第22話 白狼

第二十二話 白狼


 今日もホワイトスワンは大地を走る。


 クレメンテの街を出てから数日が経ち、一行は大陸を順調に北上している。


「うう、なんか今日は冷えるな……」


 ブリッジに向かうユウは体を震わせている。日を追うごとに気温が下がっている気がするが、まだ冬には早いはずだ。


「ずっと北上してるし、山に登ってるから気温が下がるのかな」


 ユウはこの大陸の地図を思い出し、クレメンテを北上していくと大きな山が立ちはだかっているのを思い出した。この辺の標高が分からないので体感になるが、とっくに10℃を下回っているんじゃないだろうか。そんな事を考えながらブリッジに入るとボルツが操縦席に、その横に先生が立っていた。


「ユウ、ぶるぶる震えてどうしたんデスか」


「いや、めっちゃ寒いからですよ……」


 先生とボルツはちゃっかり温かそうな上着を着こんでいるから平気なのだろうが、ユウは着の身着のまま異世界ルナシスに召喚されてしまい、服などろくに持っていない。こちらの世界に持ってきたものなど、バイクと今は充電が切れてタダの板切れになったスマホくらいだ。


「先生、もうかなりの高緯度です。それにこの辺りはデルトラ山脈が見える頃ですからね? 年間を通じて平均気温が低いんですよ、ここは」


 ホワイトスワンは大陸を北上し、北の海岸沿いにグレイブ王国を目指す。その道中、大陸のやや北側には東西にデルトラ山脈が伸びている。この山脈は裾野は広くなだらかな高原にもなっているので、この地域は酪農や高原野菜の栽培が盛んになっている。


 しかし、高原を超えて山間部に入ると途端に険しい山々が姿を現す。高い標高は年間を通じて気温が上がらず、山頂部は常に真っ白な雪で覆われている。切り立った山肌は人の行く手を遮り、さらには独特の魔物が多く住み着いている。


 そのため、古来よりデルトラ山脈は人間を寄せ付けず、ある種、神聖視されている。しかし、険しい山脈を避けていけばそこまで交通路としては支障がないので、ホワイトスワンは他の旅人や行商人と同様に山を迂回して高原を抜ける道を辿っているのだ。


「いや、ほら僕は服をもってないんですよ。ついこの前こっちルナシスに来たんだから」


「ああ、そうでしたっけ? 不憫な奴デスね」


 先生が捨てられた子犬か子猫を見るような目をしている。不憫な子扱いされてしまった。


「ユウ君。次の町か村で防寒着を買いましょう。この辺りの町なら上から下まで一式揃うはずです」


 ボルツはホワイトスワンを操縦しながら地図を横目で見て次の拠点を探す。


「えーと、朝出発してからこれだけ時間が経ったから……この位は移動してて……一番近いところは……」


 だんだんと前方よりも地図の方に視線が移るボルツ。あの、よそ見運転は危ないですよ? ながら運転は事故の元なんですよ?


 ユウの心配を余所に、ボルツは地図を見ながら器用に操縦桿を操り、ホワイトスワンの巨体を右へ左へ障害物を避けていく。時折、理力甲冑の何倍はあろうかという巨木をかすめながら走るのでユウは気が気でない。


「あー、ユウ君。一番近い村はこれから三日後の所にありますね。それまで我慢してください」


 三日後? 三日もこの寒さに耐えなくちゃいけないのか? ホワイトスワンのブリッジから見える外の景色が少しずつ白くなっていく。だいぶ標高が上がってきたせいか、雪がチラつきだした。


「すみません。僕は次の村まで自分の部屋に引きこもってるので、その間の食事はみんなで何とかしてくださいね」


「ちょっと! この中で一番料理が上手いユウが引きこもったら駄目デスよ! 私を餓死させるつもりデスか!」


「いえ、もうそろそろ限界です。寒いです。というかなんでこの艦には暖房が付いてないんですか!」


 ホワイトスワンは長期間の作戦行動を想定しているため、一通りの生活に必要な設備はそろっている。しかし、何故か冷暖房は完備されておらず、特にここ最近は寝るときに布団にくるまって寝なければ寒くて仕方がない。


