第42話 内情

第四十二話 内情



「ぬわぁんデスってぇ~!?」


 どこまでも澄みきった青空の下、先生の怒りとも呆れともつかない叫び声がこだまする。ここはグレイブ王国へと続く関所の前。ホワイトスワン隊はこの旅の終着点を目の前にして思わぬ足止めを食らっていた。


「グレイブ王国へのってどういう事デスか!?」


「どう、と言われましても……」


 対応している兵士は詳しく聞かされていないようで、どうにも要領を得ない。さっきから先生と同じやり取りをずっと繰り返すだけだった。


「先生、向こうの人も困っていますよ……」


「ユウは黙ってるデス! 艱難辛苦かんなんしんく苦心惨憺くしんさんたんの末にここまでやって来たんデスよ?! それなのに文字通り門前払いとはどういう了見デスかっ!」


 先生は怒りのあまり、地団太を踏んでいる。苦労した旅の結果がこの対応では確かに思うところもあるが、この困り果てている兵士に八つ当たりをしても仕方がない。


「先生、ユウ。お待たせ、話の通じる人がいたわよ」


 関所脇に設けられた事務所からクレアが出てくる。その傍らには軍服を着た一人の男性が。実は先生と門番の兵士のやり取りを見て、この関所の責任者を呼び出していたのだ。


「どうも初めまして。私はここの関所を任されているアレク・サートーと申します。ささっ、立ち話もなんですからこちらへどうぞ」


 三人はアレクと名乗る男性に促されて事務所の中へと通される。中は簡素な作りの割に書類棚や事務机が所狭しと並べられ、書類やら備品やらが散らかっていた。そしてその奥、どうやら会議室のような所に案内される。


 部屋の中央に年季の入った長机が並べられ、その周りには質素な椅子が十脚。壁にはこの周辺の地図だろうか、街道や街の位置が描かれているものと等高線や地形が細かく示されたものの二種類が掛けられている。


「すみません、来客室なんてものが無くて……。いま、お茶をお出しするのでお待ちください」


「茶ァはいいから、さっさと説明するデス!」


「ちょっと、先生……」


 相変わらず先生の機嫌は悪いままだ。


「申し訳ありません、あなた方の事は上から聞いております。その任務と事情も多少は。その上で、あなた方ホワイトスワンの皆さまにはここをお通しすることができないのです」


 丁寧な口調だが、淡々とした説明に先生はプルプルと震えだす。そのこめかみには青筋が浮かび上がりそうだ。


「だァから! その理由を教えろつってんデス! いい加減にしないと理力甲冑でこの関所ごとオマエを踏み潰すデスよ! このユウが!」


「え?! 僕が?!」


「先生、落ち着いて! ドウドウ!」


 突然、話を振られたユウは驚き、クレアは怒り狂う先生をなんとかなだめる。対して関所の責任者であるアレクは平然と部下が持ってきたお茶を三人に勧める。


「理由……ですか。それは私の口からはちょっと……もうしばらくお待ちください。つい先ほどこちらへ向かったとの連絡がありました」


「? 誰か来るんですか?」


「ええ、詳しい事情はそのお方からお聞き下さい」


 今のままでは埒が明かないと判断した先生は出されたお茶を一気に飲み干す。そのまま机に勢いよく叩き付けて言い放った。


「だったら、早くそのとやらを連れてくるデス!」


「先生、行儀が悪いですよ!」


「うっせーうっせーデス! それとここの関所は客に茶菓子の一つも出さないんデスか?!」


「おっと、これはうっかり。さて、何かお口に合うものがあればいいのですが……」


 そう言うとアレクは会議室を出て行ってしまった。先生はその後姿を見えなくなるまで睨み続ける。


「ちょっと先生、どうしたの? そんなに怒るなんてらしくないわよ」


 クレアの言葉にムッとした顔になる。


「クレア! お前は悔しくないんデスか! あれだけ苦労してここまで来たんデスよ?! それなのにこんなクソ対応、怒らない方がどうかしてるデス! じゃないと……」


 先生は下を向く。その表情は前髪に隠れてしまって分からない。


「じゃないと……あんなにクレアが辛い思いをしたっていうのに……こんなのあんまりデスよ……」


「先生……」


「アルトスの街を出てから……色々とあったデス。楽しい事もあれば、辛い、嫌な事もあったデス。特にクレアはちょっと前まで誰よりも辛くても隊長として頑張ってました……」


