第30話 接近

第三十話 接近


 ……コツコツコツ……


 先程から靴を鳴らす音が部屋に響く。たまに料理をする音が聞こえる程度のさほど広くない食堂でこの音は耳障りに聞こえる。


 ……コツコツコツ……


 音を立てている主は足を組み頬杖をついて、その表情はいかにも不機嫌ですと喧伝しているかのようにムスッとしている。


「ちょっと、リディアさん。、やめてくれない?」


 音に耐えかねたのか、その態度に苛立ちを覚えたのか、それともその両方なのか。クレアは耳障りな緒とを立てているリディアに注意した。


「あら、悪かったわね。私のなの、これ」


 悪びれた様子もなく、ごめんあそばせホホホとにっこり微笑んだが、目は全く笑っていない。


 クレアはそれを見て何か言いたそうに口を開くが、そのままドスンと大きく音を立てて椅子に座り込んだ。


「……めっちゃ居づらい……」


 食堂の隅ではヨハン小さく縮こまっている。クレアとリディアがずっと険悪な雰囲気なので、ヨハンを始めとした男性陣はいつも怯えている。


(これならユウさんの手伝いすれば良かった……)


 今の時間は昼前。ユウは食堂の隣の厨房で昼ごはんを作っている最中だ。そのため、ヨハンとクレアは食堂で待っていることにしたのだが、そこへリディアが現れて今に至る。


「………………」


 三人とも無言で待つ。時折、厨房から何かを炒めたり、食器の音が聞こえてくる。


 ……トントントン……


 誰かが机を指で叩き出した。


 ……トントントン……


「クレアさん。うるさいので止めて貰えません?」


 今度はリディアがクレアの立てる音に抗議する。


「ん? ああ、ごめんなさいね。


 その瞬間、ヨハンは場の空気が凍ったような気がした。


「…………!」


「…………!」


 リディアとクレアは同時に椅子から立ち上がり、お互いを無言で睨み合う。


「はーい、お待たせー。ご飯出来たよ」


 何も知らないユウが呑気な声でやってくる。スープをたっぷり入れた鍋を手に持ち、二人が睨みあっている机の真ん中にドンと置いた。ヨハンが隅の方であたふたしているのを尻目に、食器とパンを準備している。


「…………」


「…………」


 スープのいい匂いが辺りに広がる。互いを睨んでいた視線は少しずつ鍋の中に移っていく。


 クレアとリディアは揃って席に着いた。二人とも流石に空腹を前にして喧嘩をしている余裕はないらしい。


 今日の昼ごはんはいつものパンにエンドウ豆のスープ、魚の切身に小麦粉と香辛料を振って焼いたものだ。新鮮な魚は海や河の近くの町でなければなかなかてに入らないが、ついさっきレオが近くの川で釣ってきてくれた。


「ヨハン、先生達を呼んできて」


「…………あっ、はい! すぐ行ってくるっス!」


 ヨハンは転がるように走っていった。そんなに慌てなくても……とユウは呆れている。いや、この雰囲気に耐えられないというのが本当だろう。人数分の皿と盛り付けが終わったところで、クレアとリディアはじっとしている。


「……二人とも、先に食べてていいよ」


 ユウが言い終わる前に二人は料理に手をつけだした。


(まるでお預けされてた犬だな……)


 そんな事を言うとどっちも怒りそうなので絶対に口にはしないが。ある意味、似た者同士なのかもしれない。ユウはいい加減に仲良くしてほしいと願っているが、なかなか反りが合わないらしい。









 ユウ達、ホワイトスワン隊がレオとリディアの二人と合流してから数日が経っていた。現在は二人の町、レジスタンスの拠点の一つへと向かっている。向かっているのだが……。


 今までの道中は帝国軍に出くわすことも無く、襲ってくる魔物もいなかった。そのお陰でホワイトスワンは順調に進んでいる。しかし、艦内は大きな問題に悩まされていた。


 クレアとリディア。二人の仲が


 食堂の一件の他にも、シャワーの順番、理力甲冑の整備中、果ては廊下で鉢合わせただけで喧嘩に発展しかけた。


 その度に周囲が二人を引き離して落ち着かせ、レオが謝罪するの繰り返しだ。最初はリディアから突っかかっていたが、次第にクレアの方からも挑発するような態度を取りはじめたので始末が悪い。


