第23話 悪鬼

第二十三話 悪鬼


「いやぁ、しかしこんなところでスノーウルフに襲われるなんて夢にも思いませんでしたよ。アイツら、もっと山の上の方に住んでいる筈デスよね?」


 ホワイトスワンの食堂。少し遅めの夕食をみんなで食べている途中だ。ついさっきまで、スノーウルフの追撃を警戒してかなりの距離を移動していたのだ。もっともオオカミ種である彼らはとても鼻が利くので、遠くまで逃げたとしても安心はできない。


「そうですね、スノーウルフはかなりの高山が生息地と言われています。この周辺も標高が高いですが本来はもっと山の方にいるはずですね」


 そう言ってからボルツは温かそうなシチューを啜る。その話が本当ならどうしてこんな所に彼らはいたのだろうか。


「もしかして、山で餌が取れなくなったから下に降りて来たのかな」


 ユウには魔物の生態が分からないのでなんとなく思い付きで言ってみる。森で餌が取れないから民家の近くまでやってくるサルやクマのようだ。


「ひょっとするとそうなのかもしれないわね、あの猛吹雪だったでしょ? 山の上の方は少し前からもっと酷くて餌になるような動物がいなくなったのかも」


 思いがけずクレアが納得するのでユウは少し気恥しい。適当に言った事を真に受けないで欲しいな。


「まあ、もう大丈夫でしょ。ユウさんが群れのリーダーに深手を負わせたんだし、当分は動けない筈ですよ、あれじゃあ」


 ヨハンは夕食を全て平らげてから呑気に言って見せる。確かにスノーウルフ達のリーダーである青い尻尾をした個体はユウと戦闘でかなりの重症を負わせた。しかし、それにも関わらずいつの間にか逃げられてしまっている。野生の生命力か、それとも見た目より軽傷だったのか今では分からない。


「うーん、多分大丈夫なんだろうけど……。どうにも心配だな」


「どうしたデス? ヨハンみたいな能天気でも困りますけど、あんな出血じゃあ逃げる途中で死んじゃってますよ、きっと」


 先生のいう事も分かる。アルヴァリスを通して感じた、剣がスノーウルフに突き刺さる感触。その傷口から流れ出た血。あの場から逃げおおせたとしても、そう長くは生きられはしないだろう。……ユウは自分でも気づかないうちに険しい表情になる。


「いや、そうじゃないんですよ。もし、本当に山の方で餌が取れなくなったとしたら、ほかの魔物もこの辺に降りてくるんじゃないですか? そうなると凶暴な魔物が村や町を襲わないとも限らないと思うんです」


 先ほどは思い付きで言ってみただけだが、よくよく考えるとあながち間違いではないのかもしれない。そもそも、どうしてスノーウルフがユウ達を襲ってきたのか。生息域ではないこの辺りが縄張りとも考えにくいし、あんな統率された動きはまるでのようだった。


「そうだとしたらちょっと厄介ですね。吹雪は止みましたけど、まだ無線は通じません。町の近くに行くか天候が回復するのを待ってからしか連絡は入れられないですよ」


 ボルツはそう言うと難しい顔をして何かを考え込む。


「天候ばっかりはどうしようもないわね。とにかく今考えてもしょうがないわ。村や町の人だってこの悪天候の中、そうそう塀の外には出ないわよ。そう信じるしかないわ」


 クレアが話を無理やりまとめに入った。時間はもう深夜に差し掛かる頃だ。早く全員を休息させて明日に備えなければならないと考えたクレアは急いで皆に食器を片付けさせる。


 クレアとしても凶暴な魔物に人々が襲われることは避けたい。しかし、今は一つ一つ近隣の町村を防衛するほどの人手も無ければ時間も無い。私たちは重要な任務の途中で、この場所はただ通過する一つに過ぎない。一刻も早く、帝国に対抗しうる戦力を整えなければ、これから起きる戦火でもっと多くの人々が犠牲になるかもしれない。


 ……だからといって、目の前に危険が迫った人達を放っておいていいのだろうか。クレアはこのホワイトスワンの隊長を任されている。自分が提案すればきっとユウやヨハンは魔物退治に賛成するだろう。しかし、それは隊長として正しい判断なのだろうか。到着まで時間が掛かるだろうが、大きい街に連絡を入れて守備隊を派遣してもらうべきなのか。


