第33話 葛藤

第三十三話 葛藤


 激しい機械の音が耳をつんざく。何かが回転する音が酷い不協和音になっており余計に耳障りだ。試製理力エンジンというやつの音らしいが、こんなにうるさくては敵わない。


 クリスは帝国軍の理力甲冑、緑灰色に塗装されたステッドランドが四機収められている暗い格納庫から操縦室へとつながる廊下に出る。分厚い扉を閉めると、いくらか騒音はマシになった。


「ふぅ、もう少し騒音はどうにかならんものかな……」


 彼とその部隊が乗っているのは帝国軍が新たに開発した輸送機、甲式一八型輸送機だ。この輸送機は遠くから見れば平べったい船のような形をしているが、胴体の両脇には大きな三角形をした翼を備えており、海ではなく陸の上を宙に浮いて走るという何とも不思議な船だ。クリスをはじめこの輸送機の概要を聞いた部隊の人間は一様に首を傾げ、そんな馬鹿なと笑ったが、こうして実際に乗ってみるとその技術に皆が驚いた。


 まず、これまで輸送の主役だった荷馬車と比べ物にならないほどの貨物を一度に積める。今もステッドランド四機が貨物室に横たわっているが、同じことを荷馬車で行おうとすると一筋縄ではいかない。なのでもっぱら理力甲冑の移動は自分で歩くのが普通で、結局馬車と変わらない速度になる。しかし長距離の移動は脚部の消耗を早めるというリスクを抱えているのだ。巨大な物体を遠くまで運ぶという事はかなり難しい。


 さらにこの輸送機は移動速度が速い。機械の力により圧倒的な速さで移動出来るうえに、輸送機は馬や徒歩の場合と違って疲れを知らない。そのため操縦士を交代しながらだと昼夜を問わずに移動出来る。いくらか進める地形を選ばなくてはならないが、それは小さな問題だ。


「こんな物まで作り上げるとは、本部の技術屋はただオモチャを作っているだけではないのだな」


 クリスは素直に関心する。正直、技術屋というものは頭ばかり大きく碌なものを作らないと思っていたが、この輸送機を目の当たりにしては考えを改めなくてはならない。


 というのも、この異世界ルナシスには航空技術が殆ど発達していない。これまで理論的には飛行可能という乗り物が開発されてきたが、ことごとくが失敗に終わった。一部の成果がグライダーのような滑空機として残るばかりで、いわゆると呼べるものは存在していない。


 飛行機開発を妨げる大きな原因は動力源と言われている。石油が産出されないこのアムリア大陸で内燃機関は発明されておらず、蒸気機関では機体に搭載不可能な重量だ。また理力甲冑に使われている人工筋肉は軽い半面、回転運動への変換効率が悪く実用的ではない。


 しかし、つい最近になって理力エンジンという新しい機関が発明された。このエンジンは周囲の空気を取り込む過程で気体に含まれる理力をかき集め、理力の小さな人間でも大量の理力を操ることが出来るようになるという。その効果から本来は理力甲冑に搭載されるはずの理力エンジンだが、大量の理力を集める副次的効果として取り込んだ理力の流れを渦状に形成しそこから運動エネルギーが得られるのだ。


 理力エンジンを航空機用に再設計しなおし、帝国の技術の粋を集めて作られたのがこの輸送機というわけだ。正確に言うとこの輸送機は飛行機ではなく、地面効果翼機、というものらしいのだが。技術的、理論的な事はクリスには分からないが、こんな大層な物を開発するような人物は余程の天才か正気を失った人間だろうと想像する。


(余談だが、理力エンジンを開発した人物先生は現在では失踪扱いになっており、そのため機関の中枢部や理論の一部はブラックボックス化している。帝国軍の技術部が研究室に残っていた試作品をどうにか解析して作った帝国製理力エンジンはアルヴァリスやレフィオーネに搭載された物と比べるとちょっと、いやかなりが悪い。その事実は軍事機密として秘匿されていたりする)


 操縦室に入ったクリスは輸送機を操縦する部下に調子を聞く。


「やっとエンジンの特性が掴めてきましたよ。この前は不調続きでしたけど、これからは快調快速ですぜ」


「そうか、頼りにしているぞ。あの白いやつホワイトスワンに逃げられては敵わんからな」


 操縦士は任せてくだせぇと胸を叩く。クリスの率いる理力甲冑部隊はグレイ将軍の口利きでこの新型輸送機を優先的に回してもらったお陰ですっかり扱いに慣れたようだ。皆、テキパキと動いている。


