第31話 再戦

第三十一話 再戦


 風切り音が鳴る。どこまでも続く草原の中、鋼鉄製の白鳥が滑るように走っている。ホワイトスワン隊は今、帝国の領内を突き進んでいる。


「代わり映えしない景色デスねぇ……」


 ブリッジでは先生が頬杖をつきながら理力探知機の前に座っている。彼女は帝国の理力甲冑部隊を避けながら進むためにこうして四六時中、モニターへかじりついている。しかしながらこの辺はあまり軍の部隊が駐留していないのか、前回の遭遇以来、新たな敵影は無かった。


「あと少しの辛抱です。地図上だと今日には着くはずですよ」


 ホワイトスワンを操艦しているボルツも退屈気に言う。このどこまでも広い草原を初めて見た時は大自然を感じる景色であったが、さすがに数時間後にはただの退屈な景色に成り果てた。


 帝国軍はおらず、魔物もいない。たまに草を食んでいる野生の馬だか牛だかが遠くに見えただけだ。村や町も無いので人っ気もまるでない。


「この辺は昔から遊牧民の土地とされてきたんですよ。今では彼らの数も少なくなったと聞いていますが、昔は大陸でも一大勢力を誇ったとか。その名残なのか、この一帯はあまり他所からの人間が寄り付かず、もっぱら海岸線近くにしか町が作られなかったそうです」


 レオが簡単にこの土地について教えてくれる。道理でだだっ広い割には開発されていない訳だ。


「それに、帝国の大きな街からもずいぶん離れていますからね。新しく町を興すには不便なんでしょう」


 帝国の首都や主だった都市からは遠く、北の港や大きな街道からも離れていた。人も物資もこの土地を避けて通る。ここはそんな寂れた土地なのだ。


 その後、草原の水面をひたすらに泳ぎ続けたホワイトスワンは日が少し傾き始めた頃、ようやく目的地の町、カリャンに着いたのだった。レオとリディアの町、帝国に影から抵抗する組織のある町だ。











「いやぁ早いね、この乗り物。あの距離をこんな短時間で移動中出来るなんて、これからは馬が要らなくなっちゃうんじゃない?」


 リディアは外からホワイトスワンを眺める。カリャンから少し離れた林のすぐ側にホワイトスワンは駐機することにしたのだ。


 レオとリディアはユウたちと合流したあの地点の近くまでは馬で移動したのだが、やはり機械の力というものは便利だ。馬で何日もかかる行程を何倍も短縮できる。彼女は機械や理力甲冑に詳しくはないが、将来的にこんな乗り物が普及すれば皆の生活が一変するだろうというのは理解できる。


「でも先生は量産したくても資金が足りないって嘆いていたからなぁ。先は長いんじゃないかな?」


 何か大きな荷物を台車で運んでいる途中のユウが答える。


「ふーん? その辺はよく分からないけど、こんな便利なモノは皆が欲しがるんじゃない?」


「あー、軍とか商売人は欲しいかもね。この世界ルナトスってまだ馬とかで荷物運んでいるんでしょ? それに比べたらスワンみたいなのは効率が全然違うよね」


「なんか変な言い方するね、ユウは。それより、さっきから何を運んでいるのさ?」


 ユウが荷物の紐をほどくと、中には緑や黒、茶色をした布切れのようなものが詰まっていた。いったい何に使うのだろう。


「スワンって真っ白で遠くからでも目立つじゃない? だからこの迷彩模様の布で全体を覆ってやれば、少しはバレにくくなるんだよ」


 その大きな布を広げていると、ホワイトスワンのの部分から人影が現れた。点検口から身を乗り出したヨハンだ。ヨハンは体を振りかぶってこちらへロープを放り投げた。どうやらこれで布を引っ張り上げるらしい。


