第32話 戸惑

第三十二話 戸惑


 激しい風が巻き起こる。辺りの枝葉や草がバサバサと揺らめくなか、人の形をした巨大な物体が空から舞い降りてきた。薄い青色の装甲に、腰からはスカートのように伸びたスラスター。その右手には大きなスコープが取り付けられた銃身の長い半自動小銃。クレアのレフィオーネだ。


「空からは何も見えなかったわ。もっとも、こんな暗くちゃあんまり自信はないけど」


「こっちのレーダーでも反応はないデス。クレア、お疲れ様デス」


 さっきまでクレアはレフィオーネで上空から、先生はレーダー理力探知機でそれぞれ索敵を行っていた。レーダーでの索敵は精度と効率はいいのだが、どうにも探知可能距離に難があるため、こうしてレフィオーネと並行して索敵をしなければ確実ではない。しかし、今宵の空は雲が掛かっているので月も星も見えず、上空から見える地上は墨を零したように真っ暗で敵を探すどころではなかった。右を見ても左を見ても目印になるような物は何も無く、気をつけなければクレアの平衡感覚はおかしくなりそうだった。


 レオとリディアがレジスタンスとして活動していたカリャンの町を出発、もとい敵から逃走し始め、ようやく夜中になって一応の安全は確保できたようだ。今はホワイトスワンがギリギリ進めそうな森の奥に逃げ込んでいる。この闇夜の暗さなら朝まで見つかる心配はないだろう。


 ずっと操縦しっぱなしだったボルツは疲労のあまり、そのまま操縦席のシートで眠り始めてしまった。体格差があり過ぎて部屋まで連れていけない先生は毛布を持ってきて彼に掛けてやった。誰か男手が来たら任せるとしよう。そう思って先生はブリッジを見渡すと、あれ? と首を傾げる。


「レオとリディアはどこに行ったんデスかね?」











「うわ、こんなとこも穴が開いてる……」


 ユウはホワイトスワンの格納庫の壁に開いた穴に腕を突っ込む。夕方、敵の追撃で被弾してしまった箇所を補修するため、損傷の規模を調べているのだった。ホワイトスワンは本来、戦場近くまで複数の理力甲冑を効率よく移動させるための母艦として開発されており、その外装は殆ど装甲化されていない。先生によると圧縮空気で宙に浮かせるための軽量化と予算の都合と言っていたが、恐らく後者が大きな理由ではないかとユウは勘ぐっている。


 人の背丈ほどある脚立から降りて、バインダーに挟まれた紙へ何かを記入している。大まかに格納庫の位置関係が描かれた用紙に損傷した箇所の詳細を書いているのだ。これを元に明日の朝一で修理を行う。といっても木材や適当な鉄板で穴を塞ぐだけの応急処置なのだが。


「ねえ、何やってんの?」


 突然、後ろから声を掛けられてユウは驚いてしまいバインダーを落としてしまった。後ろを見るとリディアがキョトンとした顔でこっちを見ていた。


「なんだ、リディアか……気配もなく後ろに立たないでよ……」


「なんだよ、ドンくさいなぁ。いつも気を張ってないと!」


 まったく、と言いながらユウは落ちたバインダーと鉛筆を拾う。幸い、鉛筆の芯は折れていない。


「被弾したところを調べてたんだよ。明日、直すからね。それよりリディアは何してんの?」


「ん? あたし? あたしはレオと一緒にこの辺の森に罠を仕掛けて来たんだよ。獣用と対人用の罠」


「ああ、罠ね。…………罠?」


 あまりにあっけらかんと言うのでユウはそのままスルーしそうになってしまう。


「そ。とりあえず兵士や獣は近づけないようにしてあるけど、さすがに理力甲冑や大きい魔物は無理だから、そん時は頼むよ?」


「お、おう……。あの、確かリディアって酒場で働いてたんだよね……? 一体、どんな酒場なの……?」


 この世界の酒場で働くには自分で罠を仕掛けて獲物を捕まえるくらいの事が出来なくてはならないのだろうかとユウは本気で考えてしまう。


「いや、何言ってんのさ、普通の酒場だよ。…………罠の技術は別に習得したんだけど。レオと一緒にね」


 ユウが変な想像をしているのを悟ったらしいリディアは呆れた顔をする。しかし、なるほど。猟師であるレオと一緒に学んだのなら罠の一つや二つを仕掛けるのにおかしなところはない。


