第24話 羅刹
第二十四話 羅刹
「本当にエンシェントオーガが……?!」
クレアは思わず息を呑む。自分でも半信半疑だったが、あれはどう見ても普通のオーガではない。理力甲冑よりも大きな体躯、魔物の毛皮や鱗から作ったと思われる服と鎧。腕輪やピアスなどの装飾品。これらは高い知能を持つエンシェントオーガの特徴の一つだ。彼らには人間にとって理解しがたい彼らなりの文化があると言われている。
「夜営のつもりかしら……」
二体のエンシェントオーガは焚き火の近くで何かの肉を焼いているようだ。あの大きさだと、何かしらの魔物だろう。
(もしかして、森から獣がいなくなったのも、スノーウルフが山から降りてきたのも、コイツらのせい……?)
遠くから見ているだけでも嫌な汗が出てくる。これは……威圧感?
クレアは知らず知らず体が震えていた。生物として根元的な感情、捕食者に対しての畏怖が全身を支配するかのようだ。こんな怪物が近くにいたら、たとえどんな魔物であっても逃げ出してしまうのは無理も無いと思える。
彼らの目的は分からないが、なんとかして撃退しなくては。しかし、一体どうやって?
「みんな、聞こえる? 奴を見つけたわ。エンシェントオーガよ」
クレアは無線に向かって呼び掛ける。ザリザリとノイズ混じりの声が聞こえてきた。これはユウの声だ。
「聞こえるよクレア。そっちは大丈夫?」
「ええ、まだ気づかれてないわ。いい、よく聞いてユウ。私はこれから狙撃を試みるわ。空からだから反撃されないと思う。ユウとヨハンは静かに東南東の方角に来て。奴らの焚き火が目印よ」
「ちょっと待ってクレア! 僕らが到着するまで攻撃しないで!」
「駄目よ、今エンシェントオーガは油断している。あんな怪物を退治するなんて奇襲しかないわ。それにいざとなったらレフィオーネで空高く飛んで逃げるわよ」
「……クレア、クレア。とりあえず聞いて。エンシェントオーガがどれ位の魔物かは僕には分からない。本当の所はクレアも分からないんでしょ? まずは作戦を立てようよ。それにさっき焚火って言ってたけど、奴らは何をしてるのさ?」
ユウは努めて普段通りに、まるで今日の晩御飯は何にするか尋ねるかのようにクレアへと話しかけた。いつもと違い、クレアは焦っているように感じたためユウは彼女の気を攻撃から逸らそうとする。するとクレアは仕方なくといった風で質問に答えた。
「…………奴ら、多分だけど夜営していると思う。二体いるんだけど、焚火を囲んで何かの肉を食べてる途中だわ」
「夜営か……。そういえば、エンシェントオーガは服とか武器を持っているんだよね? 装備は何が見える?」
クレアはエンシェントオーガが身に着けている物や焚火の近くに転がっている道具のようなものをしばらく観察してみる。
「ええと、そうね。武器はどっちもこん棒みたいな物を持ってるわ。それに人間でいえば軽装な鎧を着こんでる。あいつ等、寒くないのかしら? あと……いくつか道具と袋みたいなのも見えるんだけど、ちょっと暗くて見えないわ」
エンシェントオーガについて人類が知っている事は多くなはい。独特の文化と高い知能を持つとは知っていても、実際にどういう生活を送っているのかは殆ど分かっていない。伝承や幾つかの目撃例からそう推測されているだけなのだ。
それはエンシェントオーガの主な生息域が人類未踏の地であることと、彼らが人類を異常に敵視している事が原因している。数少ない遭遇例から分かったことで、彼らエンシェントオーガは人間を視認すると、理由は分からないが執拗に攻撃するようになるのである。老若男女を問わず、戦うもの逃げるもの、目にした人間が全て動かなくなるまで殺戮は続く。
「ねえ、思ったんだけど。エンシェントオーガがいくら伝説の魔物っていってもさ、食事や睡眠は必要なんじゃない?」
ユウは何を当たり前のことを言っているんだろうとクレアは思う。魔物と言えど、他の生き物と同じように食べて寝て排泄をする。そうしなければ生きていくことは出来ない。
「そりゃそうでしょ。現に、今だってご飯食べてるわよ」