「…………」


「ユウの事が心配なのに、隊長として気丈に振舞ってたデス。今すぐユウを助けに行きたいはずなのに、苦渋の思いでスワンの皆を守る選択をしたデス。オマエは隊長としての重圧に負けることなく、立派に責任を果たしたのにこんな結果はねーデスよ……」


「先生……その、ありが」


「それにユウがいなくなったあの日の晩、クレアは本当にショックを受けていたんデスよ? 自分の部屋でこっそりユウ、ユウってすすり泣くほどに。他にもユウの部屋の前でじっと立ち止まってみたり、ユウの使ってたコップを見て何ともいえない表情を浮かべたり……」


「ちょっと! もしかして聞いていたの?! それにあの時、廊下には誰もいなかった筈なのに!」


「いや? クレアならそういう風に落ち込んでるかなーと思ってホラ吹いただけデス。というかクレア、オマエ……」


「えっ?! なっ?! ひ、卑怯よ! カマかけるなんて!」


「クレア、僕の事をそんなに心配してくれてたんだ……」


「ちがっ! いや、違わないけどっ! じゃなくて! ちょっと先生! その目と顔はなんなのよ!」


 先生はクレアが顔を真っ赤にして慌てふためいているのをニヤニヤ眺めている。さっきまでの怒りはどこへやら、すっかりクレアをからかって楽しんでいる。


「いやぁ、クレアでも乙女のハートをちゃんと持っていたんデスねぇ」


「私って何よ! 普段、どんな風に見えてるの!」


「そうですよ先生。クレアは意外と女の子らしくて、この前だって僕に料理と洗濯を教えてくれって……」


「ちょっ、ユウ! それは秘密にしておいてって言ったでしょ!?」


 思わぬ所から攻撃されてしまい、耳まで赤くなってしまうクレア。先生は分かってて言ってるが、ユウは本気で言っているようだ。だからこそ余計に恥ずかしいというのも乙女のハートなのだろうか。


「えーと、楽しくご歓談中のようですが失礼しても?」


 いつの間にかアレクが部屋に戻ってきていた。その手にはクッキーのような小さな焼き菓子が並んだ皿が。そしてその後ろには一目で分かるほど身だしなみの整った男性が立っていた。


「あっ! すみません! それで、そちらの方は……?」


 その男性はアレクを手で制して前へと出る。


「はじめまして。私はグレイブ王国で外交を担当しております、リック・マーティンと申します」


 リックと名乗った壮年の男性は綺麗な所作でお辞儀をする。外交を担当するという事は他国との使者と面会することが多いのだろう、身なりやお辞儀一つとっても洗練されている。


「マーティンさん、早速ですがこの事態の説明をお願いしても?」


 クレアはすっかりモードになって毅然とした態度を取る。


「ええ、もちろん。しかし、その前に場所を移しましょう。ここで話すには少々……」


 と、言いつつ周囲を見渡す。ここは会議室とはいえ簡単な作りの建物だ、薄い壁の向こうには関所の職員や兵士が忙しそうに働いているし、外には多くの商人や旅人が行き交う。つまり、こういう所ではあまりタイプの事情が王国側にあるのだろう。


「全く、この国の人間はもったいぶるのが好きデスね! どこならいいんデスか!」


 先生は出された焼き菓子を手で乱暴につかみ、口へと放る。ユウは行儀が悪いですよ、と目で訴えるが先生は知らんぷりをしている。


「いや、全くもって申し訳ない。なのでここから少し行った所に来賓の方々に向けた宿泊施設があります。外に馬車を待たせてあるので」









 リックに促されて三人は二頭立ての馬車に乗り込む。広くゆったりとした座席は思ったより座り心地が良い。豪華というほどではないがしっかりとした作りなのだろう、あまり揺れを感じさせないのは車体と車輪の間にあるサスペンションが良い物だからだろうか。


 目的の宿泊施設とやらに着くまではさほど時間が掛からなかった。関所から本当に少し行った所にあったのは、来賓を持て成すというよりも長旅で疲れた体を休ませる為の施設かもしれない。


 御者に礼を言いながら降りると、そこにはまるで城のような建物が。大きさはそれなりにあり、内部の構造は分からないがひょっとしたら百人くらいは寝泊まり出来るのではないだろうか。


「あの、本当にここなんですか? 別の場所と間違っていません?」


「大丈夫ですよ。さ、こちらへどうぞ」


 先にもう一台の馬車から降りていたリックに案内されて城へと三人は入った。広い入り口とホールを抜け、階段を上った先にある客間のような部屋へと通される。室内の調度品はどれも高価そうで、ユウの座ったソファーはとてもフカフカしている。


