第43話 潜入

第四十三話 潜入


「全く、しょうがないデスねぇ! この私が一つ妙案とやらを出してやるデス!」


「せ、先生! 何かいい案が?!」


 神様、仏様、先生様。クレアは思わず先生の小さな体にすがりつく。体格差のあまり、先生の体がのけ反ってしまう。


「ちょっ! 苦しいデス! 教えてやるから離れるデス!」


 クレアの頭を押さえながら何とか引き離すと、シワになりかけた白衣を手で伸ばす。


「ったく、ちょっとは落ち着けデス。あぁ、それで誘拐作戦でしたね、要するに一番の問題は如何にして敵地に潜入し、無事に帰還するかデス」


 そう言って先生は全員の前に立つと、人差し指をズバッと突きだした。


「簡単な話デスよ! レフィオーネに乗っていけばいいんデス!」


 先生の得意気な顔とは対照に、やれやれ、何言ってんだ、軽いため息とそれぞれに冷たい反応が返ってくる。


「いや、あの、先生。レフィオーネでも飛行中の騒音は結構なものなんですけど……」


 ユウが恐る恐る質問をしてみる。ホワイトスワン程ではないにしても、レフィオーネが響かせる轟音もおよそ潜入には向かないだろう。みんな、それを知っているからこその反応だった。


「あのデスねぇ、ユウ。それくらいは分かってますよ。開発したのは私なんデスよ?」


「え、じゃあなんで……?」


 と、先生は不敵な笑みを浮かべる。この笑顔はまたぞろ、ろくでもない事を企んでいる時の顔だとユウは知っていた。


「決まってるデス! これからレフィオーネを潜入任務用にちょちょいと改造するんデス!」


 思い切り姿勢をのけ反らせながら、してやったという表情を浮かべる。俗にいうドヤ顔だ。


「え? いやいやいやいや、改造ってなんですか? 私のレフィオーネに変な事をしないでくださいよ?!」


「諦めろ、デス。オマエが妙な任務を引き受けるのが悪いんデス。ボルツ君、早速ですが手伝って下さい。あとの皆は潜入後の誘拐の段取りを考えるデス」


 ご指名のボルツは肩をすくませながら先生の後を追った。残されたメンバーは仕方無く打ち合わせを再開する。


「これが屋敷の見取図ですか……侵入出来そうな箇所は、と」


 誘拐対象のいる屋敷の構造を記された見取図を開き、レオが静かに分析し出す。マーティン外務大臣から貰った資料には警護の人数や休憩の時間、見回りのローテーションが記されていた。


「ここまで精確な資料だと、逆に何かあるのかもって勘繰っちゃうね」


 リディアが資料を眺めながら呟く。確かに、ユウの素人目にも情報量が多い気がするが。


「罠ってこと? うーん、考え過ぎじゃないかな?」


「その可能性は……無くはないけど、グレイブ側のメリットが薄い気がするのよね」


 目下の所、グレイブ王国の危機は帝国による経済的圧力だろう。鉱物資源である鉄などが輸入できず、国内の工業の大きな影響が出ているという。これまでの帝国の動きを考えるといずれ王国の併合が最終目的なのだろう。それを避けるにはどこかの時点で帝国との全面対決に踏み切るしかない。


「グレイブとオーバルディアが手を組むっていう事をあるかもしれないけど、それって結局は帝国に併合される布石にしかならないと思うの。グレイブは国を維持したい筈だから、その方向には舵取りしないと思う。だから罠っていうことは無いとみていいわ」