 ユウとリディアが汗をかきながらホワイトスワンに迷彩服を着せ終わるとレオが艦外へと出てきた。クレアも一緒だ。


「リディ、ユウさん。これから我々レジスタンスの拠点まで行きます。ついてきてください」


 ユウは少し休憩をと言いかけたが、レオはまばたきもせずにこちらをじっと見ている。あんまりのんびりもしていられないらしい。


「レオ、ちょっとくらい休ませてよ。こっちはさっきまで重労働してたんだってば」


 汗で前髪をぺたりと張り付かせたままのリディアは抗議する。しかし、レオは目で早くしろと促している。


「まあまあ、ゆっくり歩いていこう。町の中を少しは見させてよ」


 ユウが助け船を出すとレオは仕方ないという風に首を振った。隣のクレアはやたらと眉間にシワを寄せている。どうやらリディアが文句を言っていることが気にくわないらしい。


「全く……ほら、行くぞ。すみません、ユウさん、クレアさん。妹がワガママばかり言って……」


そう言ってレオは頭を下げる。もう何度も見慣れた姿に二人はなんとも言えない顔になってしまう。そしてその隣で頬を膨らませているリディア。


「レオ! そんなに頭ばっかり下げないでよ! みっともないじゃない!」


 いやいや、誰のせいで謝っているんだとユウは心の中でツッコんでおいた。











 レオが先導してカリャンの町を歩く。他とそう変わらない町並みが流れていくなか、ユウは妙な違和感を感じた。それが何なのかは分からないまま、案内されるがままに進んでいく。しばらくするとレオが立ち止まった。ここが目的地なのだろうか?


「あの。レオさん、ここが……?」


「はい、私たちの拠点です」


 そうは言うが、そこにはごく普通の、いや場末の小さな酒場しか見えない。本当にこんな所がレジスタンスの拠点なのか。


「中に入れば分かるよ。ささっ、早く」


 建付けが悪い扉を開けてさっさと入っていくリディア。ユウはクレアと顔を見合わせるが、言われた通り入るしかないようだ。意を決したユウは扉に手をかけると、ギギギと嫌な音を立てて開いていく。


 やはりというか、中からは少しアルコールの匂いがする。そう広くない店内は正面にカウンター席と両脇にボックス席がいくつかある、ごく普通の酒場だ。しかし、店員も客もいない。営業時間外なのだろうか。


「あれ? リディアは?」


 先に中へ入ったはずのリディアがいない。店内に人一人が隠れられる場所はそうない。店の奥にでも行ったのだろうか。


「二人ともこっちです」


 レオがカウンターの裏に回るとしゃがんで何かをしている。二人はそれを後ろから見ていると。どこからかカチャンと鍵が開くような音が聞こえた。


「いわゆる、隠し扉ってやつ?」


「そうですね。曲がりなりにもレジスタンスの拠点ですから、軍や一般人には気付かれないようにしてあります。といっても、ここは数か所ある拠点でも滅多に使わない所ですけどね」


(……私たちには重要な拠点を見せられないってわけね……ま、別にいいけど)


 クレアがレジスタンスの思惑について考えていると、レオは床板に偽装した地下室への扉を開けた。なるほど、これなら外からはレジスタンスの拠点があるとは分からないだろう。


「足元が暗いので気をつけてください」


 レオは慣れた様子で先に降りていく。二人も暗い中を慎重に降りていくと、いくらか行ったところで唐突に階段が終わり、そこには再び扉があった。扉の隙間からは中の光が漏れている。怪しさ満点だが、ここまで来た以上、この扉も開けなくてはならないのだろう。


 ユウが扉に手をかけると、今度はスッと開いた。中に入ると、地下の割に広い部屋でそこには地図や何かの資料が机に広がっている。壁にはロウソクがいくつか灯され、その明かりにレオとリディア、そしてもう一人の男性が照らされていた。


「お前たちが連合の操縦士か。ここまでよく来たな」


 恰幅のいい中年の男性が二人を労う。


「俺はデニス・ローラントだ。この町のレジスタンスでリーダーをやっている。ま、リーダーといっても中間管理職みたいなもんだがな」


 デニスはニィッと笑う。白髪が少し混じった濃い茶色の髪は少し後退しかけており、目尻や口元には年相応のシワが刻まれている。いかにもな中年太りのお腹で着ている服が少し窮屈そうな、どこにでもいる普通のオッチャンというのがユウの第一印象だ。ユウとクレアはそれぞれ自己紹介をする。


「クレア、この人、本当にレジスタンスなの?」


「ちょっと、失礼でしょ!」


 二人は小声で言ったが、どうやら相手に聞こえてしまったようだ。


「ハッハッハ! こんなどこにでもいるオジサンがレジスタンスなんて大層なもんやってるかどうか、心配になったか? 安心しろ、別にお前たちを担ごうってつもりはねぇよ」


 彼は特に気にしていないようで豪快に笑っている。


「レジスタンスだからってみんながみんな、厳つい風体をしてるわけじゃねぇよ。むしろ世間から隠れるためにみんな普通の格好、普通の職業をやってるよ。レオは猟師、リディアは町の酒場で働いている。もちろん、ここじゃなくて別のちゃんとした酒場な」