(しかし分からないのは、どうしてリディアがクレアを敵視しているのかなんだよなぁ)


 ユウが二人のやり取りを観察しても、レオに尋ねてみても理由はさっぱり分からなかった。


「私に聞かれても知らないわよ! 最初っからあんな態度だったての!」


 クレアに聞いてみても、当の本人にも心当たりは無いようだ。


(時間が解決……してくれるわけないよなぁ……)


 これが古い少年漫画なら河原で喧嘩でもして、そのあとお互いを健闘しあって友情を深めるのだろう。が、生憎と二人は女性でついでにここは漫画の世界ではない。どうにかして二人のいざこざの原因を見つけて解決しなくては。


 どうしたら二人が仲良く、とまではいかないにしても、いがみ合まない位になる方法を考えながらユウは先生達を待っていた。と、廊下を騒がしく走る音が聞こえてくる。


「姐さん、ユウさん! 敵です!」


 ヨハンの声にすぐさま反応した二人は食堂を飛び出す。


「ちょっと! これ昼食はどうすんの!?」


「帰ったら食べるよ! そこに置いといて!」


 ユウはリディアにそう告げてから走り出す。クレアとヨハンは先に行ってしまった。


「こんな所で敵……?」


 突然の帝国軍との遭遇に違和感を感じたリディアはパンを口に入れスープで流し込み、急いでブリッジに向かった。











 ユウがアルヴァリスに乗り込むと同時に無線からブリッジにいる先生の声が聞こえてきた。


「あーあー、聞こえるデスか?」


「先生、敵はどこに?」


「お、その声はユウデスね? 他の二人も聞いてるデス? さっき、理力探知機レーダーに反応があったデス。数は4、反応の大きさから多分ステッドランドだと思うデス。距離はまだありますが、このままだと見つかっちゃいますね」


 先生の言う理力探知機とは、強い理力をレーダーのように探知することが出来るという機械だ。探知可能距離はそれほどだが、先生によると分解能に優れているため理力甲冑や魔物の数や大きさが正確に分かるようになった。この前までは調整中とかでろくに使えなかったが、なんとか実戦レベルまでにはなったのだろう。


「先生、ボルツさん、大きく迂回して回避出来ない?」


「クレアさん、それは難しいでしょう。この辺りはもうすぐ見通しの良い広い草原に出ます。そうすれば嫌でも見つかってしまいます。ここは敵に見つかる前に倒すのが得策ではないでしょうか」


 レオはクレアに別の提案をする。土地勘のあるレオの言うことだ、草原に出るのは間違いないだろう。それに先に敵を見つけたこちらが奇襲に有利と考えるべきか。


「んー。先生、敵部隊の予測進路って分かります?」


「ちょっと待つデス……そうですね、進路は北のようデスね。速度は通常の歩行くらいデス」


 ユウは少し考える。今、ホワイトスワンは北西に進路を取っている。それならば……。









 見渡す限りに広がる草原。この辺りは昔から遊牧民が家畜と巡るルートの一部だ。高低差が少なく、背の低い草しか生えていないので視界を遮るものは何もない。


 その草原を四人が列を成して歩いている。戦場でもないのに鎧甲冑を着込んだ戦士の一団だ。どうしてこんなところに? それに鎧が重いのか、やけにゆったりとした動きだ。


 ……いや、は人間ではない。もっと大きな、人間の形をした機械仕掛けの人形だ。その大きさは人間の何倍だろうか、あまりの重量に足元の地面は歩く度に沈み込む。濃い緑灰色の鎧を模した装甲が軋む音と大きな足音が響き渡る。


「隊長、本当になんも無い所ですね……」


「そう言うな。田舎には田舎の良いところがあるんだぞ?」


 先頭の理力甲冑・ステッドランドに乗り込んでいるこの小隊の隊長が部下の愚痴につきあう。


「あれ、隊長ってこの辺の出身だったんですか」


「いや、俺の生まれた村はもっと西の方だよ。ま、こことあんま変わんねぇけどな」


 割と退屈な任務を世間話でごまかす一団。彼らはこれより帝国北部の町村に赴任し、そこの警護につく。大陸の北側には連合・帝国共に大きな街や軍事施設は無いとされているため、主戦場になりにくい。しかし万が一を考えて、国境線の防衛を固めるために中央からこうして理力甲冑部隊が派遣されるのだ。