「いやぁ、ホワイトスワンは試作艦デスからね。実際に運用してこそ改良点が見つかるというものデス」


 先生はこういう事は仕方がないという風に言うが、要するに設計の段階で気が付かなかっただけだろう。……天才のくせに、こういうところは抜けているというか。


「ムッ! ユウ、今この天才を馬鹿にしましたね?!」


「うっ?! イヤ、そんなことはありませんよ? ただ、天才でも気が付かないこともあるんだなぁ、と」


 すると先生の顔が見る見る間に赤くなり、ほっぺたをぷくりと膨らませる。


「うっさいうっさいデス! この天才を馬鹿にすると怒りますよ!」


 まるで子供のように怒り出す先生。本当に中身はユウよりも年上なんだろうか。このままでは手当たり次第に物を投げつけてきそうなので、ユウはブリッジから退散することに決めた。








 標高が高いせいか、さっきまで晴れていたかと思ったのが急に曇ったりする。山の斜面を昇る気流のせいで天気が不安定なのだろう。


 しかし、これはちょっと異常じゃないのか?


「なぁ、ヨハン。ちょっとその上着を貸してよ」


「え? 嫌ですよ。寒いんだから」


「くっ……じゃあ、クレア?」


「……貸さないわよ変態」


 変態呼ばわりされてしまった。いや、こっちは薄着を無理やり重ねて着ているんだぞ?一枚くらいは貸してくれてもいいじゃないか。


 ホワイトスワンは高原を順調に進んでいた。今の季節、かなり冷え込むことはあるが、そんなに心配するほどではないだろう。そう言ったクレアはモコモコの暖かそうな上着とズボンを自室から取り出していた。ヨハンも自前の防寒着を着ている。


 先ほどまでは雪がちらつく程度だった。寒さも我慢出来なくはなかった。それが今では、外は猛吹雪。それによりホワイトスワンの内部もかなり寒くなってきていた。


「……クレア。この時期は心配するほど寒くならないんじゃなかったっけ?」


「……知らないわよ、自然のやることなんだから」


 三人はあまりの寒さに、ひとまず食堂に待避していた。さっきまでいた格納庫は金属製の床や壁をしているのと、ユウが破壊したハッチはまだ直していないので寒風吹きすさぶ空間となってしまっている。とてもじゃないが我慢できる範囲を大きく超えて冷え込んでしまった。今頃、アルヴァリスは吹き込む雪で真っ白になっていることだろう。……あとで雪かきしなくちゃいけないのかな。


 ユウはとりあえず即席で作った簡単なスープを啜る。……もう冷たくなってきてる。あまりの寒さでスープはすぐに冷めてしまい、ユウはガタガタと寒さに震えていた。


「まぁ、ここまで吹雪くなんてそうある事じゃないわね、きっと。今年は冬が早いのかしら?」


「こっちの辺りはあまり知らないンスけど、雪ってこんなに降るもんなんですか? アルトスじゃあ、もう何年も積もったこと無いし」


 クレアとヨハンの出身地であるアルトスは大陸のほぼ中央に位置しており、冬でもそこまで寒くはならないので滅多に雪は積もらない。なので、ヨハンはこんなに雪が降っているのは初めて見るのであった。


