第38話 帰還・前編

第三十八話 帰還・前編


 鋼同士がぶつかる音が響く。リズムよく撃ち鳴らされるそれは森の中を駆け巡る。


 色ちがいのステッドランドが互いの得物を相手に斬り込む。片や二振りの短刀、片や両手持ちの長剣。普通に考えれば、得物のリーチ、攻撃力で長剣の方が有利だ。しかし短刀の方は器用な剣捌きで鋭い一撃を難なく逸らしている。


 緑灰色のステッドランドが長剣を頭上に振りかぶった。重量を乗せた一撃をお見舞いするつもりなのだろう。流石にこれは鈍色をしたステッドランドの短刀では受けきれない筈だ。


 お互いの距離はまさに一撃の間合い。今からでは避ける事も受ける事も出来ないタイミング。


 勝った。操縦士がその手に確かな手応えを――――感じることなく緑灰色の機体は地面へと倒れ、それを鈍色の機体が振り返って見下ろす。


「ふぅー、危なかった……!」


 ヨハンが額の汗を拭う。今の相手はちょっと強かった、一歩の差で負けていたかもしれないと心の中で呟く。


 実際、最後の一撃を避けるには間合いが近く、受けるには確かに両の腕が保たなかっただろう。それならばとヨハンは第三の選択肢、攻撃を選んだのだった。相手が長剣を振り下ろす刹那、ヨハンのステッドランドは敵の懐に潜り込むように飛び出した。そしてすれ違い様に左大腿部を短刀で斬りつけると、その紅い刀身は装甲を裂き、内部の人工筋肉を切断し、中心の骨格フレームを断ち切った。


 片足を失った理力甲冑が出来ることは少ない。剣を振る事はもちろん、銃の照準を合わせるのも難しい。しかし、念のためにカメラと制御装置が多数積まれている頭部を破壊しておいた方がいい。片足でもがいている敵機におもむろに近づくと右手を素早く振る。


 ゴトリとステッドランドの頭部が地面に転がり、別の機体の脚にぶつかった。辺りには先ほど頭を刎ね飛ばしたステッドランドと同じ色の機体が他に七機分、四肢がバラバラになっていた。


「今なら見逃してやる! さっさと機体を置いて逃げろ!」


 ヨハンはの効いた声を張り上げるが、もともと声質が高めな彼の声ではふざけているようにしか聞こえなかった。しかし後方からの援護があったとはいえ、たった一機で二部隊、計八機の理力甲冑を撃破する彼の実力は恐れるに十分、という訳で脱出した敵の操縦士は慌てて元来た方へと走り出していった。


「ヨハン、大丈夫? だいぶ動きが悪くなってるわよ」


「まだまだイケまっす! あ、姐さん、ちょっと待ってくださいね。敵が落とした銃と弾薬拾っていくんで」


「油断しないでよ? まだ敵が近くに潜んでいるかもしれないんだから。 リディア?」


「ハイハイ。今んとこ、レーダーには敵影無し。なんか見えたら教えるよ! あっ、ボルツ、もう少ししたら左に曲がって! もう少しって言ったらもう少し!」


 無線の向こうではリディアとボルツのやり取りが騒々しい。


 レフィオーネは現在、ホワイトスワンのハッチから後方を警戒している。スワンの護衛を上空から行う事も出来たが、レフィオーネの位置からスワンの現在地が発覚する恐れがあった。護衛機の数が少ない今の状況では飛行機能を犠牲にしてでもスワンを守らなくてはならないと判断したのだ。


「先生、そっちの様子はどう?」


 ややあって幼い少女のような声が無線から響く。その背後からは機械の動作音や空気が漏れる音がする。


「どうもこうも無いデス! あっちを直したらこっちが壊れて! こっちを直したら向こうがぶっ飛んで!」


 先生はホワイトスワンの理力エンジンを修理するため、メンテナンスルームにもう何時間も閉じこもっている。


 敵の追撃から逃げる際に何発か被弾したのだが、そのうちの一発が運悪く大型理力エンジンの一部を削り取ってしまった。そのおかげで出力は上がらず、先生がずっと修理に掛かりっきりになっている。