「こんなに暗い森の奥だと、そうそう兵士もやってこないだろうけどね。まぁ、罠に掛かったら掛かったで死体の処理が面倒なんだけど。かといって生け捕りにしても、今は特に尋問しなきゃいけないほど情報不足でもないし」


「し、死体……? 尋問……?」


 リディアの口から次々と物騒な言葉が飛び出してくる。それはどう考えても猟師の仕事ではないはずだ。頭が追い付かないユウを見てリディアは苦笑する。


「ああ、ゴメンゴメン。アンタにはまだ言ってなかったっけ。猟師とか酒場の給仕は表向きの仕事ってやつ。あたしとレオの本当の仕事は工作員。諜報活動や破壊工作、その他いろいろとやったげるよ。ま、私はまだ見習いだから、難易度高いやつはレオに頼んでね。どう? 驚いた?」


 ユウは俄かに信じられないながらも、どこか納得してしまう。レジスタンスの拠点でデニスが言っていた役に立つとはこの事か。それにレジスタンスとして活動しているのなら何かしら特殊な技能教育を受けていてもおかしくない。むしろ、それが普通なのだろう。


 しかし、とユウはまじまじとリディアを頭の先からつま先まで見てしまう。どう見てもそこらの町にいる普通の女の子にしか見えない彼女が工作員なんて。この暗い夜の森で服に汚れ一つつけずに罠を仕掛けて回ったというのか。それにさっきの言動から彼女は人を、生身の人間を……した事があるのだろうか。


「どうしたのさ、急に暗い顔をして。あ、もしかして罠が怖いんだ? 確かに、一人だと危ないからこの艦からあんまり遠くに行くときはあたしかレオを連れて行ってよ?」


「あ、ああ……そうするよ」


 詰まったように返事をすると、変な奴だなとリディアは訝しんでいる。


「ユウさん、あ、リディアも。そろそろ休まないと明日は早いからって姐さんが言ってましたよ!」


 ヨハンが向こうの通路から顔を出して叫ぶ。被弾箇所を調べたら自室でもう寝るつもりだったユウは思い出したかのように眠気を感じた。


「まだまだ先は長いんだから、しっかりと休んでよ? それじゃオヤスミ!」


 リディアはユウの背中を思い切り叩いてから走っていく。ジンジンと背中が痛むユウはしばらくその場にしゃがみ込んでしまった。











 翌朝、まだ日が昇り切らないうちから一行は出発した。手の空いている者は格納庫の応急修理と並行してなのでバタバタと慌ただしい。


 先生がレーダーで帝国軍の理力甲冑が辺りに迫っていないことを確認しつつ進んでいく。次の関門である街道へはホワイトスワンの速度なら一日か二日で着くだろうと予想されたが、道中で敵を避けるために大きく迂回などをすればそれだけ時間が掛かる。無用な戦闘を回避できるならそれに越したことはないが、前回のように高速移動できる輸送船で追撃されるかもしれない。それに街道突破のためのレジスタンスの作戦は準備と計画の都合から日程と時刻が決まっていて遅れるわけにはいかない。当分はブリッジにいるボルツと先生の気が休まる暇はなさそうだ。


「さてと……こんなもんかな?」


 ユウは自室の机で何か書類のようなものを書いていた。先ごろ戦闘をした帝国軍の高速輸送機についてのレポートを先生に頼まれていたのだ。


「こういうの、初めて書いたけど……分かる範囲でいいって言ってたし。とりあえず先生に見てもらうか」


 簡単な書式は先生が作ってくれており、そこへユウが見た事を書き込むようになっている。大きさ、形状、どのような運用方法か、速度や武装の有無など、さまざまな項目が設けられているが、正直なところ戦闘中だったうえに間近で見たわけではないので殆どが「分からない」で埋められている。


