第4話 都市国家

第四話 都市国家



 クレアに思いっきり蹴られた尻の痛みが引いた頃、ユウは整備士のおっちゃん達と共に夕食にありついていた。


 こういった野営地では簡易な保存食か味気ない食事か、はたまた異世界特有の何だか分からない食べ物を想像してしまう。おそらくこれが食堂代わりだろう、それらしい大きなテントに入る頃には、どんな食べ物が供されてもいいように心づもりをしていたが―――


「あの、これは……」


「何って、おめぇ、パンに肉と豆のスープじゃねえか」


「しっかり食えよ坊主!」


「野菜も食えよ! ほれ、サラダ取り分けちゃる!」


 なんというか、物凄く普通の食事だ。見た目は。特に豆の色か何かの調味料なのか、赤いスープは食欲を誘い、いい香りで口の中はヨダレでいっぱいだ。


(味の方は……)




「うまい!」


 言い方は悪いが普通に美味しい。ここに来るまでに色々と酷い想像していた分もあるが、それを差し引いても美味しい。


 肉の旨味と塩気がちょうど良く、豆も食べごたえがある。パンは硬かったが、それでも噛めば麦の味、というのだろうか、香ばしい風味が口に広がる。サラダもみずみずしく、生の野菜とはこんなに甘いのかと密かに感心するほどだった。


 腹も十分に膨れ、おっちゃん達のもっと食えという猛攻をなんとかしのぎ、野営地を散歩がてら軽く見て回る事にした。






 色々と見て回った感想は、何だか本当に戦争をしているのかというくらいのんびりしたものだった。もっとこう、アニメやマンガとかで描かれるような殺伐としたものはなく、みんな和気あいあいと作業をしている。


(そういえば戦争をしているっていっても、オーバルディア帝国は別の国とも戦ってるからこっち連合へ積極的に攻めて来ないんだっけか)




 恐らく帝国とやらも戦線をそこまで拡大出来ないのだろう。しかしそれはつまり、向こうの戦線が一段落ついたり何らかのパワーバランスが崩れれば、この辺も本格的な戦火に巻き込まれるという事ではないのか? いざ、そうなった時にこの人たちは必死にって抵抗するのだろうか。


 そんな事を考えていると先程の食堂テントにたどり着いてしまった。どうやら野営地をぐるりと一周してきたようだ。


 ……腹が膨れたら眠くなるのはどの世界でも同じらしい。加えて昨日の夜中に召喚されたのでどうにも寝足りない。それにちょっと一人で色々と考えたい気分なので、早々に寝床に向かうことにした。










 結局、用意されたのは最初に案内された治療用ベッドだったが、地面や理力甲冑の掌よりは何倍もマシだ。


 ユウはベッドに横たわり、今までの事、今後の事を思案する。元の世界の生活。これからの異世界での生活。受験勉強。帝国との戦争。家族の事。……クレアの事。


 そこまで考え、何を考えているんだと頭を振る。当面の目標は元の世界に戻る事である。その為の手段は現状、聞いた話を総合すると多くないようだ。


「そりゃ、元の世界に戻れるんなら戻った方がいいんだよな……仕方ないけど、とりあえず頑張ってみるか……」


 人間は目の前に障害があっても、何かしらの目標や対策を作ることで精神的に落ち着くものである。ユウも気持ちを切り替えることで不安を心の隅に追いやった。










 翌日、辺りが夜の黒から朝の青に変わる頃。


 硬いベッドでユウが気持ち良く寝ているとテントの入り口が勢い良く開いた。


「ユウ! いつまで寝てるの!」


 あまりの大きな声にユウは文字通り飛び起きてしまう。そしてそのままバランスを崩してベッドから落ちてしまった。


「イテテ……なんだ、クレアか。……おはよう……」


「ハイ、おはよう。ほら、早く顔洗って、朝ごはん食べて。今日は日が高くなる前に移動するんだから」


「ふぁ……? ……移動?」


「早く立ちなさい。……そう、これからアルトスへ向かうわ」


 アルトス。確か、ここの人達はアルトスの街の住人だと聞いた。つまり、拠点に戻るという事だろうか? ユウには詳しい情勢が分からない今、理由は良く分からない。


「……とりあえずご飯食べよう」








 昨晩と同じ食堂へ二人で向かう。昨日から続く撤収の準備は朝の早くから再開しているようで、あちらこちらで作業する人が見える。食堂のテントに着き、中へ入ると食事をしている者はまばらだった。流石にピークの時間をとうに過ぎているらしい。