「そういえばあっちの本隊はどれくらい遅れるんですかね?」


「さあな。急に貨物用の馬車が壊れちまったんだからな、半日くらいはズレるんじゃないか?」


「まぁ荷物を全部、替わりの馬車に積み替えですからね。……隊長、なんか変な音が聞こえません?」


 隊長は耳を澄ませてみる。確かに、巨大な理力甲冑が立てる地響きに混じって何か聞こえる。なんだろう? この風を切るような音は。


 奇妙な音の出所を探すために隊列は一度停止し、周囲を見渡す。見晴らしの良い草原には特に変わったものは見当たらない。


「……隊長! 後ろから何かが接近してきます!」


 最後尾の操縦士が叫ぶと同時に全機が後方へと振り返る。草原の向こう、少し黄色みを帯びてきた草葉に混じって白い大きな何かが見えた。


「なんだ……? 魔物か……?」


 それは白く流線型のような形をしており、底の方から空気が噴出していて宙に浮いているらしい。ここからでもその風切り音が聞こえてくる。距離はまだ遠く、また正面からなので正確ではないが、理力甲冑の2~3倍の大きさはあるだろう。


「あんな魔物……見たことも聞いたこともないぞ……」


「かなり速いみたいだ……お、おい! 全員、戦闘準備だ!」


 完全に油断しきっていた小隊の面々は慌てて武器を取り出す。そのうちの剣と盾を構える部下に隊長が怒鳴った。


「何やってんだ! あんなデカイ魔物にチャンバラ仕掛ける気か!? 銃を構えろ!」


 叱られた部下は剣を落としかけながら、背中に背負った銃を構えた。四機は横一列に並ぶとそれぞれ手にした長い銃身の半自動銃を同じ方向に向ける。


「合図を待て……もっと引き付けてからだ……」


 隊長は落ち着いた声で指示を飛ばす。他の部下の機体は突然の事に動揺しているのか、銃を構える腕が震えていた。


「た、隊長! なんですかアレ!」


「落ち着け……もう少し近づけば何か分かるさ」


 白い巨体はかなりの速度らしく、もう間近に迫ってきていた。のっぺりとした表面にところどころ人工的な意匠が見える。もしかして魔物ではない……?


 隊長が謎の白い巨体の正体に気付きかけた瞬間、隣のステッドランドが突然地面に倒れた。


「おい! どうしたんだ!」


「分かりません! 急によろけて倒れました!」


 倒れた機体の操縦士は返事をしない。よく見ると倒れた背中には弾痕のようなものがある。この位置は……操縦席の真後ろだ。


「くそっ!? 狙撃か!」


 三機はバラバラの方向を索敵するが、白い巨体の他に怪しい影は見えない。遥か向こうに森があるが、あんなところからは弾が届かない筈だ。


 姿の見えない狙撃者に気を取られてしまい、小隊は白い巨体の接近を許してしまう。ものすごい風が辺りに渦巻く。こんな魔物……いや、機体は見たことがない。その横っ腹からなにかが飛び出したが、誰も気付いていない。


「隊長ー!」


 部下の一人が叫ぶ瞬間、その機体を白い影が覆い被さったように見えた。無線から聞こえる声が途切れると、彼の機体は上半身と下半身が二つに分かれてしまった。


(なんなんだ! まさか連合の……)


 隊長は謎の敵に応戦するべく銃の照準を合わせようとする。しかし、そこには敵の姿はない。右に左に銃を向けるが視界には白い影のようなものしか映らない。


 鈍い音が聞こえたかと思うと、残った機体の胸に先程と同じような風穴が空いていた。力なく倒れた僚機を見て、突発的なこの状況に対処していた隊長もさすがに恐怖を感じ始めていた。


