第45話 憧憬・2
第四十六話 憧憬・2
「このとーり! お願い!」
先生とネーナが格納庫で悪だくみをしているのと同じ頃。ホワイトスワンの食堂ではリディアがユウに何かを懇願していた。
今、ホワイトスワンにはユウとリディア、レオの三人しかいない。先生とボルツは工房で理力エンジン量産についての最終打ち合わせ、クレアとヨハンは食糧や弾薬、その他消耗品などの補給をグレイブ王国に要請しに朝から出かけている。
「お願いって言われてもなぁ。こう、口では説明しにくいっていうか……」
ユウはサラダにする野菜を切ったり洗ったりしながらリディアのお願いを聞いている。
「なんでもいいから教えてよ! 擬音が多めのアホっぽい説明でもいいから! 頑張って理解するから!」
「それはちょっと酷くない?」
ジトっとした視線を送るとリディアは慌てて謝罪する。
「わあっ! ゴメンゴメン! 謝るから!」
「……はぁ、分かったよ。昼から空いてるから、ご飯たべたらね」
手早くサラダを皿に盛り付け、濡れた手を手拭いで拭く。リディアの話を聞きながらも、丁寧に盛り付けられた新鮮な野菜は色とりどりで美味しそうだ。
「ホント?! ありがとう! ユウ!」
ユウの手を握り、ブンブンと上下に大きく振る。そして起死回生の切り札を手に入れたとばかりにガッツポーズをしてみせた。
「それにしても、
「ヨハンはともかく、クレアはダメ! それだけはダメ!」
なぜヨハンは良くてクレアはダメなのだろうか。リディアはそれだけは死んでも嫌だとばかりに顔を歪ませる。
(ここ最近はクレアと衝突してないと思ってたけど……まだまだなのかな?)
リディアとクレアはお互いを名前で呼ぶ程度の仲にはなったが、それでも依然としてリディアは一方的にクレアを敵視している節がある。あまりにもその理由が不可解だったため、ユウは一度リディアに聞いてみたが、その時は上手くはぐらかされてしまった。
「いいから早くご飯たべよ! それで操縦方法を教えて!」
「……リディ、少し落ち着きなさい。ユウさんが困っている」
「ぶー……」
レオにたしなめられ、肩を落とすリディア。こうしてみると、少し歳は離れているがやはり兄妹だと感じる。そのやり取りは兄弟がいないユウにとってどこか新鮮に感じる。
「二人はいつも仲いいよね」
「え? そうかな!? そう見える!?」
「そうでもありません。人前ではこんなですが、しょっちゅう喧嘩ばかりですよ」
二人の正反対な反応にユウはどう返事をしていいのか分からない。
「あ、あはは……」
「ごちそうさま! ユウ! 早く!」
ユウが用意した昼食を平らげると、リディアは勢いよく席を立ち催促する。
「……リディ、先に格納庫へ行ってなさい。ユウさんは食事の片付けがあるから」
レオは何か思う所があるのか、リディアを先に行かせようとする。
「んー、分かった。早くしてよ?」
「え? あ、うん。先に行ってて」
ユウはレオの意図が掴めないものの、とりあえず調子を合わせる。
自分の食器を洗い場に置くとリディアは急いで食堂を出る。その様子を後ろから眺めていたレオが一つため息をつく。
二人も食べ終わり、食器を片付けようとする。しかしその前に、ユウは恐る恐るレオに話しかけた。
「あの、レオさん。僕に何か話でも……?」
「ええ、その。ユウさんには知っておいて欲しいことがあって……リディの事なんですが」
レオは少し俯きながら話始めた。
「リディ、妹がよくクレアさんにちょっかいを出したり、敵対心を見せているのは承知のことだと思います。私もたびたび注意をするのですが、なかなか聞き入れてもらえなくて……」
「ああ、いや、えっと……なんというか、大変ですね」
「妹は昔から負けず嫌いというか……クレアさんに突っかかるのもそこら辺が関係していまして」
要は一方的にクレアをライバル視しているという事なのだろうか。しかしリディアは初めて出会った時から喧嘩腰だったとクレアから聞いている。それでは話があわないような。
