァリスは振り落とされないよう必死に突き立てた牙にしがみつく。その傷口から僅かに煙のようなものが上がっていく。思った通りだ。牙に残った毒がオニムカデの体内を灼いていく。アルヴァリスはさらに牙を深く、抉るように押し込む。

 のたうつオニムカデへ最後のだめ押しで刺さった牙を引き抜き、大きく空いたその穴へライフルの銃口を突っ込み、そして引き金を引く。フルオートで銃弾が発射され、その度にオニムカデの巨体は痙攣したように跳ねる。そして弾倉に残った弾丸をすべて撃ち尽くした時には完全に生命活動を停止していた。







「ユウ、ヨハン、大丈夫?!」


 クレアがホワイトスワンの無線で呼びかける。


「ああ、僕は大丈夫。ヨハンもさっき目を覚ました」


 ユウは巨大な双頭オニムカデを倒したあと、ホワイトスワンに無線で連絡をしたのだ。報告を聞いたクレアは驚きながらも冷静に状況を確認し、ちょうど修理、もとい調整の終わったホワイトスワンで駆け付けたのだ。


「あ……クレア姐さん。すいません、心配かけました」


 ヨハンは心なしか落ち込んでいるようだ。そんなヨハンにクレアは気を使ったのか優しく接する。


「本当に大丈夫? 理力甲冑が吹き飛ばされて気絶しちゃったんでしょ? どこか痛む所は無い?」


 クレアはヨハンの頭や体にケガがないか調べている。


「いや、大丈夫ですよ! 頭の方はちょっとぶつけちゃったけど、それだけです!」


「ん、そうね、これなら大丈夫でしょ」


 特にケガをしていないことを確認するとクレアはヨハンの背中をバンバンと思い切り叩く。あまりに強く叩くのでヨハンは咳き込んでしまった。……クレア、それはちょっと雑過ぎるぞ。


「クレア、ヨハンを見ていてくれないか」


「? いいけど、どこ行くの?」


「ちょっと洞窟の中まで」


 ユウはアルヴァリスに乗り込む。最後の仕事が残っている。







 洞窟の奥、広いホールの中央まで進む。あの双頭のオニムカデがいた場所、そこには大事に守られていたオニムカデの卵があった。おそらく、全ての元凶である卵を潰せば町は救われるだろう。アルヴァリスが卵を踏みつぶそうと足を上げたその瞬間、いくつかの卵が小さく動く。異変に気付いたユウは少し後ろに下がり、様子を見る。卵は何度か小さく動いた後、表面が破れて中から小さく白いムカデが出てくる。孵化したのだ。


 卵を潰そうと最初に提案したのはこの事態を根本から解決するためだ。しかし、親であるあの双頭のオニムカデと戦ったからなのか、初めて見たとき大事そうに抱えて守っているのを見たからか、ユウはこの卵を潰すことに抵抗を感じていた。オニムカデは町の人に害を与える魔物だ。その一方で彼らはただそこで彼らなりの生活を営んでいるだけなのだ。それを人間の都合で根こそぎ駆除することに何かしらエゴのようなものを感じる。

 ここで卵をすべて潰さないと、後々に成長したオニムカデがこの一帯を再び荒らすだろう。しかし、魔物といえど、これから生まれてくる生命を簡単に奪って良いものだろうか。……生まれてきた幼虫はとても小さく、守ってくれる親もいない。この大量の卵から孵った幼虫のうち、何匹が成虫にまで育つのだろう。


 ―――ユウはこの卵を見逃すことに決めた。ロイや町の人には申し訳ないが、ちゃんと説明すれば納得してもらえないだろうか。そう思いながら洞窟を出ようと向きを変える。その時。


「ん? なんだ?」


 先ほど孵ったばかりの幼虫が動いていない。今また、卵を突き破った幼虫が這い出てくる。しかし、いくらもしないうちに苦しそうに悶えてそのまま動かなくなってしまった。


「……そうか、あの葉っぱか……」


 洞窟にたどり着いた時。最初に殺虫成分の含まれる葉で洞窟の中を燻した。きっとその成分がまだこの辺りには残っているのだろう。おそらく少量でも孵化したての小さな幼虫には効果覿面なのだ。そう、彼らは生まれながらにして死ぬことが決まっている。


