第一章 召喚 〜異世界と白い機体〜

第1話 召喚

第一話

召喚




 今日のユウは、混乱と驚きの連続だった。



「ここは……何処なんだ……?」


 彼はぽつりと呟いた。


 周囲を見回す。

 森の中にぽっかりと拓けた、まるでキャンプ場のような場所だ。そこに見慣れぬ白い装束をした人の輪があり、その周囲を多くの人だかりがさらに囲っている。どうやら輪の中の様子を見守っているようだ。そしてユウはその大きな輪の中心に、彼のバイクと共に地面へ倒れていた。天を仰ぎ見ると、昼を過ぎた頃の日差しが少しまぶしい。


 ユウ・ナカムラ。十八歳。県立高校に通うごく普通の男子学生だ。今のこの状況を除けば、だが。


(夢……なのか……?)


 状況の著しい変化に彼の脳はまだ追い付けない。それもそうだ。先ほどまでユウはバイクで高速道路を走っていたからだ。


(これが死後の世界……いやいや、事故は起こしてない……はず……)


 ユウは自分の身に何が起こったのかを思い出そうとする。


(確か……夜中にバイクで環状線を流してて……そうだ! 突然辺りが眩しくなったんだ! その後、気がついたらここに……?)


 思い出したはいいが何故このような場所に、そして妙な人だかりに囲まれているかは依然として分からない。考え込んでいるとその様子を遠巻きに見ていた人だかりが少しざわめきだした。


(とりあえず、怪しいけどここにいる人たちに聞いてみるか)


 今までずっと被っていたヘルメットを脱ぎ、やおら立ち上がると周囲の白装束へすみません、と話しかけてから急に不安になった。金や茶色の明るい髪と瞳の色、堀が深めな顔立ち。フードで分からなかったが、彼らはどうみても日本人ではない。


(外国人? 日本語か通じないかも……)


 どうしようかと考えていると、白装束の中から初老と見られる男性がユウの前にやってきた。


「ようこそお出でくださいました。我々はアルトスの街の者で、私は議会代表のバルドーと申します」


 突然の流暢な日本語にユウは思わず面食らってしまった。


「恐らく貴方様は今の状況が飲み込めず混乱しておいででしょう。我々はある目的の為に貴方様をこの地に召喚しました」


「しょ……召喚?」


「ええ、そうです。……目的というのは我々を助けて頂きたいのです。そしてこの地に平和を取り戻してほしい」


 ユウは自分の耳を疑った。次に正気を。


(は? 召喚? 助ける? 平和? 何を言ってるんだ?)


 まるでゲームかアニメの世界に入り込んでしまったような気になる。混乱していた頭がさらに混乱する。自分でも気がつかないうちに変な顔になっていたらしい。


「あまりの事にお疲れでしょう。ささ、あちらで少しお休み下さい。おっと、そういえば貴方様のお名前を伺っておりませんでしたな」


「……ユウです」


 ニッコリとしたような顔を見せたバルドーはこちらですと歩きだした。慌ててついていくユウに周囲の人だかりが好奇の眼差しを向ける。


「……あれが……」


「……本当に……に乗れるの?……」


「……どうだろうな……」


 ユウに何かを期待しているのか、ヒソヒソと聞こえないように値踏みしているようだ。が、当の本人はそれどころではないらしく気が付いてない。





 広場の周囲は大小様々なテントや急ごしらえに見える馬屋が集まっており、かなりの広さだ。それらの間を抜けて案内された場所はそのうちの一つのテントだった。どうもここは野営地のようだが、ユウは実際に野営地なんて見たことがないので只のキャンプ場にいるように感じる。


 そんなことを考えているとテントの入り口が開き、バルドーが中に入っていく。他にどうしようもないのでユウも後に続く。


 中は簡素だがしっかりした作りのようだ。いくつかのベッドと見慣れない道具やバケツが置かれている。机の上には包帯やビンがきちんと並んでいるところを見ると、このテントは野戦病院だろうか。


「申し訳ありません、すぐに空いているベッドはここしかないので」


「いや、それは構わないんですが……。それよりもここは何処であなた達は一体なんなんです? どうして僕はあそこで倒れていたんですか? それから助けて欲しいって意味が分かんないですよ。もう、僕には何がなんだか……」


 少しは落ち着いたからか、それともまだ混乱しているからか、思っていた事を一気に吐き出した。それを見守るようにバルドーは聞いている。


「急なことで驚かれているのでしょう。先に休息をと思いましたが、この状況を説明する方が貴方も落ち着かれるでしょう。まずは何から話しましょうか……」


 その時、テントの入り口が開く音がした。


「バルドーさんいる? 皆が今後の予定を決めたいって言ってるんだけど」


 凛とした声。ユウが振り返るとそこには女性が立っていた。銀色の透き通るような髪。深い赤をした瞳。整った目鼻立ちは大人びて見える。身長はユウよりも少し高いか。野暮ったい軽装の革鎧のようなものを身に付けているが華奢な体つきは見てとれる。


