第39話 帰還・後編
第三十九話 帰還・後編
「クレア……早くクレアの所に戻らなくちゃ!」
「ユウさん。私もいるって事、忘れていません?」
「……いや、ちゃんと覚えていますよ?」
レオは帝国製の輸送機の操縦席にしがみ付いている。どうもこの輸送機は理力甲冑の側からも操作出来るが、緊急時や単独での航行にこの操縦席が使われるようだ。ユウの無茶な機動に振り回されて少々辛いのだが、レオは必死に耐えている。
「本当ですか……? まあそれより、そろそろこの機体もガタが来たようです。さっきからエンジンの音がおかしくなってきてますし、何か緊急のインジケーターが光ってます」
そういえばさっきよりも速度が上がらないようだ。
「ちょっと無理をさせたか……レオさん、アルヴァリスの方に来れますか?」
レオは持ち前の運動神経でするすると操縦席から甲板部分に出て、そのままアルヴァリスの手のひらへと移る。
「見えた、レオさん! しっかり捕まっててください!」
レオは嫌な予感がして、その身をアルヴァリスの大きな指へとしがみ付く。隙間から煙をもくもくと吐いて満身創痍で逃げるホワイトスワンが見えた。それと、その周囲には帝国の理力甲冑が。今まさに格納庫へと侵入しようと試みているところだ。
アルヴァリスは真っすぐ敵に向かって走る。いや、このままでは衝突するコースだ。しかし一向に速度を緩める気配がない。
「ちょっと、ユウさん! ぶつかります!」
ユウは聞いているのか、それとも聞いていないのか。突如、アルヴァリスはレオを左手で抱えるようにして輸送機から跳躍した。当然、輸送機はホワイトスワンに乗り込もうとしていた敵機へと向かい、そのまま吹き飛ばしてしまう。
相当な速度と重量による運動エネルギーはステッドランドの強靭な巨体を圧壊させる。あまりの衝撃にいくつかの関節があらぬ方向へとねじ曲がり、装甲のあちこちは折れ曲がった。当然、輸送機の方も紙のように薄い装甲を吹き飛ばしながら大破した。
「レオさん! 離れていてください!」
地面を滑りながら着地し、速度が落ちた所でしゃがみ込みレオを下す。
「ゲホッ! エホッ! ゆ、ユウさん、気をつけて……」
レオは胸でも打ったのか、せき込んでいる。アルヴァリスは両手を合わせて
「もしかしてユウ?! いつ戻ってきたのさ!」
無線からリディアの声が聞こえる。ホワイトスワンのブリッジから彼女の顔が見えた。
「リディア、遅れてゴメン! もう少し耐えて!」
突然の奇襲に帝国のステッドランドは驚いたものの、冷静に襲撃者を取り囲んでいた。これでスワンの方はひとまず安心だ。
「残り四機か、でも油断は出来ないな!」
アルヴァリスは剣と盾を構え、三百六十度全方位からの攻撃に備える。と、背後に気配を感じる。ユウは後方を確認しないまま、アルヴァリスを半歩右に移動させると裏拳の要領で盾を相手の上半身へ叩き込んだ。大きく剣を振りかぶっていた敵機はまともに衝撃を受けてしまい、操縦士は失神寸前だ。
よろけそうになった所をアルヴァリスが追撃するため振り返るが、別の敵が斬りかかってきた。ユウは慌てず剣で受け止め、鍔を
「……!」
大きな衝撃をその身に感じながら足を踏ん張る。両手で持った剣を下から上へ跳ね上げると敵の胴体はがら空きとなった。すぐ真横をすり抜けるように駆けると、敵機は腰の下辺りで真っ二つになってしまった。
武道の残心をするように、くるりとその場で今しがた斬り伏せた相手の方へと向きやる。彼我の実力に大きな差を理解した帝国の操縦士はやや間合いを開けて攻撃の機会を伺う。