 ユウは少しの間、考えた。そして何も言わず、残った卵をすべて踏みつぶした。






「ごめん、遅くなった」


 ユウが洞窟を出ると、損傷したヨハンのステッドランドをクレアが動かしていた。これからホワイトスワンへ収容するのだろう。


「遅かったわね。ヨハンを医者に診せなきゃいけないからすぐ片付けて町に戻るわよ。そしたら次は私が出るわ。まだムカデを狩るんでしょ?」


「……いや、もう大丈夫だと思う。洞窟の中で卵を見つけたんだ。全部潰したからこれ以上、町に被害が出るようなことはないよ」


 ユウはそう言ったきり、アルヴァリスを格納庫に向かわせる。


 その入れ違いで先生とボルツがホワイトスワンから出てくる。先生はまるで小山ほどある双頭のオニムカデの死骸まで来るとまじまじと観察する。ふんふんとあちこちを見て回り、ボルツを呼んだ。


「いやーここまで大きいオニムカデなんているんデスねー。大きすぎてちょっと実物を見ても実感が湧かないデスね!」


「しかもこの個体は頭部が二つありますよ。爬虫類なんかはごく稀に双頭の奇形が誕生するそうですが、こういった虫型の魔物でもあるんですね」


 ボルツのいつもは疲れた目も今ばかりは驚愕で大きく開いている。


「ところでボルツ君、この巨大なオニムカデを見て何か感じるものはないデスか? 特にあの丁度いい大きさの牙とか、ものすごく硬そうな外皮とか」


「ふむ、先生もそう思いますか。いや、恐らく私も同じ考えです。しかし、ホワイトスワンに積んで帰るには大き過ぎますね。軍かどこかに頼んでここでやってもらいましょう」


 先生とボルツは不敵な笑みを浮かべているが、そのことに気付くものは他にいなかった。








 町に帰ると、入り口でロイが手を大きく振って出迎える。戦闘になるかもしれないという事で町に置いてきたのだが、ずっと待っていたのかもしれない。ロイはすぐに父親やその仕事仲間、町の人を引き連れてきた。


「兄ちゃん! バケモノやっつけたのか?!」


「ああ、アイツ等は僕たちが退治した。もうこれで安心してお父さんは仕事が出来るようになるよ」


 ロイは嬉しそうにニンマリと笑う。ロイの父親も安堵した様子で礼を言う。


「本当にありがとうございます。なんとお礼を言ってよいやら……」


「いえ、僕たちは出来ることをしただけです。そんなにお礼を言われるほどの事はしてませんよ」


「ならせめてもう一日泊まっていきなさいよ。みんなのためにごちそうを作ってあげるわ」


 ロイの母親がわが子を抱きながら言う。ユウとクレアは顔を見合わせる。ヨハンを町医者に診てもらうし、今から出発するにはもう時間が遅い。ここは皆の厚意に甘えるとしよう。


 その晩は盛大な宴会となった。最初はロイの家で父親の木こり仲間と夕食を囲む予定だったが、ユウたちの活躍を聞きいた町中の人が集まるうちに、どんどん規模が大きくなった。そうしていると、町の広場を解放して飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎになるまではそう時間が掛からなかった。それだけこの町の人たちはオニムカデの大発生に苦しめられていたのだろう。ここ最近のうっ憤を一気に晴らす勢いだ。


 ユウは宴会で出された食事のうち食べやすそうなものを選び、町の診療所で寝ているヨハンのところまで運びに行った。医者の説明では特に異常は見られないため、一日安静にしておけば問題ないだろうとの事だった。食事も普通の物を食べていいというのでこうして持ってきたわけだ。


「なんだ、起きてたのか」


 病室に入ると、ヨハンはベッドから起きていた。


「もしかして食事を持ってきてくれたんですか? ありがとうございます!」


 すっかりお腹を空かせていたようで、ユウが持ってきた食事をすぐに平らげてしまった。一息ついたところでヨハンが尋ねる。


「ユウさん、あの洞窟の中、卵がありましたよね。あの大きいやつが守ってた」


 ヨハンも気づいていたのか。


「……ああ」


「ユウさんは気にしなくてもいいですよ。仕方がない、っていうとちょっと違うんですけど……」


 ヨハンは言葉が見つからずだまってしまう。町に戻る間、クレアにユウの様子がおかしいことを聞かされたのだ。ヨハンは何となく原因を察し、不器用ながらもユウを励ますが上手くいかない。


「自然の摂理っていうんですか、生きるか死ぬかって時に人間も魔物も違いはないハズです。だから、ユウさんがしたことは自然の事で……」


「大丈夫だよ、ヨハン。あの卵はなんとかしなきゃこの町の人が困るからね」


 そう言ってユウは笑ったが、その表情はどこか無理をしているように感じた。

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