第45話 憧憬・3

第四十五話 憧憬・3


 ユウがホワイトスワンの格納庫に着くと、そこには何故か先生がいた。


「あれ? 今日は夕方まで戻らないはずだったんじゃ?」


「え゛?! あっははは、そうでしたっけ? いや、ちょっと、ちょっとした用事で戻っただけデス。すぐに戻るデス」


 そう言うと傍らの大きな木箱に視線をやる。そこそこ大きい木箱で、人一人くらいなら余裕で入りそうだ。どうやら、この木箱の中身を取りに来たのだろう。


「と、ところでリディアの奴はどうしたんデスか? 理力甲冑の操縦訓練をするって言ってたデスけど」


「ああ、えっと……その事なんですけどね」


 ユウはレオから聞いた話を先生に言うかどうか、少し迷ってしまった。しかし、先生なら何か上手い解決方法を閃くのではないか。そんな淡い希望を抱いたユウは手短に事情を話した。


「あぁー。なるほどデス。それでアイツリディアのクレアに対する態度が半分くらい理解できたデス」


 半分理解したのならもう半分は理解出来ていないのだろうか。


「そう言う事なら、ホラ。アルヴァリスに乗せてやるデス。それで一撃解決デスよ」


「どういう事なんです?」


「あっ! ユウ! 遅いと思ったら先生と話し込んでんじゃん! 早くしてよ!」


「ほれ、さっさと行ってやるデス」


「ええ……?」


 仕方なくユウはリディアの下へと歩く。


「とりあえずヨハンのステッドランドを借りようと思ったんだけど、まだ修理の途中だよね? 軍の人に借りられないかな」


「ええと、それならアルヴァリスで練習……してみようか」


「え、いいの? あれ動くの? 理力なんとかってのが搭載されてるんでしょ? まあ、ユウが良いっていうならいいけど」


 リディアは駐機姿勢、つまり、腰かけに座っている状態のアルヴァリスの操縦席へと入る。ユウはそのハッチに足を掛け、中を覗き込む。


(先生もどういうつもりなんだろう。リディアじゃ起動すら危ういってのに、アルヴァリスに乗せろだなんて)


 そんな事を思いつつも、ユウは指示を飛ばす。シートに深く座り、ベルトで体を固定させる。


「じゃあ、まずは機体を起動させようか。操縦桿を握って……」


 リディアは少し緊張した面持ちで左右の操縦桿を握り込む。通常なら、この状態で全身に力を込めるイメージをすることで機体の理力センサーが反応し、機体の人工筋肉を基底状態から励起状態へと遷移させる。


「…………!」


 操縦席の向こう側、機体背面から低く鈍い音がしたかと思うと、理力エンジンの吸気と排気音がゆっくりと聞こえてきた。


「…………これって起動できたの?」


「…………これは起動できてるね」


 ユウの耳には聞き慣れた理力エンジンの音が格納庫に響いている。ユウが起動したときよりも、アイドリングに移行するまで時間がかかった気がするが、ともあれ起動したことには間違いない。


「レオさんの言ってたことと違う……」


「なっ!? おにい……レオから何を聞いたの?!」


「あっ、いやその……」


「もしかして、私が理力甲冑を操縦……出来ないっていう話?」


「…………うん」


 リディアはハァとため息をつく。そのしぐさはなんとなくレオと似ているような気がした。


「レオの奴……あれだけ内緒にしといてって言ったのに……いや、結局バレちゃうから仕方ないか。確かに私の生まれつきの理力じゃ起動すら出来ないって言われたんだけどね。それでも訓練しだいである程度は理力が伸びるって聞いたからどうにか理力甲冑に乗れる機会を探してたんだ」


「まぁ、あっさりと起動できちゃったわけだけど。先生が何か細工でもしたのかな」


「え? あのチビッ子が何かしたの?」


「うん、先生にも事情を話したら、アルヴァリスに乗せてみろって。あれ? 先生が居なくなってる」


 先生にどういうことか聞くため、後ろを振り返るとそこには誰もいなかった。


「そういえばさっき、大きな木箱を運んでどっか行ってたよ?」


「先生も忙しいからなぁ。帰ってきたら聞いて見るかな……ところで、リディア。君にもひとつ聞きたい事があるんだけど……クレアに強く当たるのは彼女が理力甲冑の操縦士で、それに……嫉妬……してるって本当?」


 事のついでだ、聞いてやれとユウは勢いに任せる。しかし言ってから少し後悔もする。レオの話が本当なら、これはリディアの深い所に根差す問題だ。気軽に触れてはいけないかどうかは推し量ることが難しい。


「それもレオが言っていた?」


「ええと、まあ」


「……誰にも言わないでよ? 確かに、スワンの皆と合流して行動を共にするって聞いた時、女性の操縦士がいるって知ったんだ。その時はなにも思わなかったけど、実際に会ってみたらなんだか急に腹が立ってきちゃってね……」


そしてどこか遠くを見つめるように視線を外す。


「嫉妬……なのかな。たぶん、半分は当たってると思う。レオにどこまで聞いたか知らないけど、小さい頃から結構本気で目指してたんだ、操縦士。ま、いろいろあって結局はなれなかったんだけど」


「……それでクレアに対して?」


「うん、そうだね。なんとなく、気に入らなかったんだ。私がなれなかった操縦士、なんでコイツがってね。ああ、今はもうそんな事ないよ、クレアはクレアで苦労して操縦士になったって分かるから。今更だけど、あの時のあたしはちょっと子供っぽかったかな」