「いつも話に聞く、雪遊びってやつをやってみたかったけど、ここまで寒いとちょっとなぁ……」


 最初は興奮ぎみにはしゃいでいたヨハンも、さすがにこの寒さには参っているようだ。


「そういや、去年の冬はスキーとかスノボに行けなかったな。こっちの世界ルナシスでもあるの?」


 ユウは昔、学校のスキー体験授業で滑って以来、毎年同級生らとスキーやスノーボードを滑りに行っていたので、ある程度は自信がある。


「うーん、スノボってのは分からないけど、この辺に住んでいる人たちはスキーで雪山を移動するって聞いたことがあるわよ。こういう、細長い板を足につけるんでしょ?」


 クレアは手を目一杯に広げてスキー板の形を作ってみせる。


「そんな長い板でどうするんスか? それじゃあまともに歩けないでしょ?」


 どうやらヨハンは知らないみたいなので、ユウはスキーの滑りかたを簡単に教える。


「へぇー。なんか、楽しそうっスね。あっ、理力甲冑にそのスキー板っての取り付けたら、操縦しながら滑れませんかね?!」


「やめときない。アンタの場合、どうせ派手に転んで機体をバラバラに壊すのがよ」


 クレアはレフィオーネをヨハンに激しくヘッドスライディングされた事をまだ根に持っているようだ。


「まあまあ。……でも、あんまり雪が積もった状態で敵が来たらどうすんの? 足を雪に取られて動けないんじゃ?」


 クレアは食堂の窓から激しく吹雪く外を眺める。


「確かにそうね……。こっちにも理力甲冑は配備されてるはずだけど、雪上装備なんてあるのかしら?」


(そういえば、雪国の人や雪山に登る人はを履くらしいけど、理力甲冑にも履かせるのかな?)


 ユウはアルヴァリスに巨大なかんじきを履かせた様子を想像して、どことなく抜けたような格好に思わず吹き出してしまう。


「何やってんのよ、ユウ。……あら? 停まったわね?」


 クレアの言う通り、ホワイトスワンは理力エンジンと風切り音を小さくさせてその場に停止し出した。この吹雪で太陽の位置は分からないが、まだ夜営には時間が早いはずだ。


 三人は何かあったのかと、ブリッジに急いだ。


ブリッジでは先生とボルツが何か話していた。


「先生、ボルツさん! スワンが停まっちゃったけど、なにかトラブルでも?!」


「あー、いや、まあ、ある意味トラブルデスかね。ちょっと吹雪が強すぎて視界が確保出来ないんデスよ。もうこれは一旦、吹雪がおさまるのを待つしかないデスね」


 確かに、ブリッジから見える外の景色は白一色で、このまま進むには危険なようだ。


 それから一行は大人しく吹雪が止むのを待つしかなかった。この悪天候がいつまで続くか分からないので、そこそこ残っている備蓄は節約することになった。吹雪が止んでも、次の村まで三日はかかるのだから。


「ユウ~! このスープ温かいのは良いんデスけど、具が無いデスよ~。それに塩の味しかしません~」


「そりゃあ、そうですよ。だって塩しか入れてないんだから」


「それじゃあ、ただの水に塩入れて温めただけじゃないデスか!」


「そう思って昆布の出汁も入れてます」


 乾燥した昆布のような海藻を水で戻して、それで出汁を取ってみた。見た目も味も昆布のようだし、多分、昆布なんだろう。ただし、量は少なめにしているから、かなり味の薄い昆布茶といったところか。


「この二、三日は塩とかのミネラル、それと炭水化物。人間が生きていくうえで必要最低限の栄養が主な献立ですからね。みんなわがままを言わないように」


 本当はここまで節制しなくてもいいのだが、さすがにこの吹雪では帝国も魔物も襲ってはこないだろう。最低限の活動が出来る程度に食事を制限しても問題ないはずだ。


 ……いえ、決して誰も上着をくれないからって、ちょっと意地悪してやるとかそういう憂さ晴らしとかじゃあ決してないんですよ?