操縦席の画面からは炙った肉を美味そうに食べている厳めしい顔が見える。
「だからさ、そこを攻めるんだよ。四六時中、ご飯も食べれず、寝る事も出来ない。いくら強い魔物でも空腹と睡眠には勝てないはずだ。そこにはきっと隙が生まれるし、十分な力が出せなくなる」
「…………」
クレアはなるほど、そういう事かと納得する。確かに、彼らは腹も空くし眠くもなる。休む暇もないほどに攻め続ければ実力も発揮出来なくなるだろう。ただ問題なのは、それをどれ位続ければ彼らが弱るのかは検討がつかないが、今ここで無策に戦うよりかはマシかもしれない。
「分かったわ、ユウ。ひとまず攻撃はせずに、もうしばらく奴らの様子を観察しているわ。その間にそっちは作戦をもっと詰めておいて。それから急いで軍の本部にも連絡して」
「了解、念のために無線はつけっぱなしにしといてよ?」
会話が終了すると、クレアは操縦桿を強く握りしめていた事に気が付く。強張った指をゆっくり広げると、白く血の気の引いた指に赤みが戻っていく。自分がひどく緊張していたことが今になって実感する。
そうか、私は
クレアはようやく、自分が強大な敵を前にしてさっきまで冷静な判断が出来ていなかったと思い知らされる。隊長としての責任感、村を守りたいという想い、そして敵への恐怖心。それらが普段は冷静なクレアの目を曇らせた。自分たちが守らなければ村が襲われる。自分が負ければ多くの村人が殺される。そんな考えがずっと頭から離れなかった。
しかしユウと話しているうちにいつの間にかそんな考えは自然と無くなっていった。多分、雑談でもするかのような調子でユウが話してきたからかもしれない。もしかしてユウはそのことに気が付いてわざと……?
(今度は私が助けられたって事ね)
クレアはその事に悪い気はせず、むしろ妙な安心感を抱いていた。
「さて、今は奴らの生態を観察してやろうじゃないの」
先ほどとはうって変わり、余裕のある表情で悪鬼の監視に就いたクレアであった。
「という訳で、エンシェントオーガにはゲリラ戦を仕掛けて弱体化を狙おうと思うんです」
ユウはクレアとの会話の後、急いで軍本部に無線で連絡を取り、部隊の派遣を要請した。無線で応対した者は最初、半信半疑で聞いていたようだがクレアとホワイトスワンの名前を出すと急に態度が変わってしまった。クレアは特別、軍で地位があるわけではない。ひょっとすると、ユウが初めてこの世界に来た時にいたアルトスの街のバルドーさんの影響力か? よくは知らないが議会の代表をしているし、いろんな所に顔が利く人物らしいとの事だが。
とりあえず軍のほうはこれから部隊の編成や行程の作成に掛かるので、目途が立ち次第連絡するとの事だった。緊急事態なので急いでくれと念を押したのち、ユウはホワイトスワンのメンバーを集めて作戦会議を開いた。いつも通り、作戦室兼食堂での開催だ。
「まあ、ゲリラ戦は格上の相手に挑むには有効な手段の一つデスけどね。ただ、問題があるデス」
ユウは先ほどクレアと話した内容をかいつまんで話し、作戦について練っている所だった。しかし先生は問題点を指摘する。
「ユウの言う通り、魔物も生物デスからね。食事も睡眠もまともに取れない状況が続くと、こちらの勝機は格段に上がると思います。しかしデスね、そんな事してたら人数の少ないこっちも疲弊しちゃうデスよ。それにゲリラ戦だけでは勝てないデス。トドメをさす決定打が必要になります」
それは確かに先生の言う通りだった。しかし、ユウもその点については考えていた。
「その点については何とかなると思います。まあ、地図を見てくださいよ」
ユウはそう言ってボルツが広げてくれた地図の一点を指さす。
「ここが僕らの今いる村です。で、軍の拠点がある街がここ。さっき無線で連絡したときに聞いたんですけど、この距離だと普段の場合部隊が到着するのにだいたい二日、雪の影響を考えてもプラス半日。約60時間ほど粘れば部隊と合流できます。その頃は僕たちもだいぶ疲れているでしょうが、エンシェントオーガもかなり疲れ果てているはずです。後はやってきた大部隊に任せましょう」