 背後に威圧感を感じた彼は咄嗟に機体を前転の要領で前方に回避した。すると、もといた場所を鋭い剣が空を斬る。そこには見たこともない白い理力甲冑が立っていた。


「白い影の噂は本当だったのか?!」


 すぐさま体勢を直すと同時に手にした銃の引き金を引く。しかし撃鉄が弾丸を叩く前に、いつの間にか横に迫っていた別の理力甲冑が手にした二振りの短剣による一撃で銃は真っ二つに切断されてしまった。


(わりぃな、お前ら。武功も立てられんうちに死なせちまって……)


 最後まで足掻こうと徒手空拳で殴りかかる隊長機を、白い機体は手にした大剣で袈裟斬りに切断した。










「ユウさん、さっき油断したでしょ。ダメですよーそんなんじゃ!」


 ヨハンがユウに向かって得意気に言う。アルヴァリスは大剣での一撃を回避されて危うく反撃される所だった。そこをヨハンが駆るステッドランドが助けたというわけだ。


「いや、助かったよ。さっきは確かに危なかった」


 ユウが提案した作戦は、敵小隊の後方からホワイトスワンで強襲するというものだった。もちろん、いくらホワイトスワンが速いといっても普通に近づけば敵に気付かれる。そこでレフィオーネと二手に別れる事にしたのだ。


 敵がホワイトスワンに気付く前か直後に上空から狙撃を行うことで混乱を誘う作戦だった。今の様子なら仲間に無線で連絡するような暇は無かったはず。


「ユウ、ヨハン。片付いたならさっさと撤収するわよ」


 無線からノイズと共にクレアの声が聞こえる。彼女とレフィオーネはよほど高い上空にいるようだ。


「クレアも狙撃ありがとう。すぐにスワンに向かうよ」


 アルヴァリスの視線の先にはゆっくりとホワイトスワンがその場に停止しかかっているのが見える。この近くに帝国の兵士はいないようだが、すぐにこの場から離れたほうが良さそうだ。


 ユウは今しがた撃破した敵機をちらりと見やる。


「…………」


「ユウさん? 行きますよ!」


「…………」


 ユウは何かを考えているようで返事がない。


「ユウさん!」


「あ、ああ。今いくよ!」


 どこか気の抜けた声で答える。ヨハンは一体どうしたのだろうかと訝しむが、ユウは普段通りに振る舞っているのでそれ以上は聞かないことにした。










 ホワイトスワンのブリッジではリディアが自前の双眼鏡を覗いていた。彼女がユウたちの戦闘を見るのはこれが初めてだった。


「四機のステッドランドを一瞬で倒しちゃった……」


 あの白い機体、アルヴァリスはステッドランドよりも高性能という話は聞いていたが、ここまでとは。白い影という噂通りの速さだ。それにあの女の乗るレフィオーネ。空を飛ぶと聞いたときにはコイツら正気かと思ったが、実際に飛行するところを見ては信じざるを得ない。


 空に視線を移すと遥か高空でレフィオーネが飛行している。双眼鏡でもかなり小さく見えるその手には狙撃用にカスタムした長銃を携えている。あんな距離から、しかも不安定であろう空中でも簡単に狙撃を成功させるとは。


「ほんっとに……ムカツクったらありゃしない」


「ん、どうしたデスか? リディア」


 先生が何かのモニターとにらめっこしながら尋ねるが、当のリディアは食い入るように外を見続けている。


「全く、何なんデスかね。このお転婆娘は……っと、これは……」


 モニターの下部に取り付けられたボタンをポチポチ操作すると、先生は無線に向かってよびかける。


「あー、みんな。早く帰還するデス。ここから南のほうから理力甲冑の大部隊が迫っているデス」


 先生が弄っていたのは例の理力探知機だ。モニターからはあちこちケーブルが飛び出し、ボタンやスイッチ類には統一性がない。いかにも急造品といったようにしか見えない探知機には光点が狭い一ヶ所で明滅している。どうやら沢山の理力甲冑が一ヶ所に集まっているらしい。


 先生は操縦席に座るボルツへ合図をする。ボルツは了解とばかりにスロットルを前に進め、大型理力エンジンの出力を上げていく。アルヴァリスとステッドランドが乗り込んだらそのまま出発だ。レフィオーネはしばらくの間、空から索敵をお願いしよう。