「ユウさんは理力甲冑の操縦士のうち、女性はどれくらいの割合か知っていますか?」
唐突な質問にユウは混乱してしまう。そんな事、今まで考えた事も無かったし、話の流れからしておかしいような気がする。
「ええっと……すみません、分からないです」
「帝国軍では約三割、連合は一割を切っているそうです。まぁ、連合のデータは二十年くらい前のものなのであまりアテになりませんが」
「はぁ……」
いよいよユウは訳が分からなくなる。どうしてレオはこのような話をするのだろう。
「女性操縦士が少ないのは単純な理由です。操縦士は危険かつ体力がものをいう仕事なので必然、男性の割合が多く、それを目指す女性があまりいないからです。ちなみに男女で操縦に必要な理力の差は見られないそうです」
と、いったん言葉を切る。ここまで来て話すべきかどうか、少し迷っているように見える。少ししてからレオはゆっくりと口を開いた。
「……リディアは幼い頃から女の子にしては珍しく理力甲冑の操縦士を目指していたんです。その頃はまだレジスタンスとは関係が無かったので、ただの子供の夢です。あの大きな機体を自らの手足のように操りたいと、よく言っていました。しかし、結果からいうと妹は操縦士になれませんでした」
「それはどうして……?」
「帝国で操縦士になるには基本的に軍に入り、操縦士の訓練を受けるしかありません。入隊する前、操縦士訓練課程を希望する者は操縦適正、つまり理力甲冑を動かすだけの理力があるか試験をします」
それはつまり。
「妹はその試験が不合格でした。リディアは他の人よりも
ユウは先生やクレアから何度も言われたことを思い出す。ユウのような理力が生まれつき強い人間は理力甲冑の操縦適性が高い。それはつまり、裏を返せば理力が弱い人間は操縦の適性が低いということ。
「理力が少ないって……鍛えるとか、どうにかして強くすることはできないんですか?」
レオは静かに首を横に振る。
「理力の多寡は生来のものだそうです。理力甲冑を日ごろから操縦しているとある程度は強くなるそうですが、その辺りも含めての試験なんです」
「リディアは……その、理力甲冑を動かすことが……」
「ええ、正直なところ無理……ですね」
その声はいくぶん、かすれているようにユウは聞こえた。きっとレオもそれを認めたくはないのではないか。
「それじゃあ、リディアはその事を知りつつ……?」
「はい。妹の性格からして、まだ諦めていないのでしょう。ここ最近はその事について公言していなかったんですが……。その事もあってか、数少ない女性の理力甲冑操縦士であるクレアさんに嫉妬しているんだと思います」
(なるほど……それでクレアを出会う前から敵視していたわけか)
しかし、事情が分かったところでユウには打つ手がない。理力のことはよく知らないうえに、この手の問題は外野がとやかく言うとロクなことにはならないだろう。
「なのでユウさんには申し訳ないのですが、それを踏まえてリディの相手をしてやってくれませんか。おそらく理力甲冑を起動すら出来ないと思うので、なんとか言いくるめて諦めさせて欲しいんです」
「…………」
これはかなり難題なのでは。さっきまでのリディアの顔は何故か自信にあふれていた。それをなんて言って諦めさせるのか。
「すみません、どうかお願いします」
レオは深々と頭を下げている。
(うーん、レオさんにはこの前捕まったところを助けてもらったからなぁ……断りづらい)
「わかりました。上手くいくか分からないけど、なんとかやってみます……なんとか」
「! ありがとうございます!」
(これは厄介なことになってしまったかな……)
ユウは必死にどうしようと考えるがいいアイデアが思いつかない。その苦し紛れな表情をどうにか隠しつつ、レオが何度も頭を下げるのを見ているしかなかった。
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