 結局、次の日も昼になるまで吹雪は続いた。状況が変わってきたのは恐らく夕方頃だろう。ホワイトスワンの艦外から聞こえてくる強い風の音が幾分か、やわらいできたのだ。


 ユウはありったけの服を重ね着して、その上から布団を被ったまま半分凍っている自室の窓から外を覗く。相変わらず視界は白一色だが、叩きつけるような風は少しずつ弱くなっているようだ。


 これなら明日には出発出来るかな? 今晩の食事はいつも通りに戻すか。


 そんな事を考えつつ、ユウは布団を引きずりながら食堂へ向かう。ついでに何か温かい飲み物でも作って飲まないといい加減、凍死しそうだ。


「うぅ、寒い……。今日はシチューでも作ってみるか……牛乳とホワイトソースがあればいいんだっけ?」


 ……オォーン……


 なんだ? 犬の遠吠えかな? ……こんなところに犬なんているのだろうか。すぐ近くに村や民家なんか無いはずだけど。


 ユウはこういう山だと野犬くらいそこら辺にいるか、と一人で納得する。


 厨房に入ったころ、再び遠吠えが聞こえる。さっきより場所が近いのか、少し大きく聞こえる。もしかして近づいてきているのだろうか。うーん、野犬に襲われるのは勘弁したいな。あんまりホワイトスワンから出ないようにしよう。


 ユウが半ば冷蔵庫と化した厨房で食材を確認していると、廊下が騒がしくなってきた。いったいどうしたのだろうか。


「ユウさん! 外ヤバいっスよ!」


「どうしたヨハン。また吹雪が強くなったのか」


「あいつ等が出たんですよ! 数も多いし、すっかり囲まれてるみたいっス!」


「だから何が出たんだ。あ、もしかして野犬か? 噛まれないように気をつけろよ? 野犬に噛まれたら狂犬病という病気に……」


っスよ! 噛まれるっていうか、頭から齧り取られますよ!」


 スノーウルフ? オオカミ? さっき遠吠えしてたやつか。そうか、野犬じゃなくてオオカミだったのか。


「そうかー。ちゃんと戸締りしないとなー。オオカミは怖いもんな」


「いやいや、ユウさん! そんな呑気な事いってる場合じゃないですよ! スノーウルフは理力甲冑並みの大きさなんだから、奴らが本気になったらホワイトスワンなんかバラバラに解体されちゃいますよ!」


「……まじ?」


 ヨハンの顔はいたって真面目だ。そんなデカいオオカミなんているのか、いや、いるのかもしれないな。蛇もムカデもイノシシも規格外のデカさだったし。


「何やってんだヨハン! 早く出撃するぞ!」


「だからそう言ってんじゃないスか!」


 ユウとヨハンは急いで格納庫に走る。しかし相変わらず艦内は冷えるので、急いでいるのに上手く走れない。食堂に置いてきた布団を被ってくればよかった。


 なんとか格納庫に着いたが、ユウは歩みを止めてしまった。


「……寒い」


 そう、寒いのである。さっきまでの吹雪により、格納庫は一夜にして豪雪地帯になってしまっていた。


 ホワイトスワンの横っ腹に壊れて空いたままのハッチから大量の雪が侵入してしまい、アルヴァリスはおろか他の機体、機材や工具も雪に埋もれてしまっていた。よく見ると、向こうでレフィオーネの周りを雪かきしているクレアがいる。


