第21話 滞空

第二十一話 滞空


 レフィオーネからクレアが降りてくる。格納庫に備え付けられた、理力甲冑に搭乗したり整備する際に使われる急な階段をトトトっと駆け降りると、下でユウとヨハンが待ち構えていた。


「ク、クレア!」


「姐さん!」


 二人は興奮してクレアに詰め寄ってくる。あまりの勢いにクレアは思わず後ずさってしまう。


「この機体! 空を!」


「飛ん! 飛んで!」


「二人とも! ちょっと落ち着いて!」


 クレアはどうどう、とまるで馬を落ち着かせるようにする。それでも二人の興奮は治まる様子がない。


「あの機体、空を飛んでた! 理力甲冑が空を!」


「空を! フワッて! ゴォーって風が!」


 段々と二人の語彙力が退化していく。そんなに空を飛んだ事が衝撃的だったのだろうか? いや、衝撃的か。正直、自分でもちょっと信じられない。


「ユウ、ヨハン。クレアが困っているデスよ。レフィオーネの事なら私が教えてあげるデス」


 ブリッジにいた先生が格納庫にやってきた。初戦闘、初飛行を終えたレフィオーネの様子を見に来たのだが、三人が機体の下で騒いでいるので仕方なく割って入ったのだ。


「せ、先生! あの機体!」


「あー、もう。それはいいデスから。……この機体、レフィオーネはこの世界で初めての単独飛行が可能な理力甲冑デス。結果は……ま、見ての通り、大成功デス」


 先生は事も無げに言って見せるが、理力甲冑の常識を超えるような機体をこの先生は作り上げてしまったのだ。この異世界ルナシスでは殆ど航空機に関する技術が発達していない。ホワイトスワンや先の戦闘で撃墜した機体は分類上、船舶に該当するであろう代物で、あくまで飛行するものではない。


「レフィオーネの元になった機体が軽量化の果てに軽くし過ぎたって話は前にしましたよね? その話を聞いた時に飛行可能な理力甲冑のアイデアを練っていたんデスよ。問題は山積みだったんデスけど、最終的にはこの天才がバッチリ解決しました!」


 先生の解説によると、一番の問題は飛翔するための推進力だった。いくら極端に軽量化した機体とはいえ、理力甲冑の大きさの物体が宙に浮くためにはそれなりに大がかりな推進装置が必要となる。帝国にいた時にもこういった飛行可能な理力甲冑を開発しようとしたらしいが、結局この問題を解決できなかったという。


「それで先にホワイトスワンを実用化して、推進装置のノウハウを蓄積していったんデスよ。飛行中に機体を制御させる安定翼なんかも結構データ取れました。で、結局のところ推進装置を完成させたのは理力エンジンデスね。理力エンジンを使う事で取り込んだ空気をめちゃくちゃ圧縮することが可能となり、それを推進力として利用できるようになったんデス。しかもなんか不思議なことに、理論値よりも推進力が高い値を示しているんデスよ! 多分、理力を含む空気を高密度に圧縮したせいですかね? まあ、そこら辺はこれから研究するとして、とにかくこの短期間で実用化にこぎつける事が出来たんでヨシとしましょう!」


 先生はフフンと鼻を鳴らす。いつもはただのちびっ子にしか見えないが、やっぱりこの人は凄い技術者なのだろう。


「あの! 先生! そんな事より、俺のステッドランドにも付けてよ! 俺も空を飛びたい!」


 ヨハンはレフィオーネの腰部を指さす。オトコノコにとって空を飛ぶことは憧れなのだ、と言わんばかりの勢いだ。正直、ユウにもその気持ちはよく分かる。しかし、と思ってレフィオーネの腰部のまるでロングスカートのように延びたパーツを見る。これは空を飛ぶための安定翼を兼ねた推進装置になっているとのことだが、レフィオーネの女性のような細身のシルエットによく似合っている。……あれをちょっとゴツい体型のステッドランドに装着するのか?