 そんなもんかね、とリディアは納得したのかしていないのか。


「ま、用心はするに越したことがないっスね。とりあえずレフィオーネを隠すのに丁度よさそうな所がありそうっスよ」


 ヨハンが指さした地図には屋敷から少し離れた森が示されていた。これならそうそう見つかりはしないだろうか。


「それじゃあレオさんとリディアが潜入担当、私がレフィオーネの操縦担当、これでいいわね?」


「ちょっと待って、クレアさん。これを見てください」


 そう言ってレオが広げた資料によると――――














「ちょっと、狭いんだけど……」


「ユウさん、もうちょっとそっち詰めれないですかね」


「ぐ……もう無理」


「…………」


 暗く狭い室内、ユウとヨハン、レオにリディアがぎゅうぎゅう詰めに押し込められている。いや、室内ではない。そのは空を飛んでいる。


「みんな、大丈夫?」


 天井からぶら下げられた無線機が鳴り響く。クレアの声だ。


「いくらなんでも狭すぎだって! それに寒い!」


「リディア、もう少しの辛抱よ。今、明かりが見えた」


 この五人は現在、オーバルディア帝国の上空を飛行している。先生によって突貫の修理と夜間潜入用に改造されたレフィオーネで。


  ――――――――


「この改造のポイントは静粛性デス。理力エンジンの出力を絞って、かつスラスターノズルの形状を静穏性に特化したものに換装しました。これで従来の50パーセントほどの音になるはずデス。ただし、出力を絞ったせいで速度と機動力が落ちているデスよ。はっきり言って、戦闘は無理デスね」


 そう言って先生は暗青色に塗装し直されたレフィオーネの前に立つ。この塗装もなるべく夜間でも目立たないようにとの事だ。


「武装と予備の弾薬、それに一部の装甲は外しているデス。だから万が一の時は逃げる事を優先するデスよ?」


  ――――――――


 レフィオーネは普段よりもずっと静かに夜空を翔ける。今夜は月が出ているが、よっぽどの事がない限り、地上からは発見されないだろう。そしてその両手には大きくいびつな箱が抱えられている。


 これは先生が用意した人員輸送用のカーゴで、四人は狭い中に押し込められている。最初はレオとリディアだけで潜入する予定だったのが、急遽、ユウとヨハンも同行する事になってしまった。なので、誘拐対象の席を別にしても、この箱の中は人数オーバーだった。


「早く! これじゃ凍えちゃう!」


 リディアが叫ぶ通り、箱の中の気温は大分下がっている。いくら夜間迷彩を施し、静穏性を上げたからといって低空を飛行するわけにはいかない。現在はそれなりの高度で飛行しているため、上空の冷たい空気が容赦なく箱を冷却していく。


「降下予定地点を発見。みんな、衝撃に備えて」


 無線で警告した後、レフィオーネは静かに高度を下げていく。事前に地図で検討を付けていた、屋敷から離れた森へと降下するのだ。ここなら近くに民家なども無く、また屋敷の見張りや警備の者に見つかる可能性は低い。


 辺りの木々を揺らす音を聞きながら、ユウ達は奇妙な浮遊感を腹の底に感じつつ体を踏ん張った。地表付近で一度、降下速度を殺してフワリと着地すると、そのままレフィオーネは箱を丁寧に降ろした。


「うう、生きた心地がしなかったよ……」


「リディ、しっかりして。これからが本番なんだから」


 レオとリディアが箱の脇にある扉を開けて出てくる。それに続いてユウとヨハンも。


「それじゃあ、みんな。以降は作戦通りに。レオさんとリディアは気をつけてね」


 クレアが操縦席のハッチを開けて出てくる。それぞれは互いに顔を見合わせ力強く頷くと、それぞれの方向に走り出した。










 薄暗い倉庫。その隅に二つの人影があった。


「案外、簡単に侵入できましたね」


「ま、格納庫だし、こっちに人手を回すよりは屋敷を警備してるんじゃない?」


 ユウとヨハンは屋敷から少し離れた格納庫へと潜入していた。ここには屋敷の警備に当たっている理力甲冑が保管されているのだった。しかし、天窓からのわずかな月明かりで照らされているのはどうも旧式の機体のようだ。装甲の表面にうっすらと錆が浮いているのが三機、確認できる。


