第四章 闘志 〜戦いの狼煙〜
第40話 蠢動
第四十話 蠢動
ここはオーバルディア帝国の首都、イースディア。アルトスやクレメンテに並ぶ大都市の一つで、発展著しい帝国の政治、経済、軍事を司る。
大陸でも古くからある都市だが、区画整理の行き届いた街並みは整然としている。軒を連ねる家屋は白を基調とした外観で統一されており、戦争が始まった今でも観光地として人気のある街だ。そこから少しばかり離れた所には、景観保護の観点から工房や鍛冶場が集められている工業地区の一つがある。軍が管理している研究施設もここに集中しており、鉄条網が施された高い塀が視界を遮り、一定時間ごとに警備の歩哨が行き交う。
帝国軍理力甲冑部隊隊長、クリス・シンプソンはまだ夜も明けきらない時間から、とある目的でここに来ていた。
「ここはいつも、こんな感じなのか?」
「警備の事か? 一応、軍の研究所だからな。理力甲冑以外にも色々と機密はあるんだよ」
クリスの質問に答えたのはサヴァン・ロートン。軍に所属している理力甲冑の開発者だ。丸縁の眼鏡の向こうにある眼光は鋭く、口はいつも不機嫌そうに歪んでいる。その周りは何日も剃っていない無精ひげが伸びっぱなしだ。周囲の人間は身だしなみに気を付ければその高い身長と相まってそれなりに見れる姿になると思っている。が、いくらそれを指摘しても、彼は何故かいつもボサボサの髪に無精ひげ、ヨレヨレの白衣の三点セットでいることを選んだ。
彼は慣れた様子で警備の兵に身分証を見せ、身体検査を受ける。研究棟に入った時から数えて既に三回目だ。さすがの厳重さにクリスは辟易する。
「ま、諦めろ。軍のお偉いさんは認めていないが、ステッドランドの技術流出の件があったからな。いまさら警備を増やしても遅いくらいだ」
「その噂、本当だったのか?」
「ん? 知らなかったのか? ……ここ最近、音信不通になった技術者や工房勤務の人間が何人もいるんだよ。あくまで噂、だけどな、そのうち何人かは連合と内通していたとか。そしてその他の者は
「なるほどな。連合の技術は帝国より数年は遅れているという。それなのに風の噂ではずいぶん理力甲冑を揃えていると聞く。奴等、帝国から技術を掠め取ったわけだ」
「そういう事。ま、昔から危惧されていた事だけどな。やれ、情報の扱いには一定の制限を設けろとか、能力があっても得体の知れない人間を登用するなとか。流石に身元調査はやり過ぎだと思うが」
二人はしばらく窓が板で打ち付けられた廊下を歩く。これも情報漏洩を防ぐ為なのだろうが、クリスは少し息苦しさを覚える。
「さ、着いたぞ。ここだ」
サヴァンが扉を開くと、そこはかなり広い空間になっている。帝国軍第二研究所甲種試験場。それがこの施設の名前だった。
「広い、な」
「そりゃあ、帝国でも大きな研究施設の一つだからな。さすがに戦闘試験は屋外だが、基本的な動作はここで確認しているからな」
確かに、この空間なら理力甲冑の大きさでも跳んだり走ったりは出来そうだ。
二人は高い音を立てて金属製の階段を降りていく。この試験場は広い土地を露天掘りにし、そこへ蓋をした形になっている。そのため、出入りにはこうして何段もある階段を昇り降りせねばならない。ここに勤務するものは軍人、技術者を問わずに足腰が鍛えられるという事で有名だ。
理力甲冑二機分の高さは降りただろうか、ようやく底が見えた。青みがかった照明の向こうに彼らの目的の機体があった。
「これ……か」
全身の一割か二割ほどは装甲が外されており、内部の人工筋肉がむき出しになっている。その機体は全体的にステッドランドと似ているようでもあり、よく見れば大小の様々な違いが分かる。そして、体つきはどこかアルヴァリスにも……。
「この機体がステッドランドの後継機、の試作機……だったはずのものだ。上層部の色んなゴタゴタでコイツが正式採用されることは無くなった、幻の機体だよ」
幻の機体。といえば聞こえが良いが、ようは研究が凍結されただけなんだが、とサヴァンは自嘲気味に笑う。