「いや、無理デスよ。今はもうあれだけ作る資材が無いし、ステッドランドは重たいし、それに何よりもう理力エンジンが無いデス」


 レフィオーネの背部にはアルヴァリスにも搭載されている理力エンジンと同じものが搭載されている。帝国から亡命するときに持ってきた理力エンジンはもうこれで残っていないそうなのだ。肝心要のパーツがなければどうしようもない。ユウは少し安心して、代わりにヨハンの顔は一瞬曇ったが、すぐにパっと晴れる。


「じゃあじゃあ! レフィオーネを操縦させて下さいよ! 姐さん、いいでしょ!」


 ヨハンはクレアの手を取り、ブンブンと上下に振る。クレアは困った様子で言い淀んでいるが、どうしたんだろうか。


「えっとね、ヨハン。レフィオーネを操縦するのは結構難しいのよ。かなり分厚い説明書をね……」


「多分、ヨハンには無理デスよ。オマエ、操縦は上手いデスけど、マニュアル全然読まないタイプデス。絶対に操縦方法覚えられないから必ず墜落しちゃいますよ。ま、それでも乗りたいなら今後、授業をしてやってもいいデスよ?」


 ああ確かに、とユウは心の中で思う。ヨハンは理力甲冑の操縦は上手いほうだが、天性の勘でやっているような気がする。理論よりも実践派、と言えば聞こえが良いが、実際は勉強が嫌いで体を動かすことが好きな少年だ。


「いや、やっぱ遠慮しとくっス……」


 やはり勉強とか授業とかの単語に拒否反応を示している。


「僕は授業を受けようかな……。だって空飛びたいし」


「お、ユウはやる気あるようデスね。クレアもまだ飛行に関しては未熟デスからね、定期的に訓練飛行と授業をしましょう! ついでにヨハンも参加するデス。これは絶対的な命令デス!」


 ヨハンは訓練とはいえ飛行できる嬉しさと授業を受けたくない気持ちで何とも言えない顔をしている。あきらめろ、ヨハン。こういう勉強は必要なんだぞ。


「私のプランではレフィオーネをひな型にして飛行型理力甲冑を量産するデス。そうなったら一人でも多くの操縦士に飛行教習を行わなければいけないデスからね、お前らはこれから教官候補デス! 理論から実地まで全て出来るようになるデスよ!」








「なに? 連絡が途絶えた?!」


 男が懐疑的な声でもう一度聞く。


「本当に連絡が無くなったんだな?」


 とある作戦室。数人の軍人が忙しなく歩き回っているなか、中央に陣取った大きな机の横で無線を担当する技官が改めて報告する。


「はっ、作戦途中の定時報告が来ておりません」


 男は椅子にどかっと座り込む。そんなバカな、という顔を必死にごまかすが、彼の部下がチラチラとこちらを伺っている。彼は新型輸送機の開発を指揮しているオーバルディア帝国の軍高官だ。今は輸送機の最終訓練を兼ねた作戦に指揮していた。そう、新型の輸送機とは先の戦闘でクレアとレフィオーネが撃墜した機体のことだ。


「連合に撃墜されたと思うか?」


「どうでしょう……。すぐ近くに味方の部隊がおりませんので、詳細は不明です。しかし、襲撃されたという連絡すら無かったので、連合に落とされたとは考えにくいのですが……」


「それならば機体の不調だとでも?」


「可能性で言えば……。突発的な機体の故障で通信をする間もなく墜落したと考えるのが妥当ではないでしょうか」


 男はそれこそバカな、と心の中で呟く。この新型輸送機は帝国の最新鋭の技術を持って作られた、宙を滑るように移動出来る機体だ。地形に依らず一定の高速で移動出来るこの輸送機は、馬車や理力甲冑と比較して大きな輸送力を持つ。


 多少は生産コストがかさむが、それでも早く実用化と全軍に配備しなければならないため、責任は重大だった。なので、一連の開発から実機の試験は細心の注意を払ってきたし、これまで大きな事故も無かった。それが、最後の試験で突然の故障? それも二機ともがそろって重大な事故だと?


 ドンッ!


