第46話 開戦・2

第四十六話 開戦・2


 針葉樹林の森を巨大な人型の機械が列を成して歩いている。白と薄めの灰色に塗装された理力甲冑はグレイブ王国が開発したシルヴァンリッターだ。この機体の特徴は雪原に対応するための軽量化と脚部の安定化である。アムリア大陸の北部に位置するグレイブ王国では冬季になると雪が積もり、通常の理力甲冑では雪に足を取られれて思うように動くことが出来ない。そのため、足裏の接地面積を増やしながら機体を軽量にすることで雪によう設計されている。


 そのため比較的、近接格闘戦や高速移動を苦手としているが、それを補うための装備として強力な火器を多く装備している。標準装備にステッドランドが持つものと同等の自動小銃ライフルは装弾数が多く、ある程度は連射性にも優れる。また、対魔物用として開発された散弾銃も装備しており、射程は短いがその威力は十分に理力甲冑の装甲を破壊することが出来る。


 また、機体右前腕部に固定された装備として小口径ながら二連装砲を持つ。装弾数は少なく、戦闘中に弾倉の交換こそ出来ないが、白兵戦での取り回しの良さから非常に重宝されている。射程を犠牲に初速を上げた弾頭は貫通力に優れ、至近距離ではステッドランドの前面装甲程度ならば簡単に貫くことが出来る。


 また、取り外し可能な装備として雪上装備スキー板がある。これは人間用のスキー板とは異なって滑る事を目的としておらず、重装備等によって増えた自重で雪に埋もれないようにするスノーシューとして用いられる。ただし、歩行能力が著しく低下するため、主に行軍中といった移動時にしか使われない。


 しかし、なんといってもシルヴァンリッターの最大の特徴はその瀟洒しょうしゃな外観だろう。軽量かされた細身の体つきを覆う流線形の装甲、どこか神聖さすら感じさせる相貌と兜飾り。その盾にはグレイブ王国と各部隊の紋章が描かれており、居並ぶ姿はまるで儀礼用の荘厳な鎧を纏った騎士といった装いだ。





 シルヴァンリッターの部隊と共に歩く二機のステッドランドの姿が。帝国軍の機体色である緑灰色が異物感を醸し出す。この機体はユウとヨハンが搭乗している。


「ねえ、ユウさん。なんで俺たちグレイブの作戦に参加してるんスかね」


「仕方ないだろ、先生がスワンと僕らの機体を改装するのに無茶したんだから。出稼ぎみたいなもんだよ、きっと」


「そんなもんスかね」


 ヨハンは退屈そうに、早く終わらせて帰りましょうよとボヤく。


「ヨハン、それにユウも。気を抜かないで、ここはもう帝国領の目の前よ」


 クレアの声が無線から聞こえるが、すぐ近くにレフィオーネの姿は無い。クレアとその愛機は現在、ユウ達のいる地点から前方の遥か上空を飛行していた。もちろん、敵基地の偵察と早期警戒の為だ。


「んなこと言ったって、姐さん。グレイブと帝国の間にある砦を一つ叩くだけでしょ? 事前のミーティングじゃあ大きな部隊もいないし、この数なら簡単っスよ」


 ヨハンの言う通り、これからグレイブ王国軍はオーバルディア帝国との国境線沿いにある砦の一つを強襲する。その目的は帝国に先駆けて国境線沿いにグレイブの陣地構築を行うためである。


 グレイブ王国と都市国家連合軍の間に軍事同盟を正式に結ぶことは、事実上の帝国に対する宣戦布告だ。そうなれば地図上では孤立しているグレイブ側は非常に不利となる。その為、積極的な攻撃は行わずに国境線沿いに砦や防御陣地を構築し、帝国からの侵攻を防ぐことが当面の目標だ。


 今となっては強大な帝国と対等に戦える単一の国家は存在せず、グレイブ王国もその一つだ。なるべく戦力を損耗させず、連合との合流を果たすまでは防御に徹する。そうしなければシナイトスの二の舞になってしまうだろう。


 そういう事情もあって、国境線沿いの帝国軍基地を早めに叩かなければ陣地構築もままならない。そのため、ユウ達の部隊の他にも同時多発的に強襲作戦を行っているのだ。帝国の前線基地を同時に叩き、敵が体勢を整える前にグレイブは強固な壁を作ることが出来なければ、この戦争の先行きは怪しい。


「……レフィオーネから各機へ。帝国の砦が見えた。各自、戦闘用意」


 クレアが上空から敵基地を発見したようだ。少々だらけていたヨハンとユウの顔つきは途端に変わる。おしゃべりを止め、周囲の気配を探るようにその歩みは慎重になる。レフィオーネからの無線は王国軍のシルヴァンリッターにも伝わっており、彼らは次々と小銃を構えて安全装置を解除していく。


「砦付近を哨戒中の敵機を発見。数は二。私が上空から一機、狙撃するからユウ達はもう一機をお願い」


「了解。敵機を確認した。クレア、いつでもいいよ」


 そう言うと、ユウとヨハンの乗ったステッドランドは小銃を構える。他のシルヴァンリッターが銃火器メインなので、普段通り敵に突っ込むと後ろから撃たれてしまうからである。


