第47話 迅雷・3

第四十七話 迅雷・3


 全身を漆黒に塗装された騎士が漆黒の槍を振るう。その軌跡に沿って風が荒れ狂った。


 長さは自身の身長の二倍はあろうか。その槍頭の刃も通常より大振りで、これまでの激戦を感じさせない程に切っ先は未だ鋭い。敵の分厚い装甲を容易く貫く刃は正三角形の断面をしており、柄は芯材に重く強い鋼を用い、軽量化としなやかさを持たせるために黒く硬質な木材を巻いてある。


 その槍が敵の理力甲冑を刺し貫く。あまりに迅い突きは機体の中でも特に装甲が厚い胸部を簡単に貫通し、内部の骨格程度では止められない。内部の人工筋肉が破断し、そこから防腐液が漏れだす。


 機体から零れ落ちる防腐液はどす黒く、まるで流れる血液のようにも見える。しかし、これは機械の人形、騎士の姿を模した巨大な兵器だ。人間では致命傷のように見える損傷でも、条件によっては十分に戦える。


 震える機械の腕は槍を掴み、さらに自身へと深くめり込ませる。相手の獲物を封じつつ、なんとか間合いを詰めようという魂胆なのだろう。しっかりと右腕に握られた片手剣がゆっくりと振り上げられる。


 しかし、黒い騎士は動じることなく敵を見据えている。操縦士は静かに、そして強い呼吸を行う。そして敵機の動きを一つも見逃さないよう、しっかりと目を見開く。


 敵機の剣が振り下ろされる。黒い騎士は無防備なままで、防御も、回避もしようとしない。一体どういうつもりなのだろうか。


 と、思った瞬間。黒騎士は持っていた槍を手放し、敵機の目の前まで一気に接近した。その勢いのまま、左拳を敵の顔面に打ち据える。半ばカウンターのように入った一撃は重く、さらに突き刺さったままの槍の重量で機体のバランスが崩れる。そこへ止めの一撃とばかりに右の掌底が放たれた。低く腰を落とし、たっぷりと溜められた掌底は敵の側面から腹部装甲を打つ。表面上は傷ひとつ、ヘコミすらないように見えるが、実際には機体の内部へ強烈な衝撃が走っていることだろう。内部機構、骨格、人工筋肉、そして操縦士。そのすべてに痛烈な、そして致命的な衝撃が襲い、周囲の木々にまでもその衝撃が伝播したかと錯覚するほどだった。


 音もなく足から崩れ落ちた敵機を見下ろし、無造作に槍を引き抜く。その槍に付いた防腐液と潤滑油を振り払う。理力甲冑の顔は表情が変わる筈がないのだが、何故かその黒い機体は普段よりひどく冷徹な顔に見えた。


「シン、大丈夫か! って、お前相手には無用な心配だったか」


 黒騎士――――グラントルクがゆっくり振り返るとそこには鈍色に塗装されたステッドランドが三機、走ってきた。


「おう! いま丁度最後の奴を倒したとこだぜ!」


 右手に持った剛槍、宵闇月明よいのやみつきあかりを地面に突き立てる。漆黒のグラントルクがこの槍を振るう時、まるで宵闇に一瞬だけ現れた月明かりに見えることからシンが名付けた。


 そしてこの漆黒の剛槍に貫かれたと思われる無数の残骸がそこら一面に転がっていた。


「……相変わらずお前はスゴいな。一体何機を相手にで戦っていたんだよ?」


「ん? そうだな、十を越えてからは分からなくなった!」


 駆けつけた理力甲冑の操縦席に、無線を通してガハハと豪快な笑い声がこだまする。それを聞くとシンの大口を開けて笑う姿が目に浮かぶようだ。


「まったく、大したやつだよお前は」


 そう言って改めて辺りを見渡す。いくつか機体の形状が残っているものもあるが、バラバラにされたものはもっとあるのだろう。合計で二十機を越えているのではなかろうか。それに帝国軍の新兵器と目される黒い宙を浮く船。その残骸も確認できる。しかしながら、グラントルクには戦闘による傷がほとんど付いていないことから、ほとんど一方的な戦いに終わったのだろう。その事実に背筋を冷たいものが走る気がした。


(本当にシンが敵でなくて良かったよ……)