「なんか場違いな所に来た気分……」


「ちょっと、しっかりしてよユウ!」


「皆さん、寛いでもらって結構ですよ。すぐにお茶もお出しするので」


「だから、茶はいいから早くそっちの事情とやらを話すデス! こっちがどれだけ苦労してここまで来たと思ってるデスか!」


「それもそうですな。まずは、はるばる我がグレイブ王国までご足労頂き有難う御座います。道中の事は分かりかねますが、さぞ大変だった事でしょう。無事にたどり着かれたのは本当に良かった」


「それもこれも、全ては理力エンジンを量産するためデス。事前の打ち合わせではそっちグレイブの了承は取り付けたバルドーのオッサンが言っていたデスよ!」


「アルトスの街のバルドー様ですな。ええ、確かに私が一連の交渉を担当しました……しかし、今となっては少しばかり状況が変わってしまいました」


「……もしかしてシナイトスの件ですか?」


「ええ、我々と連合で密約を交わした時点で、かの国と帝国の戦争はもう少し長引くと誰もが予想していました。しかしシナイトスは敗れ、今ではその領土が帝国のものとなってしまった。このような事態になり、我がグレイブ王国としては表立って連合と協力関係を取る事が出来なくなってしまったのです」


「いくらなんでもそれでは……!」


 クレアは思わず立ち上がってしまう。ここに来て自分たちの行動が無意味になってしまうかもしれないと思わず体が動いてしまう。


「ええ、分かっております。こちらとしてもあなた方にお茶を出して帰すわけにはいきません。なので物資や食糧などの補給は極秘で協力したいと考えております。報告によると直前に大規模な戦闘が行われた様子、理力甲冑やあの白く大きな機体の修理に人手も必要でしょう。少数ながら腕の良い職人を寄こしましょう」


「それは有難いのですが、肝心の理力エンジンは……!」


 リックは重々しく首を横に振る。


「それは……今の状況では難しいでしょうな……」


 そう言ってリックはソファーから立ち上がって窓の側へと歩いていく。その視線はグレイブ王国の王都グレイブがある方向を向いている。


「今のグレイブ王国は帝国と連合の戦争に関して意見が二分されております。帝国と連合のどちらにも協力をしない、戦争には介入しないという意見。それと帝国の強硬的な侵略行為に立ち向かう為、あなた方連合に協力するという意見。その派閥やグループから前者が王族派、後者が議会派とそれぞれあだ名されています」


「それじゃ、私達はその王族派の横槍で入国出来なかったわけデスか」


「……横槍といえばそうなんでしょうな。しかし、現時点では私を含めた議会派も慎重にならざるを得ない理由があります」


「というと?」


 リックは少し言い淀んでいる。その表情から察するに、余程言いにくい内容なのだろうか。


「……現国王には……歳の離れた妹君がおられました。彼女はとある貴族の下へと嫁ぎ、娘を出産する際に命を落としてしまったのです。その貴族の名前はメルヴィン゠ミ゠ラント゠オーバルディア」


「?! その名前、もしかして……!」


「ええ、オーバルディア皇帝一族の分家筋にあたる家です。帝国内では皇帝の次に権力を持っていると噂される程の名家、そこへグレイブの王族が嫁いだことで二国間の間に一種の不可侵条約が結ばれたと言っていいでしょう。ここ最近までは」


「どういう事です? 最近まではって」


「五年ほど前からでしょうか、グレイブが他国との交易で輸入する鉱物資源に大きな関税が掛けられるようになったのです。それも殆ど一方的に。どの国も敵対するような関係性ではありませんでした。仕掛けたのはそのにいる国、オーバルディア帝国だったんです」


 リックの説明によると、帝国は周辺の小国の経済をも十分に左右するほどの影響力を有している。帝国は当時から戦争資源である鉄を始めとした各種鉱物の確保に躍起になっていたという。その一環で産出国のいくつかに政治的、経済的圧力を加え帝国への供給を優先させ、その他の国には多大な関税を掛けるなどしていった。グレイブ王国もそういう国の一つという訳だ。


「これが一過性のものなら、我々とて無理に帝国との関係を悪化させたくはありません。しかし、最近の動向を見ているとその侵略の矛先が我が国にまで及ぶ危険性が国のあちこちで叫ばれ始めたのです。これはまだ噂程度なのですが、帝国は大陸北部の海域一帯を事実上の封鎖をするのではないかという話も聞こえてきます。そうなれば国土の小さいグレイブ王国は輸出入を帝国に頼らなくてはならなくなり、いずれは皇帝の胸三寸で窮してしまうでしょう」