ユウの考えは大分、いや、かなりの希望的観測が含まれているが、実際の所は他にいい方法も無い。
「僕とクレア、ヨハンの三人で交代制にしましょう。まずは一人4時間、囮として長距離からの射撃と回避を繰り返すようにします。幸い、敵は銃や弓のような遠距離武器は持っていないようなので、敵との距離を保つことに気を付ければそう危なくない筈です。もう一人はバックアップとしてホワイトスワンで待機、残った一人は休息という風にすればいけると思います」
「敵との距離を保つかぁ。この辺は所々に森があるから、そこに隠れながらひたすら攻撃して逃げるって事っスね」
「丁度この辺りの樹木は理力甲冑が隠れる程度には高いものが多いみたいですからね、上手く利用できるでしょう」
先生は皆の話を聞きながら思案する。エンシェントオーガの習性なのかは分からないが、彼らは人間を見ると必ずと言っていいほど攻撃的になると言われている。理力甲冑が見える範囲にいれば攻撃をしようと追ってくる可能性は高いだろう。この村の付近で逃げ回ることになるが、村の人たちは明朝に避難を開始するらしいので最悪の事態は免れるかもしれない。
「はぁ……あっちこっちに大きな穴がある作戦デスが、やるしかないようデスね」
先生にも良い案が浮かばない以上、他に手はない。すっくと立ち上がり、首をゴキゴキと鳴らす。
「私たちもバックアップするデス。ボルツ君はいつでも整備と補修が出来るように準備してください。私は余った資材で何か罠とか作ってみるデス」
「でっかい落とし穴でも掘るんですか?」
ヨハンが罠と聞いて質問する。落とし穴か、単純だが効果はありそうだ。
「理力甲冑よりデカいオーガを落とす穴なんて、簡単に掘れるわけないデス。それよりももっと効果的かつ、嫌らしい罠とかを考えるデス」
うーん、先生の顔つきが悪くなってきた。きっとまた、ろくでもないものを作ってしまうんだろうが、今の状況ではありがたい。
作戦も決まり、各々は準備を始める。ユウはその内容を改めてクレアに伝えると、急いで携帯食や軽食の作り置きに取りかかる。戦闘に掛かる順番は、現在出撃しているクレアが一番で、次にユウ、そしてヨハンとなった。なのでヨハンはこれから睡眠をとり、四時間後に起きてくる。それまではユウと先生、もしくはボルツがクレアのバックアップをすることになった。
まずはエンシェントオーガを見張っていたクレアが仕掛ける。ちょうど彼らは食事も終え、少し焚火に当たったところで就寝の準備をしている様子だった。そこへクレア愛用の長銃が遠距離からの狙撃を開始する。
「まずは……アンタから!」
焚火のこちら側にいたエンシェントオーガの頭部に狙いを定め、引き金を静かに引く。スコープの向こうでは急に頭を仰け反らせて倒れる巨大な人影が見える。見事に命中したが……。
「ウソ、全然効いてないの……?」
倒れたエンシェントオーガは頭をぶんぶんと振りながら起き上がる。確かに銃弾は頭部に命中した筈だ。
「ま、伝説の魔物がこれくらいで倒せるなら楽だったんだけどね……」
クレアは誰に聞かせるでもなく呟いて、次弾を装填させる。エンシェントオーガは突然の攻撃に怒りを露わにして辺りを捜索している。立ち上がっている姿を見ると、改めてその巨躯が実感できる。周囲の木々よりもはるかに大きく、理力甲冑の1.5~2倍の大きさになるだろうか。
しかし、いくら巨体を振り回して周囲を探そうともクレアを見つけることは出来ないだろう。レフィオーネの今いる位置からでは、たとえ夜の静寂でもほとんど銃声は届かないはずだ。エンシェントオーガからすれば音も無い不意打ちを食らったことになる。
クレアはもう一体のエンシェントオーガに狙いを定め続ける。しばらくして、不意打ちの混乱から立ち直った様子の所へもう一度引き金を引く。今度は太ももだ。
