幕間

幕間 


『先生の正体?』




「え? 先生?」


 ここはホワイトスワンの食堂兼、休憩室兼、作戦会議室。今は昼食後のまったりとした一時だ。


 現在はグレイブ王国を目指している途中、レジスタンスであるレオとリディアと合流した後だった。


「そう、あのチビッ子先生。一体何者?」


「うーん? そういえば僕もあんまり知らないや。クレアは何か知ってる?」


「いえ……そういえば、私も詳しいことは何も知らないわ」


 クレアが少し考えてから答える。その隣ではヨハンが顔をブンブンと横に振っていた。


 話の発端はリディアが先生の素性をユウに聞いた事から始まった。


「どう考えても普通じゃないでしょ? 本名を隠してって呼ばせるなんて。あと、あの人何歳? まさか、見た目通りの年齢?」


 食後のお茶を飲みながら、常日頃から気になっていることを投げ掛ける。


「確か、年齢は二十前半だったよね? クレアよりも何個か上」


「げ、なにそれ詐欺じゃん。いったい何かの魔法か呪いにでも掛かってんの?」


「いや、さすがにそれは……」


 さすがにそれは。強く否定するにはクレアも多少の躊躇いが生まれる。同じ女としてよく観察しているが、あの肌の潤いとツヤハリはどう見ても十代前半のものにしか見えない。


「あの人、十年後もあのままだったりして……」


 ヨハンは冗談で言ったつもりだが、思わず全員が納得してしまう。


「……そ、それより、先生は連合に亡命する前は帝国軍で色んな研究開発をしていたって聞いたわよ。このスワンとアルヴァリス、それに理力エンジンはその時の開発だって」


 そう、みんな忘れかけているが先生は優秀な技術者なのだ。それが普段の行いと言動からあまりそう思われていないのは仕方のない事だろう。


「なに? それじゃあのチビッ子、帝国じゃエリート様だったって事?」


「エ、エリート? 先生が?」


「だってそうでしょ。帝国軍で理力甲冑やこんな機体を開発するのは相当な実力者じゃないと」


 ユウはうーむと唸ってしまう。あの先生が? 確かに凄い発想力と創造力を持ち、技術者としての腕は一流なのだろう。そして帝国でもエリートとあらば、どうして連合に亡命を?


「そんなエリート様が亡命なんて……怪しすぎる!」


 リディアはお茶を一気に飲み干し、勢いよく立ち上がる。


「よしっ! ちょっくら正体を確かめてやる!」


「ほう? 一体誰の正体を確かめるんデスか?」


 突然、そこにはいない筈の声が。


「うわぁっ! い、いつの間に?!」


 リディアの背後から先生がぬぅっと現れた。全員が驚きのあまり、固まってしまう。


「いつの間にって、あのチビッ子、一体何者? の辺りからデス」


「最初からじゃないですか!」


 ユウのツッコミは無視して先生はリディアの目の前に回り込む。


「ま、色々と詮索したくなる気持ちは分かるデスよ。こんな謎めいた美少女、世の男どころか女も気になって気になって、それはもう幾夜も眠れないでしょうからね!」


 先生の冗談(?)にヨハンはうんざりとしたような表情を浮かべる。それに小さな声で美少女って歳じゃ……と呟いたのをユウは聞き逃さなかった。


「ま、オマエラには悪いですけど、私の正体なんて大したものじゃないデスよ。さっき言ってた通り、帝国で技術者をやってた。それだけデス」


 フンと鼻を鳴らして先生は胸を張る。特にやましいことは何もないというようだ。


「じゃ、なんで連合に亡命を? 確か、アルヴァリスを量産出来なかったからって言ってたと思うんだけど、それだけで亡命するリスクを負う?」


 クレアの疑問は誰もが知りたいと思っている。いくら先生が根っからの技術屋とはいえ、それだけで帝国軍の技術開発エリートの地位を捨てるのは些か早計のように思える。


「ああ、その事デスか。デスよ。せっかくアルヴァリスを帝国の次期量産機として開発したのに、上の連中はその性能を理解しようとしなかったんデス。だからもっと好き勝手やらせてくれそうな連合に来たんデスよ」


 クレアとリディアはとし、ユウとヨハンは深くため息をつく。


(やっぱり先生は先生だった……)


この場にいる先生以外の人間は一様に似たような感想を抱いてしまう。ではなく、自分のしたいことをしたいようにする。それが先生の生き方なのだろう、と。


「なんでみんな呆れたような顔をしてるデス? ……それにしても、当時の上司ともいえる技術将校に飛び蹴りかましてやった時はスカッとしたんデスよ? アイツ、量産コストがどうのこうの抜かしやがって、今でもすっげえムカつくデス!」


「あの、それじゃ亡命んじゃなくて、のでは?」


 上司の意見にムカついて飛び蹴りをかます。普通ならクビで済めばいいが、よりによっても相手は軍の将校だ。きっと恐ろしい事になるのは想像に難くない。


「ユウ、止めときなさい。先生にとって、はきっと些細な事よ」


 思いもかけず、クレアの一言が全てを言い表していた。













(まったく、私の事なんて探っても、面白くともなんともない筈デス)


 食堂には先生以外に誰も居ない。ユウたちはそれぞれの仕事に戻っていった。


(みんなには悪いけど、これがなんデス。私の……唯一の……生き方)


 その表情は暗く、普段の先生からは想像がつかないほど重い雰囲気を醸し出す。一体、先生の過去になにがあったのか、何ゆえに記憶が無いのか。その口は固く閉ざされたままだった。


「あれ? 先生、早く格納庫に行きますよ。私はアルヴァリスの整備をするので先生はレフィオーネの方をお願いします」


 と、そこへボルツがやって来た。


「……ボルツ君」


「? どうしました?」


「アルヴァリスの人工筋肉、そろそろ交換次期だと思うからちゃんとチェックするデスよ?」


「ああ、もうそんな時期でしたっけ。分かりました、よく見ておきます」


 ――――先生の顔は普段通りの明るいものに戻っていた。









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