アルヴァリスは盾を前面に構え、目の前の敵に突進しだした。強く踏み込んだ脚は地面にめり込み、次の一歩で大きく跳ねた。狙われた敵機は剣の切っ先をアルヴァリスに向け、タイミングを合わせるように鋭い突きを繰り出した。盾ごとアルヴァリスを貫くつもりなのだ。
盾と剣がぶつかった瞬間、甲高い音と鉄の破断するが鳴り響く。両者の全重量が一点に集中した結果、剣の尖端は盾を穿つ…………かのように見えた。しかし、オニムカデの強靭な甲殻から作り上げられたこの盾はその程度では貫けない。盾は表面を僅かに削られただけで、逆に相手の剣が中ほどから真っ二つに折れてしまった。
「うおおぉぉ!」
相手の足が止まった所をすかさず攻める。盾で敵機の視界を遮りながら横から這わせるように剣を突く。その切っ先は左肩の付け根にねじ込まれ、刃の根本で圧し斬る。さらに畳み掛ける為、再び盾で敵を力任せに突き飛ばした。
たたらを踏んだ敵機に被さるようにアルヴァリスは跳躍する。その脚はステッドランドの左膝を踏みつけながら着地する。理力甲冑の膝回りは大きな荷重に耐えられるよう設計されているが、ちょうど関節が伸びきった状態ではひとたまりもない。破損した部品を撒き散らしながら、左膝は完全に破壊されてしまった。
「二つ!」
トドメとばかりに胴体を蹴り上げ、中の操縦士を気絶させる。と、突然アルヴァリスがその場を後ろに跳躍する。その直後、倒れかけていたステッドランドの肩装甲が弾けた。
「近接戦闘で勝ち目がないから距離を取るって事か!」
敵はいつの間にか離れた木の陰から銃撃を加えてきた。盾で機体を隠しつつ、アルヴァリスは前転しながら何かを拾い上げた。敵機との距離を見極め、腕を大きく振りかぶる。その手には先ほど折れた剣の刃があった。
ヨハンがよくやる投擲のイメージを思い出す。
(確か、こうだ!)
刃を縦に回転させるように手首のスナップを利かせて振り下ろす。空中でクルリと三回転した刃はタイミングよく木から覗かせた顔にめり込み、首がもげそうになる。
「あと一機……?! どこに行ったんだ?」
ユウは周囲を見渡すが、いたはずの敵機が見えない。残りは確かに一機いたはずなのに。
(まさか!?)
アルヴァリスは咄嗟に機体の方向を変えて走り出す。向かう先はこの場から離脱したホワイトスワン。
「やっぱりスワンを優先したのか!」
全力で走るアルヴァリスがすぐにホワイトスワンに追いつくと、そこには先ほどのステッドランドがいた。今にもハッチから格納庫へと侵入してしまいそうだ。
仲間がアルヴァリスの足止めをしている間にホワイトスワンを奪取する算段だったのだろう。ユウが最後の一機を撃破するべく、剣を構えながら跳躍しようとする。
「動くな! そこの白い奴!」
突然に野太い声が響く。敵ステッドランドの
「動くなよ、動けばコイツのブリッジを吹き飛ばしてやる! それからこのデカブツも! 今すぐ停止しろ!」
その右手に握られた小銃は確かにブリッジの方を向いており、その引き金には指が掛かっている。この至近距離から理力甲冑用の銃弾を撃ち込まれればブリッジにいる人間は無事では済まないだろう。迂闊に動くことが出来ない。
敵の指示に従うつもりなのか、ホワイトスワンの速度が遅くなる。
「ねぇ! 一体どうなってるの?!」
リディアの混乱した叫び声が無線から聞こえてくる。
「リディア、落ち着いて。今はあいつの指示に従うように先生とボルツさんに伝えてくれ」
その間にもブリッジは銃が突きつけられている。このままではまずい。
「どうにかして奴の気を逸らさなきゃ……」
「おい! 白いの! 武器を捨てな! それからもっと後ろに下がれ!」