 判明している事は、アレは理力甲冑を輸送するためだけではなく、敵が使用したように高速戦闘を行う目的で開発されているという事だろう。うつ伏せになりながらでも銃撃が出来るような胴体の形状をしており、どのように操縦しているかは不明だがあの時の高い機動性からもそれが伺える。


 理力甲冑があの速度で迫ってくると考えるとかなりの脅威だが幸いというべきか、あの輸送機は装甲が薄くそれ自体は簡単に撃墜出来そうだ。おそらくホワイトスワンやレフィオーネと同様に重量の都合上、厚い装甲を施せないのだろう。


 ユウは先生にレポートを先生に見てもらうため、ブリッジへと向かう。中に入ると、急造で作られたレーダーを表示するモニターの前で先生とリディアが何か話していた。


「先生、レポート出来ましたよ」


 自分で言っててどこな奇妙な感覚になる。一瞬、学校のことを思い出してしまうがすぐに頭を切り替える。


「ユウ、そこに置いといてください。後で目を通しておくデス。…………ああ、だから、このツマミを反時計回りに回すと範囲が拡大するんデス」


「なるほど、ここで調整するのか。じゃあこっちのスイッチは?」


「これはデスね……」


 どうやら先生はリディアにレーダーの使い方を教えているようだ。リディアは飲み込みが早いのか、次々と質問を投げかけている。


「一体どうしたんですか?」


 ホワイトスワンを操縦しているボルツにそれとなく聞いてみる。ボルツは少し疲れているのか、小さなあくびをしながらユウの質問に答えた。


「さすがに一日中、あのモニターの前に張り付いている訳にもいかないですからね、リディアさんにも使い方を覚えてもらって交代で監視をするんですよ。先生もああ見えて実は沢山仕事を抱えていますから」


 なるほど、と思いながらユウはボルツの方をじっと見る。


「あの、ボルツさんはいいんですか? たとえばレオさんにスワンの操縦を教えたり……」


「もちろん、そのつもりです。ただ、今の状況だと安全な場所じゃないと、ちょっと」


 レーダーと違って、ホワイトスワンの操艦訓練をするには広く敵の襲撃の心配がない場所でないと危険というわけだ。確かにいつ敵が現れるか分からない今、仮免許(?)もないレオにいきなり操縦訓練は難しいだろう。


「そうか、公道に出る前には教習所で練習しなきゃいけないですもんね」


「……? コウドウ? キョウシュウジョ?」


「ああ、いやこっちの話です」


 ユウは一人でうんうんと頷いている。すると、向こうの方でリディアが小さく叫ぶのが聞こえた。


「ねえ、この光ってるのって?!」


「そうデス、これが理力甲冑の反応デス。コイツを見つけたらボルツ君に方角と距離を教えてあげるデス。そしたら敵を避けるように進路を変更するから……」


「あっ、こっちにも。その横にも出て来たよ?」


 ユウが二人の後ろからモニターを覗き込むと、上部に光る点がほぼ一列に並んでいた。その意味するところは……。


「待ち伏せ……デスかね?」


 帝国軍はまだホワイトスワンの目的を知らないだろう。なので、おおよその進路にこうして部隊を配置して迎撃するつもりなのかもしれない。


「無理やり突破出来そうですか?」


「うーん、この部隊同士の間隔だと……ちょっと難しいかもしれないデスね……接近している間にバカスカ銃で撃たれちゃうかもしれないデス。かといってここを迂回しても他の所で似たような待ち伏せをしてるはずデスし……」


