第37話 意味

第三十七話 意味


 森の中を小川が流れている。小さいながらもその水は澄んでおり、目を凝らせば岩場の影などに魚の姿が見られる。この森の豊かさを象徴しているようだ。見上げると木々の隙間から柔らかい日差しが漏れてくる。秋ももうすぐ終わりそろそろ景色も冬の色合いに変わりだす頃だが、今日は久しぶりに暖かい日となりそうだ。


 ガサガサと雑草をかき分け、その小川に近づく者がいた。どうやら森を歩くのに不慣れなのか、わざわざ草木の多いところばかりを進んでしまっている。服のあちこちに木の葉や枯れ枝をつけながらようやく茂みを抜け出した。


「うわ、凄く綺麗な水だな……」


 ユウが皮製の水筒を小川に沈め、澄んだ水を汲む。ついでに手で掬って飲んでみると。


「プハッ! 冷たくて美味しい!」


 しばらく水分を摂ってなかった喉に冷たい水が心地よい。もう一度掬って、喉を鳴らしながら飲み干す。




 ホワイトスワンを探してユウとレオは森を進んでいた。いや、彷徨っていたが正しい。元々、予定していた合流地点から西に向かった事は分かったが、どこまで向かったのかが分からない。


 残された痕跡から帝国軍の理力甲冑に襲われたらしいので、ある程度振り切る為に遠くまで行ったのかもしれない。案の定、西へ西へと進むうちに所々でホワイトスワンが通った跡や戦闘の痕跡が見つかった。ひょっとするとまだ追撃されているのかもしれない。


 焦る気持ちもあるが、こればかりはどうしようもない。無線で呼び掛けようとも思ったが、近くのホワイトスワンを追っている部隊に気付かれる危険があった。そのため、残された僅かな痕跡から地道に探すしかない。




 アルヴァリスの所に戻ると、レオがしゃがんで何かをしていた。近づいてみると、どうやら何かの鳥を捌いているようだった。手持ちのナイフを器用に操り、流れるような動きで解体していく。ユウは解体の仕方や技術については知らないが、その手つきからは熟練の業を感じる。レジスタンスであることを隠す為に猟師をしているというが、ただの偽装というわけではなさそうだ。


「火を熾すのでちょっと待っててください」


 そう言うとレオは枯れた枝を組んで焚火の準備をする。それが終わると、棒状の何かを取り出した。先端にはユウも見覚えのある100円ライターの火を付ける為の、円筒形をしたあの部品が付いていた。棒の部分を握り、親指で円筒形の部分を回すと小さな火花が散り、それをほぐした麻紐に飛ばしていく。すると小さな火種になり、枯れ葉を燃やして徐々に大きな火に成長させていく。昨日もこうやって火を熾したのかと、ユウは感心しながら見ていた。


 適当な枝に刺した肉に軽く焦げ目が着くころには、ユウの口はすっかりヨダレでいっぱいになっていた。丸二日ほどは乾パンとその辺りに実っている木の実などしか食べていないせいもあるが、それを差し引いてもいい匂いだ。勢いよくかぶり付くと口の中に肉の旨味が広がっていく。塩も何もないが、それでも美味しい。空腹というのもあるが、いわゆる捌いたばかりの新鮮な肉だからかもしれない。そこでふと思う。


「レオさんはレジスタンスだけど猟師もしているんですよね? やっぱりこういう事……何かを殺す事に抵抗はあまり無いんですか?」


 突然の質問にレオは目を白黒させるが、ユウの意図を汲んで真剣な表情になる。


「僕は……誰も傷つけたくはないんです。これだけアルヴァリスで戦ってきて、今更言える事じゃないけど……クレアやみんなが傷つくのは嫌なんですが、敵の操縦士が傷つくのも嫌なんです。出来れば……魔物だって、殺したくはありません……」


「そうですね……はっきり言うと、まだ慣れません。動物も、人も……命を奪う事には。昔はその事で悩んだりもしました。しかし、私はそれをやらなくてはいけなかった。目的の為、もあるんですが、自分が決めた事ですからね」


 レオの目的……つまり祖国であるクェルボの独立。立場も弱く小さなレジスタンスが強大な帝国と渡り合う為には手段は選んでいられない。


「……しかしいつの頃からか、あまりそう言う事で悩まなくなりました。昔は鳥を一羽撃つのに躊躇いを覚えていたのに、今では人を撃つのにも銃の引き金は正確に引けます。それでも、感情としては人を殺したくはないんです。なのに体は思った通りに動いてしまう……多分、諦めてしまったんだと思います」