「実はこの機体の出所は俺も知らん。半ば押し付けられた形だ。今までにない特殊な設計をした機体としか知らされていない」
「その辺の事は知らんし、知りたくもない。が、良いのか? 凍結されてもこの機体は機密の詰まった試作機じゃないのか?」
「そこは考えてあるさ。……凍結されたとはいえ、コイツの技術は後々に利用出来ると俺は踏んでいる。だから次の後継機用に各種データを取る為、別の
「そして、俺がその
「お前、あちこちで疎まれてんのな。結構苦労したんだぜ? ……だから一計を案じて『前線へ送って下手に手柄を挙げられるよりも、専任の試験操縦士でもやらせて飼い殺しにすれば色々と便利だし安心ですよ』って方々を説得して回ったんだよ」
「……」
「そんな怖い顔すんなよ。俺のお陰でこの機体がすんなり手に入ったんだから」
「それは感謝しているが……」
「つまり、俺はお前の
「は?! 聞いてないぞ!」
「今言ったし、今日の昼頃に正式な辞令が届くらしい。俺としては機体と
クリスは半ば呆れてものが言えない。
(色々と腑に落ちないが、
「そういえばその、理力エンジン……アレが本当に搭載されているのか? この機体に」
クリスは目の前の機体を眺める。アルヴァリスと同じく理力エンジン搭載型理力甲冑。
この事は直前に教えて貰ったのだが、彼が知っている理力エンジンといえばあの大型輸送機に搭載されている巨大な機関の筈だ。とてもじゃないが、この理力甲冑に積める大きさと重量ではない。
「……これは機密だから誰にも漏らすなよ?
「どういう事だ? あれはお前たちが開発したと聞いているぞ?」
「世間的にはそういう事になっている。でも本当の開発者は別にいて、そいつは現在絶賛失踪中らしい。誰がどうやって作ったかは分からんが、図面の断片といくつか残された試作品から何とか再現したのが一八型の理力エンジンだ。なんとか機構を再現しようとした結果、あんなにデカくなっちまったがな」
「それだと、ますますおかしいぞ。そんな大きさにしかならない理力エンジンとやらをどうやって機体に搭載する?」
「だから、コイツに搭載されているのは試作品の一つだよ。残されていた試作品の殆どは理論実証と機構の簡略化の為のものだった。でも一つだけ、理力甲冑にも搭載出来るほどの小型化を重点に置いたのがあった。どうも、その失踪した開発者様は最初から理力甲冑に載せるつもりだったんだな」
その話を聞いて、クリスはふと思い当たるフシがあった。以前、アルトスの街での任務。上官であるグレイ将軍に命じられて、連合に亡命しようとしたとある人物を暗殺しようとした、あの任務。
(あの子供みたいな
「なぁ。その理力エンジンが搭載されている機体というのはどうなるんだ?」
「どうっていうのは性能の事か? そりゃあ強くなるぞ。理力甲冑が操縦士の理力で動くのはお前も知っているだろう? そして、ある程度は操縦士の理力の強さで機体性能が上下するのも」
「ああ。だから軍に入隊するときは全員一律で理力の強さを測定される。素質のあるものは特別な場合を除き、そのまま理力甲冑部隊へ配属だ」
「で、その理力は訓練で多少は鍛えられるが、持って生まれた素質みたいなもんだ。弱い奴は弱い、強い奴は強い。でも、それが機械で
「……今までの基準では操縦士になれなかった者も理力甲冑に乗れる。元々乗れる奴はさらに強くなる?」
「そうだ。もし、理力エンジン搭載型の理力甲冑が全軍に配備されてみろ。もう戦争なんか起きなくなるぞ。大人を相手に子供がケンカを仕掛けないのと同じようにな」
クリスはそれを聞いて半分は誇張、しかしもう半分は真実だろうと感じる。
「連合の白い理力甲冑、恐らくあれには理力エンジンが搭載されているぞ。実際に戦ったから分かるが、あんなのが大軍で攻めてきたと考えたらぞっとするな」
「そんな嬉しそうな顔で言うな。っていうか、何だと?! なんで連合に理力エンジンがあるんだよ!」
サヴァンの顔が途端に険しくなる。理力エンジンの開発者が失踪した今、誰にも製作出来ないはずの代物がどういう経緯で連合にあるのか不思議でならないという表情だ。
