第2話 操縦
第二話 操縦
それはどう見てもロボットだった。
座った姿勢のため、正確には分からないが、直立すればおよそ十メートルほどの大きさか。全身はまるで中世の鎧甲冑を思わせるデザインをしており、薄い
よく見ると戦闘のキズだろうか、ところどころ擦れたり斬られたような痕が分かる。しかし、きちんと手入れされているのだろう、ボロボロという訳ではなく「よく使い込まれた」武具のようだ。脇に立て掛けられた巨大な剣と相まって、まさに歴戦の騎士という雰囲気を醸し出す。
今は胸部~腹部にかけてぱっくりと開いているが、あそこが操縦席なのだろう。クレアが言っていた整備とはこれの事だったのかもしれない。
「この機体はオーバルディア帝国軍の制式採用機、ステッドランド。みんなはステッドって呼ぶわね」
「な……これ……巨大ロボットじゃないか!!」
「巨大……ロボット? なんでもいいけど、これは
「理力……甲冑……? いや、ロボットじゃないの……?」
「妙な事に拘るわね、アンタ」
ユウは口を金魚のようにパクパクさせる。まだ半信半疑だが異世界に召喚されたことに驚き、疲れはじめた矢先の事である。いきなり巨大ロボットで戦えと銀髪の美人に言われれば、どのような表情をすればいいのか分からなくなってきた。
「こんなロボット……いや理力甲冑っていうの、本当に僕が動かせるって思っているんですか? そりゃあ、バイクは運転出来るけど」
「アンタ、さっきからよく分かんない単語を使わないでよ。とにかく、別の世界の人間にはこの理力甲冑を簡単に動かせる資質が有るらしいのよね。だから召喚されたって訳」
「??? 別の世界の人間なのにこっちの世界の物を上手く扱える?」
「ええ、そうよ。これには理力が関わってくるんだけど……」
さっきからちょくちょく会話に登場する単語。
「私は上手く説明出来ないんだけど……ざっくり説明すると理力ってのはこの世界の根本的なエネルギーらしいのね。いろんな物に理力が満ちていて、それを私たちは利用して生きているの」
「……?」
ざっくりし過ぎだ。やたらと抽象的な説明なせいもあるが、ユウの持ってる知識にはそのようなエネルギーはない。一種の生命力……みたいなものだろうか。
「理力を利用しているといっても、実は人間には理力を具体的に操る事は出来ないんだけどね。理力を物理的に操作出来るようになったのは割と最近なのよ」
クレアの説明をまとめると、次のようになる。
・理力はこの
・この世界のありとあらゆるモノ、生物、無機物問わずに理力が満ちている
・生物はこの理力を利用して大小の差はあれど超常的な力が使える ※ただし人間には使えない
・百年ほど前に人間の理力を利用して物理的な力に変換可能となる機械が発明された
「やっぱりよく分からないです……」
「い、言っとくけど私の説明が悪いんじゃないわよ! 理力は昔から知られていたけど、本格的な研究は二、三十年くらい前に始まったばかりなの!」
理力の存在はよく分からないが、目の前の理力甲冑を見ると確かに理力はあるのだろうという気持ちになってくる。こんな大きな鎧を動かせるのはユウの知っている物理法則では無理なのだろうから。
「あ。そうだわ、実際に乗ってみれば良いのよ」
まさに名案!といった表情でクレアが言った。
「誰が、何に、乗るんですか」
「アンタが、この理力甲冑に、よ!」
その場から脱兎のごとく逃げ出したユウだが、クレアの足は速く、すぐに捕まってしまった。ユウはかなり本気で抵抗したがクレアは一瞬でその場に組伏せてしまった。
「なんで逃げるのよ!」
「いや、いきなり乗れって正気ですか!」
「失礼ね! 動かし方くらいは教えるわよ!」
「そういう事じゃない!」
ユウがブツブツと文句を垂れているのを無視して、クレアは理力甲冑ステッドランドの前に引きずっていく。「いいから乗れ!」というクレアの無言の圧力に負け、ユウは渋々と操縦席につながるハシゴを登っていく。
腹部の開いた装甲に足をかけ、中を覗き込んだ。少し固そうな座席の左右にレバーがあり、足元にはペダルのようなものが二つある。操縦席というからには複雑な計器類やボタンがギッシリと思っていただけに拍子抜けだ。
いつの間にかクレアもハシゴを登って来ていた。座れと促され、ユウは勢いよく乗り込む。
「シートベルトはちゃんと締めてね。それで起動なんだけど、左右のレバーを握った状態で理力を送りこむの。それ自体はコツさえ覚えれば簡単よ。頭のなかで動け!って強く考えるのよ」
クレアの
「おお、これってもしかして起動出来たんですか?」
「なんなのよアンタ……。簡単っていっても、普通はもう少し時間をかけて覚えるものなんだけど」
「コツっていうか、何となくイメージしただけなんですけど」
「それで起動出来るって、やっぱりアンタは素質があるのかしらね」
クレアは感心したような、どこか納得しないような表情で言う。
その後はクレアに操作法の基本を教えてもらう。操縦の基本は簡単だ。操縦者の思考が理力に乗り、左右のレバーを通して甲冑の四肢が駆動するという。なるほど、思考でほとんどの操作が賄えるため、操縦系統は簡素なものになっているらしい。それとこの世界に電子機器があるとは思わなかったが、無線の使い方や各種計器の見方を教えてもらう。
「さて、こんなところかしらね。さっ、動かしてみて」
「いつもいきなりですね……」