「うわ、あれクラッドじゃないスか。スピオールよりも前の機体ですよ」


 現行最新機であるステッドランドの前の量産機であるスピオール、それよりもさらに前の機体であるクラッド。帝国が誇る技術の粋を集めて開発された重装甲タイプの理力甲冑である。整備性に難はあるが、当時にしては分厚い装甲を持ち、主に拠点防御に使われたという。その名残か、こうして国や軍の施設以外の警護にしばしば使用されているのを未だに見かけることが出来る。


「そんなに古いの? 動くかな?」


「確か、オレが生まれるよりずっと前に作られてる筈ですけど……お、見た目はボロイけど中身はマシみたいっスよ」


 ヨハンが一機のクラッドによじ登り、操縦席を覗いてみる。多少ホコリを被っているものの、何とか動くかもしれないとの事だった。


「これで警備のステッドと戦闘するかもしれないなんて、普通に考えたら自殺行為なんですけどね」


「まあまあ。最悪、人が乗ってる理力甲冑を強奪しなくちゃいけなかったんだし、これで良しとしよう」


 そう言いながら二人はそれぞれの機体に乗り込む。ユウが操縦桿を握り込むと鈍く何かの液体が循環するような音が聞こえる。


(よし、人工筋肉もまだ生きてる。これなら……)











「うーん、やっぱり警備の数、多くない?」


 物陰からリディアがチラリと顔を覗かせる。その視線の先には確認できるだけで四人の男たちがいた。それぞれ軽装ではあるが革鎧を着こみ、腰には剣と拳銃を下げている。


 ユウ達とは別に、レオとリディアは屋敷の裏門に来ていた。屋敷を護衛する理力甲冑の目を盗み、辺りを取り囲む塀は難なく超えられたが、屋敷内に入る扉という扉にはこうして警備の人間がうろついているのだった。


「確かに……いくら帝国でもトップクラスの貴族でもこれはちょっと異常だな」


 リディアの少し後ろからレオも向こうの様子を伺う。事前の資料でも確認していたが、貴族の娘が疎開する先にまでこうも厳重な警備をするものだろうか。


「ま、だから陽動をユウ達にお願いしてるんだけどね。もうそろそろかな?」


 ユウとヨハンを連れて来たのはこの為だった。物々しい警備だけならばレオとリディアだけでもなんとかなるかもしれないが、理力甲冑が警備しているとなると話は別だ。


「騒ぎが起きればその現場に駆け付ける者と、警備対象の下へ向かう者がいる筈だ。私達はそれを追って、例の姪とやらを攫う。相手が相手だ、あまり戦闘にはならないように」


「分かってるってば、おにい……レオ。お、なんか騒がしくなったね?」


 はるか向こうの方から小さな地響きと何か重量物同士が激しくぶつかるような音が聞こえてきた。恐らく、ユウとヨハンが警備の理力甲冑を奪って陽動を開始したのだろう。裏門を警備する者たちは音の方向を確認すると半分がその方向へ、もう半分が屋敷の中へと走り去っていった。


「行くぞ、リディ。遅れるな」


「だから、分かってるってば!」


 二人は音も無く走り、屋敷内への侵入に成功したのだった。











 柔らかい地面を踏みしめて、厳つい体格をした理力甲冑が体当たりを仕掛ける。それを緑灰色の理力甲冑がすんでの所で回避した。


「ヤバいっスよ、ユウさん! こいつら思ったより手強い!」


 体当たりを仕掛けた理力甲冑クラッドに搭乗しているヨハンが叫ぶ。屋敷の警護に当たっているのはステッドランド二機。いくら機体の性能差があるとはいえ、ユウとヨハンの実力ならば、そうそう引けを取らないと考えていた。しかし、戦場からも遠く離れた田舎の警備にしてはその実力は侮れなかった。


「ヨハン、なんとか二対一にするぞ!」


 ユウの乗るクラッドはもう一機のステッドランドと対峙しており、にらみ合いが続いている。敵の操縦士は二人の実力をすぐさま見抜いたのか、迂闊な攻撃は仕掛けてこなかった。


