第47話 迅雷・1

第四十七話 迅雷・1


 アルトスの街から西に少し離れた場所では多くの兵士と軍馬、大量の資材と武器、そして理力甲冑が集まっていた。ここは国境線に近く、侵略してくるであろう帝国軍に備えて陣地を構築していた。すぐ近くに監視用の砦もあるが、この平原は理力甲冑が大軍で侵攻するのに適している。そのため、連合軍の上層部はこのような帝国軍が侵攻してきそうなルートを試算、その要所の守りを固める算段をした。


 今日も賑やかというにはうるさ過ぎる人の怒号と作業の音が周囲に響く。即席の陣地の周りには木の丸太を組み合わせた防柵バリケードが設置されている。これは馬による騎兵の突撃を防ぐ目的もあるが、それ以上に理力甲冑の足止めという役割も担っている。地中深くにしっかりと刺さった丸太を交差させながらいくつも組まれ、その高さは機体の膝から高いものでは腰ほどもある。たとえ大きな質量をもつ理力甲冑といえど、その防柵を簡単には蹴散らせず、不用意に進もうとすると足を取られて転倒する恐れがあるのだ。


 そんな防柵を新たに作るため、山のように積まれた丸太の山で一機の理力甲冑が作業を行っている。脇に抱えるように三本の丸太を持ち、作業場へと運ぶ。そこには別の機体が短刀を取り出して丸太の先端を尖らせている。また、別の機体はその丸太を地面へと突き刺し、大きな槌で打ち込んでいた。この世界において理力甲冑とは強力な兵器や国家の威信であると同時に、便利な土木機械でもあった。


「おーい、次の丸太を持ってきたぞぉ!」


「おう、そこらに転がしといてくれや!」


 このような会話がそこかしこで聞かれる。歩兵の兵士や理力甲冑の操縦士、土木が専門の工兵など、皆が一丸になって作業を進めていた。








 軍部の予想では帝国の侵攻開始はもう数日から一週間との事らしい。今のうちに強固な防衛線を構築しておかなければならない。


 帝国の戦略は恐らく直前の対シナイトスと同じと考えられていた。つまり、理力甲冑の機動力を生かした迅速な陣地突破による戦線の破壊だ。砲兵の十分な支援によって前線の敵を硬直させ、その後にステッドランドの大軍が一点突破を図る。そして展開している軍の内側から敵を切り崩す手口に、シナイトスは打つ手が無かった。


 連合軍はそれを戦訓とし、各地の陣地や砦に大規模な防柵や堀代わりの塹壕を構築している。緒戦の突進力をいかにして減衰させるかで今後の戦闘の趨勢が決するだろう。幸いにして、帝国軍のコピー品であるステッドランドの量産が間に合ったことで各地の土木工事陣地構築は順調に進んでいるという。








 そんな時、付近を哨戒中のある歩兵が異変に気付いた。どこからか、奇妙な音が聞こえる。


「なんだ……? この音は」


 どこか甲高い音、それに低く唸るような風切り音。辺りを見回すが、目の前には広い平原が続くだけだ。後ろには今も理力甲冑が防柵を作っている。気のせいかと思い、もう一度平原に目をやる。どこまでも広がる大地は枯草の色で全体的に薄黄色い。


 風の音だろう。相変わらずその音は聞こえてくるが、そう思う事にした。


 冬の寒風が吹き込むと、思わず体が震えた。軽装な鎧の下には何枚も服を着込んではいるが、寒いものは寒い。はやく交代の時間にならないものかと待ち焦がれるが、まだまだ先のようだ。


「……?」


 歩兵は何かを見つけたのか、目を凝らす。先ほどから見ている平原の先に何か黒い点のようなものが見えた。どうやらそれなりに大きい。それに数も多く、ぱっと見で十……いや、二十はあるだろうか。


 魔物の群れか。しかし、この地域に群れを作る大型の魔物は聞いた事がない。せいぜいが家族単位の二頭か三頭くらいだ。では一体あれは……?


 そして気付いた。先ほどから聞こえる奇妙な音は、あの黒い点がいる方角から聞こえてくると。


 イヤな予感がする、と思った瞬間に歩兵の脚は陣地に向かって走り出していた。


(何かは分からないが、あれは魔物じゃない! となると、帝国が攻めてきた……?!)


