第9話 魔力して膂力
「思った通り、魔力切れじゃな。早速、補うとしようぞ」
言うなり、ルミナスは俺の横で身をかがめた。
おいおい、いきなりここでおっぱじめるのか? ドノバンやら他の兵士らにガン見されるぞ?
そんな杞憂は不要だった。
ルミナスは定位置に固定となった本体を両手で掴むと、目を閉じて何かを念じるそぶり。
やがて、その手の平からのぬくもりが睾丸の魔石へと流れ込んでいく感覚が始まった。
しばらくすると、何とか手足が動かせるようになった。
「もう十分だ」
彼女の腕に手をかける。さっきから、こっちを見下ろしてドノバンがニヤニヤしてるし。
「まだまだじゃ。これしきでは、部屋にたどり着くまでに尽きてしまうぞよ」
部屋ってのは寝室か。それで魔力補給ってことは。
「……ひょっとして、午後の部もアリ?」
「当然じゃろ」
マジデスカ。
ルミナスは顔を上げて、鬼瓦に問いかけた。
「ドノバン。ゴウラはどんな調子じゃ?」
鬼軍曹は牙を剥いた。笑ったのか?
「何とか、俺の動きが見えるようにはなったな。身体はついて来れないようだが」
「そうか。では、昼休みにしてよいぞ。午後は少し遅めに始めるのでな」
やがて、ルミナスは本体から手を放した。
「では、行こうかの」
立ち上がり、手を伸ばしてくる。
俺は身体を起こし、彼女の手を取って場内へと歩いた。
そう言えば、こいつと手を繋いで歩くなんて初めてだ。やたら上機嫌で、今にも、ルンタルンタとか言いそうだし。
「るんたるんた!」
……言ってるし。てか謎翻訳、仕事雑過ぎないか?
「嬉しそうだな? ルミナス」
「そうじゃな。昔を思い出しての」
昔……百年前か?
「妾がベリエルと出会ったのは戦場じゃった。陣中、魔力切れで倒れた彼の手を取り、魔力を与えたあの時……」
「手なのか?」
思わず聞き返した。
さっきは別な部分を手に取ってたからな。
「決まっておろう! 当時、妾は未婚の生娘じゃったのじゃぞ?」
はいはい、誰にでもそんな時期はあったんだろうさ。
「べリエルと同じ顔を見ながら、ベリエルの魔石に、この手から魔力を流したのじゃ。懐かしさで満たされるくらいよかろう!」
「ベリエルの魔石?」
思わず、
「そうじゃ。ベリエルを
俺がベリエルから受け継いでるのは、顔だけじゃなかったのか。
ルミナスは昼食を既に済ませているというので、寝室でまず一本勝負。
「はぁ、はぁ、どうじゃ、満足かの?」
「いつもと逆だな」
とはいう物の、先ほどの中庭での魔力補給に比べれば、桁が違う量を吸収できた気がする。身体が軽い。
ベッドの上であおむけになり、肩で息をしているルミナス。上気した頬にほつれた紫の髪がへばりついている。その髪をかき上げながら、彼女は上体を起こした。
「さて、じゃあ一つ便利な魔導を導入しておこうかの」
両手をワキワキさせながらそう言われると、警戒心が湧くのは当然だろう。
「一体、何の魔導だ?」
「案ずるな。お主の魔力残量を自分で確認できるようにするだけじゃ」
ふむ。それなら、確かに助かるかな。
「わかった。頼む」
本体をしばらくこねくり回されるのに耐える。
「おい。そこで舐めたり咥えたりする必要があるのか?」
「あ、あるのじゃ、あるのじゃ。これは大事な微調整なのじゃ。はむはむ」
アダマンタイト製のソイツは減るもんじゃないが、俺のハートはガラスより繊細なんだからな……。
「……出来たぞよ」
相変わらずのドヤ顔だが、先ほどの取り組み以上に頬が上気してないか?