 しかし今は敵から逃げている途中。時々、戦闘中。こんな状況できちんと修理出来るはずがなく、応急処置で誤魔化しているのが実際の所だ。先生が叫ぶほど忙しいのは無理もない。


「もう少し粘って! 絶対に敵は近寄らせないから!」


「んなこたぁ分かってるデス! クレアも無茶すんなデスよ!」


 再びクレアは周囲を警戒する。ホワイトスワンの速度はようやく理力甲冑が走るくらいの速さまで回復した。もう少し出力が戻ればなんとか追撃を振り切れるかもしれない。


 と、そこに、いくつかの弾倉を抱えたステッドランドがこちらへ走ってくる。連合軍と帝国軍、多くの国や組織の理力甲冑が使用する銃器の弾薬は基本的に全て同じ規格のものが使われている。いくつか口径や弾頭に種類があるが、これは理力甲冑用の銃器が実用化した最初期に大陸の様々な工房が集まって決めたとクレアは聞いている。そのおかげで戦場で弾が尽きた場合は敵の装備を奪う事態がしばしば起きるという。


(私はあんまり気が進まないけど……この際、贅沢は言ってられないわね)


 手持ちの弾薬はもうほとんど無くなってきた。いくらクレアが射撃の名手といえど、銃弾が無くてはどうしようもない。ましてや、最低限の装甲と骨格フレーム強度しか持たないレフィオーネは格闘戦が行えない。試作機故の尖った性能がここで仇となってしまった。


「ヨハン、急いで!」


 リディアからの連絡はない。まばらな木々から見える範囲にもおかしな影は見えない。今なら敵を振り切る機会チャンスかもしれない。確かこの森を抜けると大きな河があり、そこを渡りさえすれば帝国軍は追ってはこれないだろう。その河は帝国とグレイブ王国の境界線なので、敵の理力甲冑は渡河はおろか迂闊に発砲も出来ない。


 ヨハンのステッドランドが徐々に追いつき、あと一足飛びという所まで来た。左足を大きく踏み込み、勢いよく跳躍する。クレアが安堵のため息をつこうとした瞬間。


 突然、空中で姿勢を崩したステッドランドは頭から地面に着地してしまう。


「ヨハン!」


 クレアには何が起きたのか理解できなかった。いきなり宙でつんのめったようにしか見えなかったのだ。


 感情を抑えつつ冷静に状況を把握する。地面に倒れたヨハンのステッドランドは左足が膝の所から欠損しているではないか。自壊するには不自然なタイミングだし、姿勢を崩す理由にはならない。


「まさか、狙撃?!」


 とっさに周囲を見渡すが、敵影は見えない。かなりの長距離狙撃かもしれない。


「ねえ! ヨハンの機体が止まってるんだけど?!」


「ヨハンが狙撃されたわ! でも多分無事! レーダーには何か見えない?!」


「何も見えないよ! アンタ達二機だけ!」


 その間にもヨハンのステッドランドは後方へと流れていく。このままでは置き去りになってしまうだろう。


 。クレアの脳裏に助けるか、見捨てるかの選択肢が浮かぶ。


(またなの?! また決めなくちゃいけないの?! ユウを二度も見捨てて! レオさんも! 今度はヨハンまで!)