 炊事の係から朝食を受け取り適当な席へ座る。クレアも朝食がまだだったのか、向かいに座り一緒に食べ始める。


「そういえばバルドーさんは? 昨日、あのテントの後から会ってないんだけど」


「バルドーさんなら昨日のうちに帰ったわよ」


 帰った。その一言にユウはあっけにとられ二の句が継げなかった。


「アンタの召喚も大事だけど、議会とか色んな仕事があるからね、これ以上は街を不在に出来ないわよ」


 そういえば議会の代表とか言っていた記憶がある。それに何となく身なりや話し方からそれなりの役職に就いている雰囲気がしたようなことも思い出す。


「バルドーさんに直接聞きたいことがあったんだけどなぁ」


「何よ? 昨日、私が説明してあげたじゃない」


 ユウは思わず苦笑いをしながら、あれで理解出来るのかと心の中でつぶやいた。


 瞬間、ユウの左スネに激痛が走る。あまりの痛みに声も出せず机に突っ伏してしまう。どうやら、クレアに蹴りを入れられてしまったようだ。


「~~~ッ!」


「下手な説明で悪かったわね!」


 痛みに悶えている間にクレアは食事を食べ終え、食器片付けている。ユウもそれを見て、急いで残りをなんとか食べきる。







 その後、ユウとクレアは一緒に撤収作業を手伝った。テントを畳み、道具を荷馬車に積んだり備品のチェックなどだ。作業をしている途中、日が少し登り始めた頃、ユウはふと今の時刻が気になった。


(そういえば、スマホ! )


 スマートフォン。略してスマホ。現代文明の利器。色々な出来事が起きてしまい、その存在をすっかり忘れていた。


 ユウは腕時計をつける習慣が無いので、時間の確認はもっぱらスマホに頼る。この異世界にネットやGPSが無くとも何かしら役に立つはずだ。ユウは上着のポケットを探り、スマホを取り出す。


「……?」


 電源ボタンを押しても反応しない。いつの間にか電源がオフになってしまったか? そう思い、ボタンを長押しして起動させると液晶がパッと明るくなった。


「なんだ、電源が切れてただけ……?」


 どうもおかしい。いつもの壁紙が表示されない。スマホの液晶画面には黒地に白い乾電池のマークが点滅している。これはつまり……。


「充電が切れてる!!」


 最後に充電してからずいぶん経っているユウのスマホは既に力尽きていた。軽くショックを受けているユウを見たクレアがテントの留め具を袋に入れながら催促する。


「何やってんのよ、早く手伝いなさい。……なにその板? アンタもってやつを持ってるの?」


「ああ、スマホを持っているのを今、思い出したんだけど電池が切れ……え? なに? あんたも?」


「他の人も召喚された時にそういう板切れ持ってスマホがどうのこうのって叫んでたわよ。アンタの世界じゃみんな持ってんの?」


「いやいや待って。ちょっと待って。僕だけじゃないの? 召喚されたのって?」


「あれ? 言ってなかったっけ? アンタは三人目よ。召喚されたのは全部で三人」


「聞いてない!!」


「ああ~、ごめんごめん。忘れてたみたい」


 こんな重要な話を忘れるとはどういうことだろう。さすがのクレアも悪いと思っているのか、すまなさそうに両手を合わせて「ゴメンネ!」のポーズをしている。


「えっとね、もともとアンタの世界から召喚するのは三人って決まってたの。なんで三人なのかっていうと、色々と制限や取引があるらしいんだけど……」


「クレアも詳しくは知らない、だろ?」


「ぐっ、そうよ、その通りよ! ……とにかく、他の二人はアンタより二週間前と三週間前に召喚されたの。で、その取引っていうか、約束ってやつでそれぞれ別の街に行ったの」


 ユウは驚いた。自分のほかにも召喚されたかわいそうな人が二人もいたのか、と。しかし、三人がバラバラに別れるようにするのは何故だろう? 