「だから連合と協力して、帝国の経済的侵略の前に手を打とうとした?」


「主にそういった考えを持つ者たちが議会派です。彼らは実務をこなすうえでそういった情報や帝国の動きに敏感なので、今後の危険性と王国のひっ迫した情勢を訴えてきました。しかし、帝国に嫁いだ妹君のご息女が云わば捕らわれの身、なるべく事を荒立てたくない国王を始めとした一派と対立する事となってしまったのです」


「なるほど……ね」


 王国の抱える問題は一通り把握できた。しかし、だからと言ってこのまま連合に引き返すわけにもいかない。これを解決しようにも、両国家の外交的、経済的問題に一軍人であるクレア達が介入できる筈もない。


「これは私の独り言なので聞き流して貰って構わないのですが……」


 と、リック・マーティンが前置きする。一体なんだというのだろう。




、もしもの仮定の話ですが。帝国におわすご息女が…………でもされれば、この状況は変わるでしょうな。恐らく王国は帝国の関与と陰謀を叫び、国民は対帝国への開戦を望むでしょう」




 ユウ達三人は思わず身構える。この独り言はつまり。


(私達に暗殺を依頼するって事?! 秘密裏に、王国の手を汚さず?! この流れはちょっとヤバいわね……)


 リックは素知らぬ表情で外の景色を眺めている。確かに、議会派にとっての最大の障害になっているのは国王の姪にあたる少女が帝国にいるという事だ。彼女の存在が王国にとっての枷になっているのは否定できない。それどころか彼女を人質に様々な圧力や要求を王国側に呑ませるのは想像に難くない。


「それ、本気で言ってるんですか……!」


 ユウが立ち上がり、怒り交じりに問い詰める。


「さて、とはどういうことですかな? 申した通り、私は仮定の話をしたまでです。別にあなた方にとって関係のない出来事ですよ」


 その表情はとても穏やかで、一体何を考えているのかうかがい知れない。流石は一国の外交を担当する人物とでもいうのだろうか、こうした腹芸は日常茶飯事なのだろう。


「そんな卑劣な手段、僕たちは協力しません!」


「おやおや、何か勘違いをなさっているのでは? 今の我が国にはそういった事情があるとお話しただけですよ?」


 クレアは心の中で後悔する。この男は私達ホワイトスワンに姪の暗殺を依頼している。だからあの場関所では話せなかったのだ。こんな話、万が一でも誰かに聞かせられるものではない。今の連合の状況、ホワイトスワンの境遇を考えればこの男の要求を呑まなくてはならないだろう。断れないことを見越しての任務依頼なのだ。


 もし暗殺を断れば、そのままホワイトスワンは理力エンジン量産という任務を失敗することになる。それはこの戦争で戦力に不利を抱えたまま戦う事になってしまう。


 しかし暗殺を請け負ったとして、その危険性は非常に高い。姪が帝国のどこにいるかは分からないが、その重要性から十分な警護がついているだろう。それにもし、暗殺失敗や事が明るみになればそれこそ一大事となる。なぜなら、「連合の兵士が帝国の貴族を暗殺しようとした」という構図になり、グレイブ王国は一切関係ないと言い張るだろう。それどころか、その一件が元で連合と敵対する可能性まで出てくる。


(ユウはああ言ってるけど……クレアは一体どうするつもりデス?)


 流石に先生も話の内容が内容なので口を挟めないでいる。理力甲冑の事や技術的な話ならいくらでもアイデアを出せる自信があるが、こういった政治のような多くの思惑が介在する話題は苦手だ。


 クレアは沈思黙考の末、重い口を開く。


「マーティンさん、その国王の姪御さんは帝国のどこにいるか分かりますか?」


「ちょっと、クレア!」


「クレア、それでいいんデスか?」


 リックはニヤリとほほ笑む。この笑い方は相手が思惑にはまったのを確信した笑みだ。


「ええ、現在はとある田舎にある別邸に疎開しております。詳しい場所は後で部下からお知らせしましょう」


「了解しました。それで……グレイブ王国としては帝国から姪御さんが目下の懸案は無くなり、連合との協力体制を結んで頂けるんですよね?」


「そうですな、あくまでの場合ですが」


 クレアはフフンと笑い返す。


「それならば、我々ホワイトスワン隊が責任を持って国王の姪をきましょう。身柄をあなた達にお渡しした後、どこかに匿う用意をしておいて下さいね?」


 ユウと先生はポカンとクレアを見つめる。いや、リックも呆けた顔でクレアを見ている。


「なっ、ど、どういう事ですか?!」


「どういう事も何も、その姪が帝国に居るという事が問題ならば、もうそれは攫ってくるしかないでしょう? どこかの賊が何の目的かは不明だが、帝国貴族の娘を攫った。そしてその娘は何故か王国で発見され、帝国は戦時下にあるために一時的に保護をする。まぁ、あくまで話ですが」


