幕間・2
幕間・2
『クリスマス・イブ』
「なにやってるんだ? ヨハン」
とりあえずユウは疑問をぶつける。
「何って、クリスマスイブですよ。今日は」
そう言うとヨハンは赤い服を差し出す。その脇には何かキラキラとした飾りが入った箱が。いったいホワイトスワンのどこにしまってあったのか、小さいながらもツリーまである。
「もしかして……これはサンタの衣装?」
「今年はユウさんがやります?」
「いや、やります? って……」
「あ、ヨハン! それってもしかしてサンタ?!」
リディアが向こうから走ってくると興味深そうに赤い服を眺める。
「そういや今日だったねー、クリスマスイブ。ねぇ、アタシがこれ着ていい?」
「いや、まずはユウさんに聞いてみないと」
「いいよ、僕は。リディアが着たら?」
「いいの?! 後で気が変わった、なんて言っても遅いからね!」
リディアはヨハンから引ったくるようにしてサンタ服を奪うと、広げてみて自分の体に合わせてみる。もともと男性用なのか、あまり小柄な方ではないリディアでも少し大きいようだ。
「そんなに着たいものなのかな……? サンタの服って」
ユウは少し呆れ気味にその様子を見る。
「そりゃあ、サンタですよ? 誰だって憧れじゃないですか」
じゃないですか、と言われてもユウにはピンと来ない。そういうものだったか……? と元いた世界のクリスマスを思い出すが、どちらかというとサンタからプレゼントを貰えるほうが重要だった気がする。
「よし、それじゃあ飾り付けしましょう。ユウさんも手伝ってくれますか?」
「いや、僕はケーキでも作ってみるよ。クリスマスにはケーキが必要だろ?」
数時間後、ホワイトスワンの食堂兼、休憩室兼、作戦会議室は今やクリスマスパーティーの会場になっていた。ツリーにはたくさんのオーナメントが飾られ、キラキラと輝いている。さすがにLEDなどの電飾はなかったらしいが、それでも見映えはいい。壁にも手作りの飾りがつけられ、華やかな雰囲気作りに一役買っている。
テーブルの上には立食形式でつまめる料理がたくさん用意され、その中央にはユウ特製のケーキが鎮座していた。
「といっても、急だったからね。材料が無いなりに、なんちゃってシュトーレンを作ってみたよ」
材料のなかに生クリームやそれに替わるものが無かったため、それならばと以前、ユウが作ったことがあるシュトーレンを選択したのだ。干した果実と木の実がいくつかあったのでそれを生地に練り込み、オーブンでしっかりと焼き上げたあとで粉砂糖をたっぷりと振りかけてある。
「おっ、これはうまそうなシュトーレンデスね。ユウの作るお菓子はどれも美味しそうだから困るデス」
先生はそう言いつつ、テーブルにドンと酒瓶を置く。
「あの、先生……あんまり飲み過ぎないで下さいよ……?」
「まま、今日はクリスマスなんだから。ちょっと位はいいじゃない」
先生を擁護するクレアの視線は……酒に注がれている。あ、これは言っても聞かないやつだ。
「お酒くらい飲ましてやんなよ、ユウ。それより早く食べよう!」
サンタの格好をしたリディアが両手を振り回して催促する。
(おかしい……さっきまであのサンタ服はよくある普通のサンタ服だった筈……それがどうしてヘソ出しホットパンツのちょっと際どい格好になっているんだ……)
ユウはなるべく、そちらを見ないようにしつつ返事をする。ヨハンから服を受け取った時に見た服の形状とは明らかに違うことに疑問しか抱かないが、本人はなんとなく聞くに聞けなかった。
「レオさん、リディアのあの格好……」
あむ、と既に料理を口に頬張っていたレオにこっそりと聞いてみる。
「ああ、リディはああ見えて裁縫とか上手なんです。それに酒場では行事ごとに似たような格好をしますからね。まぁ、気にしないで下さい」
そうは言うが、さすがにユウには刺激が強い。
「ちょーっと! なーにをリディアの方をチラチラと見てるデス! ユウはああいうコスプレが好きなんデスかぁ?」
急に先生がユウの首に腕を回してきた。その顔は真っ赤になっており、息はアルコール臭が。
「ちょっ! 先生、なんでもうそんなに出来上がってるんですか!」
「ウェッヘッヘッヘッ! まだまだ飲めるデスよ!」
「そーよー! ほら、先生。もう一杯どうぞ~!」
クレアが先生の空いたグラスに酒をナミナミと注ぐ。ユウにこの酒の種類は分からないが、それなりに強いものらしい。ツン、と鼻の奥に甘いような、アルコール独特の香りが届く。
「おっとっとっと。…………っプハァー! もっと飲むデスよー!」
先生は透明な液体を一気に飲み干すと、ケラケラ笑いだした。先生はどうも笑い上戸らしい。以前もこんな感じだったなとユウは思い出した。
「って、クレア! あんまり先生にお酒を……!」
と、よく見るとクレアの顔も真っ赤だった。それに心なしか、目が座っている。
「ユウ。ちょっと、こっちに来てここに座りなさい」
普段のクレアからは想像できないほどの圧を感じたユウは大人しく従う。
「あ、あの? クレアさん?」
「ユウっ!」
ダンっとクレアは机を叩く。これは完全に酔っぱらっていると判断した他の人間は静かに二人から距離を取る。
「ユウは~! リディアの方ばかりジロジロ見て~! この変態!」
うっ、とユウはおもわず視線をはずす。
「ああいう男受けする格好がいいの?! ああいう露出度が高いのが!」
「ええっと、クレアさん? 今日はちょっと飲み過ぎなのでは……?」
「質問に答えて! ユウはああいうのがいいの?!」
ぐい、と胸ぐらを掴まれ勢いよく引っ張られた拍子にユウとクレアの顔がこれでもかと接近した。クレアはじーっとユウを見つめているが、当のユウはそれどころではない。
(ち、近い近い!)