「諦め……ですか?」


「はい。猟師として獲物を撃つ時、レジスタンスとして人を殺める時。その相手はなるべくして命を落とすんだと自分に言い聞かせて、悩むことすら諦めたんです。私の知っている人達もそういった葛藤を表に出すことは滅多にありませんでしたし、それが普通だと思っていました」


 レオの目は焚火をじっと見つめている。


「…………」


「しかし、あなたは違った。見ず知らずの人が理不尽に死ぬことに怒り、それを間違いと言った。以前の私なら作戦で顔も知らない人が死ぬことに何の疑問も持たなかったでしょうが、ユウさんのあの行動で私の中で何かが変わった気がしました。こういう事に怒っていいんだ、自分が納得できない事を納得できないと言っていいんだと気付きました」


 焚火の火がパチリと弾ける。


「だからユウさん。あなたがした事は間違っていないと思います。人を殺める事……傷つける事に慣れろ、とは言いません。悩むことは間違いではありません……その先に答えがあるかは私には分かりませんが、あなたには悩む事に諦めて欲しくはないんです」


 彼もユウと同様に悩み、葛藤を胸の内に溜めていたのかもしれない。悩む事に諦めて欲しくない。レオは今後も人を殺める際に悩む事は無いのだろう。それが良いのか悪いのかは分からないが、ユウにはそうなって欲しくない。


「ユウさん、あなたが戦う理由はなんですか? 今までアルヴァリスで戦ってきた理由を考えてみて下さい。一度、原点に立ち返ると物事の見え方も変わってくると思います。そうすれば、あなたの悩みもいくらかは見え方が変わってくるのではないでしょうか」


「……理由……」


 ユウは心の中でレオの言葉を反芻させる。戦う理由。


(はじめは……やっぱり仕方なく、だよな。この世界ルナシスに召喚されちゃって、行くところもなかったし。元の世界に戻るには理力甲冑に乗って戦えって言われたもんな。それで案外、上手くやれるって事が分かったから連合の人たちの為に戦うって決めて……)


 そこまで考えると、ユウは何か違うと感じた。ホワイトスワンの皆の為、連合の多くの人たちの為に戦うのはそうなのだが、もっと、根本的な所……わけのわからない世界に一人連れてこられ、いきなり初めて見る巨大ロボットなんかに乗る決心をしたのは何故だったのか?


(……召喚されたばかりの時、あの森の中で右も左も分からない僕に色々教えてくれた……)


 ユウは初めて出会ったばかりのクレアを思い出す。あの時、初対面でジロジロ見るなと変な顔をされていた。そのあと、嫌な顔をしつつもこの世界や理力甲冑の事について教えてくれた。今ではすっかり慣れたが、やっぱりクレアの説明は少し下手だ。


(クレアに無理やりステッドランドに乗せられて……そういえば、いきなり魔物に遭遇したっけ。今考えると、よく撃退できたよな)


 突然、遭遇した巨大なイノシシ。並みの操縦士一人では歯が立たないほどの凶暴な魔猪をユウは初めて操縦する理力甲冑で辛くも撃退してのけた。これまでに多くの魔物や帝国軍の理力甲冑と戦って分かったが、あの時の魔猪は相当な強さだった。アルヴァリスに乗った今のユウでも気が抜けない強敵だろう。


(あれは……そう、クレアを守るために必死だったから……かな)


 クレアはホワイトスワンの隊長でこの世界に来てから一番付き合いが長い。いつもは冷静だけど、怒ったら口より手より、一番に足が出る。何度か蹴られたことがあったが、あれはメチャクチャ痛かった。お酒が好きで、一度酔いつぶれた翌朝に寝坊してしまうと、恥ずかしさのあまりユウの前から逃げ出そうとした事もあった。最近はリディアと仲が悪いけど、それでも実は彼女の事を気にかけている事を知っている。本人にそれを言うと怒りそうだから言わないでいるが。


(やっぱり、一番はクレアの為……かな)


 エンシェントオーガとの戦いの最中、クレアの乗ったレフィオーネがやられそうになった時。帝国軍と戦う事を密かに決めた時。初めて理力甲冑に乗り魔猪と戦った時。いつもクレアの力になりたい、彼女を守りたいと心の奥底で思っていた。すっかり元の世界に戻る事はどうでもよくなっていた。