「件の
「それってもしかして……ああ、なるほどな。そういう事か。だいたい分かった。それで第一研究所が急に封鎖されたのか……やっぱり事故じゃなかった訳だな」
今いる第二研究所のすぐ隣には
「研究班は横のつながりがあんまり無いんだよ。知り合いでもなきゃ込み入った話は機密で喋れねぇからな。それでも第一の方には
サヴァンは直接先生を知らない。しかし聞こえてくる噂だけは耳を疑うようなものばかりだった。
曰く、十二、三歳の少女だとか。
曰く、その頭脳からは見たことも聞いたことも無い発想が湯水の如く湧いて出てくるとか。
曰く、数ヵ月という短期間で一から理力甲冑を設計・開発し、さらにはその機体性能にケチをつけた将校に飛び蹴りを食らわせたとか。他にも年間の研究予算を一ヵ月で使い切ったとも聞いたことがある。
噂の殆どは周囲が針小棒大に言っているんだろうと思っていた。しかし、一体その天才はどんな研究をしているんだと少し興味が湧いたが、結局会えずじまいになってしまった。
「いや、会わなくて正解だったかな……」
「何か言ったか?」
「……何でもない。それよりその
クリスは少し遠い所を見るような目をする。
「そうだな……機体はもちろん、操縦士も強い。こういってはなんだが、一度も勝てたことはない」
「ほぉ。負けず嫌いなお前が珍しい……そんなにか?」
「まず、機体の性能が違い過ぎる。ステッドランドでは相手にならない。速度、跳躍力、それに膂力……どれをとっても別次元だな」
今までの戦いから、純粋なアルヴァリスの機体性能を推し量る。一合、二合と打ち合うあの剣の重さ、気を抜けば視界から消える速度。今や帝国の操縦士の間では白い影と噂になるには十分すぎる性能だ。
「それに……な。戦闘中に光り出したら、さらに強くなったぞ」
「は? 光る? 機体が? お前、頭でもぶつけたのか?」
「……呆れるのは分かるが、もう少し言い方はどうにかならないのか? 初めて戦った時の事だが、機体が発光しだした途端、奴の速度と力が増した。光っているのは部下も目撃したから間違いはない」
「……そんな現象、今まで聞いたことねぇが……」
「俺の勘だが、理力エンジンが関係していないか? 上手く言えないが、そんな気がする」
「ふーむ。ちょっと知り合いに聞いてみるか……と、だいぶ話し込んだな。そろそろに試験に移るか」
サヴァンはそう言うと機体の足元、いくつか並んだ机に近づく。今日は理力エンジンの動作試験を行うためにここまで来たのをようやく思い出したのだ。
「操縦席はステッドランドと変わらないのか」
クリスは試作機に乗り込み、操縦桿の具合を確かめる。基本的な操縦は思考によって行うため理力甲冑の操縦席は殆ど似たようなレイアウトになるのだが、この試作機はステッドランドのものをそのまま流用しているらしい。
「よし、準備が出来たぞ。普段通りに機体を起動してくれ。それで理力エンジンも起動するはずだ」
無線機からサヴァンの指示が聞こえる。クリスは操縦桿を握る手に力を入れ、機体の全身に内蔵されている人工筋肉を
「アルヴァリスと同じ……音だな」
クリスの顔がニヤリとほほ笑む。これでやっとユウと同じ土俵に立った。
部下の報告によればユウとアルヴァリスは仲間であるホワイトスワンを追っているという。ならば再戦も近いうちに果たされるだろう。一刻も早くこの機体を完成させなければ。
「おい、サヴァン。そういえばこの機体の名前はなんだ?」
「ん? 開発コードは試作
「ティガレスト……」
クリスはその名前を呟くとティガレストはそれに呼応するかのように理力エンジンを唸らせる。
「ほれ、とっとと試験を開始するぞ。まずはエンジンの回転数と出力の……」
サヴァンはテキパキと試験の指示を飛ばし、クリスはそれに応える。
アルヴァリスと同様の設計思想を持つ謎の機体。試作品とはいえ先生の
その事を知る者は少ない。今は、まだ。
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