最近ではすっかり慣れてしまったが、クレアはけっこう、いや、かなり美人な方だ。今は頬に赤みが刺し、どこか色っぽく見える。
「う……えっと、その、嫌いじゃ……ないかな?」
恐る恐る答えると、クレアは満足した顔で立ち上がる。
「んふふふ~、ユウも男の子ねぇ~! ああもう~仕方ないな~! そんなに言うなら私も一肌脱ぐしかないわね~!」
にこにこしながらクレアは上着に手をかけていそいそと脱ぎ出した。突然のことにユウの思考はフリーズしてしまう。と、ユウの視界が急に暗くなる。なにかと思えば、それはクレアの上着だった。
「うわぁっ! ちょっ! クレア何してんの?!」
「なにって、ユウの為に一肌ぬいで……」
言いながら今度は下に着ていたブラウスのボタンを上から外し始めた。慌てたユウは急いで手にしたクレアの上着を着せようとする。
「ちょっと~! なにすんのよ! セクハラよセクハラ!」
「服を脱ぐ方がセクハラです! いいから着てちょうだい!」
どこか悲鳴じみたユウの叫び声が食堂に響く。それを遠巻きに見ていた先生は物凄く不機嫌な顔をしている。
「リア充、大爆発しろデス」
「ん? 先生、何か言いました?」
サラダを山盛りにした皿を片手に、ボルツが尋ねる。
「うっさいデス! いいからボルツ君も飲むデス!」
先生の絡み酒をボルツは適当にあしらう。妙になれている辺り、昔から何度も似たようなやり取りをしているのかもしれない。
「なんで先生は荒れてんの? って、もう酔いつぶれてんじゃん……ヨハン」
リディアは横にいた筈のヨハンを探すと、床で眠りこけていたのを発見する。いつのまにか、先生に貰った酒をグラス半分も空けずにダウンしてしまったのだ。
「あっ、ねえねえレオ! どうかなこのサンタ! 可愛く出来たと思うんだけど!」
黙々と料理を食べていたレオはチラリとリディアの格好を見やる。そしてポツリと一言。
「風邪を引くなよ?」
「むー! かわいいとか、可愛いとか、カワイイとか、もうちょっと気のきいたこと言えない!?」
むすっとしたリディアはむんずと切り分けられたシュトーレンを掴み、豪快にかじりつく。
「ん、けっこう美味しいね。これ。よく作るなぁユウは」
ちらりと向こうの方を見ると、ノリノリで服を脱ごうとしているクレアとそれを必死に止めているユウの姿が。まだイチャついているのかこの二人は。確かに、これなら先生も不機嫌になるだろう。
「あ、雪……」
なんとなく外の方を見ると、いつのまにか雪が降っていた。まだ積もってはいないようだが、この振り方だと明日には辺り一面が銀世界かもしれない。
「ユ~ウ~? アンタの為なんだから邪魔しないでよ~!」
「邪魔もなにも! だから服を脱がないでって!」
ほとんど抱きつきながらクレアを止めようとする。まったく、何をしてるんだか。リディアは再びシュトーレンをかじる。ドライフルーツと木の実が程よいアクセントで美味しい。
クリスマスイブの夜も更ける。聖夜というのに、ホワイトスワンの騒ぎはさらに大きくなっていく。
翌朝、二日酔いの頭痛と共に、再び自己嫌悪に陥るクレアの姿がそこにあった。
「私、もう二度とお酒飲まない!」
「姐さん、それ前も言ってましたよ」
「うう……なんでユウの前であんな事を……」
「まぁでも、ユウさんはちょっと嬉しそうだったらしいっスから、いいんじゃ?」
「わあああっっっ! ユウはどこ!? 記憶を! 消さないと!」
その後、なぜかクレアに追いかけられるユウの姿も見られたとか。
あとがき
先生「飲酒は二十歳からデス!」
ユウ「先生って本当に成人してるんですか……?」
先生「ユウ、女性に年齢を聞くのは失礼デスよ?」
ユウ「もしかして気にする年齢なんですか……?!」
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