 彼はあまりの怒りに、目の前の机に自分のこぶしを思わず振り下ろしてしまった。その衝撃で作戦のために地図の上に置かれていた、部隊を示す駒が何個か机から落ちてしまった。


「もし墜落したなら、どこかに残骸が残っているはずだ! 急いで一番近くの部隊に回収を急がせろ! 部品の一つ、ネジ一個でも連合の奴らに拾わせるな!」


 その怒号で彼の部下は全員、一瞬動きを止めたがすぐに回収のための部隊を選定し任務を伝達する作業に入った。


(こんなところに来て作戦が失敗だと……?! 重大な欠陥などなかったハズだ……。現に、以前のクレメンテ偵察の時は全く問題が無かった。だからこそ開発は最終段階に入ったのだ……。いや、まてよ? そういえば、クレメンテでは例の白鳥ホワイトスワン試作機アルヴァリスが目撃されたという報告があったが……まさか?)


 もし、それらの目撃情報が正しければ、あの先生もそこにいるはずだ。そうだとすれば、こちらの新型輸送機の事をある程度知っている人間の一人だ。なんらかの方法で作戦を察知して撃墜してみせたのか?


 そこまで考えて男は頭を振る。いや、まさか。たとえ事前にこの最終試験を兼ねた作戦を察知したとしても、高速で移動する輸送機を撃墜出来る方法など、無いに等しい。いかに理力甲冑といえど、そこまでの長距離射撃が出来る機体と操縦士はまずいない。そう、それこそ、でもいない限り。


 やはり機体になにか重大な欠陥があったのだろうか……。


「急げよ! 我々の働きによって帝国の軍事力はさらなる飛躍を遂げるのだぞ!」







 ホワイトスワンがクレメンテの北、広大な湖を縦断したのは予想通り真夜中の事だった。一行はすぐに駐機できるような広い場所を探し、休息を取ったのであった。特にボルツは殆どホワイトスワンの操縦にかかりっきりだったので疲労が激しかったのだ。本人はいつもの抑揚のない調子で、何、これくらい平気ですよと言うが、さすがに真夜中に移動するのは危険だ。まだまだ道のりは長い。


 そして、次の日。ボルツの体調を考慮して出発は昼前となった。そこでこの空いた時間を利用して、先ごろ初飛行を成功させたばかりのレフィオーネの試験飛行を行うことになった。一度成功したからといって、次も成功するとは限らない。先生によると、今のうちに様々なデータを取得し、それらを機体に反映、もしくは次代の飛行型理力甲冑の経験値とするらしい。


 まずはクレアが通常の飛行能力を計るため、昨夜渡ったばかりの湖の浅瀬部分を飛ぶことになった。昨日の戦闘ではどちらかというと、勢いで初飛行に臨んだ部分もあったクレアは少し緊張した面持ちでレフィオーネの操縦席に入る。


「大丈夫、昨日は上手く飛べたじゃない」


 自分にそう言い聞かせるが、よくよく考えると空を飛ぶという事は結構怖い。しかし、恐怖を感じると同時にあの時感じた心地よい加速感、広がっていく視界、空を飛ぶという感覚。まるで鳥になったかのような解放感。あの感じは忘れたくても忘れられない。


 意を決してクレアは操縦桿を握る。いつものように理力甲冑を起動させると、何かが高速回転するような高音に加え、機体背部に搭載された理力エンジンが吸気と排気の音を小さく響かせる。飛行用のスラスターはまだ吹かさないのでアイドリング状態といったところだ。


「先生、起動したわよ」


 すると無線から先生の声が聞こえる。先生は今、ブリッジでもう一つの試験を行う準備をしているはずだ。帝国の輸送機を探知した例のレーダーを実用化に向けて調整するとの事だが、どうも上手くいっていないらしい。


「こっちはもう少しかかりそうデス。クレア、先にスワンの外に出て理力エンジンの稼働テストをやっていて下さい!」


 クレアは待っているのもしょうがないので、先生の言う通り先に試験を始めようとする。レフィオーネが格納庫を静かに歩いていく。機体が構造の限界まで軽量化されているためか、それまで乗っていたステッドランドと比べてかなりフワフワした乗り心地だ。こんなに軽いのでは先生の言っていた通り、互いの重量が大きく影響する格闘戦などは以ての外だ。なるべくなら、いや、絶対に敵と接近しないように気を付けよう。