「くっ……!」
ブリッジを人質に取られていては従うしかない。アルヴァリスは剣を地面に放り投げ、そのまま後方へと三歩下がった。
「よーし、このまま南の方へ行け! もちろん、お前は付いてくるなよ! コイツのブリッジはいつでも吹っ飛ばせるんだからな!」
敵の操縦士はホワイトスワンに命令する。おそらく南に下って味方の部隊と合流するつもりなのかもしれない。ユウは一歩も動けないこの状況に苛立ちを覚える。と、その時事態が急変する。
「ちょっと、なんで止まってるんデスか?!」
格納庫から急に先生が飛び出してきた。今の今までメンテナンスルームでホワイトスワンの大型理力エンジンを修理していたのだが、突然機体が停止したことに疑問を持ち外へ確認しに来たのだった。
「先生!? 危ない!」
「へ? ユウ? うわっ! なんで敵がこんな所にいるデスか!」
ハッチの外に帝国のステッドランドがしがみついている事にようやく気付いた先生は慌てて逃げだす。
「なんだテメェ! どこに隠れていた!」
逃げる先生に気を取られた一瞬。わずかに操縦士の意識がブリッジとアルヴァリスから離れた瞬間をユウは見逃さなかった。
全身の人工筋肉が限界まで膨れ上がり、煌めく粒子を放出しだした。その粒子は装甲の隙間から漏れ出し、まるでアルヴァリスの全身が光り輝いているように見える。腰を落とした瞬間、地面に小さなクレーターのような穴を残して白く輝く機体は姿を消した。
「なっ?!」
敵の操縦士の目には
(しまった! 引き金には指が……!)
ステッドランドの操縦士は思わず小銃の引き金を引いてしまったと感じた。しかし銃声は無く、ホワイトスワンのブリッジは無事だった。何故、と考える暇もなく機体は大きな衝撃に呑み込まれる。
距離にして理力甲冑二十歩分を一足飛びに跳躍し、ステッドランドを蹴り飛ばした
(マズい! やられちまう!)
敵の操縦士はたまらず逃げようと操縦桿を握り直し、地面に叩きつけられた機体を起こそうとする。が、まったく動かない。今の一撃で相当なダメージを負ったが、それでも行動不能になるほどではなかったはずだ。いくら操縦桿を押しても引いても機体は応答しない。
(なんで動かねぇ!? それにこの圧力! 気を抜けば倒れちまいそうだ!)
横たわったステッドランドの目の前に二本の巨大な脚がそびえたつ。この角度からは全身が見えないが、白く光る粒子が零れ落ちている。
と、おもむろにステッドランドに再び衝撃が走る。どうやら
「操縦士の人! 脱出してください! この機体を破壊します!」
少し幼さの残る若い男性の声が聞こえる。相変わらずステッドランドはピクリとも動かない。このまま操縦席に留まっていたら殺されてしまうかもしれない。そう思った操縦士は急いでハッチを開けて外に出る。
「くっ! なんなんだよ、この光は……!」
そこには神々しいばかりに光り輝く白い機体があった。こんな理力甲冑は見たことも聞いたこともない。先ほどからの強大な圧力はやはりこの機体からか。
ステッドランドの胴体から操縦士が飛び降りたのを確認すると、ユウは操縦桿を握る手に力を入れる。アルヴァリスの右手の指がピンと伸ばされ手刀の形になる。そのまま、右手を頭上高く振り上げてから一気に降ろす。
すると敵のステッドランドは頭頂部から股下まで鋭い刃物で切断されたかのように左右へ真っ二つに分かたれてしまった。いかなる技なのか、ただの鉄塊である理力甲冑の腕に刃のような切れ味など存在しないはずだ。一流の空手家はその手足が凶器だと評されるが、現実にこのような事が起こりうるのだろうか。