(……駄目ね、考えがまとまらない。それにユウの言ったことはあくまでも推測に過ぎない。自分でも言ったじゃない、今考えてもしょうがない。……早く寝よう)


 クレアの心とは反対に、あれほどの猛吹雪だった天候は少しずつ晴れていき、夜空にはいくつもの星が雲の切れ間から覗きだした。










 翌朝は昨日までの悪天候が嘘のように澄み切った青空が広がっていた。朝日が辺りの雪原に眩しく反射する。しかし、いくら太陽が照ったとしても気温はそう簡単には上がらないのでこの雪は当分積もったままだろう。積雪をその圧縮空気で蹴散らしながらホワイトスワンは予定通りに高原を進む。


 昨日襲ってきたスノーウルフはどうやら襲ってこないらしい。しかし、油断は出来ない。スノーウルフ以外にもデルトラ山脈には多くの魔物が住み着いているという。それらがこの近くまで降りてきている可能性もあるとクレアや先生は考え、定期的にレフィオーネでホワイトスワンの上空から周囲を警戒しながら先に進んだ。


「こちらクレア。今のところ近くに魔物の姿は無いわ。進路方向に特に障害物も無し」


 もう何度目かの哨戒だ。上空は風も穏やかでレフィオーネは調子よく飛行する。あまり高度を上げると地上が見えない。クレアはほどほどの高度を維持して大きく旋回させた。ここからでも周りの景色は良く見え、はるか向こうの森や山は殆ど白一色に染まっている。その反対にはまさに天を衝く威容のデルトラ山脈がそびえており、その頂上付近は広くかかった雲で隠れていた。


「こちらホワイトスワン。了解です、クレア。もう少ししたら帰還してください、そろそろお昼にするデス」


「いえ、先生。まだ哨戒を続けます。昼ご飯は先に食べていてください」


「そんなワガママ言うなデス。それに次の村まではまだ一日と半分くらいあるんデスよ? 今からそんなじゃあすぐにバテちゃいます」


 先生はクレアのを一蹴する。あえて先生はクレアに、お前は隊長なんだから少しは休め、とは言わなかった。クレアは隊長という責任を少し重く捉えている節があるようだ。なので先ほども無理に哨戒を続けようとしたのだろう。


「まったく、考えすぎなんデスよ」


「先生? 何か言いました?」


「何でもないデス。いいからさっさと着艦するデス」


 クレアは仕方なく、レフィオーネの高度をゆっくり下げていく。地上付近までくると、噴出する圧縮空気が地面で渦を巻くためなのか、機体の姿勢と高度を維持するのが難しくなる。しかし、クレアも慣れたもので疾走するホワイトスワンと相対速度を合わせ、難なく着艦を成功させる。


 まだ隅の方に雪が残っている格納庫のいつもの場所にレフィオーネを座らせると、与圧した操縦席のハッチが小さな排気音を立てて開く。外の肌寒い空気が流れ込み、クレアは少しだけ身震いをしてしまう。確かにそろそろお腹が空いたころだし、いくらか疲労感もある。先生の言う通り、少しの間は休憩でもしようか。


 クレアは頭の中でスイッチを切り替えるように頭を軽く左右に振る。しかし、心のどこかで焦燥感がつのる。昨夜も考えていた、早くグレイブ王国に向かわなければいけないという現状と、近隣の町村を魔物の脅威から守らなければならないという気持ち。一晩経ってもこの問題に折り合いが付けなかった。


「先生の言う通り、考えすぎなのかな……」


 ポツリと言うが、その言葉は大きく空いた格納庫のハッチから流れ込む風にかき消された。








 その後はレフィオーネによる哨戒が功を奏し、何度か遭遇しかけた魔物を遠距離から発見することが出来た。殆どが単独で行動していたらしく、上空からの長距離狙撃で急所を狙い撃ちすることでホワイトスワンはいちいち停止することなく移動距離を稼ぐことが出来た。


 そして翌日の夕方前、徐々に高かった太陽が傾き赤くなりだした頃、次の補給地点である小さな村にたどり着いた。村のすぐ近くの道からはいくらか雪が除けられており、集められた雪がいくつもの小山を作っていた。雪が降る地域の村だからか、村人は季節外れな雪に動じることなくいつもの生活を営んでいるようだ。