 レフィオーネはホワイトスワンのハッチから出ると、すぐ横の広い草原へと歩みを進める。ここはすぐ向こうに大きな湖が見え、辺りはなだらかな草原が広がっている。任務ではなく、純粋に遊びに来たのなら気持ちのいい場所だっただろうに。


「さて、まずは準飛行状態、っと」


 クレアは操縦桿の付け根、その下に増設されたいくつかのスイッチ類のうち、ダイアルをカチリと回す。すると理力エンジンの音が少し大きくなり、操縦席ここからでは見えないが、レフィオーネの腰部に設けられた飛行用スラスターが展開する。それに合わせて目の前のモニター左下部が赤くなる。ここにはレフィオーネの簡単な図が表示されており、この図の変化によりスラスターの稼働状況や今の準飛行状態などを簡易的に知らせてくれるのだ。


「えっと、準飛行状態の動き方は……」


 クレアは先生から貰ったマニュアルを思い出す。準飛行状態とは、腰部スラスターを適時展開することで跳躍などの補助に使う状態だ。飛行出来ない地形環境や、理力エンジン及びスラスターの不調などの時にこの状態で戦闘を行う事が想定されている。先にも言ったが、このレフィオーネは接近・格闘戦に向いていない。訓練も兼ねて、万が一の時の回避行動にも慣れておいた方が良さそうだ。


 レフィオーネが軽く前方へ跳躍しようとすると、腰のスカートが翻るように可動し、スラスターから圧縮空気が排出される音がする。するとレフィオーネは見上げるような大きさの理力甲冑とは思えないほど、軽やかな跳躍を見せる。宙にいる間も圧縮空気は噴出しており、まるでそこだけ重力が弱くなったかのような滞空だった。レフィオーネのつま先が再び地面に触れる瞬間、その一瞬だけ圧縮空気の勢いが増して着地の衝撃を緩和する。


「ほんと、凄いわね……」


 スラスターの可動や推力の調整は通常の理力甲冑の操縦と同様に、操縦桿を通じて理力をその部位に

送ることで操る。スラスターに送る理力を強くイメージすればそれだけ強い推力が、逆に弱くイメージすればほどほどの推力が発揮される。スラスターの向きも同様に操作することでこのレフィオーネは飛行時の細かな調整を行っている。


 しかし、本当に凄いのはこれらの操作を補助している機構だろう。人間のイメージとはかなりなもので、頭の中で考えていることを正確に抽出することは難しい。特に理力甲冑に初めて乗った際、頭の中でいくら精巧に歩くイメージを浮かべてもまともに歩けるものは少ない。それを繰り返すことでイメージと実際の動きのズレを補正してくことが最初の訓練ともいえる。


「ここまでイメージとのズレが無いなんて、一体どうやったらこんな機械を作れるのかしら」


 クレアは機体を右に左に、前へ後ろへと跳躍を繰り返すが、まるで何年も乗り慣れた機体のようにレフィオーネは動いてくれる。


「あー、クレア聞こえるデスか? ちょっとこっちは手が離せないデス。ユウとヨハンに準飛行状態やらせて、スラスターの動きを慣れさせてやって下さい」


 無線から先生の声が聞こえる。まだかかりそうなのか。仕方がない、ユウとヨハンを呼ぶか。


「姐さん!」


 見るとホワイトスワンからヨハンがこちらに走ってくる。ユウも一緒だ。クレアは機体を膝立ちにさせ、操縦席から勢いよく飛び降りる。


「これから呼びに行こうと思ってたのに、丁度いいわね」


「はい! 訓練に備えて待機していました! ずっと見てましたけど凄いッスね!」


「うん、理力甲冑とは思えないほど軽やかな動きだね。さすがクレア」


 見られていたと思うと何故か恥ずかしい。いや、そんな事より訓練だ。きっちり教えて操縦法を覚えてもらおう。


「いい、二人とも。まずは飛行訓練の前にさっき私がやってた準飛行状態で機体の操作に慣れてもらうわよ。まず、スラスターの動きなんだけど……」


 クレアは再び先生のマニュアルを思い出しながら説明する。機体の動きと連動するスラスター、安定翼の働き、推力の調整……実際に動かしてみて感じた事も加えながら解説していく。多少怪しいところは後で先生に補足してもらおう。