「終わったか……」
ユウは操縦席で大きく息を吐く。アルヴァリスからあふれ出ていた光の粒子はいつの間にか消えており、辺りは元の静かな森に戻っていった。
「ユウ! よく戻ってきたデス!」
先生が嬉しそうな声を上げる。全員がブリッジに集まり、ユウの帰りを喜んでいた。
ホワイトスワン一行は敵の追撃を振り切り、オーバルディア帝国とグレイブ王国を隔てる河を渡り切った。ここまでくれば帝国軍は迂闊に攻撃を仕掛ける事は出来ない。ようやく安全を確保できたのだ。
「みんな、本当にごめん。僕が無茶したばっかりに……」
「気にしないでくださいよ、ユウさん。結果オーライってやつですよ」
ヨハンがニカっと微笑む。なんて事はないという風にしているが、彼のステッドランドは今までにないほど損傷しており、これまでの激戦が窺える。
「全くデスよ。あ、ユウ、ちょっと屈むデス。もうちょっと下、下」
先生に言われ、律義にしゃがむユウ。一体なんなんだろうかとユウが思っていると、頭頂部に衝撃と鈍い痛みが。
「無茶した罰デス。これに懲りたらあんな真似すんなデス!」
先生は握り拳を開いてさすっている。ゲンコツをしたはいいが、自分も結構痛かったらしい。
「イテテ……分かりましたって……」
「全く、ユウがこんな事する奴なんてね。今度からは気を付けてよ?」
「ユウさんは時々感情的に行動しますからね。二度あることは三度あるとも言うし」
リディアは半分呆れたような顔をしており、ボルツは結構辛辣だ。しかし、二人ともその表情は柔らかい。少し意地悪をしているのかもしれない。
「大丈夫ですよ、今後は私たちが彼のフォローに入ればいいんです。ね? クレアさん」
レオがそう言うと、ユウは辺りを見回す。そういえばクレアの姿がない。
「あれ? クレアは? さっきまでここに居たと思ってたのに」
「あー、姐さんはきっと……自分の部屋かも」
「ユウ、ちょっくら行ってこいデス。ちゃんとクレアに謝るんデスよ?」
先生に背中を押されてユウはブリッジを追い出されてしまう。
「しっかりやるデスよ!」
何をしっかりやるのだろう。ユウは急ぎ足でクレアの部屋へと向かった。
(どうしよう……合わせる顔がない……)
クレアは自室のベッドにうつ伏せになり、枕へ顔をうずめていた。
ユウが戻ってきてくれた事は純粋に嬉しいし、心の底から良かったと思っている。しかしクレアは街道と合流地点で二度もユウの事を見捨てて任務を優先させた事を悔やんでいる。結果的にはみんな無事で良かったものの、こうなることは殆ど偶然か奇跡だろう。
「ユウ……実は怒っているのかも」
いくら任務が大事とはいえ、クレアは心の冷たい奴だ。そんな風に思われているかもしれない。それとも仲間を見捨てる非常な女だと思っているだろうか。
「うう……」
先ほどの戦闘中は無線越しだったからよかったものの、今のクレアに面と向かってユウと会うのは少々ハードルが高い。しかし、避け続けたとしてもこの狭い艦内ではいつかはばったり鉢合わせになってしまう。
(どうやって謝ろう……正直、憂鬱……ああ、今晩はオムレツが食べたいな……)
クレアは心の平静を保とうと現実逃避しだした時、扉がノックされた。
「クレア、入るよ?」
ガチャリと扉が開く。そこには少し困り顔をしたユウがいた。
「……うぇ?! ユウ?!」
変な声が出てしまったが気にしてはいられない。こんなだらしない恰好を見せるわけにはいかない。慌ててベッドから飛び起き、乱れた髪を直す。
(っていうか、鍵掛けてなかった!? 何やってるのよ私は!)