 地面に突っ伏したステッドランドが上半身を起こす。ヨハンは無事のようだ。


 しかし、これが敵の狙撃手の狙いかもしれない。生かしておくことで助けに来た仲間を撃つのは狙撃の常套手段だ。敵の位置が分からない今、レフィオーネが助けに戻ってもその胴体に風穴を開けるだけだろう。


 隊長としてのクレアはヨハンを見捨てるつもりだ。助けに戻っても返り討ちに遭う可能性が非常に高いし、グレイブ王国へはもう目と鼻の先なのだ。仲間を犠牲にしてでも、連合軍の戦力増強を図らなければこの戦争に勝ち目はない。ここまで来て止まるわけにはいかない。


 しかし、その一方でクレア個人の考えは違った。もうこれ以上、仲間を見捨てたくはない。街道で、合流地点で、ユウの事を二度も見捨てた。現在は連絡も無く、生死不明なユウとレオ。それだけでクレアの心はバラバラになりそうなのに。そのうえ、ヨハンまで見捨てていいはずがない。


 二つの相反する主張と感情。既にクレアの精神は限界に来ていた。


「……姐さん! 行ってください!」


 ヨハンの声がする。


「俺は大丈夫っス! 後続の敵を倒したらすぐに向かいます!」


 その声は普段通りのものだった。明らかにクレアを気遣っているのが分かる。クレアに負い目を感じさせないようにと無理をしているのだ。




 これ以上は、嫌だ。




 クレアは自分でも気づかないうちにホワイトスワンから飛び立っていた。レフィオーネに搭載された理力エンジンが吸気と排気を繰り返し、強力な圧縮空気がスラスターから噴出される。手には愛用の長銃。弾倉に弾は五発、予備の弾倉に五発。腰には多目的用ナイフ。


 装備に不安が残るが、レフィオーネの最大の武器は空を飛ぶことだ。並みの銃の腕ではかすりもしない速度で低空飛行しながら敵を攪乱かくらんしつつ、狙撃手を炙り出してやる。


「ちょっと!? アンタ、スワンから飛び出してない?! こっちの守りはどうすんの!」


 リディアの叫び声が聞こえるが、今は聞いていられない。スワンのみんなには悪いが、少しだけ我慢して欲しい。


 枯れかけの木の葉を吹き飛ばしながら森の上空へと出た。いくらまばらに木が生えているとはいえ、この隙間を縫って狙撃するには距離と場所が限られるはずだ。ましてや、ホワイトスワンは低速ながら移動している。クレアは自身の狙撃手としての経験と勘だけを頼りに狙撃地点を考える。


(多分、敵は待ち伏せしてた……それなら?)


 クレアならどこで待ち伏せるか、自分に問いかける。


「……こっち!」


 レフィオーネは木々の先端に触れるか触れないか、ギリギリの高度をジグザグと不規則に飛行する。どこに潜んでいるか分からない狙撃手に少しでも狙いを定めさせないよう、必死に機体を制御する。


「スワンはあの位置……なら、きっとこの辺が限界の距離!」


 クレアは目線だけ動かして機体後方を映すモニターでホワイトスワンの位置を確認する。理力探知機レーダーに反応せず、かつ森の木に邪魔をされずに狙撃するならこれ以上遠くはならないはずだ。敵が狙撃してこないのは高速で飛行するレフィオーネに照準を付けれなかったか、クレアの予想が外れているかだ。


「……!」


 その視界の端に奇妙な感覚を覚えた。普段では気が付かないほど些細な違和感。この非常事態に自分でも分からないほど集中していたからかもしれない。機体から見て二時の方向、木の陰からがはみ出ていたのが上空にいるクレアには分かった。


 宙で姿勢を変え、一気に真下へと急降下するレフィオーネ。木々をくぐり抜けると、殆ど墜落に近い勢いで着地した。目の前にはレフィオーネと同様に長い銃身とスコープ、専用の銃床を備えた狙撃用の銃を持つステッドランドがいた。木の陰に隠れていたが、目の前に理力甲冑が事に驚き、動けないでいる。