クレアは一旦下に降り、離れた所からユウの乗るステッドランドを見ている。すでにクレアの強引な性格に慣れはじめたユウはため息とも深呼吸ともつかない息を吐き、レバーを握る手に力を入れる。
ぐっと体に加速度を感じて正面のディスプレイから見える景色が高くなる。周囲から金属の軋む音が聞こえてきた。そして僅かな反動が機体が直立したことを知らせてくれる。
「立った……!」
ユウは教わった通りに座った状態から立つようにイメージしただけなのだか、どうやら上手くいったようだった。外から歩いて見せろとクレアが叫ぶ。
「まぁ、やってみるけどさ?」
再び感じる加速度と共に巨大な質量が地面を踏みしめる音が下から響く。歩行の衝撃と視点が上下に揺れる。普通に自分の足で歩くのとは勝手が違うが、それでもこの理力甲冑で歩けているようだった。
「結構なめらかに歩くわね……」
クレアが初めて理力甲冑を動かした時はかなりぎこちない動きだったと思い出した。やはり召喚されるだけあって操縦の適性は高いのかと、心のどこかで嫉妬心を感じてしまう。
頭を左右に軽く振り、気持ちを切り替えるとクレアは訓練を兼ねて周辺の哨戒に出ようと提案した。
「大丈夫なんですか? 勝手な事をしちゃって」
「いーのいーの。この辺に敵はほとんどいないから」
それなら哨戒の必要が無いのでは?という言葉をなんとか飲み込みながら、ユウは
「あ、ちゃんと武器は持っていってよね。剣の扱いにも慣れてもらわなくちゃ」
立て掛けてあった理力甲冑用の大きな剣を鞘ごと掴み、腰へ引っかけた。ステッドランドの装備は今の剣と左腕の小ぶりな盾だけである。飛び道具もあるらしいがクレア曰く、さすがに危ないからまた今度との事らしい。
森の中を一人歩く騎士。
しかし、掌に女性が腰掛けていることから尋常の大きさではないと分かる。その証拠に一歩一歩、進むごとに周囲の木々が小さく揺さぶられる。
「そういえば聞きたいことがあるんですけど、さっきこの機体は帝国の機体って言いましたよね? どうして敵対している軍の兵器を持っているんです?」
「簡単な話よ。鹵獲したの」
いくらなんでも簡単過ぎるとユウは呆れてしまった。
「この辺の国はね、ほとんど軍事力ってものを持ってなかったの。戦争が始まるまでは帝国の大きな軍事力の傘に入ってたから。軍人の仕事は魔物退治ばっかりね」
「魔物?! モンスター?!」
「? アンタの世界には魔物がいなかったの?」
ユウの知る世界ではそんなモンスターなど存在しない。そんなゲームみたいなモノが日常的に居てたまるかとユウは思ったが、今の口振りからすると
「大丈夫だって、この辺は比較的安全よ。小型の魔物がたまに飛び出してくるくらいよ」
この世界の安全基準が分からない。小型とはいえ、魔物と言うからには人を襲うし危険ではないのだろうかと思ってしまう。
魔物について詳しく聞こうとした時、遠くにある大きな茂みが小さく揺れた気がした。瞬間、嫌な予感がして巨大な騎士は立ち止まる。
「どうしたのよ? 急に」
「あそこの茂みが変に揺れた気がしたんですけど……」
様子を伺おうと目を凝らしたとき、それはガサガサと茂みを震わせながら姿を表した。
大きなイノシシだ。それにしてもユウの目には大きく映る。周囲の木々との大きさとイノシシの大きさが妙に釣り合わないのだ。そんな不思議な光景をじっと眺めていると距離感が狂いそうになる。
「ヤバいかも……、なんで
クレアが動揺しているのが分かる。ユウにはいまいち要領を得ない事だが、どうやら危険な存在らしい。
距離が離れているせいか、巨大イノシシはこちらに気がついていないようだ。時折、体をブルッと震わせて体毛に引っ掛かった木葉を揺すり落としている。確かにイノシシの突進力は侮れないと聞く。ここはクレアの指示に従う事にした。
「アレは魔猪よ。いい、ユウ、ゆっくりと後退しなさい。なるべく音を出さないように!」
クレアが小さな声で叫ぶ。余程危険なのか、その表情と声には余裕がない。ユウは言われた通り慎重に行動する。
一歩、二歩。出来るだけ音を立てないようにゆっくりと後ろに進む。しかし、運が悪いことにユウたちは魔猪の風上に位置していた。鼻をヒクヒクとさせ、風に乗ってきたニオイを嗅ぎ取ると魔猪はその方向へ巨体を向ける。
「マズい、気づかれた!」
「ユウ! ハッチ開けて!」
ユウのとっさの判断とクレアの指示が重なり、操縦席に彼女が飛び込んでくる。理力甲冑の手にクレアを乗せたままでは危険なのだ。しかし操縦席は一人乗りが前提なのでユウの膝の上にクレアが座る形となり、かなり狭くなってしまうがそんな悠長な事は言ってられない。
「逃げるぞ!」
「戦うわよ!」
「「はぁ? なんで!?」」
二人の叫びが綺麗に重なる。
「魔猪の突進力を舐めないでよ! こんな距離、簡単に追い付かれるわ! 後ろから襲われる位ならここで戦う!」
魔猪は前肢を地面にこすり、突進のタイミングを図っているようだ。ユウはその様子をじっと見ながら腰の剣をゆっくりと抜く。
「一つ聞きたいんだけど……アレ、どれくらい強いの?」
「……かなり、よ。私は一人で倒した事はない」
操縦桿を握る手が強張る。掌には汗がじっとりと浮いてきた。
こうして、ユウの初めての戦闘は危急の事態となってしまった。
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