 レオとリディアはうんうんと頷いている。


「デニスさんはこんなナリだけど、ちゃんとしたレジスタンスの一員だからね。こんなナリだけど」


「おい、リディア。二度も言うな、二度も」


 さすがに傷ついたのかデニスは少しシュンとしている。ユウとクレアはどういう反応していいのか分からないので苦笑いをするしかない。


「あの、デニスさん。そろそろ本題に……」


「ああ、すまんな、レオ。……さて、ユウにクレア。我々、レジスタンスはお前ら連合軍の手助けをしてやる。僅かだが補給物資と資材の都合は俺がつけてやろう。それにレオとリディアを連れていけ。理力甲冑には乗れないが、何かと役に立つぞ」


「ありがとうございます。私たちの当面の目標はグレイブ王国に行くことです。なので、道中の補給と帝国軍の動向を教えて貰えると助かります」


 クレアは一礼をして感謝の意を表す。会話を聞いていたユウは不思議に思う。


「あの、デニスさん。ちょっと聞いてもいいですか? 僕たちに協力してくれるのは嬉しいんですけど、いくらなんでもこっちばかり得をし過ぎなんじゃないですか?」


 それを聞いてデニスはニヤリと笑う。


「なぁに、こっちにもメリットもあるさ。……お前ら連合が帝国内で暴れれば、それだけこっちも動きやすくなるんだよ。それにこの戦争で帝国の力が落ちればそれだけ俺たちの祖国、クェルボの独立に近づくのさ」


 デニスはしたり顔でユウに教えてやる。


(他にも、連合が幅を利かすようになると得をする連中もいるし……な。それをこいつらに教えてやる義理はないし、若いモンがこういう事に深入りしてもしょうがねぇ)


 オーバルディア帝国は強大な国だ。この数十年でいくつもの近隣諸国や地域を戦争、もしくは政治的に併合してきた。しかしあまりにも強引な手段を取り続けてきたお陰で、帝国内部からも今の富国強兵政策に疑問を持つ者も少なくない。それが特に問題視されないのは連戦連勝、領土の拡大により市民の暮らしがより良くなっているほか、軍需産業が右肩上がりを続けるからだ。


 ただし、問題にならないのは帝国の首都や主要な都市、戦争の恩恵を与る街であって、それ以外の格差が広がる地方では中央への反感が日に日に増している。旧クェルボ領にあたるこの近辺もそうした地域の一つで、ほかの町と違って大きな工房も農場もない土地が出せるものは人手くらいなものだ。そのせいで町の若い人間は軍人やその関係者として、若くない人間も他の町の工房などに出稼ぎに出ている。先ほどユウが感じた違和感の正体は、町の大きさにしてはやけに人が少なく活気もない事だった。


 また、レジスタンスはこの戦争を利用するために帝国、連合の両方にある工房や地方貴族と秘密裏に手を組んでいた。特に連合側は帝国の理力甲冑の技術を欲していたため、レジスタンスはステッドランドに関する資料や技術の流出に暗躍していたのだった。その功績もあって連合からは多くの資金的、政治的支援が約束されており、今回のホワイトスワン隊への協力は彼らにとって断れるものではなかった。


「さてと、これからの事について話そう。国境からここまでは軍の警戒は薄かったが、これより西側はそうもいかない。中央から北の港町、サペロスまで続く大きな街道があるからな。サペロスは大陸北部でも有数の大きな港を抱えていて毎日、大量の物資や食料がこの街道を行き交う。必然、軍も街道を利用するし警備にあたっている」


「となると、そのまま突破は難しいって事ですよね?」


「まあ、理力甲冑だけなら何とかなるかもしれんが、お前らの陸を渡るフネはちょっとな。だから、俺たちが協力してやる。作戦の概要を説明するからよく聞いとけ」


 デニスによると、街道の警備は厳重なところもあれば薄いところもある。そのうちあえて所でレジスタンスの仲間達が大きな騒ぎを起こすそうだ。その混乱に乗じてホワイトスワンは一気に突破するという作戦だ。