「ユウ! 遅いデスよ! 早く乗るデス!」


 アルヴァリスの操縦席付近で雪を降ろしている先生が叫ぶ。その下では機体の足周りの雪をかいているボルツが。


「うう、寒いけど行くしかないか……」


 寒さに震えながら操縦席に乗り込んだユウはいつもの手順でアルヴァリスを起動させる。聞き慣れた理力エンジンの音が響いたと思うと、体の震えが治まった。


「ん? なんか寒さが和らいだな。機体に暖房が付いているんなら先生も教えてくれればいいのに……」


 いつもの調子に戻ったユウはアルヴァリスでステッドランドとレフィオーネの周りに積もった雪を払う。土木機械じゃないが、やはり人力よりも簡単に雪かき出来る。


「ユウ! 悪いけど、スラスターに雪が詰まってるの。出撃までもうちょっとかかるから時間を稼いで!」


 レフィオーネのスラスターは雪でいくらか凍り付いている。格闘戦が出来ないレフィオーネに地上での戦闘はさせられない。


「分かったクレア! ヨハンはもうすぐ出られるな?!」


「ウッス! もう行けます!」


 ステッドランドは全身にこびり付いた雪を振り落としながら立ち上がる。二機は剣と盾、ライフルを雪の中から掘り出し、雪風が吹き込むハッチから飛び出す。


 ホワイトスワンの周囲には体毛の真っ白なオオカミが取り囲んでいた。かなりの数の群れのようだ。それに大きい。ヨハンは理力甲冑並みの大きさと言っていたが、あながち間違いではなさそうだ。これが、スノーウルフか。


 二機の理力甲冑の登場で取り囲っていたスノーウルフ達は俄かに殺気立っている。どれも鋭い牙をむき、どう猛な瞳は爛々と輝いている。今にもこちらに飛び掛かってきそうだ。


 アルヴァリスは右手に剣を、左手にライフルを構えてゆっくりと辺りを見渡す。正直、これはマズいかもしれない。二、三頭ならアルヴァリス一機でもなんとかなるだろうが、今見えているだけで十頭はいる。恐らく、取り囲っているのはもっと多いだろう。これらが一斉に襲い掛かってきたら、ホワイトスワンを守り切れるかどうか……。


「先生、ボルツさん。聞こえていますか? スノーウルフの数が多すぎます! なんとか時間を稼ぐのでスワンの出発を急いでください! なんとか逃げましょう!」


 ユウは戦略的撤退を提案する。ホワイトスワンの速度なら殆どの魔物は追い付けないはずだ。このオオカミの魔物と言えど、休みなく走り続けることは不可能だろう。すると、無線の向こうからボルツの抑揚の無い声が聞こえてきた。


「うーん、スワンの速度ならなんとか……一日中逃げ続ければなんとかってところでしょう。しかし、これから暗くなるとちょっと危険ですね……」


 確かにボルツの言う通り、魔物に追われながら夜間の行軍は危険だ。難しくともここでスノーウルフの群れを撃退しなくてはいけないのか。


「ユウさん! 俺が突っ込むんで援護お願いします!」


 ヨハンが今の話を聞いていたのか、それとも聞いていなかったのか、二刀を携え真っ正面のスノーウルフに突撃していった。スノーウルフ達は急に突撃してきたステッドランドに驚いた様子で、何頭かが逃げ遅れてしまった。そこへ二振りの白刃が煌めいたかと思うと、二頭のスノーウルフの白い体が赤く染まり、力なく倒れた。


「ヨハン! ああもう、先走って!」


 ユウは毒づきながらも、こういう時ヨハンの行動力に感心する。そのおかげでほとんどのスノーウルフはヨハンのステッドランドに注意が向いた。


 アルヴァリスはライフルの引き金を短く数度引く。数発づつ連射された弾丸は何頭かのスノーウルフに命中する。スノーウルフは小さな悲鳴を上げてその場にうずくまってしまう。死んではないようだが、簡単に動き回れるほど軽傷でもないようだ。


 スノーウルフの群れがバラバラにヨハンのステッドランドに襲い掛かっていくが、ヨハンは余裕の表情で次々と二刀を振るう。オオカミ達は連携が取れておらず、実際のところ、一頭づつを相手にしているようなものだ。確かにスノーウルフの動きは早く、その牙と爪は理力甲冑といえどもまともに食らえばタダではすまない。しかし、今のように一対一に近い状況では冷静に対処すれば問題ない。