「? ……あぁ、アンタが例の奴ね。あんまりジロジロ見ないでちょうだい。それよりバルドーさん、早く」


 ユウはそんなにジロジロ見ていないと不満な顔をしたがどうやら無視されている。バルドーはそうだなと言いつつ、少し何かを考える仕草をした。


「ちょうどいい。クレア、ユウ様にこの世界の事を教えて差し上げなさい。それから我々が置かれている状況についても」


「ハァ?! なんで私なのよ! 整備が終わったばかりで疲れてるの、他の人にお願いしてください!」


「私と他の者はこれから今後の打ち合わせで忙しい。それに撤収の準備もせねばならんし、お前はこれから暇になる」


「ぐっ……分かった分かったわよ、やればいいんでしょ……ハァ……」


 ユウは彼女の小さな声でめんどくさ……という呟きを聞こえなかった事にする。


「えーと、その、よろしくお願いします」


「……」


 ジトッと睨まれてしまう。何なんだコイツ、と心の中で思いつつもなるべく顔に出さないよう努力するユウ。


「失礼の無いようにな、クレア。それではユウ様、私は少し失礼します」


 はぁ、とユウはバルドーの後ろ姿を見送り、テントにはクレアとの二人だけになった。先ほどの事があるので不安しか感じない。







 気まずい沈黙がしばらく続く。クレアはユウをじっと見ているのか、それとも睨んでいるのか。ユウの方はというと、この状況をどうしたものかと辺りをキョロキョロと見回している。


 そのうち痺れを切らしたのか、クレアはうんざりとした表情のあと仕方ないといった様子でため息を一つ付く。そして手近な椅子を引き寄せ、そこへストッと腰を下ろした。


「私はクレア・ランバート。クレアって呼んで。アンタ、名前はユウ?でいいの?」


「あ、ああ。僕は中村優ナカムラ・ユウ、ユウでいいですよ。それでえっと、クレア、さん。色々と聞きたいことがあるんですけど……うーん、何から質問したらいいか……まず、ここは何処なんですか? 日本じゃないんですか?」


 言いながらユウもすぐそばのベッドに腰かける。


「ニホン……が何処かは知らないけど、ここはアルトスの西の森よ。あぁ、そうか、まずはこの大陸……よりこの世界の事から説明しなきゃいけないんだっけ。えっとね、この世界はアンタがいた世界とは違う世界なのよ」


 違う世界。バルドーが召喚がどうとか言っていたが、本当に異なる世界に来てしまったというのか。ユウはすぐには信じる事が出来ない。が、そんな事はお構いなしにクレアの説明は淡々と続く。


「アンタの世界は何て言うか知らないけど、この世界はルナシスって言うの。次にここはアムリア大陸のだいたい中心部、アルトスっていう街ね。で、ここからが本題に関わってくるんだけど、ここから西にオーバルディア帝国があってね、今はウチと戦争をしてるの」


「は?」


「ああ、大丈夫よ。帝国は更に西の国とも戦争してて、こっち側は牽制程度にしか攻めてこないから」


「いや、そういう問題じゃ……」


「それで、その帝国がここ数年で厄介なほど軍事力を増してね、アンタはあいつらに対抗するためにここへ召喚されたの」


「……」


 ユウは絶句する。一体どんな論理の飛躍をすれば一介の高校生が軍と対抗する話になるのだ。しかも、こんな簡単な説明だけで納得しろというのは冗談にもならない。


「そりゃあ、こっちだって悪いと思ってるわよ。少しは。それに戦争が終わったら帰れるっていう話よ」


「?! ……戻れる?!」


 思わずユウは体を乗りだしてしまう。あまりの勢いにクレアは少し驚いて後ろに下がってしまった。


(元の世界に帰れる? 本当に?)


「ちょっと、びっくりするじゃない! ……詳しくは知らないけど、召喚のことわりっていうのはこっちに喚ぶのと送り返すのとで一つらしいの。だから帰ることそれ自体は方法があるから心配しなくてもいいわ。多分」


 クレアはどこか引っ掛かる言い方をする気がする。


「多分ってなんですか……。方法があるなら早く僕を元の世界に帰して下さいよ」


「私には無理ね。というか、先に言ったでしょ。戦争が終わったらって。その辺の話はおいおいするわ。それよりも重要な話がまだあるわ」


 今のユウにとって元の世界に帰る方法以上に重要かつ優先すべき話題は無いのだが、クレアにとってはどうでもいいようだ。


「さっきアンタには帝国と対抗してもらうって言ったわよね。何も鎧を着こんで剣を持って戦ってこいって訳じゃないの。アンタにはアンタにしか出来ない事をしてもらうの」


「さっぱり分かんないですよ。僕はただの高校生なのに一体何が出来るって言うんです?」


「コーコーセーって何? まぁ、こればっかりは実物を見た方が早いかもね。こっち、ついてきて」


 クレアは勢いよく立ち上がり、ずんずんと外へ歩き出す。ユウも遅れて追いかける。どこに行くか見当もつかないので、急いでクレアに追い付くため駆け足になる。


 テントの外は多くの人が作業する声と音で騒々しくなっていた。そういえば撤収すると言っていたが、これからなのかもしれない。クレアは道すがら沢山の人に話しかけながら進んでいく。これも彼女の人柄なのか、男性も女性も皆にこやかに返答する。


(皆に好かれているんだな……)


 しかし、先ほどの自分に対する態度との落差を思い出して少しムッとしてしまう。






 そんな調子でクレアの後ろ姿を追っていると目的の場所に着いたようだ。……が、ユウはそこに鎮座しているを見てまたも絶句してしまう。


「驚いた? アンタにはこいつに乗って戦ってもらうの。この理力甲冑りりょくかっちゅうに、ね」


 ――それはどうみても騎士の格好をしたロボットだった――

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