「これで!」


 レフィオーネは手にした長銃を狙いもつけずに敵機へと向け、その引き金を引く。が、その銃弾はステッドランドの肩の装甲を少し抉っただけで、森の奥深くへと飛んで行った。


 クレアは舌打ちしながら銃のコッキングレバーを引き、次弾を装填する。遅れて反応した敵機もレフィオーネへとその銃を向けた。


 二つの銃身が交差するその刹那、一発の銃声が響く。


 銃口から硝煙が立ち上る。レフィオーネの銃からだ。


 敵機は胸の辺りに風穴を開けながら前のめりに倒れてしまった。


 殆ど偶然に近い一撃だった。銃の扱いに長けているかどうかではなく、僅かな一瞬が命運を分けたのだろう。


 再びコッキングレバーを引くと排出された薬莢が今しがた倒れた機体に落ち、軽い金属音が短く鳴る。


「よし、早くヨハンを連れて戻らなくちゃ……!」


 レフィオーネの腰を覆うように展開されたスラスターが広がり、圧縮空気が漏れ出す。


 クレアは気が付いていないが、機体の遥か後方で何かが木から覗く。細長い筒状の物体、だ。そう、狙撃手は一機だけではなかったのだ。


 一発の銃声と同時にレフィオーネのスラスターが根元から折れた。本来ならば胴体部を狙った銃弾だったが、機体が宙に飛び立とうとした瞬間だったために狙いが逸れた故の結果だった。しかし不幸中の幸いなのかどうかは分からないが、飛行機能は完全に失われていないようだ。


「なに?!」


 クレアからしてみれば飛び立つ間際に突如、出力が上がらずに姿勢が崩れた格好だ。ヨハンの時とは異なり、銃声が耳に入ったので直ぐに敵の攻撃だと気づいた。


(迂闊! 狙撃手が一人と思い込んだ!)


 普段の冷静なクレアならこのような判断ミスは起こさなかっただろう。しかし後悔している暇はない。この敵も排除してホワイトスワンに戻らなければ。


 クレアは操縦桿を握り、機体の制御を試みる。動きは悪いが、なんとかなりそうだ。


(やられたのは後方のスラスター! 敵は背後!)


 その場で急旋回すると、理力エンジンの出力を目一杯上げて機体を前傾にさせる。圧縮空気を一気に噴き出して加速させると、右肩の装甲が弾けた。


(大丈夫、まだ行ける! それに今ので位置が分かった!)


 敵の銃撃を受けながらも加速は止めない。むしろ止まったらやられる。前方には理力甲冑が隠れられるほどの大木。その陰に今しがた銃撃したと思われる敵機が引っ込む。


 レフィオーネの加速は止まらない。このままでは敵がいる位置を過ぎ去ってしまう速さだ。こんな速度では止まるに止まれないだろう。それどころか勢い余って周囲の木々に激突してしまう。


(あの木だ!)


 クレアは敵機が隠れている木よりも向こうの幹が太い木を目がけて機体の方向を微調整する。スラスターが大きく可動し、レフィオーネが宙返りのように回転する。その真横では丁度、次弾を装填している敵機が。それを視界の後方に流しながらクレアは機体を制御し、。吸収しきれなかった衝撃が操縦席まで響く。


「ぐっ……!」


 スラスターは最大限に展開され、まるでスカートが大きくはためいたようにも見える。垂直な木に張り付いたまま、レフィオーネは手にした長銃を無防備な敵機へと向ける。衝撃に耐える為、止めていた息を静かに吐くと。


 銃声が響き、敵のステッドランドの頭部、眉間の辺りにぽっかりと穴が開いていた。


 重力に引かれ、地面に落ちるレフィオーネ。なんとかスラスターを吹かして落下の勢いを殺す事ができた。


 どっと汗が噴き出る。自分でもらしくない戦い方だと思う。クレアは接近戦が特別不得手というわけではないが、やはりユウやヨハンのようにはいかないと改めて思う。


「油断しちゃダメ、今度こそスワンに戻らなきゃ!」


 同じ轍を踏まないように、周囲に気を配る。再び狙撃されるか、周囲に護衛の部隊がいるかもしれない。


「…………」


 今度は大丈夫なようだ。クレアは目の前に転がっている敵機が持っていた狙撃用にカスタムした半自動小銃から弾倉を引き抜く。レフィオーネの持っているものと同じ小銃なので弾倉ごとそのまま使える。