 クレアはちらりとモニターの隅でユウ達のステッドランドを木々の間に確認すると、レフィオーネをその場で滞空させつつ愛用の銃を構える。狙撃用にカスタムされたスコープを人間と同様に覗き込むような姿勢を取った。実際にレフィオーネの目はスコープを覗いてはいないのだが、これは理力甲冑がヒトと同じ姿をしているため、その方が安定して銃を構えられるからだ。


 モニターの向こうには帝国軍のステッドランド。今はゆっくりと周囲を警戒しながら歩いている。さすがに空にまでは警戒の目を向けてはいない。


 寒い冬の空に乾いた銃声が響いた瞬間、そのステッドランドは頭部に大きな穴が空いてしまった。それを皮切りに、少し離れた場所からいくつもの銃声が鳴り響く。もう一機の機体は何が起きたか分からないまま、ハチの巣にされてしまった。


「ヨハン、行くぞ!」


 ユウの合図にヨハンは短く答えると同時にステッドランドを疾らせる。今しがた銃撃した敵機を飛び越え、杉の木の隙間を縫って走る。そして唐突に視界が開け、そこには大きな石を幾つも積み上げた巨大な壁があった。ここが目的の砦だ。


 おそらく敵の襲撃を知らせる鐘が鳴っているのだろう、どこからかけたたましい金属音が聞こえる。ユウはざっと砦を見渡し、一番高くなっている場所を探す。


「あそこか!」


 小さく息を吐くと操縦桿を今一度握り込む。すると機体の人工筋肉がうなりを上げるように膨張していくのが感覚として分かる。限界まで引き絞られた大腿四頭筋が、下腿三頭筋が一気に収縮すると、ステッドランドの両足は大地に小さな亀裂を走らせる。つまり、その巨大な人型は宙を舞った。


 ステッドランドにあるまじき跳躍性能を見せると、そのまま見張り台になっている塔部分に左腕と両足を掛け、右腕に把持した小銃を砦内に向ける。壁の内側には待機中であろう理力甲冑が露天にさらされていた。


「操縦士は……まだ乗っていないよな」


 一瞬だけ様子を見るが、敵機は動く気配がない。どうやら待機しているはずの操縦士はまだ到着していないようだ。それを確認したユウは手近な機体の腹部、ハッチが開いたままの操縦席に狙いを定めて引き金を引く。片手での射撃だが、放たれた銃弾は操縦席を破壊する。


「ユウさん! それ大跳躍ずるいっスよ!」


 眼下にはヨハンのステッドランドとシルヴァンリッターが砦内に通じる大きい門を蹴破っている。奇襲によって完全に閉じられていない門はタダの大きな板に過ぎないが、それでもやはり時間は掛かりそうだ。


「ヨハン、先に行ってる! まだ敵は動揺している!」


 壁の内側へと自由落下していくユウの機体は地面に着地する前に小銃のコックを引き、次弾を装填する。残りの敵機は五機。事前の情報通りだ。ユウはそのまま膝をついたままの機体に近づきながら腰に装着された手斧を左手に取る。


 この手斧は通常のものより形状が独特で、刃が薄く湾曲している。柄は少し長めで、これは投擲に適した重心を得るためである。そのため、いわゆるトマホークとフランキスカと呼ばれる斧の中間のような形状をしていた。少々扱いが難しいが、近接にも投擲にも使える点が特徴だ。


 足元には帝国軍の兵士が小銃で反撃してくる。しかし、対人用の銃器では理力甲冑の装甲をかすり傷を付けるだけだ。ユウはうっかり踏みつぶさないよう慎重に歩くが、さすがに鬱陶しく感じる。そこですぐ足元の地面に向けて一発、引き金を引く。地面に人が一人入れそうな穴が空くと同時に、周囲へと土や小石が勢いよく飛び散る。これには敵の兵士もたまらず逃げ出していった。


 邪魔者が居なくなったところでユウはすぐ近くの未だ沈黙している機体に近づき、手にした手斧を振り上げる。一直線に振り下ろされた刃はステッドランドの頭部を真っ二つに割ってしまった。


「これであと四機……」


 しかし、さすがにいつまでも敵が手をこまねいているわけもなく、二機のステッドランドが起動して立ち上がりだした。


 一対二。


 どちらの機体も同じステッドランド。機体性能は同じ。


 しかし、操縦士は違った。


 敵機がすぐ近くに置かれていた小銃を掴み、そのままユウの機体に向けて発砲する。が、その銃弾は真っすぐ砦の壁に命中した。凄まじい反応速度と跳躍により、ユウのステッドランドは再び宙を舞っていた。


 そのまま落下の速度を利用し、剣を抜き放っている敵機へと襲い掛かる。左手に持った手斧を振りかざし、重力加速度の勢いをつける。敵機は咄嗟に剣で防御したが、あまりの衝撃にたたらを踏んでしまう。


「隙だらけ!」


 姿勢を崩した敵機に畳みかけるユウ。右肩を前に突進し、敵の胸から腹部に掛けて体当たりを仕掛ける。その衝撃に敵操縦士の意識は失いかけてしまい、さらに機体は無防備となってしまう。


 そこへ再び手斧の鋭い刃が煌めく。水平に一閃。僅かな間の後、敵機の頭部は音もなく落ちていった。













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