「なんで警備が厚いところなんですか?」


「そりゃ、お前、賊がわざわざ軍のいるような場所でドンパチするなんて普通は思わないだろ? 警備っつっても、せいぜいが野盗や魔物を警戒するくらいが仕事で、派手な事件なんてここ数年は起きていないんだ。つまり、警備の兵士どもは。これが他の所だと、兵士が足りないのを練度と気合でカバーしなくちゃなんねぇから意外と突破は厳しいんだ」


 それに、とレオが続ける。


「警備の多いところは物資が集中しやすい所です。そこを混乱させることで一時的ですが物流を止める意味もこの作戦にはあります。効果のほどは実際にやってみないと分かりませんが、今の情勢だと対連合用にかき集めた軍需品の移動が滞ると思います」


 街道突破の作戦には二つの大きな目的があるということだ。一つはホワイトスワン隊を無事に西進させること、もう一つは街道を混乱させることで軍の兵站を一時的に麻痺させること。


「わかりました。それで騒ぎを起こすタイミングは? 無線か何かで合図を?」


 クレアの質問にデニスは含み笑いで返答する。


「なに、街道の近くに潜んでろ。嫌でも分かる合図を送ってやるよ」


 そんな曖昧なものでいいのだろうかと、クレアは困惑するがどうやら本当に教えてくれないようだ。


 作戦の詳細を詰めた後、今後の補給物資の内容とそれを受け取る町に関して打合せを行っていると、地下室への階段を騒がしく降りる音が聞こえてきたかと思うと勢いよく扉が開いた。


「おい、デニス! 探したぜ! 軍の理力甲冑部隊がこっちに向かってるぞ!」


 この男もレジスタンスの一員なのだろうか、見た目はごく普通の三十過ぎの男性だ。


「おいおい、なんでまたそんな部隊がこの町に……無線はなにか拾えたか?」


「どうも連合の理力甲冑がどうのこうのって言っていた。聴こえた範囲だと多分、こいつらを追っている」


 男がジロリとユウ達を見る。


「もしかして、あの時の戦闘でバレちゃったんじゃないの?」


 リディアの発言にクレアはピクリと眉を動かす。が、努めて冷静に考える。敵部隊の規模も分からないうえにまだ道のりは長い。ここで迎撃するより逃げの一手だ。


「みんな早くスワンに戻るわよ。デニスさん、すみませんがこれで失礼します」


「軍はどうも確信があってここに来るわけじゃなさそうだ。ただ、出発するなら早くしろよ。町の近くで戦闘なんかされちゃたまんねぇ」


 少々トゲのある言い方をされてユウは少しムッとしてしまう。しかしクレアがいち早く部屋を出てしまったので仕方なく急いで後を追う。酒場を飛び出て、町を走っているとリディアが横に並んできた。


「ユウ、気にしないで。あの人は昔、理力甲冑同士の戦闘で自分の牧場が無茶苦茶にされたことがあって……それからは誰にでもあんな調子だから」


 ユウはそれを聞いて何も言えなかった。戦闘による被害者。直接、命には関わらなかったのだろうが、牧場が潰されてどれほど苦労したのかユウには分からない。もしかして自分もアルヴァリスで戦ったことで、誰かがこうした被害を受けていたのだろうか。