「隊長、さっき連絡がありました。が破られたそうです」


 通信士が手短に内容を伝える。ホワイトスワンの進路を塞ぐために用意された部隊だが、案の定、突破されたらしい。


「ま、そうだろうな。確か、用意されたあの部隊は後詰ばかりでろくに実戦経験を積んでいない。そんな奴らが敵う相手じゃないさ」


 しかし、とクリスは続ける。


「いくらか足止めになればいい。どうせ街道付近で立ち止まるようになる。あそこの警備部隊はうえにいつも警戒は厳重だ。奴らが街道を突破するのか、それともそこから北上してサペロス港町に向かうのかは分からんが、どっちにしろそこで追いつく」


「なるほど……に、しても。連合の奴ら、なんで単独でこんな所まで侵入してんでしょうかね」


 白いやつホワイトスワンに乗っているのがいくら優秀な操縦士ユウ理力甲冑アルヴァリスとはいえ、たった一部隊でこんな敵地に飛び込んでくるなど普通ではありえない。それにこの帝国北部には大きな街といえば、交易の要であるサペロスか、もっと北西までいかなければ他にない。軍事施設も小規模なものが点在する程度だ。


「まさか、いまさらシナイトスに用はないはずだしな。ふむ……ちょっと地図を見せてくれ」


 クリスは操縦席の脇に張り付けられている周辺の地図をじっくりと見る。白いやつホワイトスワンが目撃された地点を思い出しながら、それらを直線で結ぶと……。


「もしかすると……グレイブ王国か?」


「なんでまたそんな所に?」


「あの国は小さいながらも理力甲冑の技術は確かだ。シナイトスが当てにならない以上、連合は藁にでもすがりたい気持ちなんだろう」


「でも、グレイブに行くなら海の方が早いんでは?」


「いや、海はかえって危険かもしれん。海軍の港がサペロス近くにあるし、今はあの近辺を通る船は片っ端から臨検して回っている。それを回避しようとすると北へ大きく迂回しなくてはならん」


 この大陸アムリアを取り囲む海はさながら外界とを隔てる壁のようだと例えられる。近海では比較的穏やかなのだが、大陸を離れると急にその様相を変える。大陸を横切るように西から東へ強い海流が流れており、過去何度も名のある船乗りが歴史に名を残そうとこの海流を突破しようとしたが、ことごとく逃げ帰ってしまうか行方不明になるかだ。


「それもそうですね、船で行けば海軍に見つかるか海流に押し流されるか。それなら多少危険でも陸地の方がまだ何とかなりそうって事か」


「ま、今はまだ想像の範囲だがな。どこに行くのかは街道での行動でわかるさ」


 通信士の肩をポンと叩きクリスは狭い操縦室の脇に備え付けられた小さな椅子に座る。


「街道の警備隊の動きに注意しろよ、何かあれば恐らく奴らだ」


 了解、と部下は短く応えて無線機を弄りだす。もう昼前だ。このままの速度なら夕方には街道の一番近いところに着くだろう。果たして奴らに追いつけるだろうか? そのためにも警備隊にはしっかりと足止めをしてもらいたいものだと、クリスは心の中で笑う。











 同じ頃、ホワイトスワンでは。


 ユウが厨房で昼食を作っていた。野菜を切る音が静かに響く。


 しかしどこか上の空で、包丁を持つ手も普段と違って少々怪しい。前回の戦闘の後、ある考えがユウの頭から離れないのが原因だ。


(これからも、戦闘は続くんだよな……そうすると、直接戦闘の被害を受けなくても、家や職場が破壊される人も大勢いるはずだ……)


 ユウはカリャンの町にいた口の悪いレジスタンスを思い出す。彼は牧場を経営していたそうだが、過去に戦闘の余波で壊滅的な被害を受けたそうだ。多くの家畜が死に、用地も理力甲冑に踏み荒らされたと聞く。この世界には同じような人が多くいるのだろう。


(僕も……知らず知らずのうちに、そういう人たちの境遇を作っているのかもしれない……)


 あくまで想像するしかないが、これまでの暮らしが一変する苦痛は計り知れないだろう。住み慣れた家が一瞬にして壊され、無くなる。明日からどうすればいいのかと嘆くしかないのか。


(それに……戦闘の度に誰かが死んで……きっと、その人にも家族とか悲しむ人がいて……町の人だけじゃなく、理力甲冑にも人が乗っていて……)