「せめて盾か短剣でもあれば……!」


 ヨハンが愚痴る。二機のクラッドの手には何も握られておらず、徒手空拳で立ち向かっているのだ。幸い敵機は警備の為なのか銃器は装備しておらず、剣と盾という基本的な出で立ちだった。


 ヨハンのクラッドが両の手を握り込み、ファイティングポーズを取る。普通、素手で剣の相手をするにはよほどの達人でなければ相手にすらならないだろう。しかし、これは理力甲冑同士の戦闘。生身とは異なり、それ相応の戦い方というものがあった。


 クラッドがジリジリと間合いを詰めていくと、相対するステッドランドは剣を持つ手を引き、突きの姿勢に移る。クラッドが素手で立ち向かってくるならば、懐に飛び込んでくるに違いない。そこを迎撃する算段なのだろう。


 操縦席でヨハンがニヤリと笑う。と、次の瞬間、本来は重装甲で鈍重気味なクラッドとは思えないほどの速度で機体が前方へと突っ込む。当然、それを予期していた敵機は右手を唸らせ、鋭い剣先を突進してくるクラッドの胸元へと突き出す。


 大きな金属音が辺りの空気を震わせる。ヨハンのクラッドは……無事だった。


 ヨハンは敵の突きを左腕で巧みにでいなしつつ、反対の腕で重い左ストレートを繰り出していたのだった。分厚い装甲は理力甲冑の剣であろうと、多少の事では切断出来ない。甲冑組手の要領で、ヨハンは重装甲のクラッドの利点を活かしていたのだ。


 そしてクラッドの機体重量は見た目通り重く、その渾身の一撃はステッドランドの装甲ならば簡単に叩き割る。その筈だった。


「なっ!?」


 敵機の胸部を狙った右拳は盾に受け止められていたのだった。とっさに膝蹴りでさらに間合いを詰めようとしたが、敵のステッドランドは盾を機体に密着させ、思い切りその場で踏ん張る。全身を使ったシールドバッシュに、さすがのクラッドも大きく吹き飛ばされてしまった。


「ヨハン!」


 なんとか加勢に入ろうとするが、ユウの進路を塞ぐように敵機が素早く移動する。ヨハンのクラッドは後方へたたらを踏みながらどうにか姿勢を戻そうとするも、足元の何かに躓いてしまい派手にコケてしまう。しかも運悪く、その先には屋敷の壁が――――






「イテテ……あいつ、やっぱり強いな……」


 転んだ拍子に屋敷に突っ込んでしまい、その衝撃で体のあちこちを打ってしまったようだ。いろんな所がズキズキと痛む。しかし、急がなくては敵に後ろから攻撃されてしまう。


「そこの貴方! 突然レディの寝室に壁を突き破ってくるなんて失礼ですわよ!」


 いきなり操縦席の外から高いキンキン声が聞こえてくる。一体なんなんだとモニターを見渡すが、瓦礫で辺りがよく見えない。仕方ないので操縦席のハッチを開けると。


「全く、わたくしを誰だと思っていて?! 私はネーナ゠ウル゠ラント゠オーバルディア! メルヴィン゠ミ゠ラント゠オーバルディアの一人娘ですわよ!」


「その名前、もしかして……」


 ヨハンは誘拐対象の名前を思い出そうとする。確かに、ネーナとかいう名前だった筈だ。という事はつまり、眼前の気の強そうな少女が。


「お前が誘拐対象国王の姪!」


「なんですか! いきなり誘拐とは! ん? 誘拐……?」


 ネーナはフム、と顎に手を添えて何かを考えている様子だ。


(この様子だと、レオさんとリディアはまだコイツネーナを見つけてないのか……? 運が良いのか悪いのか……)


「ちょっと、そこな貴方」


(どうする? このままだと戦闘に巻き込まれて怪我をさせちゃうかも)