 夕日の中をユウは走る。まるで余計な事を考えないよう、全力で寂れた町を走り抜ける。










「先生! ボルツさん! 急いでスワンを出して! 帝国の部隊が近づいているらしいわ!」


 クレア達がホワイトスワンに戻ると、真っ先にブリッジまで駆け上がって叫んだ。先生は呑気にお茶を飲んでいたが、クレアの様子から事態を察して出発の準備を始めた。


「まったく、ゆっくり茶も飲めないデス! それで、どうやって接近しているのが分かったんデスか?」


「レジスタンスの人からの情報よ。先生は理力探知機レーダーで索敵してちょうだい。とりあえずこの場は逃げるわ。ボルツさんはどこ?!」


「ボルツなら多分格納庫デス。スワンの起動はこっちでやっておくから外の迷彩を早く外すデス」


 クレアが格納庫に向かって走っていると、丁度入り口でボルツと鉢合わせになった。どうやらボルツはユウから事情を聞いたようで、ブリッジに向かっている途中だった。


「すぐに出発するから準備してて下さい! 進路は後で決めます!」


「休む暇もないですね。ま、仕方ないですけど」


 ボルツは疲れた目を擦りながら廊下をふらふらと走っていった。疲労が蓄積しているのかもしれない。安全な場所まできたら十分に休息をさせないとすこし危なそうだ。


 ユウ達がホワイトスワンに被せた迷彩色の大きな布を取り外したのはその少し後で、その頃には大型理力エンジンの駆動音も大きくなっていた。ユウとヨハンは格納庫で自分の機体に待機しており、そのほかのメンバーはブリッジに集まっていた。


「今のところレーダーに反応はないデスね。これから出発すれば十分に引き離せるデスよ」


「分かりました。ボルツさん、とりあえず町を大きく迂回してとりあえず西に向かってください」


「了解しました。理力エンジンも暖まってきたようですし、そろそろ行きましょうか」


 ボルツが計器をチェックしていると突然、先生の叫び声が聞こえた。


「えっ?! なんデスか! この速さは! 理力甲冑……? とにかくレーダーに反応があるデス! この速度ならもうすぐここまで来ちゃいますよ!」


 レーダーには南東の方角から光点が真っすぐ中心に向かって移動している。確かにこの調子ならすぐにでもレーダーの中央、つまりホワイトスワンにたどり着くだろう。


「どうしたのさ! 敵なの?!」


「分からないデス! レフィオーネでもなきゃ、理力甲冑でこんな速度出せないデスよ!」


「分かんないなら迎撃しなくちゃ!」


 リディアは無線でユウとヨハンを呼び出す。急いで今の状況を伝えるが、果たしてどうしたものか。


「先生、ホワイトスワンの速度で逃げ切れそうですか?」


「うーん、微妙な所デスね……この反応の正体が分からないことには何とも。ただ、レーダー上で見える速度ならスワンといい勝負かもしれないデス」


 先生がレーダーを見つめている向こうではクレアとボルツが慌てて発進の準備を進めている。


「ボルツさん、発進はまだですか?!」


「あと、もう少しです! よし、行きます!」


 ボルツが叫ぶと同時にホワイトスワンの巨体が大きな風切り音と共に宙へと浮いた。そして前進していき、徐々に速度を上げていく。


「ちょっと、もっと早く走れないの?!」


 リディアがじれったそうに言うが、ホワイトスワン程の大きさになると加速がゆっくりになるのは仕方がない。そのころ、格納庫ではユウがアルヴァリスで側面ハッチから後方を索敵していた。


「ん? 何か光ったような……?」


 真後ろへと夕日に照らされる景色が流れていくなか、遥か後方で何かが光ったように見えた。目を凝らしてよく見ると、何か黒い物体が少しずつ大きくなっていく。何かが近づいているのだ。


「あれは……?」


 ホワイトスワンをもっと平たくして、一回り小さくしたような形状をした何か。それは両脇から翼が生えて低空を飛行しており、ここからでは見えないがどうやら後方に何らかの推進器を備えているようだ。だんだんと近づいてその形状がはっきりとしてくる。そしてその上面には。


「帝国の理力甲冑!」


 黒い飛行体の上には帝国軍の塗装が施されているステッドランド一機がむき出しのままうつ伏せになっている。以前、クレアがレフィオーネの初出撃で撃墜したという帝国の輸送機の一種だろうか。話に聞いたものよりもずっと小さく、搭載できる理力甲冑も一機だけのようだが、それだけ速度に優れるのかもしれない。この短時間でもうホワイトスワンに追いついてしまった。


 ユウが専用ライフルで迎撃しようと敵に銃口を向ける直前、輸送機に乗っている敵ステッドランドの右腕が持ち上がり、手にした銃を発砲してきた。咄嗟に格納庫内へ身を隠したアルヴァリスだが、銃弾はホワイトスワンの外装に命中したようだ。薄い装甲を貫通した銃弾はそのまま反対の壁も貫通してどこかへ消えていった。


「これはマズいな……!」


 ホワイトスワンはあくまで理力甲冑の移送用母艦、戦闘に耐えられる装甲は持っていない。アルヴァリスがライフルで反撃するも、輸送機は右へ左へ、時には巧みに加減速を行い銃撃を避ける。数発ずつ小刻みに連射するが一発もかすらないまま、すぐ弾切れになってしまった。