「悪いけど、貰っておくわね」


 今の衝撃でスラスターの可動が少し怪しいが、まだ頑張ってもらわなくては。レフィオーネは軽くしゃがんだのち、垂直に飛び立った。














「思ったより離されたわね……」


 いくらホワイトスワンの速度が遅いとはいえ、時間が掛かり過ぎた。今の戦闘で居場所を見失ってしまったが、上空からおおよその位置に検討をつけると白煙のようなものが上がっているのが見えた。


「姐さん!」


 ザリザリとノイズ混じりにヨハンの声が聞こえる。


「姐さん! スワンがヤバいっス! 敵に取り付かれそうです!」


「なんですって?!」


 しまった。こうならないように、自分がホワイトスワンを護衛しなくてはいけなかったのに。自己嫌悪と後悔で操縦桿を握る手が緩みそうになってしまう。


(まだ、まだよ! 今から敵を全部排除すれば!)


 両手に力を籠め、さらに理力エンジンの出力を上げていく。回転数が跳ね上がり、圧縮空気が旋風となって渦巻く。


「ヨハン! アンタはそこで身を守ってて!」


「へっ! 俺を舐めて貰っちゃ困りますよ! 片足でも! 一機くらいは!」


 レフィオーネが通過した真下では鈍色のステッドランドが片足でなんとかバランスを取りながら立つ姿が見えた。全く、呆れるほどに器用な奴だ。しかし。


「いくら何でも危険よ! 無茶はしないで!」


「でも、スワンが!」


「私が何とかする!」


 レフィオーネが高度を落とし木々の隙間を縫っていくと、前方に白い巨体が見えた。それと、数機の理力甲冑も。ホワイトスワンはさらに損傷しているようで、あちこちから煙があがっている。


(帝国はスワンを捕獲したいのかしら?)


 敵は完全に銃の射程に入っているにも関わらず、何故か積極的に攻撃しない。推進器付近を散発的に撃つか、ブリッジ付近に近づいて停止を呼びかけているように見える。


 じつはクレアの予想は当たっており、帝国軍の上層部でもごく一部は先生の開発したホワイトスワンには理力エンジンが搭載されている事を把握している。帝国軍が持つ劣化品デッドコピーではなく、完成品オリジナルの理力エンジンを確保するため、前線の部隊にはなんとしてでも拿捕せよとの命令が下っていた。


「なんでもいいけど、全機撃ち抜いてやるわよ!」


 レフィオーネは飛行しながら射撃体勢へと移る。まずはブリッジ近くにいる機体に照準を合わせようとしたが、突然、機体が失速しだした。


 慌てて出力を上げようとするが、まったく手応えがない。そういえば理力エンジンの特徴的な高音が聞こえない。モニターの端にはエンジンの異常を示すマークが明滅していた。


「こんな時に!」


 この数日の連戦でレフィオーネも、搭載されている理力エンジンにも大きな負担が掛かっていた。それが先ほどスラスターが破壊された為、通常よりも過剰な出力を出していた事でトドメを刺してしまったのだ。普段なら先生のメンテナンスと調整があるのだが、それも受けられなかった現状では遅かれ早かれこうなっていたのかもしれない。しかし、今はタイミングが悪すぎる。


 前のめりになりながら着地したレフィオーネはとっさに長銃を構える。が、すぐ近くの木が急に弾けた。別の理力甲冑部隊が追い付き、攻撃を仕掛けてきたのだ。


(次から次に! 早くしないと!)


 機体の姿勢を低くしながら手頃な岩に身を隠して敵部隊の様子を伺う。


(一、二、三…………八機?! 一度にこんな数の相手、してられないわよ!)