 飛び掛かってきたスノーウルフの喉元に右手の剣を突き立て、そのまま勢いを殺さずに背後へといなす。宙を舞ったスノーウルフは他の仲間たちにぶつかり、ぐたりと横たわる。次のスノーウルフが助走をつけて突進してくるが、ステッドランドはとんぼ返りに一回転するとすれ違いざまに背中を斬りつけた。さらに着地の瞬間、左手の剣を宙返りの勢いも利用して少し離れた場所にいた別のスノーウルフに投げつけた。投げナイフのように縦へと二回転したのち、その剣先は見事に胴体へと突き刺さった。


「相変わらずやるな、ヨハン」


 ユウは思わず感嘆の声を上げる。本人に言うと調子に乗るから、という理由で口止めされているがヨハンは理力甲冑の操縦が上手い。ユウやシンのような別の世界から来た人間というわけでもない、理力の強さも一般人と比べてちょっと大きいくらいの、まあごく普通の一般人だ。しかし、才能とでもいうのか、理力甲冑の操縦は最初こそ苦戦したものの、すぐに熟練の操縦士並みに操れるようになったという。


 特に、二刀流の剣捌きはなかなかのもので、左右の腕を器用に操って通常の型にはまらない変幻自在の攻撃を次々と繰り出す。一度攻勢に回ったらその連撃をしのぐ事は難しく、ユウも何度かステッドランド同士での模擬戦を行ったが、なかなか勝率が上がらないほどだ。


 ヨハンが投げつけた剣を引き抜きながら、高く飛んできたスノーウルフの腹部を切り裂いた直後。どこからか大きな遠吠えが響いた。


 スノーウルフ達は一斉に同じ方向を向く。その視線の先には他の個体よりも一回り大きなスノーウルフが静かに立っていた。ひと際白く輝く体毛。過去の傷だろうか、左の耳が欠けている。そして尻尾の先が鮮やかな青に色づいている。


「この群れのリーダー……?!」


 ユウはとっさに身構える。ただこちらを見ているだけなのだが、群れのトップという威圧感からか、それとも本能的なオオカミへの恐怖感からか、ユウは次の行動に移せなくなった。


 青尾リーダーが短く二度吠えると、それまで動きを止めていたスノーウルフ達が一斉に走り出す。それぞれアルヴァリスとステッドランドから一定の距離を保ちながらこちらの様子を伺っているようだ。ユウもヨハンも突然変化した敵の行動に思考が追い付かず、二機とも防御姿勢を取るしか出来なかった。


 再び青尾が短く吠えた瞬間、アルヴァリスの周囲を走っていたスノーウルフ達のうち、前後の二頭が同時に襲い掛かってきた。ユウは反射的にアルヴァリスを仰け反らせて回避する。しかし、そのタイミングを見計らったかのように他の二頭が襲い掛かってきた。


「くっ! 奴が指揮を始めたってわけか!」


 左側からの攻撃はライフルで迎撃したが、右側からの攻撃は避けられなかった。スノーウルフは鋭い爪で肩の装甲に深い傷跡を付けた後、再びアルヴァリスから一定の距離を取ってこちらの様子を伺っている。ヨハンの方も同じ状態になっているようで、苦戦しながらスノーウルフの波状攻撃をいなしている。銃器を装備していない分だけ、あっちの方が辛そうだ。


 しばらくの間、ユウとヨハンはスノーウルフの統率された攻撃をひたすら耐えるしかなかった。反撃しようとするとその方向の包囲が咄嗟に分かれ、その隙をついて背後から襲ってくる。それを回避しようとすると、さらにその隙をついて追撃がくる。しまいには防御することで手一杯で反撃の手が打てない。このままではこちらがジリ貧になってしまうが、スノーウルフ達は交互に休憩をとっているようであまり疲れた様子を見せない。


「ヨハン! 大丈夫か!?」


「こっちはなんとか! でもこのままじゃヤバいっスよ! 攻撃の隙が無い!」


 ヨハンはすれ違いざまに反撃しようと試みるが、上手く躱されてしまった。どうしても前後左右から同時に攻撃されるため、目の前の敵に集中できない。


 そうしている間にアルヴァリスも攻撃を受け続けてしまい、装甲のあちこちが傷だらけになってしまった。本当にこのままじゃマズいな。


「ユウ! ヨハン! 私が隙を作るから敵の頭を一気に叩いて!」


 突然、無線からクレアの声が聞こえた。やっとレフィオーネは出られるのか?