「あれ? そういえばレオさんはどこにいるんでしょう?」


 ボルツがキョロキョロと周りを見る。そういえばさっきまでブリッジにいた筈だが。


「ああ、レオなら大丈夫。すぐに戻る」


 リディアはそう言うが、トイレにでも行っているのだろうか。仕方ないので放っておくしかないか。












「それで、この残骸が?」


 軍服を着た男が尋ねると側にいた部下らしき男が報告する。


「はっ、通信をしてきた小隊と思われます。今、操縦士を確認しております」


 少し前、この部隊に突然無線が繋がったが、何も伝えずに途切れてしまったのだ。不審に思った通信士が近くの部隊に確認を取った所、本隊に先行していたこの小隊だけ連絡が取れなかったのだ。


「これは……どう見ても銃と剣……ですよね」


 撃破された理力甲冑の損傷からすると、魔物が相手ではなかったようだ。ということは魔物ではなく理力甲冑にやられたということなのだが。


「こんな所に連合の奴らが……?」


 いくら国境に近いとはいえ、理力甲冑の足なら二日か三日はかかる場所だ。他の地域に比べて警戒網はいくらか薄いが、ここまで見つからずに来れるとは俄には信じられない。


「ま、そうとしか考えられんな。いくらなんでも同士討ちには見えんだろ」


 切断された機体の上半身をに近づくと、その切断面を指でなぞる。滑らかな切り口から、かなりの業物で斬られているようだ。


(かなり大振りな剣のようだな。剣も剣だが、操縦士も腕が立つ……か)


 男の長く伸ばした金髪が風に揺らめく。中性的な顔立ちと合わせて遠くから見れば女性と見間違えるほどだ。


「腕の良い操縦士といえば、あのユウと白い機体はどこにいるのだろうな」


 ぽつりと呟いたのを部下が聞き付けた。


「? どうしました? ?」


 クリスと呼ばれた男はニヤリと笑う。


「いや、なんでもない。すぐに本部へ連絡しろ。連合の部隊が領内に侵入しているかもしれん。我々はこれより捜索と追撃に移るぞ!」


 部下の一人が了解と敬礼してから通信のために走り去った。その場に残されたクリスは天を仰ぎ見る。今日はとても良い天気で、澄みきった空に雲はほとんど無い。


 クリス・シンプソン。この男は帝国でも屈指の操縦士で、その実力は上から数えたほうが早いほど。部下からの信頼も厚い彼だが、出自のせいで軍の上層部からの覚えは悪い。そのため、こうして辺境ばかりをたらい回しにされていのだ。


 そんな彼は一度だけユウと戦ったことがある。最初こそは圧倒したものの、例の白い機体、アルヴァリスとか言う理力甲冑が光に包まれると形勢は逆転してしまった。その時はなんとか離脱することが出来たが、必ず再戦するのを胸に秘めて今に至る。


 実際のところクリスはユウを高く買っていて、理力甲冑の一挙手一投足、剣の構え、斬撃の鋭さなど、荒削りながらもその実力はすでに十分というのがクリスのユウに対する評価だった。


(最近噂の白い影とは恐らくユウとあの白い機体の事だろう。目撃情報によるとアルトスの次はクレメンテ……次第に北上しているとのことだったが……)


 クリスは思わず身震いをする。あの時、一度だけしか戦っていないが、ユウの底知れぬ強さに恐怖を思い出した。それと同時にふたたび合間見えて刃を交えるかも知れないことに狂喜したのだ。


「あれほどの操縦士、そうはいないからな。必ず私が討ってやろうではないか」


 顔を知らず、分かるのは名前と機体だけ。しかし、古い戦場ではそういうのが当たり前だったと聞く。お互いに剣でしか語り合えず、理解しあえない。しかしそこには戦士としての気高さと誇りがあるような気がしてならない。そういったものにクリスは一種の憧れがあった。生まれも地位も関係ない、実力だけが支配する世界に。


 クリスは改めて決意を確認する。秋晴れの高い空は嵐の前の静けさだろうか。








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