「……という感じね。これで一通りは説明したけど、なにか分からないところはある?」


 クレアは二人を見る。ユウはなんとか理解してくれているようだ。……ヨハンは多分、殆ど理解していなな。


「とりあえず、ユウ。アンタから乗ってみて」


「えっ! 先に俺を……」


「ヨハン、あんたにはもう一度最初から説明するわ。ちゃんと話を聞きなさい。じゃ、ユウ悪いけど一人でやってみて」


「うーん、大丈夫かな……?」


 ユウはそう言いつつもレフィオーネの方へと歩いていく。それを羨ましそうに眺めるヨハンにクレアは先ほどの説明をもう一度、最初から始める。







「えっと、このツマミだな」


 ユウはレフィオーネの操縦席に乗りこみ、準飛行状態にダイアルを切り替える。後ろの方からユウにとって聞き慣れた理力エンジンの音が聞こえてきた。機体が小さく振動しており、スラスターから圧縮空気が常時、噴き出しているのが感じられる。


「スラスターの動かし方は……確かこんな感じかな?」


 ユウはクレアに教えてもらった通りにイメージすると、駆動音が聞こえてスラスターが思った通りに動く。


 何度かスラスターを動かしたり圧縮空気をさせておおよその感覚を掴む。よし、いってみるか。


 レフィオーネは軽く助走をつけた後、大地を踏みしめて跳躍する。機体の動きに合わせて腰のスラスターが可動し、圧縮空気を一気に吐き出す。ユウは普段のアルヴァリスで行う跳躍とは異なる浮遊感を感じながら、視界がゆっくり上下していく。着地の瞬間、膝を曲げて衝撃を吸収しようとするが、柔らかい砂かクッションに着地したかのようにフワリとした感触だった。


「……結構面白いな」


 だんだんスラスター制御に慣れてきたユウは色々な機動を試してみる。走り幅跳びのように大きく跳躍してみたり、跳躍の途中で進行方向を変えてみたり。最終的にスラスターを存分に活用して後ろに宙返りまでやってのけた。まるで新体操の選手のように華麗なバック宙を決めたレフィオーネはスカートをヒラリと膨らませて着地する。


 すると、視界の端でクレアが手を振っているのが見えた。どうしたんだろう。


「…………!」


 どうやら、クレアが何か叫んでいるようだ。激しく動くため、クレアとヨハンのいる場所から少し離れた場所にいるので良く聞こえない。


 ユウは二人の下まで戻り、レフィオーネから降りる。


「ユウ! 誰がバック宙までやれって言ったの! もし着地を失敗してレフィオーネを壊したりしたら殴るわよ!」


 そう言いながら怒り心頭のクレアはユウの足にローキックをお見舞いする。鈍い痛みを感じながら、そういえばクレアは口や手が出るよりも先に足が出るタイプだったとユウは思い出す。というか、失敗しなかったから結果オーライなのでは?