 こうしている間にもホワイトスワンは帝国の手に堕ちようとしている。反撃の術を持たない白鳥はこのままでは破壊されるか、それとも拿捕されるか。そうなればクレア達は母艦を失うばかりか、グレイブ王国で理力エンジン量産という任務も失敗する。それどころか、ホワイトスワンのメンバーが帝国に捕まってしまうかもしれなかった。


 敵はレフィオーネをここに釘付けするかのように銃撃を開始した。八丁の小銃から次々と放たれる銃弾の雨は迂闊に反撃できない。機体を縮こませながらクレアは焦燥と後悔に襲われる。


 早くホワイトスワンに戻らなければ。しかし、ここを動くことが出来ない。助けを求めようにもヨハンのステッドランドはもはや戦闘に耐えられる状態ではない。


(ユウ……!)


 ユウの顔が脳裏をよぎるが、ここにはいない。


(誰か! ……誰か助けてよ……!)


 ホワイトスワンの方から小さな爆発音が聞こえる。どこか攻撃されたのかもしれない。ここから見える煙がさっきより多くなっている。


 もう、ここまでなのか。これでおしまいなのか。




 ユウが街道で飛び出した時、あの時は助けに戻れば良かったのか。


 ユウとレオを待っていた合流地点、あそこで無理にでも留まっておけば良かったのか。


 一体、どうしてこんな事になったのか。




 分からない。


 クレアには分からなかった。ホワイトスワンの隊長として判断した。決断した。


 これで良かったのか?


 これで良いと自分に言い聞かせてきた。これがその結果だ。




 敵機がレフィオーネへと近づく。このままでは取り囲まれてしまうだろう。普段なら空を飛んで逃げる所だが、理力エンジンは完全に停止しているのでスラスターは沈黙したままだ。


(ユウ……ごめんなさい……)


 相討ち覚悟で敵部隊に突っ込もうかと思ったが、それは止めた。道連れに何機か撃破した所で大した意味はない。クレアはそっと、操縦桿から手を離して成り行きに身を任せようと思った。










「…………クレア……大丈……?! ……待って……!…………」


 幻聴だろうか、無線からユウの声が聞こえた気がした。とうとう精神的にヤバくなってきたか。聞こえるはずのない声。たった数日の間なのにとても懐かしく感じる。


「…………レオさん! ちょ……無茶するけど頑張って……さい…………」


 今度はさっきよりハッキリと聞こえた。クレアは顔を上げて周囲を見渡す。すると森の彼方から黒い小舟のような妙な機体が見えた。あれはひょっとして帝国の高速輸送機……? その甲板部分には白い機体がしがみついていた。見覚えのある、あのシルエットは。


「ユウ!!」


 クレアは思わず叫んでしまう。どうしてここに? まさか幻覚でも見ているのだろうか。幻覚でもいい、ユウが来てくれた。


 黒い輸送機に乗ったアルヴァリスは真っすぐにこちらへ向かってくる。そして。


 ――それは一瞬の出来事だった――


 レフィオーネを取り囲もうとしていた八機をアルヴァリスは一瞬で撃破してしまった。輸送機をまるでサーフボードのように操る。経験したことのないような機動に着いていけなかった敵機はなすすべもなくその白刃の前に散っていった。


 アルヴァリスはそのままの勢いでホワイトスワンがいる方へと船首を向ける。


「ユウ! お願い……スワンを!」


「ああ、スワンを助けてくる! それと……」


 ユウは少し間を開けて。


「クレア、ごめん。迷惑かけちゃった」


「……バカ……私の方こそ、ごめんなさい」


 お互いに謝る。言いたいことは沢山あったはずなのに、上手く言えない。しかし今は。


「ちょっと待ってて! すぐに片づけてくる!」


 ユウはそれだけ言うと森の向こうへと消えていった。


「ユウ……本当に……良かった……」


 クレアは大粒の涙をこぼしながら白い機体を見送った。










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