「えっと、突然ごめん。今、大丈夫?」
「ええ、いや、駄目、いや大丈夫!」
クレアは相当に取り乱している。もはや自分で何を言っているのか分からなくなっている。
ユウが部屋に入り扉を閉めると、二人は直立不動で向かい合ったまま硬直してしまった。お互い、どうやって会話を切り出そうか悩んでいるようだ。
「「あの!」」
二人して同時に話しかけてしまった。気まずい。
「ユ、ユウからどうぞ!」
「え?! 僕は後からでも……」
いや待てよ、とユウは思い出す。先生が上手くやれと言っていたのはこういう事か。
「それじゃあ、僕から……その、クレア、無茶な行動をして本当にごめん。あの時は……自分で自分が抑えられなくって……」
街道での事を思い出すと、少し、いやかなり軽率な行動だったとユウは反省する。
「僕のせいでホワイトスワンが危険な目に遭っちゃったし、クレアにも無理をさせたみたいで……ごめんなさい!」
ペコリと頭を下げるユウ。どうやらユウは勝手にホワイトスワンを飛び出した事を謝りに来たようだ。クレアとしてはもうその事はいいのだが、恐る恐る気になっている事を聞いてみる事にした。
「あの……ユウは怒ってないの……?」
「え? ああ、あんなやり方、いくら何でも酷いよね」
(う゛っ……やっぱり怒っている……)
「いくら目的の為とはいえ、あれだけの事をしたら誰も付いてこなくなっちゃうよ」
(ヤバい、完全に軽蔑されてる……)
「そりゃ、僕だって綺麗事だっていうのは分かるけど、やっていい事といけない事ってあると思うんだ」
(駄目だ……嫌われたかもしれない……)
「いくらレジスタンスが独立の為の組織で、スワンを支援してくれているっていっても、あんな一般市民を無差別に巻き込む作戦はやっぱり間違っているよ」
(そうそう、間違っている……へ?)
「ユウ、レジスタンスって?」
「え? いや、僕が怒っている事って、レジスタンスの作戦の事でしょ?」
「じゃなくて! 私の事!」
「なんで僕がクレアを怒るのさ?」
ユウはどういう事か分からないという顔をする。いや、分からないのはこっちだ。
「だって! 私はユウを……見捨てて逃げたのよ? 任務の為といって、アンタを……」
「いや、あれは仕方ないんじゃないかな? というか、僕が怒られるのは分かるけど、僕がクレアを怒ることじゃないよ」
あっけらかんと答える。この態度はもしかして本当に怒っていないのか? 嫌われたりしていないだろうか?
「じゃあ……本当に怒って……ない?」
「もちろん。むしろ、怒られるかと思ってた」
クレアはその言葉に安堵し、感情が溢れてしまう。
(良かった……ユウはこんな私を許してくれている……)
「ちょっ、クレア! ごめん、何か変な事言っちゃった?!」
ユウが慌てふためく。どうやら自分は泣いているらしい。
「ううん、違うの……違うのよ、ユウ……」
そのままクレアはユウを抱きしめる。最初は驚いた様子だったユウも肩を抱き返してくれる。
「ありがとう……ユウ……無事に帰ってきてくれて……おかえりなさい」
「うん、ただいま」
クレアが落ち着くと、二人はベッドに腰かける。
「……僕があの時、街道でレジスタンスの作戦を許せなかったのは……レジスタンスがああいう事をするのが許せなかった事もあるし、みんなは作戦だから仕方ないって雰囲気も嫌だったんだ。だけど本当の所、実は僕自身が許せなかったんだ」
「どういう事?」
「あの時、沢山の人が傷つき、倒れているのを見ても
クレアは静かに聞いている。ユウの言葉の一つ一つに耳を傾ける。
「いまから半年前……いや、もうそろそろ一年になるのかな……母さんが病気で……死んじゃって……その時も大して悲しくなかったんだ。頭は理解してるんだ、母さんはもういないって、もう会えないんだって。でも……心、はそれをすんなりと受け入れたんだ。だから母さんが息を引き取った時も、葬式の時も、その後のお墓参りでも涙が流れなかったんだ」
ユウは思わず顔を下に向ける。
「その事がたまらなく嫌だった。母さんが……死ぬのは当たり前だったんだって、思っているみたいで。だから、母さんが死んで凄く悲しんでた父さんの事が……多分、羨ましくって……それを認められないから、僕は父さんに八つ当たりするようになったんだ」
「ユウ……」
クレアはそっとユウの手を握る。その手は強く強張っており、ユウの悲憤が現れているようだ。