 敵を示す光点はざっと見て十四。いや、よく見ればそれぞれ二つの光点がほとんど重なり合っている。つまり一カ所に理力甲冑が二機いるという事か。


「ねえ、とりあえず一旦止まらない? このままだと戦闘になるんでしょ?」


 リディアの提案でホワイトスワンは一度、敵部隊から離れた場所で停止することにした。クレアや他のメンバーもブリッジに呼んで緊急の作戦会議だ。


「状況は分かったわ。とりあえずホワイトスワンで強行突破は難しそうなのね? ううん、どうしようかしら……」


 クレアは何かいい作戦がないかと腕を組んで考え始める。今までと異なり敵の部隊が多数、配置されている。一気に突き抜けなければ敵に囲まれてしまうだろう。初手を間違えるとなし崩しに状況が悪くなるかもしれない。


「このまま待ってたら帰らないかな?」


「そりゃいつかは、ね。時間が掛かり過ぎるわ。それに交代で見張りにつくでしょ」


「姐さん、俺らでこっそり近づいて敵を仕留めたらどうスかね? で、包囲に穴を開けてそこを通過する!」


「うーん、私とユウとヨハンだけだと……一度に仕掛けられるのは三カ所しかないわね。せめてもう一カ所に攻撃が出来たらいいんだけど……」


「ならあたしとレオが行こうか?」


 突然の発言に全員がリディアの顔を注目する。


「さすがに理力甲冑の相手は出来ないけど、それにならどうにか出来るよ。たとえば休憩してる時とか、ね」


「そうですね、相手を無力化するという意味ではお役に立てると思います。少しの時間と、仕掛けるタイミングをこちらに合わせて貰えば」


 クレアはふむ、と考える。二人が工作員としての技能を持つという事は既に知っている。しかし、その実力のほどはまだ分からない。疑うわけではないが、ここで試してみるのもいいだろう。


「分かったわ。それで行きましょう。二人の合図で三機の理力甲冑が隣接した敵部隊を一カ所ずつ撃破する。そして出来た穴をホワイトスワンに回収してもらいつつ、急いで離脱。何か質問は?」


「合図はどうする?」


「そうですね。私とリディアが敵を無力化したら、その理力甲冑の無線で連絡を入れます。これなら敵にもバレないでしょう」


「それじゃみんな、準備して。……リディアとレオはある意味、一番危険だから気をつけてね」


「言われなくても。さっ、行くよレオ」


 そう言ってリディアはブリッジを出ていく。その後をレオが妹の口調を注意しながら追いかけていく。クレアにとってリディアはムカつく存在だが、それとこれは別だ。心の中では無茶をしないようにと願いながらその後ろ姿を見送った。













 森の木々から木々へ、二人の影が移動していく。レオとリディアだ。敵の理力甲冑の視界に入らないように素早く動いている。二人が担当したのは林になっている所で、注意して進めば視界の高い理力甲冑に気付かれない。


「見えた、ちゃんと二機いるよ」


「あんまり頭を出すな、バレる」


 リディアは分かってるよと不満げに頭を引っ込める。敵のステッドランドは周りの木がまばらになっている所に立っていた。時々、首を左右に振って辺りを警戒しているようだ。


「さて、どう仕掛ける?」


「そうだな……む、片方が機体から降りるみたいだ」


 レオの言葉通り、二機のうち片方が姿勢を低くして片膝をついた。胸部の下側が開き、中から操縦士らしき人影が地面へと飛び降りた。


「慌ててるけど……トイレかな?」


「丁度いい。降りた方は任せる。俺はもう一機の方をやる」


 そう言いながらレオは履いていた靴を脱ぎだし代わりに地下足袋のような物に履き替え、滑り止めの付いた丈夫そうな手袋を嵌めた。そして腰のポーチを覗き込み、道具の確認をする。


「りょーかい。落っこちたりしないでよ?」


 レオはその言葉に反応せず、ただじっと敵のステッドランドを睨みつけている。リディアがもうちょっと肩の力を抜きなよ、と言い終わった瞬間、二人は音も無く走り出した。












「……ふぅ、間に合った……」


 帝国軍の理力甲冑操縦士が着る専用の操縦服に身を包んだ男は近くの茂みに隠れて用を足していた。


「まったく、小便くらいいいじゃねぇか……アイツは頭がかてぇからいけねぇ……連合の奴らが本当に来ると思ってんのかよ……」


 男は決して任務に不真面目な操縦士では無かったが、今朝、部隊長から聞いたこの作戦はどうかと思う。連合の部隊が単独で帝国領内に侵入しているのでそれをここで迎撃する、なんて。


