第5話 訓練・1
第五話 訓練・1
アルトスの街、周辺には見渡す限りの麦といくつかの野菜畑が広がっている。しかしよく見ると一ヵ所だけ、ポツンと穴が空いたような空間がある。学校のグラウンドの10倍はあるだろうか、その周囲にはボロボロの柵がならんでいる。農地では無いらしく、ただ土地を均しただけのような広い空地の真ん中にに一つだけ矢倉のようなものが、これまたポツンと建っている。見た目はただの荒れ地だが、実は理力甲冑専用の訓練場なのだ。
ユウは何故か口数の少ないクレアとヨハンに連れられてこの訓練場に来ており、中心にある矢倉へと歩いていく。そのそばには訓練用だろうか、ステッドランドとは異なる理力甲冑が立て膝をついている。一世代は前の機体でスピオールという理力甲冑だ。
このスピオールはすでに現役ではないが多数が量産されており、耐久性と操縦性が良いためこうして訓練機として広く使われている。ユウは昨晩のうちに二人からバルドーの指示で理力甲冑の訓練を行うと聞いていているため、服装も丈夫で動きやすい物を借りている。
矢倉の近くまで来るとそこに一人の男性が居た。あの人物がこの訓練の教官なのだろうか。二人に聞こうとするが、何故か険しい顔をされてしまう。
「ユウ、悪いことは言わないわ。絶対に逆らわないで」
「ユウさん、死なないで下さい……」
「どういうこと? 二人とも知り合いなの?」
突然二人がピシリ敬礼をした。
「「おはようございますッ! 教官! お久しぶりです!」」
教官と呼ばれた男はジロリとこちらを睥睨する。白髪は短く刈り込み、顔に深く刻まれたシワ、鋭い眼光はまさに古参兵のそれだ。恐らく老齢に差し掛かるだろう肉体はしっかりと鍛え込まれている。
「久しぶりだな、ひよっこ共ォ! ……お前がユウか。俺の名前はオバディアだ。話は聞いてるぞ、一人で魔猪を倒したんだってな。素質はあるようだが、果たして俺のシゴキについてこれる根性はあるかな?」
男性は地獄の底から響くような低い声で笑う。クレアとヨハンは以前、理力甲冑に乗るための訓練をこのオバディアから受けている。なので昨日、バルドーから訓練の話を聞いたときから戦々恐々としていたのだ。
「いいか、お前ら! プライベート以外では俺の事を教官と呼べ! いいな!」
「「はい! 教官!」」
「俺の言うことには全部ハイで答えろ!」
「「はい! 教官!」」
「返事の後には必ず教官を付けろ!」
「「はい! 教官!」」
「お前らの理力甲冑の腕前をハイハイも出来ないひよっこから、おんぶに抱っこが要らない程度に鍛え上げてやる! 泣いて喜べ!」
「「はい! 教官!」」
オバディアは戦争映画の鬼軍曹のような檄を飛ばし、クレアとヨハンは同じく映画の新兵ように返答する。そのやり取りを見たユウは呆気にとられる。
「おい、ユウ! てめぇ、口はどこに置き忘れて来やがった?」
「えっ、いや、口はついてますけど……」
「舐めた態度してんな、いい度胸だ。てめぇには後で特別メニューを用意してやる。泣いたり笑ったり出来なくしてやるから、楽しみに待っとけよ?」
「はぁ……」
「よし、それでは最初に模擬戦をやってもらう! ユウ対ヨハンとクレアだ! ルールは有効打が三回で撃破判定、クレアとヨハンはどちらかが撃破されれば負け! 時間は無制限、火器は無しだ! 剣だけで戦え! さぁ、早く乗れ!」
「「はい! 教官!」」
今度はユウも新兵の返事に加わり、理力甲冑の所へ走っていった。
訓練場の中央、矢倉の上にはオバディアが立っており、少し離れた所にいる理力甲冑スピオール三機を睨んでいる。肩には識別用の番号が振ってあり、ユウは三号機、クレアは四号機、ヨハンは五号機にそれぞれ搭乗している。
「いきなり模擬戦か……」
ユウは独りごちながら、所定の場所に進む。浅い戦闘経験、しかも相手が二機という不利に対して、ユウはあまり気負っている様子がない。はじめての戦闘で巨大なイノシシ相手にあれだけ立ち回れたのだ、今回も上手くいくだろう。そんな風にタカをくくっていた。
一方、クレアとヨハンは無線を通じて作戦を練る。クレアはユウの実戦を知っているため、半端な戦い方では負けるだろうと予想している。その為、ヨハン機を前衛、クレア機を後衛にし、攻撃と守備を分けるつもりでいた。ヨハンは年若いが、あれでなかなか操縦センスがある。自分がフォローすればギリギリ互角の勝負になりそうだ。
「いい、ヨハン。あんたが攻めに徹すれば例えユウでも迂闊に動けないわ。ガンガン行きなさい!」
「ウッス、クレアの姐さん! サポートはお任せします!」
「姐さんって言うな!」
突然、無線からオバディアの声が割り込む。
「おい、二人とも。この俺がお前達に作戦を授けてやる。作戦通りにやれば必ずユウの奴に勝てるぞ。いいか、心して聞け。作戦は――――――――だ」
金属同士が激しくぶつかる音が訓練場に響く。それに合わせて巨大な足が大地を蹴る度に土煙があがる。模擬戦開始の合図からだいぶ経つが未だに決着はついていない。