「さて、腹も減ったことだし、一度もどろうぜ?」


 グラントルクが月明つきあかりをくるりと回し、肩に担ぐ。シンの口調といい、機体の軽やかな動きといい、彼とその愛機にとってこれは準備運動程度の戦闘でしかなかったのだ。






 ユウと同じ、召喚された人間であるシンは強大な理力の持ち主である。その為、理力甲冑の操縦技術はこの異世界ルナシスの住人よりも遥かに高い。それに加えて彼は何かしらの武術、おそらく槍術を習得しているために総合的な戦闘能力はまさに一騎当千と言っても差し支えないほどだ。


そして彼が駆るグラントルク。この漆黒の機体は世界でもただ一つワンオフのカスタム機だ。それもその筈、グラントルクは今のところ、シンの他には誰も操る事ができないと言われている。


 帝国軍のステッドランドを下地にして、クレメンテの技術者たちが技術力向上と強力な理力甲冑開発を目指したのがそもそもの発端だった。その計画プランはいくつかあり、そのほとんどが失敗、欠陥、難航と芳しくない結果に終わったのだが、唯一、このグラントルクだけは完成した。いや、完成したというのは開発を担当した者からすれば語弊があるといえる。結果としてシン以外の操縦士にはこの機体を動かすことが出来なかったからだ。


 グラントルクの開発コンセプトは重装甲・大出力だ。ステッドランドの骨格を補強しつつ、装甲の厚さは三割から最大で六割ほど増している。そのため重量は大幅に増大してしまうが、そこは人工筋肉の量をさらに増やすことで機動性を損なわないように対応した。これにより、従来の理力甲冑よりも馬力がさらに増したという。しかし、それがいけなかった。


 素体ベースとなったステッドランドよりも大幅に増えた人工筋肉は、それだけで大量の理力を消費するどころか、普通の操縦士では起動すら困難なほどに多くの理力が必要になった。性能スペックだけみれば理力甲冑史上で最も重く、情け容赦ないパワーを誇る機体なのだが、如何せん誰にも動かせないとあらば、それはただの巨大な銅像と同じだ。


 開発陣は装甲と人工筋肉の量を減らして必要な理力を抑えようと検討したが、それでは従来のステッドランドと大差ない機体になるか、下手をすれば鈍重な失敗作になりかねなかった。そのため、この計画プランは苦い経験として資料にまとめられるのを待つばかりだったが、とある事情により転機を迎える。


 それは、都市国家連合によって異なる世界から召喚された人間の一人、シン・サクマがクレメンテの街に配属されるにあたり、彼の乗る理力甲冑にとある問題が生じた事だ。当初は鹵獲機体であるステッドランドで訓練を行っていたのだが、何故か彼の乗る機体は不具合率が高かった。


 それは戦闘訓練中にいきなり機体が停止したり、人工筋肉の劣化が通常よりも早い、などである。その事を不審に思った整備班が原因を追究したところ、それはシンの強大な理力にあるのではないかという結論に至った。つまり、常人の数倍に匹敵する理力が人工筋肉に過大な負荷をかけ、結果的に筋肉の劣化を招き機体の動きを阻害していたのだ。


 そこで北部方面軍技術部は一計を案じ、シンをグラントルクに乗せるように取り計らった。尋常でない理力を必要とする機体、機体を破壊しかねない程の膨大な理力を有する操縦士、この二者が出会うのはある種では必然だったのかもしれない。各種動作試験で予想以上の結果を出し、晴れてグラントルクはシンの事実上の専用機として運用されることになった。グラントルクはシンという操縦士を迎えて、ようやく完成に至ったのだ。











 北部方面軍基地に帰投したシンたちの部隊はすぐさま機体の点検および修理に回された。整備班に機体を預け、操縦士は作戦会議室ブリーフィングルーム呼ばれる。おそらく、帝国軍の侵攻に対応するべく次の出撃に関する打ち合わせが始まるのだろう。シンを含めた四人はその部屋に向かっている最中だった。