再びの不意打ちにエンシェントオーガ達は怒り狂っている。激しく動き回っているのでちゃんと確認は出来ないが、あまり出血はしていないようだ。いくら狙撃用の弾頭とはいえ、やはり理力甲冑をはるかに超える身長と体重のエンシェントオーガには効果が薄いようだ。先生がこの前、設計図を見せてくれたもっと大きく重い弾を撃てる化物みたいな銃が欲しいが、ないものねだりというやつだ。
しばらく様子を見ていると、二体は向かい合って何かをしているようだ。口が大きく動いていることから会話をしているのかもしれない。さすがに内容までは分からないが、やはり高度な知能を備えているというのはただの伝説でも誇張でもないらしい。
「おしゃべりしてると、痛い目をみるわよ」
三発目を撃つ。今度も同じ太ももを狙う。連続して足を撃つことで負傷させ、今後予想される追撃戦を有利にしておくための布石だ。
再び太ももを撃たれたエンシェントオーガはバランスを崩してその場に倒れてしまう。しかし、すぐに立ち上がり、クレアを、レフィオーネのいる方向を見た。
「?! バレた?!」
二体のエンシェントオーガはこん棒を片手にクレアが狙撃している地点へと真っすぐ走り始めた。この走り方はおおよその位置を特定している。
「まさか、わざと撃たれて射撃の方向を読んだっていうの?」
クレアは急いでレフィオーネを立たせて、ホワイトスワンや村の方向とは反対の方へと走らせる。いくら遠くても、飛行して逃げればすぐに居場所がバレてしまう。それに奴らの走る速度はあまり速くはなさそうなので十分に隠れる時間はある。作戦はまだ始まったばかりなのだ。
クレアは先ほどの狙撃地点から少し離れた森の中に機体を隠しながら辺りの様子を伺う。積もった雪にレフィオーネの足跡が残ったが、スラスターを小さく吹かすことでその痕跡を文字通り吹き飛ばしながら走ってきたのだ。そろそろ奴らの姿が見えてもいい頃だが……いた。二体は正確にレフィオーネが陣取っていた場所にたどり着いたのだ。
「これは一筋縄ではいかない相手みたいね、やっぱり」
クレアはじっと息をひそめて観察する。この作戦の主目的はエンシェントオーガに休息の暇を与えず体力を削ることだ。無闇な攻撃は必要ない。相手が気を抜いた瞬間に狙撃を行い、すぐ逃げる。この繰り返しだ。
今夜は満月だ。ユウの知っている月よりもこの
「クレア、そろそろ時間だよ。今どの辺にいる?」
ユウが無線で呼びかけると、少ししてからクレアの声が聞こえた。若干、疲労している為か、息が切れ気味だ。
「やっと時間? 追いかけっこは疲れるわね。今奴らのいる場所は……」
ユウはクレアから教えてもらった地点を目指して静かに走る。辺りは先日の吹雪で積もった雪が残っており、理力甲冑の足音をいくらか消してくれている。
しかし、アルヴァリスにはレフィオーネのようにスラスターが無いため、足跡が残っていしまう。そこで適度な大きさの木を切り倒し、それを腰に括り付けた。こうすることで雪に残る足跡は引きずられる枝葉がかき消すのだ。多少は重いが、急いで逃げるときなどの緊急時には簡単に切り離せるようにしてある。
アルヴァリスはいつもの専用ライフルを携え、左腕にはオニムカデから作られた特注の専用中型盾を装備している。そして盾の裏には直前まで先生が作っていた特製アイテムが取り付けられていた。
「まだ必要ないかもしれないデスけど、もし奴らが追跡を諦めて眠りそうになったら、コレのピンを抜いて投げつけるデス。ピンを抜いてからすぐに投げてくださいよ?」
先生によると物凄い音がするらしいが、どうみてもただの一斗缶をいくつか束ねた物に小さな機械が付いただけの代物だ。中には何も入っていないのか、ユウが両手で抱えて運べるほどだ。いったい何なんだろうか。
目標地点に近づくと、ユウは慎重に周囲を確認しながら進む。すると、右前方に薄い水色の機体がちらりと見えた。クレアのレフィオーネだ。無線で連絡しながらアルヴァリスは近くまで歩く。
「クレア、お待たせ。奴らは?」
「遅いわよ、ユウ。これからもう一発撃つからその方向にいるわ。距離は大分あるから、向こうの丘にでも隠れて様子を見て。足は遅いみたいだから、万が一の時は全力で走って逃げればいいわ。……奴ら、賢いからだんだん狙撃のパターン読まれてきた」