 帝国軍の理力甲冑と何度か戦った。ユウはあまり気にもしなかったが、敵の理力甲冑にも人が乗っている。そしてその理力甲冑を撃破してきた。それはつまり。


「僕も……人を……こ……」


 人が死ぬかもしれないことを意識して戦ってきたわけではない。相手の顔が見えない以上、その実感は非常に薄かった。だが、それはただの言い訳でしかないのではないか。結果としてアルヴァリスとの、いやユウとの戦闘で死んだ操縦士は少なからずいるはずだ。これからも戦い続ければそれは増えていく。このことを誤魔化すのは事実から逃げているように感じるが、真正面から受け止められるほどユウの心は強くない。


「つっ……」


 突然、左手に痛みが走る。親指の付け根からスッと赤い線がにじむように浮き出た。うっかり包丁で切ってしまったようだ。料理中に指を切るなんていつ以来だろうか。


 真っ赤な血を見つめる。


 自分は今、生きている。


 異世界ルナシスに召喚されてから、もうどれくらいが経っただろうか。最初は周りに流されて仕方なく理力甲冑に乗っていたが、今はホワイトスワンのみんな、連合の人たちの為になると思ってアルヴァリスで戦っている。だが、本当にそれでいいのだろうか。




 自分が死ぬのは嫌だ。

 だからと言って、ほかの誰かが死ぬのも嫌だ。

 それがたとえ、襲ってくる敵であっても。




 戦わなければ、こちらがやられる。それが理解できるからこそ、悲しむ人の事を思い、傷つけられる人の事で悩む。ずっと考えているが、一向に答えにたどり着かない。いつの間にか繰り返し自問自答し、同じところをグルグルと彷徨っているようだ。


「こんなんで、いざという時に戦えるのかな……」


 手拭いで軽く血をふき取る。傷は小さいはずなのだが、やけに痛んだ。















「それじゃ、最終確認をしましょうか」


 クレアがレフィオーネの無線を通して全員に伝える。現在、ホワイトスワンは街道から少し離れた丘の陰で待機している。陽が少し傾き、辺りが少しずつ赤く染まっていくなか、街道には多くの馬車や人が行き交っている。皆、日が暮れないうちに次の宿場町へと急いでいるのだろう。そんな人や物がごった返している場所をこれからホワイトスワンは強行突破しようとしている。


「正確な時刻は分からないけど、夕方、もうそろそろ街道で大きな騒ぎが起きる。これはレジスタンスの作戦ね。……本当にあなた達も作戦の事を知らないの?」


「ええ、なんでもちょっとばかり派手にやるそうなので、軍に気付かれないようレジスタンス内でも作戦内容を全て知っているのは少ないそうです。それに街道の込み具合や警備の状況に左右されるらしいので」


 どうやらレオも本当に知らないようだ。レジスタンスとの連絡役としてホワイトスワンに乗っているのに、これでいいのだろうか。せめてどんな騒ぎを起こすかくらいは連絡してくれてもいいのに、とクレアは思う。


「そんなのいいから、騒ぎが起きたらババッと行って、ガッと抜ければいいんでしょ? 簡単だよ。それとも何? 不安なの?」


 クレアは聞こえないよう小さなため息をつきながらリディアのあからさまな挑発を無視する。最近では彼女の言動を無視することが多くなってしまった。そして無線の向こうからはいつも通りレオの小言が聞こえる。


「まあまあ。念の為に俺たちが理力甲冑に乗って待機してるんでしょ。この前みたいに蹴散らすだけなら三機で十分ッスよ」


 慌ててヨハンがフォローに入る。これもいつもの事だ。


「そう、ね。もし敵の理力甲冑が現れたらスワンの上から銃で応戦して。目的は街道の突破なんだから絶対に降りちゃ駄目よ」


「うっス!」


「……?」


 先ほどからユウの声が聞こえない。ちゃんと聞いているのだろうか?