「この辺り一帯はね、大小様々な都市国家が多数あるの。普段はそれぞれで自治自衛するんだけど、今回は帝国っていう巨大な国が相手だから、こっちはみんなで同盟を組んだの。都市国家連合っていう具合ね。」


 クレアは人差し指を立てながら説明しだした。


「それでアンタ達、召喚された人間は理力甲冑の扱いが上手いって話を覚えている? 多分なんだけど、三人を一カ所に集めるよりは、それぞれ別の場所に配置して広く戦力をカバーするのが目的だと思うの」


 そう説明しながら、クレアはとある可能性も考えている。もし、召喚された人間が一カ所に集まることで私たちに反逆したら? あまつさえ、帝国に寝返ったら?


 いきなり同意もなく別の世界に召喚されたのだ、同じ境遇の者が集まれば良くない考えをしても不思議ではない。それに理力甲冑を強奪され逃げられでもしたら対抗するのはかなり難しいだろう。……嫌な考えだが、上の連中はそれくらいの想定をしてしかるべきである。




 クレアの考えとは裏腹に、ユウはなるほどなと頷いている。幸い、彼は裏切るような人間に見えない事に少し安堵する。


「話は変わるけど、ユウ。アンタ、最初としゃべり方変わったわよね。はじめは~です、なんてお坊ちゃんみたいに」


「なっ、初対面の人には丁寧にしゃべるだけだよ!」


 クレアに指摘されたことが恥ずかしかったのか、それともお坊ちゃんみたいと言われたことが恥ずかしかったのか。ユウの顔は少し赤くなっていた。


「フフッ、今のほうが気兼ねしなくて良いわ。……ほら、ユウ。さっさと片付けるわよ!」






 一面の麦畑に引かれた一本の荒れている道を馬車の一団がゆっくりと歩く。


 その後方に巨人が二人、並んで速度を同じにしてついてきている。まるで巨人が馬車を追い立てているようにも見える。馬車には多くの荷物を括り付けており、道が悪いこともあってゴトゴトとよく揺れた。


 その馬車のひとつ、後部に沢山積まれた荷物の上にユウが座っている。先ほどまでは座席で他の者とユウの世界はどんなだ、こちらの世界はこうだといった雑談で盛り上がっていた。しかし、太陽が真上を過ぎ、長い森を抜け、日がだいぶ傾いても目的地につかないので皆しゃべり疲れてしまった。なのでユウは荷物の上で周囲の景色をただただ眺めている。





 後ろを見ると、遠くに胸から腹にかけて大きく口を開いた巨人が目に入る。その開いた巨人の体内に夕日で赤く染まった綺麗な銀髪がよく見えた。手を振ってみるとクレアも操縦席から手を振って返して……くれない。無理もない、ユウはさっきから退屈しのぎに何度も手を振っているのだが、クレアが返してくれたのは最初の二、三度だけだ。後は今みたいに無視されている。


 ユウは辺りを再び見渡す。


 アルトスをはじめとした、ここ一帯の都市国家はどこも農業が盛んで、特にこの周辺は麦や穀物が多く栽培されているのだという。もう少し北に行けば酪農が、南に行けば野菜や果物が盛んになるとの事だ。


 こうした一次産業が盛んな都市国家が集まっている大平野は大陸の中でも気候が穏やかで作物づくりに適している。古くから大陸の食糧事情を賄うこの一帯は他の周辺国から侵略されるという脅威があった。


 しかし、そういった気配が大きくなる度に都市国家たちは団結して武力と貿易で立ち向かっていった。特に貿易面、穀物や野菜といった食糧の供給を制限されるのは大きな痛手になり、どの国も手を出せなくなっていった。つまり、暗黙のうちに不可侵条約が結ばれているのである。








 ……ユウが懲りずにクレアへ手を振る。


 クレアはやはり無視している。




 することも無いので次は空でも眺めようかとしたとき、クレアの乗るステッドランドがおもむろに右腕を持ち上げ、前方に指さす。何かあるのかとユウもその方向を向くと、麦畑の隙間から壁のようなものが見えた。


 立ち上がって目をこらすと、それは城壁だと分かった。その上には夕日を浴びて赤くきらめく塔がいくつも見える。なるほど、この距離からでもわかるほど大きい街だ。長かった行程も後もう少しの時間で城門までたどり着くだろう。




 アルトス。数ある都市国家群でも有数の規模を誇る街にユウは今、到着する。

 








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