「痛っ! ごめん、ごめんてクレア!」


「姐さん! 落ち着いて!」


 ヨハンが後ろから羽交い絞めにするが、二人の身長差もあってあまり効果がない。ユウは必死に謝り倒し、数十分掛けてなんとかクレアの怒りを鎮めることに成功した。


 確かに激しくやり過ぎたかもしれない。先の戦闘で機体を壊したばかりのクレアが新しい機体の事を心配するのは当然だ。ユウは少し反省する。


「さて、次はヨハンね。……わかってると思うけど、無茶な動きをしたら……」


「ウッス! 無理な機動はしません!!」


 鋭く睨みつけるクレアの迫力にヨハンは冷や汗をかいている。ユウはその隣で正座をさせられている。


「いい? ヨハン。いくらアンタが理力甲冑の操縦が上手いといっても、限界があるからね? 少しずつ機体の動きに慣れていくのよ。ましてやバック宙なんかしたら……」


「分かってます! 分かってますから!」


 ヨハンは逃げるようにレフィオーネへと乗り込む。その様子を見てクレアはため息を一つつく。


「あの、クレアさん。本当にすみませんでした」


「……フン!」


 正座をしているユウは足の痺れと戦いながら、クレアのご機嫌をとる方法を考えるのに必死だ。これは好物のオムレツ程度では許してくれないかもしれない。そんな事を思いつつ、ヨハンが操るレフィオーネの方をぼんやり眺める。


「ユウもそうだけど、ヨハンもやっぱり上手いわね」


 ぽつりとクレアが呟く。確かに、何度かの軽い跳躍でもうスラスターの動きを覚えてしまったようだ。やはりヨハンは理論よりも実践して覚えるタイプのようだ。それにしてもこの短時間で十分レフィオーネを乗りこなしてしまうとは、ユウのような召喚された人間でもないのに大した奴だ。いわゆる天才肌というやつか。


 クレアが頃合いを見計らって大きな声で叫ぶ。


「ヨハンー! もう少し大きく動いていいわよ!」


 レフィオーネの右手がグッとサムズアップをする。了解の合図だろう。するとヨハンは助走をつけて跳躍する。ユウがさっきやったように長く滞空するつもりなのだろうか。レフィオーネが放物線の頂点から徐々に降りていき、着地するその瞬間。機体の腰部スラスターが大きく展開し、圧縮空気が激しく噴出する。機体のつま先は地面に接触することなく、宙に浮いたまま滑るようにして移動する。手足とスラスターを器用に操り、右へ左へとまるでアイススケートを滑っているかのようだ。


「へぇ。上手いもんだな」


 ユウは素直に関心する。ギリギリ地面に触れない程度に推力を維持しつつ、機体の全身でバランスを取りながら自在に動く。こんな芸当、自分には出来ないなと思う。


「確かに凄いけど……ちょっと、大丈夫かしら。少し調子に乗っていない?」


 クレアも感心はしているが、やはり機体の方が心配のようだ。見ると、レフィオーネは時々バランスを崩しそうになっている。


「大丈夫だよ。ヨハンなら失敗しない……」


 クレアを安心させようと声をかけた瞬間。圧縮空気の音が激しくなったと思うと何かが衝突したような音が辺りに響いた。


 ユウは恐る恐るそちらの方を向くと、さっきまで華麗に滑っていたはずのレフィオーネが地面に前のめりになっているではないか。少し地面を削ってしまっているが、機体とヨハンは無事だろうか。と、真横にいる人物の事を思い出し、ユウは血の気の引く音が聞こえた気がする。すぐ横に立っている人物、クレアは……プルプルと震えている。ヤバい。めっちゃ怒っているぞ、これは。


 ユウは急いでこの場から逃げ出そうとするが、長時間の正座で足がまともに動かせない。無理やり立とうと頑張るが、バランスを崩してその場に倒れてしまった。


「あの、クレアさん。落ちついて、ね? 落ち着いて話をしましょう?」


 クレアは全身を怒りで小刻みに震わせながらも、その笑顔をユウに向ける。あ、本気で怒っていらっしゃる。


「何やってんのよ、あのバカー!!」


「痛い!!」


 クレアは憤怒の蹴りを今ここにいないヨハンの代わりに、地面に突っ伏していたユウに浴びせるのだった。







 幸い、レフィオーネに大きな損傷はなく、装甲の表面がいくらか削れただけだった。しかし、クレアは一日中機嫌が悪くなってしまい、先生はせっかく綺麗に塗装した装甲を台無しにされたとプリプリ怒ってしまい、ボルツからはこういう使い方は想定していないと小言を食らってしまった。


「うう、なんで僕まで怒られるんだよ……」


「……すみませんすみません……」


 その日、ユウとヨハンは罰として格納庫で一日中正座で反省させられてしまったのであった。





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