 帝国は確かに連合と戦争状態にあるが、本格的な戦闘はまだ発生していないし何よりこんな国境線から離れた場所に連合の部隊がいるはずがない。一体どこのどいつだ、こんな作戦を立てたのは。


 全部出し切ってブルリと震えたその時、後ろに人の気配を感じた。急いでを仕舞いながら振り向くと、そこには短めの髪の少女がニコリと笑っていた。普通の若い娘が着るような服を着ており、このような場所には不釣り合いだ。 


「オジサン、こんにちは! こんな所で何やってんの?」


 明るい声で話しかけてくる得体のしれない少女に戸惑いと恐怖を感じながらも、男はゆっくりと腰のホルスターから拳銃を取り出して銃口を向けた。


「おいお嬢ちゃん、おめぇなんでこんな所にいやがる。この近くに村や町はねぇはずだ。なにもんだ?!」


 男は語気を強めるが目の前の少女は特に動じた様子はなく、銃を向けられているのに取り乱してもいない。


「駄目だよぉ、質問に質問で返すなんて。こりゃ、お里が知れるね」


 からかうように言う少女は一体なんなのか。男の額に脂汗が浮いてきた。


(なんなんだコイツは! 魔物か幽霊が俺を化かそうってのか?!)


 目の前の少女は屈託のない笑顔で男に近づく。慌てた男は手にした銃を握りなおした。


「お、おい! 止まれ! 近づくと撃つぞ!」


 男の警告にも関わらず少女はどんどん近づいていき、とうとう銃口が胸元に触れるかどうかという所まで来てしまった。


「オジサン、ひょっとして怖いの? フフッ、だらしないね」


 男は目の前の少女とこの状況の異常さに頭が混乱しきっていた。拳銃を持つ手はガタガタと震えだし、口の中がひどく乾く。


「お! お前! 撃つぞ! いいのか?!」


「別にいいよ、そんな震えた手じゃどうせ当たりっこないけど」


 少女の挑発によってか、それとも震える指先が誤ってか、拳銃の引き金がカチリと引かれた。


「……?!」


 カチリ、カチリと何度も引き金を引くが、何故か弾は放たれない。


「これ、なーんだ?」


 少女が手のひらに出したのは拳銃の弾が六発。回転式弾倉に収められているはずの弾と同じ数。


「なっ?!」


 小さな発砲音がしたかと思うと、驚愕の表情のまま男はその場に崩れ落ちてしまった。少女の手には小さな拳銃が握られており、その銃口からは煙が細く伸びていた。


「さてと、レオの方はそろそろ終わったかな?」


 少女リディアが振り向いてステッドランドの方を目を凝らしてみると、機体の背部にしがみついている人影レオが見えた。まるでハシゴを登るかのように苦も無く首筋までたどり着いてしまうと、腰からナイフを取り出した。敵の操縦士は全く気付いていないようで、人並外れた身体能力のようだ。


 レオは首筋の装甲と装甲の隙間にナイフを突っ込みだした。手探りで目的のケーブルを数本探り当てるとそれをナイフでまとめて切断した。このケーブルは頭部のカメラで見た映像を操縦席に伝えるもので、それを切断するということは今頃操縦席のモニターは真っ暗になっているだろう。


 勢いよく操縦席のハッチが開いて中の操縦士が外の様子を窺うために身を乗り出す。すわ敵襲かと警戒するが、とくに変わった様子はない。と思った瞬間、彼の意識は無くなってしまった。


 機体の裏側にいたはずのレオが軽業師のように操縦席の真上まで移動し、乗り出した操縦士の首に当身をして気絶させたのだ。不安定な理力甲冑の上での素早い身のこなしといい、一撃で大の男を戦闘不能にする技術といい、やはり只者ではないという事か。