「いつか来る、とは思っていたが、いざその時が来るとやっぱり緊張するな」


「帝国軍の事か? 上層部の予想では侵攻はあと一週間から二週間くらい先じゃなかったか? あれどうなってんだ」


「あの黒い船のせいだろうな。理力甲冑や大量の物資を馬よりも早く運べるから、事前の準備にかかる時間が短縮されたんだ。大量のトラックでピストン輸送ってな感じだろ」


 シンはたまに意味の分からない単語を話すが、同僚の操縦士たちはすっかり慣れてしまった。


「とらっく? まあ何でもいい。問題なのは今後どうやって敵の攻撃を凌ぐか、だ」


「やはり前面に背の高い防柵を作り敵の足を止めるべきだろう。実際、かなりの効果があったぞ」


「さらに理力甲冑部隊で壁を作り、その後方には砲兵科の支援も集中させる。これならばあの船輸送艇でも突破は難しいな」


 三人は前面に壁を作り敵の突破阻止を検討している。しかし、それを聞いていたシンは別の見解を示した。


「いや、それじゃあちとキツイな。最初の戦闘ですでに防柵はかなり破壊されちまった。これから急いで作り直すにしても時間が掛かるし、理力甲冑の壁もクレメンテ全体をカバーすることは出来ねぇ」


「……ふむ、シンの言う事ももっとも……か。しかし、それではどうする? ほかに何かいい案でも?」


「俺は敵をある程度、させても構わんと思っている」


 シンの発言に三人は一様に驚いた表情を浮かべた。敵は驚異的な突破力を以て侵攻を開始したのだ。それを素通りさせてしまっては敵の思うつぼなのではないか。


「あの黒い輸送機の速度と輸送力は確かに侮れない。しかし、戦争はそんな簡単なもんじゃないだろう? いくら多くの理力甲冑が前線に突出しても、後方にいる味方の補給と支援が無ければそれはタダの孤立だ」


「つまり、敵をわざと孤立させる……シンはそう言いたいのか?」


「そうだ。どの道、強固な壁を作ってもいつかは破られるだろう。それだったら意図的に一部の敵をこっちの腹の中に収めて各個撃破しちまえばいい。そうすれば最小限の壁を維持しつつ、敵の戦力を削ぎ落すことが出来る。敵の縦深突破は後方からの支援と十分な戦力がないと成立せんからな」


 無理に防衛線の維持にこだわれば、いくらクレメンテの強力な戦力といえど、すぐに尽きるだろう。シンの作戦ならば味方の被害も抑えられると思われる。こちらの損害を少なく、敵に与える被害は最大限に。少ない敵の情報からここまで考えていたのか。


「本当にお前は大したやつだよ。そのまま指揮官にでもなるか?」


「止めてくれよ、俺が椅子にふんぞり返って指示を出すタイプに見えるか? そうだな、もし最前線で理力甲冑グラントルクに乗りながら全軍を指揮していいなら考えてやるよ」


 四人はくっくっくと笑いあう。しかし、シンなら本当にやりかねない辺り、彼の実力に対する周囲の信頼は高い。


「ま、冗談はさておき、お前の考えは作戦会議に提案する価値はあるんじゃないか? 司令官に掛け合ってみようぜ。噂じゃシンの事を高く買ってくれているらしいからな」


「お、あの爺さんグレッグマンか。昔はスゴ腕の操縦士だったんだろ? っかぁ~、一度は戦ってみたかったぜ!」


 比較的、規律の緩い雰囲気の連合軍だが、北部方面軍司令官を爺さん呼ばわりするのは流石にシンくらいなものである。豪胆なのか、はたまた無遠慮なだけなのか。シンの場合はそのどちらも、かもしれない。


「司令官の武勇伝を聞いて、それでも戦いたいって思うのはお前くらいだよ……」


 半ば呆れる仲間が足を止める。会議室の前まで来たのだ。


「うちにはシンがいるからな、帝国の奴らがどれだけ来ても全部追い返してやれるぜ」


「そうだぞ、もし負けそうになったら俺に泣きついて来い。助けてやらんでもない」


「言ってろ……その時は全力でにしてやるから覚悟しとけ!」


 シンの肩を叩くと、四人は互いを見てニヤリと笑う。


「この部隊なら負ける気がしねぇな」


「ああ、絶対に勝つぞ」


 そう言うと、シンが会議室の扉を開ける。クレメンテの戦力はまだ十分に温存されている。帝国軍の激しい侵攻でもこの街はびくともしなかった。


 彼らの反撃はこれから始まるのだ。









 

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