「聞いてますの?!」


「イッテェ!」


 ヨハンは急に耳をつねられ、驚きのあまり何が起こったのか分からない。


「全く、私が喋っているのだからちゃんとお聞きなさいな。貴方、先ほど誘拐、と仰いましたね?」


 見るとネーナ嬢はクラッドの操縦席によじ登り、ヨハンの目の前に迫っていた。ほのかに鼻腔をくすぐる甘い香りはこの少女から漂ってくるものか。整った顔立ちに少しドキリとしてしまう。


「え? お、おう。オレたちはお前を誘拐しに来たんだけど……」


 ネーナはヨハンの服装を見る。連合の操縦士に普及している一般的なものだ。


「貴方、連合の兵士ですわね? ならばよろしい。早速ですが。ホラ、早くなさい」


 眼前の少女が喋る内容について、その目的、その意図するところが理解出来なかった。しかし、言っていること自体は理解できる。


「よし、早く乗って!」


「もう少し詰めて下さいませんこと? ステッドランドと違ってクラッドってこんなに狭いんですわね」


 ネーナはぶつくさ文句を言いながらも、ヨハンの膝の上に座る。彼女の言うとおり、二人で乗るには少々狭いが贅沢は言っていられない。色々と作戦と異なってしまったが、まぁ何とかなるだろう。いざという時にややこしく考え(られ)ないのがヨハンの持ち味ともいえる。


「よぉし! お前ら、そこを動くな! これを見ろ!」


 クラッドが屋敷の瓦礫を払いのけながら敵機へと振り返る。ステッドランドが今まさに剣を振り上げようとしていた所でピタリと硬直する。操縦席のハッチは開いたままだ。


「見えたな! 下手に攻撃するとこのお嬢様がどうなるのか分かってるだろうな!?」


 ヨハンが外部拡声器スピーカーで叫ぶ。この距離と月明りでもネーナの顔は認識できるはずだ。そして実際に敵機はその動きを止めている。


「き、貴様! 人質などとは卑怯な!」


 敵の操縦士も外部拡声器で応える。いわゆる騎士道精神というやつなのだろう、生憎ながらヨハンは持ち合わせていないものだが。


「うるせぇ! さっさとその獲物を捨てて理力甲冑から降りな! そこのお前も!」


 わざとドスを効かせて怒鳴ってみるが、ヨハンの少年特有な高い声ではあまり迫力はない。しかし、ネーナが人質に囚われている以上、敵の操縦士は従うしか他になかった。


「お前達、早くなさいな! 私の命が係っているのですよ?!」


 ネーナがマイクへと叫ぶ。どこか楽しげなのは気のせいか。


「あ、こら! ヨハン! あんた何やってんのよ!?」


 後方の屋敷からリディアの声が聞こえる。どうやらネーナの部屋に到着したようで、崩れて大きな穴が空いた壁からこちらを覗いている。


「遅かったスね、誘拐は成功したからさっさとずらかりますよ! 乗って下さい!」


 そう言ってクラッドの左手を差し出し、手のひらにリディアとレオを乗せる。


「ヨハン、大丈夫か?!」


 武装解除し、操縦士が降りたことでユウのクラッドがヨハンの所へ駆けつけてきた。見ると、装甲の所々に真新しい傷が出来ているが、致命傷はなさそうだ。


「ユウさん、今すぐ逃げますよ! 追手が来ないか見ていて下さい!」


「さぁ、とっととお逃げなさいな! でないと私が屋敷に連れ戻されるでしょ!」


 手の平の二人を落とさないように気を付けながらヨハンのクラッドが走り出す。目的地はもちろん、クレアが待つ森の中だ。


「分かった。先に行ってくれ!」


 そう言うとユウの乗るステッドランドはおもむろに、近くに座していたステッドランドの操縦席に拳を打ち付けて破壊する。理力甲冑クラッドはその重装甲と引き換えに移動速度は遅い。ここでステッドランドを潰しておかなければ追いつかれるかもしれないと判断したのだ。そしてさらにもう一機。