 今だからこそ思ってしまう。もしあの時、彼女と出会っていなかったとしたら今頃はどうしているだろうか。恐らく、適当な理由をつけて逃げ出していたかもしれない。それとも渋々、理力甲冑に乗っていただろうか。戦う理由も無く、元の世界に戻りたくもなく、周囲に流されるまま。


(クレアがいたからここまでやってこれた……多分、これからも)


 銀のさらさらとした長い髪。気の強そうな瞳は赤く。射撃の腕は正確無比。普段はしっかりとしているのに家事が苦手で。怒ると怖いが、仲間を想う気持ちは誰よりも強い。


 ユウはそんなクレアの事を――













 休憩を兼ねた昼食を済ませ、再び森を進む。


 ホワイトスワンでも進める所はアルヴァリスでも通れる。比較的、森の中でも木々がまばらになっている所を選びながらその歩みを進める。辺りは静かで、そよぐ風に木々の葉がこすれる音しか聞こえない。操縦席のハッチを開いているので、気持ちのいい風が入ってくる。


 と、レオが何かに気付いたようで、アルヴァリスの手のひらから停止の合図をする。ユウも辺りを見回し、耳に入ってくる音を注意する。すると微かに銃声のような音と動物の叫び声が聞こえた。


「理力甲冑と魔物……でしょうか。あまり遠くではないようですね」


「もしかしてスワンが?!」


「いえ、理力エンジンの音が聞こえません。確証はありませんが、理力甲冑は帝国のものかもしれません」


 確かに、特徴的な理力エンジンの音が聞こえない。ホワイトスワンもレフィオーネも稼働していないとは考え難いのでレオの予想はあながち外れではないかもしれない。


「……」


 ユウは少し考える。それを察したのかレオが操縦席付近まで機体の腕を伝ってやってきた。


「音のした方へ向かいます。万が一、スワンかもしれないし」


「……分かりました。私がいたら戦いにくいでしょうからここで降ろしてください。それと……」


 レオはユウの目を真っすぐ見て言った。


「ユウさんは自分で思ったとおりの事をしてください」


 ユウは無言で力強く頷き、その場にレオを降ろした。そして、戦闘中と思われる方向へとその巨体を走らせる。


 少しばかり走った先には帝国軍のカラーリングをしたステッドランドが三機、同じ方向へ向かって銃を向けていた。その先には……。


「あれは……魔猪?!」


 理力甲冑の背と同じくらいの体高、鋭く太い牙、ぎらついた獰猛な眼。あの巨体は正しく魔猪だ。まさか、こんな所にいるなんて。巨大イノシシは鼻息荒く、完全に攻撃態勢となっている。よく見れば体の所々に血のようなものが付いていた。帝国のステッドランドが持つ半自動小銃の口径では対して役に立たないばかりか、むしろ余計に興奮させただけなのだろう。


(……どうする……?)


 まだ向こうにアルヴァリスの存在は気付かれていない。しかし、魔猪の鼻は良く利くのでこの距離でも油断は出来ない。今なら急いで引き返し、レオを回収してからこの場を大きく迂回することも出来るだろう。


「…………」


 しかし、ユウは決断した。自分がしたい事を。


 次の瞬間、アルヴァリスは大地を蹴りだしていた。理力甲冑と魔猪のいる方向へと。


「今ある武器は……剣と盾だけ!」


 ホワイトスワンから飛び出した時に専用ライフルも大剣オーガナイフも置いてきた。というより忘れてきた、という方が正しいのだが。ともかく、剣を腰から抜きつつ純白の盾――オニムカデの甲殻を加工したそれ――を機体の前面に構えて突進する。まず狙うのは。


 先に気付いたのは魔猪の方だった。おそらく匂いで気付いたのだろう。こちらをジロリと睨みつけるが、ユウは気にせずに理力甲冑ステッドランド三機の方へと突っ込んでいった。遅れてアルヴァリスを認識した理力甲冑はそちらの方へ慌てて手にした銃の引き金を引くが、極めて硬いオニムカデの甲殻には傷一つつかない。


 アルヴァリスは一番手前のステッドランドに突進の勢いそのまま、盾で突き飛ばしたシールドバッシュ。装甲のへしゃげる音を立てながら、ステッドランドは後方へと吹き飛んでしまった。中の操縦士は衝撃で失神しただろうか、それを呆然と見送る二機の僚機。理力甲冑の巨大な体がいとも容易く宙を舞っているのだ、呆気にとられるのも無理はない。