「ユウ? どうしたの?」


「……ああ、わかってるよ。何かあったらスワンから銃撃。うん、大丈夫」


 大丈夫という割にはあまり大丈夫そうな声ではない気がする。しかし、いつレジスタンスが作戦を開始するか分からない以上、ここで待機しておいてもらわないと。


「先生とボルツさんも準備はいい? 街道の警備隊が騒ぎに気を取られている間、スワンは一気に街道を突破するわ」


「ええ、こちらも準備は出来ています。あんなに人がいるけど、まあ何とか轢かないように頑張りますよ」


「スワンの理力エンジンも点検したばかりだし、こっちは絶好調デスよ。ドンと来いデス」


「街道を抜けたら、予定の地点まで一気に走り抜けるわ。それまではスワンの操縦とレーダーでの警戒が続くけど、よろしくね」


 後はレジスタンスの作戦が始まるのを待つだけだ。その前に、とクレアは無線のチャンネルをアルヴァリスだけに切り替える。


「ユウ、聞こえる?」


「……どうしたのクレア」


「それはこっちが言いたいわよ。アンタ、調子が悪いようだけど、休む?」


「いや、僕は大丈夫。何かあった時に待機してなきゃ」


「そう……もし、本当に駄目だったら早く言ってね?」


 クレアはそれ以上追及しなかったが、明らかにユウの様子はおかしい。この作戦が終わったら一度話でもしてみよう。そう思い、無線を切ろうとした。その瞬間。


 鈍い爆発音のようなものが聞こえた。すぐ近くではないようだ。大きな音は一度では収まらず、二度、三度と小規模な爆発が何度も起きているようだ。


「何?! 今の音は!」


 無線に向かって叫ぶが、ブリッジの方でも確認できないようだ。ホワイトスワンを隠すため、丘の間から見える範囲は狭い。


「ここからじゃ分からないデス! 多分、街道の方じゃないんデスか?!」


「多分、これが作戦の合図よ! ボルツさん、発進急いで!」


 ボルツと先生がテキパキと発進準備を始めると、アイドリング状態だったホワイトスワンの大型理力エンジンが大きな音を立て始める。回転数が高まり、鋭く甲高い音に変わると大きな機体はふわりと宙に浮いた。


 小高い丘を出ると、ブリッジから街道の様子が一望できた。街道のあちこちからは煙が立ち上っており、人々や馬車の馬が逃げ惑っていた。右に左に、バラバラに逃げようとするため、そこかしこで馬車が衝突し人も巻き込まれている。狂乱の怒号が遠く離れたここまで聞こえてくるが、一体何が……。


 そこへ突然、爆発が起きた。どうやら馬車に積み込まれた荷物に爆発物が紛れ込んでいるようだ。規模は小さいが、この人混みでは関係がない。爆発に直接巻き込まれた者はもちろん、飛び散った破片で負傷した者も多くいるようだ。そして他の者は恐怖のあまり逃げ出し、それが二次災害へと繋がる。暴れる馬に踏まれ、倒れている人や物に躓く。まさに混乱の極みだ。


「作戦って、これデスか……」


 先生はハァとため息をつく。こんな事を仕出かすような組織と手を組まないといけないのかと心の中で思ってしまい、ちらりと後ろのレオとリディアを見る。二人は多少驚いているものの、なるほどそう来たか小さく呟いていた。


 一方、格納庫ではハッチを開いて三機が外の様子を伺っていた。


「ちょ……何よ、こんな作戦だったの……?!」


「いや、さすがにやり過ぎじゃないっスかね。一般人を巻き込み過ぎですよ」


 またどこかで爆発が起きたようだ。煙が風で運ばれたのか、火薬が焼けたような匂いが操縦席まで漂ってきた。


 向こうの方で警備にあたっていたと思われる帝国の理力甲冑も現場に駆け付けようとするが、足元には逃げ惑う人々が群がり思うように進めていない。歩兵の警備も人の流れに押されてしまっている。