 そのまま彼は操縦席に入り込み、無線をカチカチと操作しだす。予定通りクレアに合図を送るのだ。


「クレアさん……クレアさん……聞こえますか? こちらは大丈夫です。作戦を開始してください」


 わずかなノイズの後、クレアの声が聞こえてきた。


「……分かったわ。そっちは合流地点に急いで」


 通信は切れ、レオは理力甲冑からするりと降りる。そこへリディアが駆けつけてきた。しかし何故か、レオは鼻をひくひくとさせている。


「おい、銃を使ったな? 何も殺さなくてもいいだろうに」


 彼女の服に残った僅かな硝煙の匂いを嗅ぎ取ったようだ。


「何さ、あたしはレオみたいに素手で気絶させられないの、知ってるでしょ。不可抗力、不可抗力。それに運が良ければ生きてるよ」


 リディアの撃った拳銃は口径が小さく、本来は護身用なので処置が早ければ十分助かる可能性はあるだろう。しかし、白々しく言って見せるが銃を使わなくとも敵を無力化させる技術を彼女が持っている事をレオは知っている。そのうえでの発言だったのだが……。


「仕方ない、さっさと行くぞ。戦闘になればここも危険だ」


 二人は同時に頷いて、事前に決めたホワイトスワンとの合流地点へと走り出した。












「さて、二人とも。準備はいい? 一気に片付けるわよ」


 クレアが無線でユウとヨハンに強襲の合図を掛ける。まずは地上でアルヴァリスとステッドランドが二つの部隊を襲う。さらに上空からレフィオーネが別の部隊を狙撃し、そののちに援護。そうして包囲網に穴を開ける作戦だ。


「行きますよユウさん! 一撃で片を付けてやる!」


「敵の部隊は二機だから二撃だぞ!」


 二人は軽口を叩きながら、潜んでいた場所から飛び出す。全力で走ればすぐに敵が警戒している場所までたどり着く距離だ。それを確認したクレアは予め狙いを定めていた敵へとスコープを覗き込む。


 モニターに映る二体の敵機は周囲を警戒しているものの、どこか注意が散漫しているように見える。待ち伏せの割には拍子抜けしてしまうがこれも仕方がない、倒させてもらおう。


「まぁ、この距離で気付く奴はそうそう居ないわよ……ね!」


 レフィオーネの指が素早く引き金を引くと、一瞬遅れて画面上の敵ステッドランドが後ろに倒れた。突然の事態にもう一体はあわてふためいているが、それとは対照的に冷静なままクレアは再び引き金を引く。


「さて……と、二人の援護に回りましょうか。この調子ならもう終わっているかもね」


 クレアの予想通り、ユウとヨハンはそれぞれすでに初擊で一機ずつ撃破していた。突然の強襲ということもあるが、二人と帝国軍操縦士の間には大きな実力差があるようだ。ヨハンのステッドランドは両手の短刀を敵機の死角から投擲し、一振りは頭部を、もう一振りは胴体に突き刺さった。不意打ちでやられてしまった味方を見て、僚機が銃を発砲してきた。それをヨハンは小刻みに動いて避ける。


「そんなんじゃ、当たんないよ!」


 挑発するかのように敵機へと近づくヨハンのステッドランドに銃弾はかすりもせず、操縦士は次第に迫ってくるヨハンに焦燥感を覚えたのであろう、銃を構えた機械の腕は右へ左へうろうろするだけで狙いが追い付かない。とうとう目の前にまで到達したかと思うと、急にその姿は消えてしまったように見えた。


 ヨハンのステッドランドは敵機の目の前で大きく跳躍し、くるりととんぼ返りをしながら背後に着地した。わずかな時間の後、敵機は膝からガクリと崩れ落ちる。着地の瞬間、紅い刀身が特徴的な短刀を敵機の背部に突き立てていたのだ。その短刀を一気に引き抜くと、刀身から何かの赤い液体がわずかに飛び散る。強力な酸なのか、それが付着した木からは異臭と煙が登り始めた。