 その隙をついて、アルヴァリスは二機の間に滑り込む。そして右手の剣を素早く横薙ぎに振った。


「…………!!」


 アルヴァリスの剣は正確に二機のステッドランドの銃とそれを構える左手を切断してしまった。おそらく敵の操縦士はこの一瞬に何が起こったのか、理解するのにもうしばらくの時間が必要だろう。


「次は!」


 アルヴァリスは残る脅威の方へと視線を移すと、すぐさま左右に突っ立ているステッドランドを片方は蹴飛ばし、もう片方は盾で突き飛ばした。と、アルヴァリスが体勢を立て直す間もなく暴風のような突進が襲ってきた。


 しかし間一髪。盾での防御が間に合い、何とか魔猪の致命的な突進を防いだ。が、その突進は勢いを失うどころかますます圧倒的なパワーでしてくる。まるで生身の体で巨大なブルドーザーを相手にしているかのようだ。


「やっぱり強い! でも!」


 ユウは操縦桿をさらに強く握り、アルヴァリスの人工筋肉に自身の理力を送る。踏ん張る両脚に力がみなぎり、徐々に突進の速度が緩んでいく。魔猪が四つの脚を懸命に前へと圧し進もうとさせるが、空を切るか地面を削るかしかできない。そしてとうとう、体重差でいえばアルヴァリスの数倍、数十倍はあろうかという魔猪の巨体を止めてしまった。


 魔猪からしてみれば、自身の突撃で木の葉のように吹き飛ぶハズだった敵が無事だった事に驚き混乱している。いやそれどころか、圧そうにも圧せない。まるで地中深くまで突き刺さった巨大な杭のようだ。


 ユウはアルヴァリスの重心をさらに低くし、前面に構えた盾を魔猪の腹下へと滑り込ませる。そして、一呼吸のうちに自身もそこへ潜り込み、両の手を上へと突き上げた。そう、アルヴァリスはしていた。


 突然、目の前の敵が消えたように見えた魔猪はさらに混乱し、自身の腹の下に違和感を感じた瞬間にはその全ての脚が空を切るばかりであった。一体どれほどのパワーがあればこの巨大な体躯を支えることが出来るのか、これがアルヴァリスの持つ性能ポテンシャルなのか。重量挙げの選手がバーベルをそうするように、白い理力甲冑は完全に魔猪を持ち上げていた。


 そしてアルヴァリスは右足を一歩、地面に深くめり込ませながら前に出すと、両手で持ち上げていた魔猪を前方へと投げ飛ばしてしまった。緩い放物線を描きながら、その巨躯は重力に引っ張られて落ちていく。脇腹から地面へと激突してしまった衝撃は自身の重量が加算され、受け身も取れない魔猪の内臓を激しく揺さぶる。ひょっとすると肋骨にもダメージが入ったかもしれない。


「ハァ……ハァ……これで、しばらくは動けない……かな……?」


 魔猪は口から泡を吹いてしまい、横たわったまま脚がピクピクとしている。これが精一杯の手加減だが、命に係わるほどのダメージは負っていないはずだ。


 ふと、ユウは背後に気配を感じ取って振り返る。そこには先ほどの左手を失った二機のステッドランドがいた。どちらも剣を構えているが、アルヴァリスと魔猪の激突を目撃したためか完全に尻込みをしている。腰が引けているというやつだ。


「魔猪は気絶しただけです。早く仲間を連れて逃げて下さい」


 ユウは外部拡声器スピーカーで目の前の敵操縦士に呼びかけるが、その剣の切先はまだアルヴァリスを向いている。


「うーん、混乱して状況が把握できていないのかな……? そりゃ、敵が目の前にいたら逃げるに逃げれないだろうけど」


 ユウは残った右腕も斬り落とせば流石に逃げるだろうかと思い、剣を構えようとする。しかし、さっき魔猪を持ち上げるために剣は向こうの地面へと突き刺したままだった。そう、二機のステッドランドの向こう側に。


 さて、どうしたものかと思った瞬間、無線がザリザリと鳴り出した。


「…………ユウさん、良いもの……つけまし……でこの場は逃げましょ…………」


「レオさん? 何ですか? 逃げるって?」


 少し離れているためか所々ノイズが混じって聞こえる。一体どういう事だろう。というか、レオは無線なんか持っていなかった筈なのだが。


 と、目の前のステッドランドの様子がおかしくなった事に気付いた。アルヴァリスではなく、その後方を見て何やら手を振っている。それになにか妙な音が聞こえてきた。どこか聞き覚えのある音のような、そうでないような……。