 甲高い風切り音が鳴り響きだしたかと思うと、ホワイトスワンのハッチから薄い水色の機体が周囲の雪を巻き上げながら飛び出した。スノーウルフ達は新たな敵に、というよりも激しいスラスター音と巻き上げられた強い風に驚いてしまい、一瞬だけ統率の取れた動きが鈍った。


「ヨハン!」


 アルヴァリスは雪が踏み固められた大地を力の限り蹴り、少し離れた場所に佇んでいた青い尻尾のリーダー目掛けて低く跳躍する。青尾はさっと走り出そうとしたが、アルヴァリスがライフルで牽制して逃がさないようにする。


「でえぇりゃぁぁ!!」


 ステッドランドがスノーウルフの包囲を無理やり突破し、高く跳躍する。両手に握った二刀を振りかざし、落下の速度を乗せた一撃を青尾にお見舞いした。しかし、すんでの所で青尾は体をねじって回避する。そこへすかさずアルヴァリスが鋭く剣で突き、さらにライフルで追撃する。銃弾がいくつか青尾の体をかすめたのか、所々に赤い血が飛び散った。


「ユウ! 援護するから決めて!」


 レフィオーネは上空でホバリングしながら長銃を構えている。乾いた銃声が二発立て続けに響いて、青尾のすぐ足元の雪が大きく跳ねた。


 回避しようと走り回っていた青尾は突然の銃撃に怯み、動きを止めてしまう。そこへアルヴァリスが水平に跳躍して殆ど体当たりのようにして剣を突き立てる。


 手ごたえはあった。ぶつかった衝撃でアルヴァリスと青尾はその場で転がってしまう。ユウはなんとか体勢を戻したが、右手に剣が無くなっているのに気づく。見ると、青尾の胴体、右の脇腹にアルヴァリスの剣が突き立っていた。


 横たわっていた青尾は体を震わせながらヨロヨロと立ち上がるが、剣が刺さったままの傷口から血がボタボタと流れ落ちる。この傷でまだ立っていられるのか。驚異的な生命力だ。


 ユウは左手のライフルを構えるが、青尾はじっとこちらを睨んでいる。牙を剥いている口からも血が流れ落ちる。どうしたのだろう、この傷では逃げることも出来ないのか。


 突如、青尾はこれまでよりも大きな遠吠えを上げた。本当はそんな体力はもうとっくに残っていない筈だ。しかし、どこにそんな力があったのかという位に力強い声を上げる。すると、ほかのスノーウルフ達がリーダーに呼応するように遠吠えを始めた。


「クレア、ヨハン、こいつら一体どうしたんだ?!」


「……分からないわ。でも油断しないで」


 ユウ達はスノーウルフの遠吠えに囲まれる。いつまで続くのかとユウが思ったとき、何かが動く音が遠吠えに混じって聞こえたような気がした。青尾がいたところを見ると、そこには大きな血だまりと剣が残されており、向こうにむかって血が点々と続いていた。


「逃げたのか……」


 青尾に突き刺さっていたはずの剣を拾うと、あれほど周囲に響いていた遠吠えがピタリと止み、スノーウルフ達は一斉に血が続く方向へと走り出した。ユウは咄嗟に剣を構えるが、どうやら向こうにはもう戦意がないらしい。アルヴァリスには目もくれずに走り去っていく。


「なんとか撃退できた……のかな?」


「お疲れ様、ユウ、ヨハン。他の魔物に襲われないうちに急いでスワンに戻りましょう」


 ユウはスノーウルフ達が走りさった方向をしばらく見続けたあと、雪を押しのけながら走り出したホワイトスワンに急いで飛び乗った。





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