 リディアは反省しているらしく、申し訳なさそうに頬をかく。


「それなら、もう少し仲良く……ってほどじゃなくても、普通に接したら?」


「う゛っ、それを言われると辛いな……。なんか、急に態度を変えるのもおかしいかなって……後に引けなくなったというか……その、今更恥ずかしいじゃん?」


 ユウはため息をつきつつも、どこか安心した。リディアのクレアに対する感情が、少なくとも今は悪いものでないことが分かったからである。この様子なら時間は掛かりそうだが、二人の関係は良くなっていくだろう。


「とにかくよかったよ。二人が険悪なのは僕も嫌だったからね、少しずつでいいから変わればいいと思うよ」


「ん……ユウもごめんね。それじゃあ、気持ちを切り替えて操縦方法を教えてよ!」


 先ほどのしおらしい態度は一変して、その顔はイキイキとしてきた。長年の夢だった理力甲冑の操縦が出来るのだ、それも仕方ないのだろう。


 ユウは操縦席から離れた場所まで行き、大声で指示を出す。まずは機体を立ち上がらせる所から初めてみるつもりだ。


「リディア! 最初は機体を立たせてみて! 操縦桿をしっかりと握って、機体と自分の体を頭でイメージ!」


 リディアの首筋には緊張のせいか、汗が浮く。少し深呼吸をしてから、ユウに言われた通りに頭でイメージを作る。まずは座っている自分。そして同じ姿勢の機体。


「……立ち上がれ……」


 静かに、声に出しながら、ゆっくりと機体と自分が立ち上がるイメージを膨らませる。


 機体背部の理力エンジンが奏でる高音がさらに高くなった。アルヴァリスがわずかに震えると、その巨体は少しずつ動き出した。


「その調子! ゆっくりでいいよ! …………いや、ゆっくり過ぎない?」


 そう、ゆっくりだ。動作としては立ち上がろうとしているのだが、その速度はひどくゆったりとしている。まるで動画をスロー再生しているかのように見える。動きそのものは普通だが、どうして?


「ユウー! どう?! 私、出来てる?!」


 操縦席の辺りから聞こえてくる嬉しそうな声にユウはなんと答えようか悩んでしまう。


(機体の不調? でも応急修理と理力エンジンの調整はこのまえ先生がやってくれたから違うよな。……もしかして、ひょっとして)


 と、そこへ誰かの声が聞こえてきた。クレアとヨハンだ。いま戻ってきたのだろうか。


「ただいま、ユウ。ここにいたのね」


「あれ、ユウさんがここにいるって事は誰がアルヴァリスを動かしてるんスか?」


「二人とも、お帰り。えっと、アルヴァリスには今、リディアが乗ってて……」


 クレアの整った眉がリディアという単語に反応する。ユウは慎重に言葉を選ぼうとするが、上手く口が動いてくれない。


「いや、ホラ、彼女がちょっと理力甲冑の訓練がしたいっていうからさ……それで先生が貸してやれって」


「それでアルヴァリスに? それにしてもあの動き方……ふーん?」


 クレアはたっぷりと時間を掛けて、ようやく直立しかけている機体を頭の先からつま先までジロリと睥睨する。


「リディア……彼女、ね」


 瞬間、ユウとヨハンは凍り付いたように固まる。すぐ近くに本人が居なくて幸いだった。


「あ、姐さん……それ絶対に、絶対に本人へ言わないで下さいよ?!」


「どうして? ヨハンもあの動き見れば分かるでしょ。理力が少ないのかしらね、人工筋肉が収縮するのに必要な理力が足りてないのよ」


「いや、確かに彼女は理力が弱いらしいけど……!」


「ほらやっぱり。リディアー! 聞こえる?! アンタ、操縦が下手ね!」


 クレアはアルヴァリスの操縦席に聞こえるように叫ぶ。するとハッチの陰から本人リディアが。


「なんだって?! クレア! 待ってろ、今そっちに行くから!」


 再び操縦席に引っ込む。さすがに機体が直立した状態から飛び降りるのは危険なので駐機姿勢に戻そうとする。アルヴァリスは立ち上がった動きを逆再生するかのように、再び動き出した。しかし、やはりというかその動きはひどく鈍い。


「彼女を待ってたら日が暮れるわよ。私は喉が渇いたから食堂に行ってるわ。ユウ、ヨハン、適当に相手をしておいて」


 慌てる二人を後ろにクレアは颯爽と格納庫を出ていく。廊下に出た所で、ゆっくり座りかけたアルヴァリスの操縦席付近をチラリと見やる。


「ま、やる気があるなら操縦訓練くらいは付き合ってあげるわよ」


 誰にも聞こえないように呟く。その表情はどこか、出来の悪い後輩を見守るかのように微笑んでいる。


 クレアは最近のリディアが自分に対して敵意のようなものを持っていないことに気付いていた。気付いてはいたのだが、彼女の性格から急に素直にはなれないだろうと感じていたので、クレアもなんとなくリディアの態度に合わせていたのだった。だから周囲からは二人の関係が改善されていないようにも見える。


(まったく、素直じゃないわね。教えてくれって言われたら別に断る理由は無いんだけど。ま、どうしてもっていうなら、だけど)


 クレアも殊更、リディアと必要以上に対立するつもりは無いのだが、どうしても売り言葉に買い言葉というやつになってしまう。適当に合わせるつもりがついついな言い方になるのだ。


 結局は似た物同士、なのだろうか。素直じゃないのはお互い様なのだった。









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