「理力エンジン?」


 アルヴァリスやレフィオーネに搭載されている理力エンジン。それとは音色が異なるが、どことなく似たような響きだとユウは思った。咄嗟に振り返ると、木々の間を縫って黒い小舟のようなものが近づいてくるではないか。


「あれは……あの時の!」


 つい先日、ホワイトスワンを猛烈な速度で追撃した帝国の高速輸送機。後で聞いた話ではクリスが乗っていたという、理力甲冑を一機搭載しながらホワイトスワンと同等の速度で宙を走る機体だ。しかし、今はその甲板部分に理力甲冑は乗っていない。


「くそっ! どうする……?!」


 前門には手負いの二機のステッドランド。後門には高速輸送機。そしてアルヴァリスは剣も銃も無く、盾のみ。


(敵を倒すだけなら簡単だ……でも、僕はなるべくなら人を傷つけたくはない……)


 アルヴァリスは静かに盾を構えなした。
















 一方その頃、ホワイトスワンは。


 その白い機体は所々がススで汚れ、銃撃によるものなのか穴があちこちに開いている。後方の推進装置からは煙が上がっており、いつもの快速はどこへやら。今では理力甲冑が走る速度よりも遅くなってしまっている。


 ユウとレオを待つために例の合流地点で待機していたのだが、運悪く哨戒だか追撃だかの部隊に見つかってしまったのだ。発見したという連絡は瞬く間に近隣の帝国軍部隊に伝わってしまったのだろう。噂に悪名高いホワイトスワンの討伐に我先にと多くの理力甲冑が襲い掛かってきた。


 最初はまばらに攻撃してきた帝国軍だが、相手が一筋縄ではいかないと悟ったのか部隊を集中させて襲撃してきたのだ。アルヴァリスがおらず、さしものクレアのレフィオーネとヨハンのステッドランドだけではこの大軍は厳しい。仕方なくホワイトスワンを発進させたのだったが、それでも敵の追撃が止むことはなかった。


「ヨハン、そっちはどう?」


「もう弾薬は残ってないっス。これで完全に接近戦しかなくなりましたね。姐さんの方は?」


「こっちもあんまり……ね。レフィオーネじゃ、弾切れした後は役立たずよ」


「やっぱり、ユウさんがいてくれたら……」


「…………」


「あっ! いや、何でもないっス!」


 そう、ユウはいない。一度ならず二度も見捨ててしまい、今では合流できる可能性は殆どないだろう。クレアは表面上、敵と戦うため気丈に振舞っているが精神的に追い詰められている。彼女の下した、隊長としての判断は間違っていない。それが余計に彼女の心を苦しめていた。


「クレア、ヨハン! 次のお客さんが来たよ! 準備はいい?!」


 無線の向こうからリディアの声が聞こえる。先生は大型理力エンジンのメンテナンスルームで必死に修理をしている最中なので、代わりに彼女が理力探知機レーダーを操作していた。


「殆ど休めてないけど、ね。弾薬も心許ないわ」


「しっかりして頂戴! アンタ達が負けたら、私たちだってやられちゃうんだから!」


「ハイハイ、分かりました」


「姐さん、落ち着いて……弾薬なら俺が敵のをかっぱらってきますよ」


 空元気も元気のうちというが、クレアは少々自棄ヤケになりかけている。それを心配するヨハンだが、どう励ましていいのか分からない。それに敵はこちらの事情をお構いなしに攻撃してくる。


「行くわよ、ヨハン!」


「ウッス!」


 レフィオーネがホワイトスワンのハッチから半分身を乗り出し、後方から追撃してくる帝国の理力甲冑に先制の銃撃を加える。その隙にヨハンのステッドランドはホワイトスワンから飛び降り、こちらへ走ってくる敵を待ち受けた。


「これが正念場、ってやつかな?」


 ヨハンは機体の両手に二振りの赤い刃が光る短刀を握らせる。通常装備の剣や短刀はこれまでの激戦で失い、銃も弾薬が尽きた。いまではこのオニムカデの牙を加工した短刀――ヨハンは勝手に牙双ガソウと名付けて愛用している――しかなくなってしまった。


 相変わらず刃こぼれ一つしない刀身はいくら敵の理力甲冑を切り裂いても全く切れ味が落ちない。今はそれが頼もしくてならない。そろそろ内部の毒腺が尽きる頃だが、この鋭さだけでも十分な戦闘力だ。


 ヨハンは迫りくる理力甲冑を相手に、両手の短刀を構えなおした。











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