「くそっ、攻めきれない!」
横に凪いだ剣がクレア機の左腕に装着された盾に弾かれる。鈍い衝突音が消えないうちに反撃を警戒して後ろへ飛び退く。しかし、予想に反して二機は距離を取っていた。クレア機は剣撃の衝撃でよろめいた機体を立て直し、再び盾をこちらに向ける。その後ろからヨハン機も盾を前面に掲げ、こちらの様子を窺っている。
「ほう、粘るじゃないか……」
オバディアは素直に関心する。初めて理力甲冑に乗って魔猪を、それも一人で撃退したという話を聞いた時は半信半疑だった。が、実際に理力甲冑を動かしている所を見ると、経験も浅いのにここまで滑らかに動かす奴はそういない。
守備を固めた二機はジリジリとユウへ詰め寄る。たまらずユウ機は右手の剣を高く振り上げ、重量と加速度を乗せた一撃を放った。しかし、予備動作が大きいため、対する二機は危なげなく回避する。
さらに回避と同時にヨハン機は剣を持ち上げており、そのまま鋭い突きを繰り出す。空振りした剣を地面に叩きつけたばかりのユウはその衝撃を利用して機体を捻り、何とか回避を試みる。が、避けきれずに左胸部を少し削られてしまう。
ユウは小さく舌打ちしながらそのままクルリと機体を横に回転させて着地する。二人は……またもや盾を構え直し、積極的に攻めてくる気配はない。さっきからずっとこの調子で、ユウは苛立ちを隠せなくなってきた。そのせいか、機体の反応がさらに鈍くなったような気がする。
序盤こそはユウが有利に戦い、続けざまにヨハンに有効打を二つ入れ楽勝かと思われた。しかしその後の展開は大きく変わった。クレアとヨハンは徹底的に守備を固めたのだ。こちらからは攻撃せず、ユウの猛攻をひたすら凌いで出来た僅かなスキに反撃する。
「クレア姐さん、いけそうですよ!」
「ヨハン! 油断しないで! ほらっ!」
クレアとヨハンは防御に神経を集中させながら会話する。ユウの連撃を盾で何とかいなしていくが、始めの頃より速さも重さも弱くなっている。
「だいぶユウの動きが鈍ってきたわ! もう少しよ!」
クレアは模擬戦の開始直前の事を思い出す。
「作戦はひたすら守りを固めろ、だ」
「え?」
「まずは有効打二つくれてやれ。そうだな、ヨハン、お前が受けろ。その後、恐らくユウの奴はがむしゃらに攻めてくるハズだから二人ともその攻撃をひたすら防御しろ。そしてスキが出来たら反撃だ。ただし、絶対に深追いはするな。防御が最優先、だ」
「あの、教官、それで本当に勝てるんでしょうか?」
「黙って俺の言う通りにしろい!」
「は、はい! 教官!」
「教官も何を言ってんだと思ったけど、この調子ならユウさんを……!」
「だから、ヨハン! 前に出すぎないで!」
動きがさらに鈍ってきたユウの剣撃を十分に引き付けてから躱すヨハン。そのまま攻撃に転じようとするが、クレアにたしなめられる。
「っと! 一旦体勢を直します!」
ヨハンは攻撃しようとした手を止め、後方へ飛ぼうと浅く屈む。飛ぶ瞬間、ヨハンの目の前を何かが掠めた。なんだ、今のは。着地してから理解出来たのだが、ユウは上段から振り下ろした剣を素早く返し、斬り上げてきたのだ。あと一瞬遅ければ既に二本取られているヨハン機は撃破判定されていただろう。
(くそっ、油断した! いや、もしかして誘われた……? )
ヨハンは軽い恐怖を覚えながら操縦桿を握り直す。
(焦るな、もう少し粘ればきっと勝てる! )
クレアが前にで出て、盾でユウ機を牽制する。その間にヨハンは呼吸を整える。
「今のを躱すのかよ……!」
ユウはますます焦りと苛立ちが募る。理由は分からないが、ユウのスピオールは徐々に動きが悪くなっている。それを逆手に取り、わざと単調な攻撃で油断を誘ったのだ。しかし結果は見ての通りだった。これで二人とも警戒を強め、今のようなチャンスは無くなるだろう。
「何か他の手は……」
未だに操縦桿を握る力は緩まない。剣を中段に構えさせ、目の前にいるクレア機との間合いを測りながらジリジリと詰める。
……ユウは剣を小さく振り上げ斬りかかる。かなり鈍い動きだが、油断は出来ないクレアはその斬撃に合わせて盾を構える。ユウが左、右、左……と左右に盾を何度もうち据えていると、クレアの機体が僅かによろめいたのを見のがさなかった。
剣を振った勢いをそのまま生かし、ユウはスピオールの体を独楽のようにクルリと回転させる。遠心力で加速させた剣をクレア機の盾に思いきりぶつけたのだ。あまりの衝撃に盾と腕部の接続部分が耐えきれず、バキリと外れた盾がヨハン機の頭上を超え、はるか向こうに飛んでいく。
「よし! このまま!」
一気呵成に畳みかけようとしたとき、ユウは妙な浮遊感に襲われた。何故か、地面が迫ってくるではないか。
小さな地響きと共にユウのスピオールが力なく崩れ落ちる。土煙がもうもうと上がる中、模擬戦は唐突に終了した。
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