「姐さん、こっちは終わったっスよ。ユウさんの方は?」


「大丈夫、もう終わるわ」


 そう言ってレフィオーネの持つ狙撃用スコープがユウのアルヴァリスを拡大して映し出す。アルヴァリスは自身の身の丈に近い長さの大剣を振りかざしていた。その傍らには胸部の辺りで横一文字に切断された敵機が転がっている。


 もう一機は剣で応戦していたようだが、その手には何も握られていない。なぜならアルヴァリスの大剣による一撃を防御しようとしたのだが、枯れ枝のように簡単に叩き折られてしまったからだ。圧倒的な力に恐怖したのか、ステッドランドは後ずさりし始めた。


「悪いけど、こっちにも事情があるんだ!」


 ユウは叫びながらその大剣、エンシェントオーガの使っていたナイフを振り下ろす。古の巨人が使っていたその刃物は理力甲冑用の盾くらいならば簡単に切り裂けるほどの業物だ。その斬撃は敵機の左肩口から右の腰部へと袈裟切りになる軌道を描く。




「……!」


 しかし斬撃の途中でその軌道は歪み、大きな刃は機体の左肩から入って胴体をかすめながら左脚の大腿部まで切られてしまった。どうやら操縦士は無事らしく、片手片足で逃げようともがいている。それをアルヴァリスは大剣の柄で操縦席付近にあたる腹部を二度、三度と思い切り打ち据えてやった。おそらく敵の操縦士はあまりの衝撃に気絶したことだろう。


「クレア、こっちは片付いた。みんなは?」


「……お疲れ様、ユウ。アンタが最後よ、急いで合流地点に向かいなさい」


 一部始終を見ていたクレアは最後の一撃に奇妙な違和感を感じたが、聞くことはしなかった。それより早くここを離れなければならないのでユウを急がせる。


 アルヴァリスは手にした大剣を背中に背負いなおすとホワイトスワンが待っているであろう地点へと機体を向ける。ユウは操縦席のモニターに映った二機の敵機をちらりと見る。ユウが撃破した二機は胴体周りに損傷が殆どなく、あれならばどちらの操縦士も無事だろう。ユウは口元を強く結ぶとアルヴァリスを目的地に向かって走らせだした。


「……敵の機体にも人は乗っている……そんなの、当たり前だよな……」


 誰に聞かせるでもなく呟く。アルヴァリスにユウが乗っているように、敵のステッドランドには帝国の操縦士が乗っている。今まではお互いに顔を見ずに戦ってきたのであまり意識しなかったが、先ほどの戦闘で敵の機体は明らかに怯えていた。死の恐怖に怯える姿が見て取れた。


 ここにきて自分はをしていると改めて思い知らされた。いや、いままで人間だけではなく魔物とも戦ってきた。そう、これまでに何度となく相手の命を奪ってきたのだ。


 相手が襲ってくるからこちらも迎え撃つ。いわゆる正当防衛というやつだが、その言葉をユウはどこか納得できなかった。


 いや、頭では理解できるのだ。こちらがやらなければ自分やクレア、ヨハンに先生、ボルツが危険に晒される場面もこれまでに何度もあった。ホワイトスワンのメンバー以外にも、今までに出会った多くの人たち、誰かを守るために戦う。それを否定は出来ない。だが、しかし……。


 いくら考えても答えは出ない。他のみんなはどうやって自分の心と折り合いをつけているんだろうか。それとも考えないようにしているのか。余計に分からなくなっていく気がする。


 森の向こうに白い塊が見えた。ホワイトスワンが待っている。早くしなければ敵の追撃が来るだろう。


「今は……考えないようにしよう」


 みんなに悟られないよう強張った顔を両手ではたく。ジンジンと痛む頬が気持ちを切り替えさせてくれる。こんな敵地のど真ん中で悩んでなんかいられない。無線を開き、なるべく明るい声で到着の報告をするユウだった。










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