「視線を、右上に向けてみるのじゃ」
言われるままに、右上の方を睨んでみる。お、何か視界の右端から出て来た。赤い円盤だ。上部の左側が細い扇型に切り取られているので、円グラフのように見える。
「もう一度、視線を右上に向ければ、消えるぞよ」
なるほど。何度か出したり引っ込めたりを試してみる。
「それが、普通に過ごしている時に消費する、お主の一日分の魔力じゃ。一昨日と昨日で、なんとか見通しが付いたのでの」
魔力ゲージと言うわけか。
「なるほど。溜めこめるのは、大体一日分か」
それだと、ちょっと心もとない。
一昨日の晩は搾り取れるだけルミナスから魔力を奪ってる。多分、いつもの倍はあったはずだ。昨日の午後は領地の端まで走って往復しているが、それでも今と同じくらいの魔力があったはずだ。しかし、今日の午前にやった訓練で全て使い切ってしまった。
しかし、ルミナスは「ふん」と鼻を鳴らした。
「ベリエルの魔石が、そんなショボいわけなかろう」
言うなり、彼女は俺の本体をむんずと掴んだ。
お、魔力が流れ込んで来る。ゆっくりとだが、円グラフの欠けたところが埋まった。すると、円の全体がやや縮み、縮んだ分の長さの黄色い縦線が上に現れた。
「黄色い円は赤の十倍の量を表すのじゃ」
「……つまり、この黄色い輪が繋がれば、赤と合わせて十一日分溜まったことになるのか?」
「その通りじゃ。ちなみに、輪は七重まであるぞよ」
虹の七色か? そうなると……十万日分か。三百年分?
「すげぇな」
ベリエルの魔力量は、確かにショボいどころじゃない。流石は先代の魔王だ。
「しかしじゃな。魔導を駆使した激戦となれば、そのくらいはあっという間に使いつくしてしまうのじゃ」
「ベリエルは……それで戦死か」
「……そうじゃ」
なるほど。
「大戦」と言うほどの規模だ。個人がどれだけ強くても、多勢に無勢だったのだろう。慢心も安心もできない。戦争反対。
いや、その前にだ。
「今度の闘技大会の対戦相手は、そんな底なし魔力の手合か?」
ルミナスは目を細めた。
「ゴウラ、そこに気が付くとは見どころがあるのぅ」
そうなのかよ!
「お前の
午後の手合わせの冒頭で、オーガのドノバンは牙を剥きだしながらそう言った。やはり、これはオーガなりの「満面の笑み」なのだろう。
ということで、午後一杯の俺の戦略は決まった。「魔力を大事に」で逃げ続けるしかない。反撃の方は、その過程でゼロから学ぶしかない。
しかも、今回は使わないでくれているが、膂力を上乗せする「身体強化」という魔導があるらしい。
俺は、視界を塞がれるのも構わず、魔力ゲージは出しっぱなしにする。
「では、お願いします」
一礼すると、俺は全力・全速で跳び下がり、間合いを稼いだ。しかし、ドノバンは一瞬でその差を詰め、容赦ない攻撃を放ってくる。
「そんな防御は『こう』だ! そのかわし方は『こう』だ!」
壊滅的にボキャ貧だ。教師としてのドノバンは、圧倒的に肉体言語に頼るタイプらしい。
だが、午前中に眼力を鍛えられた俺は、それを『言語』として理解しつつあった。
後ろに下がるのは、前へ出るより速度が劣る。身体的な構造からして、当然の原理だ。結果、真後ろに下がったのでは、絶対に間合いは取れない。ではどうするか?
相手の攻撃の隙を突いて、前へ出る。相手の後ろを取れれば、好きなだけ距離は取れる。実に当たり前の、物理法則だ。
しかし、隙を付けなければ、いや、その隙自体が誘い込むためのフェイクならば、手痛い目に合う。
そのたびに、ゲージは大きく削られていく。しかし、その「量」が分るのは大きい。
だが、何度かぶつかる間にわかってきた。
防御と攻撃の間には、絶対的なトレードオフがある。単純な武術の技巧より上の概念として、厳然としてある。「リンゴが木から落ちる」くらいの、動かしようのない法則だ。
しかし、状況とタイミング次第では、希少な例外を掴むこともできなくはない。それこそが、「戦術」の妙だ。
複数の敵に包囲された場合。正面の敵の攻撃を全力でかわす。その結果、かわされた攻撃が背後の別な敵に直撃することは、あり得る。かわすだけでなく、弾いて攻撃の先を逸らせば、やはり別な敵に直撃させることも可能だ。
いつの間にか、ドノバンとその部下の四、五人が俺に相対していたようだ。しかし、「かわして直撃」の成功率はまだ低すぎて、数回に一回程度。
「それでもしかし、成功させる場合があるだけでも見どころあるな」
よくわからんが、評価してもらえるのならありがたい。
ありがたいのだが、やはり夕刻までには魔力切れとなり、ルミナスが迎えに来るまで指一本動かせなかった俺だった。
「やはり、短期的な魔力不足は問題じゃの」
部屋に戻る間、ルミナスはそう言った。
「闘技大会までに、何とかせんとな」
そう言ってルミナスがニマニマ笑ってる時点で、予想しておくべきだった。
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