第47話 迅雷・2

第四十七話 迅雷・2


「白旗はまだ上がらんさ」


 初老の男性が呟く。本来の年齢よりも老いて見えるシワの深さと疲労の色が濃い表情。白髪混じりの黒い短髪は艶が無くボサボサだ。連合軍の制服に身を包んだ彼はクレメンテの街にある北部方面軍司令部の総司令官に就いている。名前はジョージ・グレッグマン。


 現在、クレメンテの街の西側では大規模な戦闘が行われている。もちろん、相手は帝国軍だ。グレッグマンは真贋怪しい情報が飛び交う司令部で、なるべく冷静に状況を分析する。


「現在の状況は?」


「敵の第一波はなんとか食い止めました。こちらの損害は理力甲冑の大破1、中破5、あとは戦闘に支障が出ない程度の損傷です。しかし、問題は防柵が……」


 そう言って部下の一人が机の上に広げられた地図を指し示す。クレメンテを中心とした付近の詳細なものだ。


「事前に構築した防柵のうち、攻撃が激しかったここの地点を中心に防柵がいくつも破壊されました。まともに残っているのは全体の七割ほど。急いで修復と新たな構築をさせていますが、次の攻撃に間に合うかどうか……」


「しかし、効果はあったのだろう?」


「ええ、それは大いに。あの輸送艇とやらの性能スペックが多少なりと判明していたのが助かりました」






 クレメンテの街周辺には他の地域同様に、大規模な防柵による防御陣地を構築していた。しかし、ここの防柵は他と違い、かなり。その高さは優に理力甲冑の全長を越え、まるで壁のようだった。


 これはとある情報筋ホワイトスワンからの報告によって、帝国軍が使用した例の高速輸送艇への対抗策の一つだった。今現在、恐るべき進軍速度を支えている輸送艇は、これまでにない機構で宙を滑るように移動出来る。しかし、それは自在に飛行出来るというわけではなく、一定の制限があった。


 それは高度の問題だ。この輸送艇は分類上、ではなく、地上効果機と呼ばれるである。その特徴は比較的小さな翼でも安定して航行できるのだが、その欠点はある一定以上に高度を上げることが出来ないという点だ。


 そのため、地上効果機は起伏に富んだ地形や大きな障害物によって簡単に進路を阻まれる。それを知った北部方面軍は塹壕掘りを最小限にとどめ、帝国の侵攻ルートを予測しつつ巨大な防柵の構築に注力したのである。


 以前から、クレメンテ周辺で目撃された謎の飛行する船の存在や、ホワイトスワン隊からもたらされた情報から、北部方面軍では帝国軍の輸送艇に対する危機感が募っていた。しかしながら、巨大な船が宙を浮くなどというこの世界ではあまりにも突飛な事実を受け入れる者は多くない。実際、周辺で飛行艇が目撃されたクレメンテや、ホワイトスワンを実際に知っているアルトスでも多くの人々が俄に信じがたい話だと思っていた。


 結果として、帝国軍の輸送艇対策を半ば強引に行ったクレメンテをはじめとした大陸北部側では比較的侵攻を食い止めることができ、反対に南部側は防御陣地を突破されたことにより甚大な被害が出てしまった。





「他の都市からの報告では、帝国軍は積極的に都市部を攻めず前線基地構築を急いでいるようです」


「ふむ、やはり先遣隊だけでは大都市を攻め切れないのだろう。輸送艇で運搬できる理力甲冑と兵の数にも限りがある筈だからな」


「となると、奴ら帝国はまずは各地に橋頭堡きょうとうほを確立し、後続の部隊を待つということでしょうか」


 グレッグマンは地図を一睨みしつつ答える。


「恐らくな。帝国のこのような戦い方は初めて見たが、なんとなく予想はつく。輸送艇を使った迅速な侵攻は確かに脅威だが、それだけでは攻めきれない。突破力はあるが、その後が続かないと意味が無いのだ。その辺は流石に帝国も理解しているだろう」


 だからこそ、帝国の先遣隊は無理な進撃をせずに街と街の間に橋頭堡を築かなければならない。そうしなければ彼らは連合軍に取り囲まれて撃滅されるだろう。


「しかし、このままだとアルトス、ケラートは不味いな。このままだと帝国に包囲されてしまう」


 緊急の無線から少しずつ判明する戦況はやはり雲行きが悪い。アルトスからの連絡は定期的にやり取りが出来た。しかし、ケラートは先程から




 ケラートは大陸南部に位置する都市国家の一つで、アルトス、クレメンテと並ぶ大規模な街だ。大きな港と良質な漁場が特徴で、サペロスが北の玄関口ならばケラートは南の玄関口となる。