 クレアは村に到着してからすぐにこの村長に挨拶へと向かった。これまでの道中に立ち寄った村や町と同じく、事前に軍から連絡があり補給の用意が届けられているはずだが、やはり数日は村に滞在するのでこういう挨拶は大事なのだそうだ。


「……というわけで、二、三日の間、この村への滞在許可をお願いします」


「はい、その話は聞いております。小さい村ですが、ゆっくりと寛いでください。補給品の積み込みなど、村の若い衆にも手伝わせますので遠慮なく言ってくだされ」


「どうもありがとうございます。……そういえば、村長。私たちはここに来るまでの道中、スノーウルフの群れに襲われました。この村や近隣ではそういった魔物の被害は無かったでしょうか?」


「ほう、スノーウルフですか。珍しい事もありましたね、この村ではめっきり目撃するものもおりませんでしたが……いまのところ、そういった被害は聞いていないですね。ただ……」


「ただ?」


 村長の顔が少し困惑したものになる。何かあったのだろうか。


「いえね、ちょっとおかしなことが。この前の大吹雪の数日くらい前からでしょうか、村の近くから獣がいなくなってしまって。それに家畜や犬なんかが何かに怯えているような雰囲気なんです。でも、その原因に検討がつかなくて困っているところなんですよ」


 もしかして近くにスノーウルフのような肉食の魔物でもいるのだろうか。しかし、一週間近く前からとはどういう事だろう。それだけの間、村の家畜を襲わず、村人にも姿を見せないのは何かおかしい。


「さっき、スノーウルフが珍しいとおっしゃいましたが、この数年で山奥の魔物がここら辺まで降りてくるといったようなことは無かったんですか?」


「そうですね、スノーウルフ位の魔物だと十年くらい前に一度。その時でも村から大分離れたところで目撃されたくらいですね。被害で言えば小型の魔物がたまに作物を荒らすくらいで、大きなものは殆どありません」


「私たちは山で食料が取れなくなった魔物がこの高原地帯まで降りて来たと考えていたんですが……」


「うーん、どうでしょうね。獣を見かけなくなったのはここ最近のことですし、直接の関係は無いと思いますよ」


 クレアはどういう事か分からなくなってしまった。普段はデルトラ山の奥深くに生息するスノーウルフ達は餌が取れなくて山を降りて来たのではなかったのか。それに、付近の森から獣が消えたことも気になる。


 これ以上はめぼしい情報もなく、原因もつかめそうにない。仕方ないのでクレアはホワイトスワンに戻ることにした。村長には念のため、村に見張りを立てる事と近くの大きな町から数日の間でも軍の応援が頼めないか連絡するよう提案しておいた。村長もなんとなくこの事態の異常さを感じ取っていたのか、それともクレアが心配している様子を見て取ったのか、二つ返事で了承してくれた。軍の方には後からクレアからも説明しておこう。これでいくらかは安心できる。


 クレアが席から立ち、村長宅から出ようとしたところ、急に玄関が開いて一人の若者が飛び込んできた。服装と装備からこの若者は猟師だろうか。


「こら、お客さんの前だぞ。そんなに慌てて失礼じゃないか」


「それどころじゃねぇよ、村長! 村の外に魔物が出やがった!」


 クレアは魔物という単語にピクリと反応する。


「その話、詳しく聞かせて!」


 突然の質問に慌てていた若者は驚いてしまい、かえっていくらか冷静になったようだ。


「お、おう。俺はさっきまで森に獲物を探しに行ってたんだよ。でも相変わらず見つかんなくてよ、ちょっと山のふもとまで足を延ばしてみたんだ。そしたらよ、周りの木がガサガサ揺れだして何なんだと向こうの方を見たらデッケェ巨人がのそのそ歩いてたんだよ! 奴のデカいのなんのって、理力甲冑てのがあるだろ? あれの二倍はデカイんじゃないか? そんな奴が二体もいたんだよ!」