「確かに、を引き起こしてくれたわね。全く、腹立たしいくらいに」


「あー、でもこれなら当分は街道の流通が止まるんじゃないスかね。ほら、レオさんが言ってたように」


「……なんだよ、これ……」


 ユウがポツリと呟く。その声には明らかな怒気が含まれている。


「ユウ?」


「なんで二人ともそんなに冷静なんだよ! あれじゃあ人が沢山死ぬじゃないか!」


 堰を切ったよう感情が溢れたユウは叫ぶ。無線機越しでもやりきれない怒りが伝わってくるようだ。


「普通の人が! 何も知らない人たちが! 何の理由も無く死ぬんだぞ?! これが僕たちのやっている事なのか?!」


「ちょっとユウ、落ち着いて!」


「落ち着いてなんかいられるか! ……助けに行く!」


「え? ちょっと、ユウさん?!」


 アルヴァリスはハッチから大きく身を乗り出そうとしている。まさか走行中のホワイトスワンから飛び降りる気なのか。


「離せっ! ヨハン! 僕はあの人たちを助ける!」


「いやいや、無理ですよ! 第一、アルヴァリスで行ったって何も出来ないですよ!」


 ステッドランドとレフィオーネが何とかアルヴァリスを押さえるが、あまりの力に振り切られそうだ。肩を掴むレフィオーネの腕が悲鳴を上げ始める。


「それなら生身でも行くさ!」


「みんな、ごめんデス! ちょっとレーダーから目を離した隙に敵が近づいてきたデスよ!」


 無線から先生の声が響く。クレアは辺りを見渡すが、こちらに近づく理力甲冑はいない。


「先生?! 敵はどこなの?!」


「スワンの真後ろデス! この速さ、前と同じやつかもしれないデス!」


 この前の奴、とは見たこともない輸送機に乗っていたやつか。ホワイトスワンにも匹敵する速度で複数の理力甲冑を運べる輸送機は厄介な存在だ。ここで振りきらないと。


「あっ! ユウさん!」


 クレアが先生との無線に気が向いた隙をついてアルヴァリスがホワイトスワンの外に飛び出してしまったのだ。艦が既に十分な加速がついていたのでアルヴァリスは地面を滑りながら着地し、そのまま爆発騒ぎが治まらない街道へと走っていく。


「ユウ! 戻ってきて!」


 クレアの悲痛な叫びを振り切るかのようにアルヴァリスはこちらを振り返らない。


「クレア! どうしたんデスか?!」


「ユウがっ! ユウが飛び出しちゃって! 街道の人を助けるって!」


「何デスって!? 早く呼び戻すデス! 敵はすぐそこまで来てるんデス!」


「分かってるけど!」


 ホワイトスワンは全速力で真っ直ぐ街道を突っ切ろうとしているため、今からでは進路を変えることが出来ない。しかし、ユウの乗るアルヴァリスはどんどん遠ざかってしまう。このままでは置き去りにしてしまうだろう。


「どうしますか先生、クレアさん!? 止まるか! 進むか!」


 ボルツの叫び声が聞こえる。隊長であるクレアがここで判断しなければ。




 ユウを助けるために留まるか。


 目的を優先して先に進むか。




 ここでホワイトスワンを停止させればユウを助けることが出来るだろう。しかし、再発進する前に敵の包囲は完成してしまう。そうなれば皆の命が危険にさらされるし、理力エンジンの量産計画は頓挫するだろう。


 しかしユウを見捨てて進めば敵はアルヴァリスに注意が向くはずなので、ホワイトスワンは安全に目的地であるグレイブ王国まで進む事が出来るだろう。その場合、ユウは……。


「姐さんっ!」


「クレアっ!」


「クレアさんっ!」


 僅かな沈黙のあと、振り絞るような声でホワイトスワンの隊長は決断を下す。


「…………このまま、進むわ…………」


 その判断は誰もが理解はできるが、納得できるものではなかった。


「姐さん! なんで!」


「今ここで! ……立ち止まる事は出来ない……私たちはグレイブ王国まで行かなきゃ……いけないのよ……!」


 それはヨハンも承知してはいるが、このままではユウが危険だ。いくらアルヴァリスに乗ったユウが強いといっても、多勢に無勢、警備隊の理力甲冑が駆けつければ圧倒的に不利だろう。


「分かったデス。ボルツ君、このまま突っ切っちゃって下さい」


 先生の冷静な声がかえって異様に聞こえる。


「先生?! ……わかりました」


 ボルツは意を決したように前方を見据え、スロットルを開ける。ホワイトスワンの速度がさらに上がり、圧縮空気が一気に吹き出す。白い巨体は普段よりも高く宙を舞い、混乱の渦中にある街道を一跨ぎした。


 アルヴァリスと街道が遥か後方へ景色と共に流れていく。もう完全にユウを助けることは出来ない。


「あ、あの……ユウを放っておいていいの?」


 静まり返ったブリッジでリディアが聞く。しかし、理力エンジンの音が響くだけで誰もそれに答えようとはしない。ボルツは操艦に集中し、レオは何かを考えるようにうつ向いている。無線からは何も聞こえない。そして、先生はじっとレーダーのモニターを見つめているだけだ。そのレーダーに映る光点が次第に画面外へと遠ざかっていき、消えた。













「……姐さん……」


「ヨハンは先に休んでて。まだ敵を振り切ったわけじゃないわ。しばらく私がここで見張っている」


「…………うっス」


 ヨハンは何か言いたそうにしていたが、クレアの言葉に従う。ステッドランドを所定の位置に戻し、自分の部屋へと戻っていった。


 一人になったクレアはレフィオーネの持つ長銃をホワイトスワンの後方へと構える。スコープ越しに敵が追い付いてきていないかを確認すると、無線機の電源を落とした。


「ユウの……バカ……」


 そう呟いたクレアの頬を、一筋の涙が流れ落ちた。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る