 その歩兵には確信は無かったが、異常事態であることは間違いなさそうだ。金属の板同士を繋いだ鎧が走るたびにガチャガチャと鳴る。もう少しで人がいる所まで戻れる。早く、速く知らせなければ。


 前方に作業をする工兵と見回りの兵士が雑談をしているのが見えた。歩兵は走りながら大きく息を吸い、叫ぼうとする。しかし、必死に走るあまり彼は気付いていなかった。あの黒い点が、奇妙な高音と低く唸るような風切り音がすぐ側にまで来ていることを。


 工兵と兵士が何かに気付いた。そして平原の方を見て唖然とする。彼らが見たのは黒い船だった。宙に浮き、滑るように走る船だった。


「なんだあれはっ?!」


「はや……早く! みんなに知らせろ!」


 一気に騒ぎが辺り一帯に伝播する。謎の宙を走る船はそんなことをお構いなしにこちらへとやって来る。すると船の上部甲板だろうか、その部分が音もなく縦に別れて開く。実際には駆動音が聞こえるはずなのだが、他の騒音がうるさくて聞こえないだけだったそれが左右に開ききると、中から巨大な人の上半身が現れた。


「り……理力甲冑?!」


 緑灰色に塗装されたステッドランドが上半身を起こし、手にした銃を構える。


「伏せろ!」


 激しい風の音に紛れて、耳をつんざくような爆発音が何度も響く。その場にしゃがんだとある工兵の一人は、目の前に腕ほどの大きさをした金属製の筒排薬莢がいくつも落ちるのを見た。


 その間にも、何隻もの黒い船は旋風を巻き起こしながら彼らの頭上を飛び越えて走り抜ける。あちらこちらに設けた防柵や塹壕は意味をなさず、苦もなく通り過ぎた。


「なんなんだよ、あれは!」


「くそっ! 防柵が役立たずじゃねえか!」


「おい! 早く操縦士に伝えろ! あいつら、連発式の小銃を装備してる!」


 もはやこの辺りは混乱の極みにあり、突然の来訪者に何の対処も出来ずにいた。敵のステッドランドは小銃で防柵や作業中の理力甲冑を狙い撃ちにしている。非武装の理力甲冑ではただの的にしかならず、その銃撃や飛び散った破片で付近にいた兵士や工兵が何人も傷つき、倒れた。


「逃げろ! 速く!」


「どこへ?!」


 最後の黒い船が過ぎ去ったかと思うと、それに搭乗していた敵機が何かをこちらへ放り投げた。いくつもの筒状の物体が紐で数珠繋ぎになっており、それが合計四本。


 先程の騒乱から一転、辺りは静けさにつつまれた。無事な者は恐る恐る顔をあげて周囲の様子を伺い、負傷している者を助けに走る。そのうち、何人かが数珠繋ぎの紐へと近づいた。


「おい、これってまさか……」


 まさか、の続きを言う前にその兵士は爆風に呑み込まれてしまい、絶命した。紐で結ばれた筒は時限式ので、それが次々と爆発していったのである。





 ……白く濁った煙が晴れるまで、そう時間はかからなかった。冷たい風が吹き込み煙をどこかへ運んでいくと、そこに動くモノは何一つなかった。作業途中の理力甲冑は腹部に銃撃のあとがいくつも残り、そこからはどろりとした赤い液体が流れ落ちる。その足元には爆風によるものだろうか、の腕のようなモノが落ちていた。


 何日もかけて築いた防柵は殆どが破壊され、いまでは奇妙なオブジェにしか見えない。あれだけ苦労して掘った塹壕も、一部が崩れてしまっていた。


 しばらくすると、黒く宙を走る船がやってきた方向、平原の向こうから多くの兵士と荷物を牽く軍馬、そして武装した理力甲冑の姿が見えた。彼らは統率された動きで、しかし地形に応じて形を変える、まるで一個の生命体のように進軍する。


 彼らの掲げる旗、軍服の胸、理力甲冑の肩といった様々な場所に同じ紋章が描かれており、それはこの集団がとある国に属することを意味していた。そう、オーバルディア帝国軍、かれらはその尖兵だった。


 その一軍の後方、大部隊を率いる隊長の元へ一本の無線連絡が入る。彼は馬に乗ったまま、部下から無線の報告を聞く。


「予定通り、くさびは撃ち込まれたとの事です。我が方の損害、理力甲冑の小破3、中破1、侵徹輸送挺の小破2。いずれも修理可能な範囲とのことです」


 その報告に満足したのか、隊長はニヤリと口許を歪ませる。


「やはり連合の雑魚共に我らが進撃を阻むことは出来なんだか。フフ、それも仕方ないな」


「は、現時点で我が方は全体のうち六割の防御陣地突破を成功しております。難航しているのはクレメンテの街付近との事です。報告によるとそれなりの部隊を配置していたようで」


「ふむ、しかし相手方にも相応の被害がでているのだろう? それにクレメンテを押さえておけば他の地域から侵入するのが容易くなる」


 そう言うと隊長は目深に被った軍帽を被り直した。


「帝国と連合の緒戦は決まったな。後は各地に拠点を構築し、補給線を確立させる。そうすれば分断された都市国家など、放っておくだけで白旗を上げるものさ」








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