 リックは何かを言いたそうに口をパクパクとさせるが、ついには観念して大きなため息を吐く。


「……分かりました、なんとかその方向で調整してみましょう。私個人としてはその作戦には賛成ですし。全く、食えないお人ですね」


 三人ともどの口で言うか、とは心の中にとどめておく事にする。依然として厳しい状況にあるのは確かだが、何とか道は見えた。あとはどうにかしてこの困難を乗り越えるか。


「それでは早速準備をしたいのですが、物資の補給と理力甲冑の修理、それに潜入に必要な情報を頂けませんか?」


「補給の方は既に手配済みです。早ければもうそろそろ搬入している頃でしょうな。修理についても今日中に人を寄こす予定です。それと、情報についてはこれから資料を持ってこさせます」


「それなら資料はスワンの方に持ってきて頂けませんか? 仲間と打ち合わせをしたいので」


「承知しました。他にも何か入用ならば私を通してください。あなた方への援助は公的に行えませんが、ある程度は融通が利きますから」


「有難う御座います。それではそろそろこの辺で……」


「ええ、こちらこそよろしくお願いします。……おい、誰かおらんか!」


 リックが室外へと人を呼ぶ。近くに待機していたのであろう使用人が静かにドアを開けて入ってくる。


「はっ、いかがされましたか、大臣」


 ユウとクレアは思わずギョッとする。大臣と言ったのか?


「客人がお帰りになられるので馬車の用意を。それとの資料をこちらの方々の艦までお持ちしなさい」


 かしこまりました、と深々にお辞儀をして出ていく使用人。いや、それよりも。


(え? このおじさん、大臣だったの? てっきりただの職員みたいな人だと思ってたんだけど……)


(うわぁ……それなりの地位だとは思ってたけど、一国の外務大臣に向かって……これで失敗でもしたら、私、ヤバくない? この人に謀殺されちゃうんじゃ?)


(大臣ってわりに、あんまり威厳を感じないデスね。もっと偉そうにしてないと他の国にナメられるデス。いや、それよりも機体の修理の方が大事デスね。ああ、今日から徹夜デスかね……)


 三人とも色々と思う所があるようで、帰りの馬車は静かなものだった。













「……という訳で話を纏めると、ちょっと帝国に忍び込んで貴族の娘さんを攫ってきます」


 ホワイトスワンの食堂兼休憩室兼、作戦会議室。今のホワイトスワンとグレイブ王国の状況、今しがた行われたマーティン外務大臣との密談について説明している最中だった。


「あの、あねさん。それ、ちょっとで済まないと思うんスけど」


 ヨハンの指摘にクレアは顔を逸らし。


「話は理解しましたけど、少々、いやかなり無謀な作戦なのでは?」


 ボルツは冷静にツッコみ。


「いくら私とリディでも……ちょっと考えさせて下さい」


 レオはどうしたものかと考え込み。


「行き当たりばったり過ぎない? もうちょっとよく考えたら?」


 リディアにはバッサリと切り捨てられた。


「あの場ではああ言うしかなかったんだよ、クレアだって」


 ユウが何とかフォローするが他のメンバーは明らかに納得していない。


「そ、そうよ! それに帝国でもほぼトップクラスの貴族の娘を暗殺でもしてみなさい、絶対に後々このネタで強請られるわよ! それに比べれば攫う方がまだマシでしょ!」


「それにしたって、どうやって現地まで向かうんスか? スワンはボロボロだし、そもそも潜入には向かないでしょ」


 ホワイトスワンは大型理力エンジンを搭載しており、その駆動音と圧縮空気の音は確かに潜入任務には適していない。端的に言うと、うるさい。さらにその巨体は遠くからでも目立つだろう。


「そうなのよねぇ……馬で移動するにしても限界あるし……あぁ、どうしよう。あそこまで自信たっぷりに言っちゃった手前、今更出来ませんはないわよねぇ……」


 作戦の概要どころか潜入方法からして暗礁に乗り上げてしまった。何かいい手はないものだろうか。誰もが考えるが、ただ時間だけが過ぎていく。





「全く、しょうがないデスねぇ! この私が一つ妙案とやらを出してやるデス!」










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