「き、き、貴様ら! こんな事をして、た、タダで済むと思うなよ?!」


 眼下では敵機に搭乗していた操縦士が喚いている。ユウはその場でクラッドの右足で地面を踏みしめると、その衝撃で操縦士は転んでしまった。


「えーと、なんだっけ……貴族の娘は我々、山賊集団・赤い狼が預かった! 身代金については後々連絡する! ……先生もよくこんなの思いつくよな」


 ユウは先生から貰ったメモ用紙を懐に仕舞う。作戦の直前に、このセリフを残して来いとの事だったのだが、本当に効果があるのだろうか。ちょっと芝居がかったセリフに少し顔が赤くなってしまう。


「くそっ……! 早く、早く馬で奴らを追え! それと、お館様に連絡を!」


「そ、それが! 馬が!」


 屋敷にいた馬は全て、レオが盛った毒で動けないでいた。死にはしないが、当分は動けなくなるので追手を防ぐのに都合がいい。


「なん……だと……?! なら走ってでも追うぞ!」


 操縦士の男は一目散にヨハンとユウが逃げていった先に走る。が、さすがに人間の歩幅と理力甲冑の歩幅は比べるも無い。













「それで、なんでオレの膝の上に……?」


 一行とネーナ嬢を回収したレフィオーネは上空を飛行している。もちろん、あのいびつな箱に皆を押し込めて、だ。そして何故かネーナはヨハンの膝の上に座っている。


「あら、貴方は私を攫ったんでしょう? ならば最後までちゃんと面倒をみるのがではなくて?」


「???」


 言っている事は分かるような分からないような……。それと、膝の上に座られることの因果関係がよく分からない。


「ちょっと、ヨハン! もう少し詰めてったら!」


「いや、もう無理っスよ。これ以上はネーナさんが……」


「ああ! もう! 狭くて暗くて寒い思いをしたのに、私達必要なかったじゃない!」


 ネーナが専用に誂えられた席に座らないのでさらに狭い室内、リディアが怨嗟の声を上げる。


「リディ、それは結果的にであって、予定通りに事が進んでいたら……」


「お兄ちゃんは黙ってて! せーまーいー!」


 リディアがじたばたするせいで余計に苦しくなってしまう。しかしネーナはそんなことは気にもならない様子だ。


「それで、あとどれくらいで着きますの?」


「姐さんー、あとどれ位ってお嬢様がー!」


「えっと、グレイブまではもうちょっと掛かるわ。悪いけどもう少し我慢してね」


「えっ!? 私達は連合に向かっているのではなくて!?」


「あれ、言ってなかったっけ? オレ達は王国の依頼で誘拐したんだけど」


 ネーナの顔が途端に不機嫌なものに変わってしまう。


「……降ろして」


「へ?」


「ここで降ろして下さい! 私は帝国にも王国にも、どこにも戻るつもりはありませんわー!」


 突然暴れ出すネーナ。狭い室内がさらに窮屈に。


「あ、あれが外へ出る扉ですわね?!」


「わぁ! 今は空を飛んでるから! 開けないで!」


「ウルサイですわ! ほら、操縦士の方! 早く私を降ろしなさいったら!」


「えーと、お嬢さま。申し訳ありませんがそういうわけには……」


 クレアはレフィオーネの操縦席にいるので、箱の中の阿鼻叫喚はうかがい知れない。


「この取手、固いですわね……よし開きましたわ!」


「うわ! 危ない!」


「落ちる! 落ちるから!」


「早く閉めて!」


「はーなーしーなーさーいー! 私は自由の為に羽ばたかなくてはならないのです!」




 帝国を揺るがすほどではない、しかし重大な誘拐事件。これが、後々にオーバルディアとグレイブにとって大きな影響を及ぼすことはまだ誰も知らない。


「おーろーしーてー!」










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