 クレアは魔物の特徴から候補を絞る。デルトラ山脈一帯に生息する、理力甲冑よりも大きい人型の巨人。……。まさか。


「その巨人、何か服みたいなのを着てた? あと、道具とか持ってたりアクセサリーを身に付けていなかった?」


「あー、言われれば確かにそうだったような。それと手にはこん棒みたいなの持ってたぜ? ただ、あの大きさだと殆どデッカイ丸太だけどな」


 クレアは最悪の魔物を想像してしまう。しかし、まさか本当にいたなんて。


「クレアさん、その魔物とはもしかして……」


「村長さん、まだ分からないですけど、ひょっとしたら本当にいるのかもしれません。急いで村の人たちに逃げる準備をさせてください。それから近くの軍に緊急連絡を」


 クレアはそう言ってさっき若者が入ってきた玄関を飛び出した。


「おい、村長! なんだよ、俺の見た魔物はそんなにヤバいのか?」


「うーむ、お前の言う特徴が合っていればな。……小さいころに昔話で聞いたことがあるだろ、だよ」


「えっ?! オーガって、あのオーガ?! でも、その昔話に出てくるオーガはもっと小さいんじゃ?」


「ああ、一般的な奴はな。儂も半信半疑だよ。しかし、お前の言う事が正しければ急いで逃げる支度をしなくてはな。ほら、ぼさっとするな。オーガ、いや、が来るぞ」










?」


 ユウは首をひねる。クレアが血相を変えて戻ってくるので何事かと思い問いただしたところ、急いでほかのみんなも呼んで事態の説明をし始めた。それによると、どうも非常に凶悪な魔物が村の近くにいるかもしれないとの事だった。


「えー? 本当にエンシェントオーガなんているんですか? その村の人の見間違いなんじゃ?」


 ヨハンはどうもクレアの話を信じていないようだが、ユウにはさっぱり分からない。


「まあ確かに伝説ではデルトラ山脈に住んでるとの事デスけど。それにしたって、この百年は目撃情報なんて無いような魔物がこの近くにねぇ」


「先生、たとえ普通のオーガと言えども、村人にとっては十分脅威です。ここが襲われないうちにこちらから先制攻撃を仕掛けてもいいのでは?」


 他のみんなはオーガについて分かっているようだが、ユウにはピンときていない。


「クレア、エンシェントオーガってどんな魔物なの?」


「オーガっていうのは人型をした魔物よ。人間の何倍かの大きさのが一般的な種類で性格は非常に凶暴。で、問題のエンシェントオーガっていうのは半ば伝説の話だけに出てくるんだけど、デルトラ山脈の頂上付近にはもっと体格の大きいオーガが住んでいるらしいのよ。そいつらは人間並み、いやそれ以上の知能を持ち、巨大な体はドラゴン種とも渡り合えるほど強靭と言われている程よ」


「あー、なんとなくヤバそうなのは分かった。でも、そうなると本当にそのエンシェント……オーガ? なのかどうか確かめようよ」


「そうね、見間違いってことも十分あるし。まずは私がレフィオーネで上空から捜索してみるわ。本当にエンシェントオーガなら、森に隠れてても分かるわ」


 まずはレフィオーネに空から先行してもらい、目撃されたという魔物の正体を確かめることになった。その後、改めて作戦を練るが、もし本当にエンシェントオーガであれば、あまりに分が悪い。


 今から数百年前、エンシェントオーガがとある街を襲ったという。その時の街はもう。たった一体のエンシェントオーガによって文字通り更地にされてしまったのだ。いくら当時の戦力に理力甲冑がないとはいえ、大きな街が一夜にして地図から無くなったという事実は、この魔物の強大さを物語るには十分すぎる。


 もし、村の若者が見た魔物が本当にエンシェントオーガだとすれば、理力甲冑三機ではとてもじゃないが太刀打ち出来ないだろう。そうなれば、なんとか時間稼ぎをして軍の派遣を待つしかない。


「じゃ、行ってくるわ。とりあえずスワンとみんなはここに待機しておいて」


 クレアがレフィオーネで暗くなりかけの夕空に舞う。ユウはそれを見送ると、アルヴァリスの操縦席で待機しようと格納庫を走る。


「ん? ユウ、この木箱はなんデスか?」


 先生が格納庫の隅にくくりつけられているいくつかの大きな木箱の近くにいる。先生は知らなかったのだが、クレメンテの街を出る間際にギリギリで搬入されていたが、それからはずっと忘れられていたのだ。