レフィオーネが長銃を握りなおすと、本日もう何度目かの狙撃を行った。そして長銃を肩に担ぐと、アルヴァリスが元来た方向へと走り出した。
「じゃ、気を付けてねユウ。その銃の射程は短いけど、アルヴァリスは足が速いから大丈夫よ。でも、決して接近戦はしないでね」
そう言い残してクレアとレフィオーネは走り去る。ユウも丘に向かってアルヴァリスを走らせた。木の影に機体を隠してしばらく待つと。
「デカい……な……」
ユウは初めて見るエンシェントオーガの巨大さに圧倒される。これはクレアの言う通り、接近しての殴り合いなど、理力甲冑では簡単に打ち負けてしまう。クレメンテにいるシンが操る専用の重理力甲冑、グラントルクでも敵わないだろう。
それと人型をしているというのに、人類とは異なる生物なのだと思い知らされる異様さが目に付く。ユウにはそういった知識はないが、恐らく骨格や筋肉などは人間のそれとは決定的に違うと分かる。人間よりも腕が太く長く、代わりに足は短めだ。頭もやや大きく、鋭い牙が口から覗いている。軽装の鎧から見える肌は朱色をしており、大きなこん棒を持った姿はまるでおとぎ話に出てくる鬼のようだ。
「それじゃ、60時間耐久鬼ごっこの始まりかな?」
そう言ってユウはライフルを構えさせる。三発ほど連射したのちにすぐさま反対方向へと走り出す。遥か後方では何かの雄たけびが聞こえる。もう何時間もおちょくられているのだ、生半可な怒りではなさそうだ。走りながらちらりと後ろを見ると、どうやらエンシェントオーガ達は進路上の木々をなぎ倒しながら追ってきている。
「いいぞ、もっと怒れ。休む間もないくらいにな」
先ほどまでの襲撃者とは異なる攻撃パターンになったためか、エンシェントオーガは真っすぐアルヴァリスを追わずに少しジグザグに進み始めた。狙撃ではなくライフルを警戒しているのか、あちこちにこん棒を振り回しながら進む様子はまさに暴風だ。いったいどんな巨木から削り出したのかというようなこん棒は周囲の木々を蝋細工か何かのようになぎ倒す。
ユウは走りながらチラチラと後方を確認する。エンシェントオーガが着いてきているの確認した瞬間、空中に何かが舞っているのが見えた。月明かりの下でもよく見えない。それにだんだんとこちらに近づいている……?
「……まさか?!」
ユウは飛んでくる何かに気付き、アルヴァリスを思い切り跳躍させる。その直後、元いた場所に大木が空から降ってきたのだ。
「一体どんなバカ力してんだ!」
彼らは闇雲に周囲の木をなぎ倒してはいなかった。クレアの時よりも敵が近い場所にいると分かって、木を投げ槍のように投擲しだしたのだ。
「うわっ!」
しかも狙いは正確で、気を抜いたら飛来する大木に押し潰される。今もアルヴァリスのすぐ真横に落ちてきて、地面が大きくえぐれた。
「でもこれなら、こっちから攻撃しなくてもいいかな、今は回避と距離に注意! すれば!」
急いで腰に括り付けた足跡消しの木を切り離して、再びアルヴァリスは跳躍する。エンシェントオーガと行われる命がけの鬼ごっこにより、辺りの森は段々と切り開かれていく。彼らは力任せにこん棒を振り、理力甲冑ほどもある大木を根こそぎ引っこ抜き、それを敵に向かって投げつける。倒れていたり地面にめり込んだ木があちこちに並び、これでは森林破壊もいいところだ。
辺りが段々と夜の深い黒から澄んだ藍色に変わり、やがて白み始めた頃、エンシェントオーガ達は不意に追跡を止めてしまった。二体とも肩で息をしており、かなりの疲労が蓄積されてきたとみえる。大きな咆哮を一つ上げた後、どこかに向かって歩き出した。ユウは大きく息をつき、気付かれないように後をついていくが、奴らがこれまでになぎ倒した木が邪魔をしてなかなか進めない。
「なるほど、ここがオーガの夜営地ってわけか」
二体のエンシェントオーガは疲れ果てたのか、すっかり燃え尽きて炭になった小山の横にドスンと横たわった。これは先生の特製アイテムの出番かな?