 チッと舌打ちしながら弾倉を交換する。アルヴァリスの反対側ではヨハンのステッドランドもハッチから身を乗り出して応戦している。ステッドランドの持つ長銃は連射が出来ないが弾道の安定性に優れる。一発毎に狙いを定めているが、なかなか射線上へ姿を表さないあたり敵の操縦士はかなりの腕前のようだ。


「ユウさん! そっちに行きました!」


 敵機はホワイトスワンの後方を大きく回りアルヴァリスの方へと躍り出る。ユウは先程よりも狙いを正確に撃つが、相手の操縦技量が高いのかやはり当たらない。その代わりに大きなマトであるホワイトスワンには小さな銃痕が増えつつある。


「このままじゃジリ貧だな……そうだ! ヨハン、ちょっと手伝ってくれ!」


 ユウはライフルで敵を牽制しながら手短に説明する。


「えぇ?! そんなのが役に立つんスか?!」


「いいから早く!」


 ヨハンは戸惑いながらも言われた通りに作業を行う。


「えっとロープ、ロープ……お、あった」


 ステッドランドの指先を器用に操り、何かをくくりつけている。ヨハンはごく普通にロープを結んでいるが、他の理力甲冑の操縦士が見れば驚きのあまり言葉を失うだろう。いくら五本の指がついているからといって、理力甲冑で紐を結ぶという芸当は熟練者であっても相当な難易度だ。例えるなら、指先の感覚が分からないほど分厚い皮手袋で細い絹糸を蝶結びにするようなものだ。


「ヨハン、まだか!」


「よし、これで……できました!」


「なら僕の合図で敵に向かってそれを投げろ!」


 ヨハンはユウの意図が読めないが、言われた通りにそれを構える。


「……よし、今だ!」


 ステッドランドは大きく振りかぶって何かを敵機に向かって投げつける。それはアルヴァリスが装備しているライフルの弾倉に火薬の詰まった木箱をロープでくくりつけたものだった。ワンテンポ遅れてアルヴァリスは空中の火薬付きの弾倉を狙い撃つ。


 二発、三発と撃ち、四発目が木箱に命中した。その瞬間、中の火薬が爆発したかと思うと、弾倉が一気に弾けた。弾倉の中には銃弾が装填されており、火薬の爆発によって暴発したのだ。流石に敵の操縦士もこの散弾を全て躱せるはずも無く、輸送機のあちこちに小さな穴が空いてしまった。


「よし、輸送機の速度が落ちている……!」


 ユウの思惑通り、あの黒い輸送機の外装は薄く簡単に貫通するものだった。先ほどの攻撃で内部に損傷を負ったのだろう、煙が噴き出して何本かの線を描いている。それと同時に速度が落ちていった。


 トップスピードに乗ったホワイトスワンはそのまま広大な草原を走り抜けていく。ステッドランドを乗せた黒い輸送機は緩やかに高度を落として胴体着陸のような形で地面を滑っていった。ハードランディングにも関わらず操縦士は機体を巧みに操って重心を制御し、まるでサーフィンでもするかのように着陸してみせた。


 底面が三分の一ほど地面に埋もれた輸送機からステッドランドがゆっくりと起き上がると、胸部の下が開いて中からこの機体の操縦士が現れた。後ろで束ねた長い金髪が風に揺れ、その顔は中性的な顔立ちをしている。


「このボード輸送機を試験してやるつもりが、まさか本当に白い理力甲冑に出会えるとはな! 貴様らの目的は分からんがこのまま追跡させてもらうぞ、ユウ!」


 クリス・シンプソンは次第に小さくなっていくホワイトスワンに向かった叫んだ。一方的な再開に彼の心は驚喜する。自身の全力を振るうに相応しい相手であり、前回の任務での因縁もある。このままアルヴァリスを追う事は本来の任務から外れるが、適当な理由をつけてやればいい。それに将軍グレイもこの件に関してはいくらか気にしていたようだった。その辺からも追撃の後押しを嘆願してみるとしよう。


 夕日もすっかり山の向こうに沈みかけている。白い理力甲冑アルヴァリスの目的地は西のようだ。真っ赤な夕焼けに照らされたクリスの顔は不敵に微笑み続けるのだった。









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