 その性質から大陸南部の船便を経由する物流は一度はこの街を通過するとまで言われ、その重要性は非常に高い。そのため、他の大都市と同等の戦力を配置していたはずなのだが……。




 最後の連絡内容から、ケラート周辺にはかなりの数の帝国軍が到達したと判明した。しかし、いくら包囲されたとしてもここまで簡単に堕ちるとは考えにくい。


「もしかして海側から侵入したのでしょうか……?」


「まさか……いや、有りうるのか?」


 街の南に広がる海には多数の商船のほか、周辺海域を警護する軍艦が配置されている。いくら例の輸送挺が高速かつ水上を移動できたとしても、軍艦の隙間を縫って港に接近できたとは思えない。


「今はまだ不確定な情報も多い、今はこの攻勢をしのぐ事を考えろ。それとはどれくらい進んでいる?」


「ああ、ですか。現在、工房にて取り付け中との報告が入っています。しかし、ギリギリの搬入でしたね、あと半日遅ければ間に合わなかった」


 その言葉にグレッグマンは手元の資料に視線を落とす。そこにはステッドランドによく似た格好の理力甲冑の姿が描かれていた。


「ぶっつけ本番か……まったく、楽しませてくれるよ」


 くっくっくっと思わず笑みがこぼれる。おそらく、自身の若い頃を思い出しているのだろう。その表情を見た古参の副官がやれやれといった仕草で返した。


「今のあなたは多くの将兵を束ねる立場なのですよ? 無茶はしないで下さい」


 分かっているという風に肩をすくめて見せた。しかし彼、グレッグマンは今でこそ北部方面軍総司令官という肩書きに落ち着いているが、若い頃はなにかと話題の理力甲冑操縦士として名を馳せていた。当時の活躍、もとい蛮勇とも言える暴れっぷりは国の内外に轟いている。恐らく、その頃の血が騒いでいるのだろう。


「本当にですか……? あの時とは違うんですから」


「プレジア砦の事か? 流石にあれはワシでも肝を冷やしたな。それともスノーウルフ雪狼ロックベア岩石熊の大群に囲まれた時の事か? いや待て、他には確か……」


 放っておくとまだまだ当時の武勇伝を語り出すので、古参の副官は手を鳴らして遮った。


「とにかく、例のを搭載した理力甲冑はまだもう少し時間が掛かります。それまではなんとか敵の攻撃を防がねば」


「幸いにして此方の士気は依然として十分に高く、急な襲撃にも耐えられました。それもあの黒騎士のおかげでしょう」


 黒騎士。その名の通り、漆黒の重理力甲冑を駆る者の二つ名。


「シンと言ったか、その操縦士は。奴には助けられっぱなしだな。それほど強いのなら今度、ワシ自らが手合わせを……」


「閣下、自重してください」


「むぅ。とにかく、敵の第ニ波はより大きな規模になるだろう。しかし逆に、戦力を整えるまで時間がかかるはずだ。それに敵の動きと狙いはより単調となる」


 グレッグマンは指令部の人員、一人一人の顔を見ながら続ける。ある者は手を止め、またある者は作業を続けながらもその良く通る声に耳を傾ける。


「今や帝国は無差別に戦争を仕掛けるならず者の国と成り果てた。しかし我々はその暴力から市民を守るために都市国家同士で巨大な連合軍を結成したのだ。今がその時だ、貴様ら一人一人の力を合わせる時だ」


 その横で副官は静かに演説を聞いている。しかし、その眼は獲物を発見した時の猛禽類のように爛々と輝いている。普段は冷静な彼もまた、昔を思い出しているのかもしれない。


「我がクレメンテは新兵から古参兵、最前線で戦う者から後方で支援する者、その全てが一騎当千のつわものだ! 帝国の見栄ばかり気にする軟弱なクソッタレどもの度肝を抜いてやれ! 我等の姿を夢で見てうなされる程に恐怖を味あわせてやれ!!」


 次第に、物言いが若い頃のように乱暴となっていく。しかしそれが返って皆の士気を上げていく。今、この場でクレメンテの陥落を心配する者は誰も居ない。


「確かに最初の一手は帝国にしてやられた! だが、この程度の苦境がどうした?! これは戦争だ、一つ一つの勝った負けたは気にするな! 最後の最後に勝てばそれが結果だ! ワシは連合軍の勝利を信じているし、貴様らも信じてくれ!」


 そこかしこで気合いの声が上がり、皆の眼差しからは強い意志が感じられる。


「我が軍は依然として厳しい状況にあるが、貴官らの能力に疑いの余地はない。各自、作業に戻れ!」


 副官が後を次ぐ。そして司令部は再び騒がしくなっていった。そう、クレメンテの街はまだ、負けていない。







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