ユウは夜営地から少し離れ、アルヴァリスの盾の裏側に取り付けられた一斗缶の塊を手に取る。丁度、機体の手にすっぽり収まる大きさで投げるのに問題はなさそうだ。方向を確認したあと、先生に言われた通りピンを抜き、思い切り投げつけた。
「じゃあヨハン、私はクレアを起こしてくるデス。そっちももう交代の時間だから早く準備するデスよ」
ホワイトスワンでは次の交代に備えて各自が動いていた。
「ウッス。次はこの罠を持っていったらいいんスよね」
「そうデス。それは奴らのキャンプ地にでも仕掛けたらいいデスよきっと」
先生はニヤリと悪い顔になる。それを見てヨハンはどんなえげつない罠なんだと内心で恐怖する。
その時。
どこからか短い爆発音のようなものが轟いた。かなりの音だったが、何が起きたのだろうか。
「お、ユウの奴、もうアレを使ったんデスね? 案外、エンシェントオーガっていうのもチョロいもんデス。徹夜なんて三日目からが本番デスよ」
「先生、今の音は?」
「ああ、今のはユウに渡した道具デスよ。さしずめ、音爆弾って所でしょうかね。仕組みは簡単、適当な容器に水を電気分解して作った水素と酸素を適当に詰めて、あとは火を付けるだけであら不思議。めちゃくちゃウルサイ爆発音が辺りに響き渡る爆弾の出来上がりデス」
ヨハンは開いた口が塞がらない。
「いや、あんな大きな爆発、ユウさんは大丈夫なんですか?」
「心配無用デスよ。水素と酸素を混ぜた爆鳴気は大きな音の割に威力はあんまり無いデスから。まあ一斗缶の破片が飛び散るかもしれないデスけど、理力甲冑の中にいれば安心安全デス!」
「へぇー。いや、でもここまで聞こえてくるような爆発音の近くじゃあ、理力甲冑の中でもかなりの音がするんじゃ?」
「…………」
「…………あの、先生?」
「さっ、早く出撃するデス。ユウが待ってますよ」
「ちょっと!」
ヨハンは急いでステッドランドに乗り込み、おおよその音がした方向に向かって走りながら無線でユウを呼び出す。
「ユウさん! 聞こえますか! 返事をして下さい!」
「……ああ、もしかしてヨハンか? 何を言ってるんだ?」
「ユウさん! 大丈夫ですか?!」
「なに? もっと大きな声で言ってくれ!」
ユウは先生特製の音爆弾で聴覚がほとんど麻痺している。聞こえるのはキーンという耳鳴りばかりで、分厚い壁の向こうからヨハンの声がかすかに聞こえてくるようだ。
「とりあえず、今から言う方向へ来てくれ! 奴ら、マジギレしたみたいだ!!」
アルヴァリスは全力で走っている。そのすぐ後ろを憤怒の形相で追いかける二体の
ユウは先生特製の音爆弾に
「くそ、こんなに木が邪魔するなんて!」
(もしかして、これも予測して木をなぎ倒していた……?)
エンシェントオーガの真意は分からないが、長期戦を最初から想定していたとしたら。遠距離への攻撃手段と逃走を妨害する障害物、そしてすっかり見通しの良くなってしまったこの森。これでは逃げ隠れすることが出来ない。
アルヴァリスの目の前にひと際大きな倒木が行く手を阻んだ。ユウは機体のつま先に力を込め、大地を強く蹴る。大木の上に着地しようとしたその瞬間、オーガは近くにあった木を投げつけてきたのだ。大木が大きく揺さぶられ、アルヴァリスは思わず姿勢を崩してしまう。その一瞬の好機を彼らが見逃すわけがない。
「くっ!」
理力甲冑の胴より太く巨大なこん棒が水平に薙ぎ払われる。鈍重な見た目の割にかなりの速度で、こん棒の重量と遠心力が合わさり致命の一撃になった。空気の壁を破りながら襲い来る攻撃に、バランスを保てないアルヴァリスは回避する術が無い。
まるで大太鼓を力強く叩いたような音だった。こん棒を振るったエンシェントオーガは妙な手ごたえに違和感を覚える。それに何故かこん棒は途中で動きを止めてしまっていたのである。忌々しい人間が操るあの小さな
すると、動きを止めたこん棒が押し返されるではないか。オーガ種の頂点に立つ自慢の腕力も突然のことに反応出来ない。そしてこん棒の陰から、たった今叩き潰したはずのアルヴァリスが真っ白な盾を構えて立っていた。
何が起きたのか分からない様子のオーガ達は短く何度も唸り声を上げる。
「…………死ぬかと思った」
ユウは暴風のような一撃を躱せないと悟り、せめてもと咄嗟に左腕の盾を正面に構えたのである。そしてオニムカデの頑丈な甲殻を金属板と何枚も交互に張り合わせた積層構造にはわずかな隙間が設けられており、それは打撃や剣撃の衝撃を緩和させる役割を果たす事を期待されていた。しかしてその効果は十分に発揮されたという訳だ。
盾と左腕をつなぐ接合部はおろか、肩から腕にかけても異常は見られない。おそらく普通の盾ならば衝撃は一瞬にして機体の全身に伝わり、一撃で粉砕されていただろう。そんな死の一撃を完全にこの盾は受け切ったのだった。
「後で先生にお礼を言っとかなきゃ!」
ユウは額に浮いた大粒の汗を拭いながら、命懸けの鬼ごっこを再開する。
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