「それからなのかな、誰かが死んだり傷ついたりするのが嫌になったのは……自分が、薄情な奴だって思い知らされるから……」
「違う……違うわよ、ユウは薄情なんかじゃない。ちゃんと悲しんでるわ。お母さんのことだって、きっと凄く悲しかったはずよ」
「でも涙一つ流さないなんておかしいだろ?」
「ううん、それはユウの心が強いだけ。だから泣く必要がなかったのよ。ユウはちゃんと人の死を悼んでいる」
「そんなことないよ」
「そんなことある。だって、お母さんの事を話しているユウの顔は凄く辛そうだった。人の死に何も感じない人はそんな顔をしないわ」
「…………」
「それに街道でユウが怒った時、あの言葉は自分自身に向けてじゃなかったわ。ユウはあの人たちの事を想ってるからこそ怒れたのよ」
「そう……かな……」
「そうよ。ユウは何もおかしくない。何も間違ってないわ」
クレアの言葉を聞き、幾分かユウの顔は晴れた気がする。ユウはユウなりに今までこの事に悩んでいたのだろう。
「……ねぇ、ユウはこれから大丈夫? もし戦うのが嫌だったら……ホワイトスワンから、理力甲冑から降りて普通の生活に……元の世界に戻れるか分からないけど……戦いから離れてもいいと思う」
ユウが望めば、それを引き留めることは出来ない。ユウは十分に苦しんだ。これ以上、辛い思いはしなくていいはずだ。
「僕は……戦う。戦えるよ」
「ユウ、無理をしなくてもいいのよ?」
「……ずっと考えていたんだ。僕がこの世界に召喚されてきてから、今まで戦ってこれた理由。いきなり訳も分からないまま、見たこともないロボット……理力甲冑に乗ってこれた理由」
ユウはクレアの瞳をじっと見つめる。
「それはクレアなんだ。クレアと初めて出会った時から……君と一緒にいたいから、君の力になりたいから今まで戦ってこれたんだ。そしてこれからも、僕はクレアと一緒にいたい」
ユウの目はどこまでも真っすぐだ。多分、本気で言っている。クレアは心臓の鼓動が激しくなった気がする。妙に顔が熱い。手の平に汗がじっとりと滲み出した。
(この流れは……ちょっとタンマ! 心の準備が……!)
ガタリ。
扉の方から妙な物音がした。
「…………!」
「…………!」
どうやら外に誰かいるようだ。クレアは足音を立てないようゆっくりと扉に近づいていき、勢いよく開け放つとそこには。
「あ……」
「……うっス」
そこにはリディアとヨハンが。どうやら二人して聞き耳を立てていたようだ。
「……そこで何をしているのかしら……?」
「い、いや、姐さん! 俺はムジツなんです! コイツを、リディアを止めようとして……!」
「あっ、ズルい! なんだかんだ言ってヨハンも気になってたんでしょ! 全然止めなかったじゃん!」
「こ、これから止めるつもりだったんだよ!」
「……二人とも、言い訳はまだ続けたい?」
その顔は
ヨハンは知っている。クレアが笑いながら怒っているときは、
「おっと、これからステッドの整備があったんだっけ。それじゃあ姐さん、俺はこれでドロンします」
ヨハンはすっくと立ちあがり、何事も無かったかのように立ち去ろうとする。しかし、その襟首を力強く掴む手が。
「ヨハンには少し、
クレアの顔はまだ笑っているままだ。いい加減、リディアもヤバいと感じたのか、こっそりと逃げ出そうとしている。
「もちろん、リディアも。言っとくけど、逃げられないわよ」
表情とは裏腹に、その声はとても冷たい。クレアの静かな怒りが二人を萎縮させてしまい、すっかり逃亡の意思はなくなってしまった。
「ユウ、ごめんね。ちょっと用事が出来たの。続きはまた今度ね」
「え? あ、うん。えっと、ほどほどにね?」
「フフフ、なんの事かしら。私は二人とちょっと
そう言ってクレアは二人を引きずりながらどこかへ行ってしまった。ポツンと部屋に取り残されてしまったユウは、しばらくして自分が女性の部屋に一人でいることに気付き、慌てて出ていった。
「あの、姐さん。顔が真っ赤なんですけど……イテッ!」
「……蹴るわよ?」
「蹴ってから言ってんじゃん……」
「何? リディア?」
「な、何でもアリマセン!」
しばらくの間、クレアはユウと顔を合わせる度に顔を真っ赤にし、そしてそれを周囲に不審がられてしまうのであった。
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