「ああ、確かクレメンテで届けられてたんですよ。中身はまだ確認してなかったな、そういや」


「んー、この大きさ……もしかしてアレが届いていたんデスかね?!」


 先生は木箱の周りを走り回り、ようやく伝票を見つけた。


「あー! やっぱりデス! ユウ! 早くこの木箱を開けるデス!」


 ユウは先生の言う通り木箱を開けることにする。こういう時の先生に逆らうと後が面倒だからだ。しかし、木箱はかなりの大きさで、一本一本の釘を抜いていては時間がかかりそうだ。


 ユウはアルヴァリスを起動させ、人の何倍も大きいその手を木箱の蓋に掛ける。メキメキと音を立てて木の蓋が持ち上がっていく。その中には二振りの短剣が固定されていた。


「お、理力甲冑の新しい装備ですか。いつの間にこんなの買っていたんです?」


「いやいや、これは作ってもらったんデスよ。そっちの木箱も開けてみるデス」


 先生がに促されてもうひとつの木箱を開けてみると、そこには中型の盾があった。


「以前、オニムカデを退治したことがあったでしょう? これらの装備はその時のオニムカデから作られたものなんデス!」


 先生によると、二振りの短剣はオニムカデの牙を加工したもので、下手な剣よりも硬度と切れ味が良いらしい。しかしこの短剣の真価はその鋭さではなく、オニムカデの毒腺を利用した独自の機構だ。魔物は言うに及ばず、対理力甲冑戦においても有効なものらしい。……オニムカデの牙そのままの色である赤い刀身は妖しく光を反射している。


 もうひとつの白い盾はオニムカデの堅牢な甲殻を利用したものだ。本来は黒い甲殻だが、表面を研磨するとこのような色になったらしい。この甲殻は強度の割に軽く、それを何層も重ねて張り合わせてある。こうすることで本来の強度に加えて、しなやかで耐衝撃性に優れるようになるという。


「あのとき倒したオニムカデを見てボルツ君と設計したんデスよ! 性能は戦ったユウが一番分かってる筈デス! さあ! この天才を誉めてもいいんデスよ?!」


「おおー、凄い。この盾は普通のよりかなり軽いですね!」


 ユウはアルヴァリスに盾を持たせる。普段よりも装備した左腕の動きが軽く、見た目の大きさより取り回しが良さそうだ。


「でしょう? あ、そっちの短剣は対になっているし、ヨハンにでも使わせたほうが良いと思うデス」


 なるほど、ヨハンの器用な二刀流ならば、あの短剣も上手く使いこなすだろう。







 空はもうすっかり夜の帳が降りていた。しかし、空には雲が無く、月と星の明かりが周囲を照らす。これくらいの明るさなら十分に見渡せる。


 クレアはレフィオーネでデルトラ山脈に向かってゆっくりと飛行していた。目撃されたのは山の麓だったはず、そこを中心に魔物を捜索してみるが、まだ何も見つからない。


「見間違いだったのかしら……? それならそれでいいんだけど」


 もう一度目を凝らして下方を見る。やはり動くものはいない。


 ここまで見つからないとすれば、やはりただのオーガだったのだろう。一度ホワイトスワンに戻って今日は村の防衛に努めるべきかもしれない。そして翌朝、改めて魔物を探索しよう。


 そう思った時、何かの灯りが見えたような気がした。赤い火が森の一ヶ所を照らしている。チロチロと揺らめいているそれはどうやら焚き火のようだ。今しがた火をおこしたのかもしれない。


 こんなところに旅人でもいるのだろうか。クレアは焚き火の所まで行き、保護しようと考えた。エンシェントオーガがこの辺にいないとしても、やはり危険だろう。


 徐々にレフィオーネは目的の焚き火まで近づく。しかし、何かがおかしい気がする。


「なに? キャンプファイヤーでもやってるの?」


 上空から見る火はかなりの大きさだった。キャンプファイヤーというよりも、まるで家一軒が火事になっているようだ。そしてその傍らに座っている人影――――


 クレアは心臓がドクンと跳ねた気がした。この距離からでも判る異形の体つき。理力甲冑と同じ、いやそれよりも大きな体躯。それに何より、牙を剥いた鬼の形相。明らかに通常のオーガではない。とすると……?


「本当にエンシェントオーガが……!?」








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