第8話 鍛えて期待

 「闘技大会……だと?」

 「そうじゃ。ゴウラの正式なお披露目の場ぞよ」


 視察という名の散歩から戻り、夕食を終えて寝室に二人。さっさと寝かしつけて読書タイムと思ったのだが、いきなりの爆弾発言だ。

 いつも通りのドヤ顔仁王立ちで、ツンと顎を上に向かせて、ルミナスはそう告げた。

 しかし、身長差からどうしても、俺を見上げる形になる。

 得意げな小さな子供を見るような感じで、つい頭をワシャワシャ撫でてしまった。

「何をするのじゃ!」

 魔王はお気に召さなかったらしい。まあいいか。


「お披露目ってことは、俺も出場するのか?」

「もちろんじゃ。とは言え、お主はチートすぎるからの。トーナメントではなく、大会最後の公開演武じゃ」

 今、チートつったな? 謎翻訳のおかげか。

 リミッター解除してやるとか言ってたから、馬鹿力と身体の頑丈さでは誰にも負けないかもしれん。その分、力の加減もできないだろうから、非力な相手だと死なせてしまいかねないから、トーナメントから外されるのはありがたい。

 しかし……。

「なら、優勝者と戦わせるのか? 俺は戦闘の経験なんてゼロだぞ?」

 体力面でいくら優れていようと、戦術と体術はさっぱりだし、ましてや魔術なんて使われたら手も足も出ない。下手をすると、身動きを封じられてボロ負けしそうだ。

「その点は考えておる。妾に任せるのじゃ」

 再びドヤ顔。


 ……その翌朝。

「で、姫様。コイツに武術を仕込めと?」

 俺よりも一回り大柄な男が、野太い声で言った。

 鬼瓦そのものの顔をしたオーガーだ。人食い鬼と言うだけあって、ややしゃくれた下顎から太い牙が突き出ている。全身はまさしく筋肉の塊で、鉄製の肩当てや胸当てがはじけそうだ。

 手にしているのは、柄の長い斧の先端に槍の穂先を付けたような武器、ハルバード。ただ、こちらは訓練用らしく、一見して刃が付いていないことが分る。


 ルミナスの朝食後に連れてこられたのは、いつもの執務室ではなく、魔王城の中庭だった。面積は学校の校庭二つ分くらいで、主に兵士の訓練に使われているようだ。あちこちでしごかれている魔族の集団がいた。

「姫様言うな、ドバノン。こやつの名はゴウラじゃ。何をしても死なぬから、ビシビシやってたもれ」

 いつものボンデージスタイルなので、最後が「やっておしまい!」に脳内変換された。うっかり、「ヨイヨイサ」なんて返事しそうだ。

 ドノバンはと言うと、値踏みでもするかのように顎に手を当て、俺の身体をスキンヘッドの頭頂部からつま先まで検分しているようだ。

 俺は相変わらずの全裸だが、羞恥心なんて意味がないので腕組みして相手を見返すのみ。

 と、奴の目が一点に止まった。言うまでもなく、そそり立つ俺の本体に。

「成りが小せぇにしては、いいモン持ってるじゃねぇか」

「作りつけなんでな、意味はない」

 俺が答えると、ドノバンは目を丸くした。

「こりゃ驚いた。喋るゴーレムとはな」

 これから訓練を受けるのに、自意識が無いふりをしても意味がない。そして、ドノバンの反応も当然のものだ。


 隣で「ふっ」と笑みを浮かべるルミナス。

「ただの木偶の坊に、妾の護衛が務まるわけがなかろう?」

 それ、今日何度目のドヤ顔だ?

「では、妾は執務があるのでな。昼に様子を見に来るぞよ」

 そう言うと、赤い裏地の黒マントを翻し、ルミナスは王城へと歩み去った。

 ……あれ? リミッター解除は?


「では、早速始めようか」

 ドノバンはハルバードを放り出すと、両手を組んで指の関節をボキボキ鳴らした。

「お手柔らかに」

 そう言っては見たものの、社交辞令にしかならないだろう。相手がニヤリと笑ってることからも明らかだ。

 鬼のような形相で。いや、鬼そのものだった。種族的な意味で。


 文字通りの地獄の特訓が始まった。


 初撃は目にもとまらなかった。突然景色が後ろから前へ流れ出したのと、ドノバンの右足が上がっていたので、どうやら腹を蹴り飛ばされたらしい。突き固めた土の上に尻もちをつき、そのままゴロゴロと転がる。

 身体を起こすより早く、眼前にドノバンが立ちふさがる。巨体からは想像できない速度だ。

 視野がブレて、今度は右回りで地面を転がる。右フックを喰らったらしい。その回転が止まるより早く、右腕を取られて一本背負い。

 ウソだろ? 体感で体重九十キロはあるこの身体が、宙を舞っている。

 そのまま、腹ばいで着地。すぐには止まらず何メートルも土の上を滑走する。本体イチモツは地面に深く突き刺さり、そのまま溝を掘って大地を耕した。

 激しく眩暈がする。

 しかし、大地の女神さまとファッ○してる場合じゃない。即座に身体を起こし、ドノバンから距離を取るべく全力疾走。

 だが、たちまち追い付かれて引き倒され、組み伏せられた。


 やはり、苦痛も疲労も感じない身体はありがたい。ドノバンの攻撃を受け続けるうちに、目が慣れて来たのだ。あらかじめ仕込まれていた、「鷹の目」の呪法とやらのおかげかもしれない。当初の目にも止まらない攻撃が、徐々に見えるようになってきた。

 そして、次第にこの身体の利点と弱点も分って来る。

 アダマンタイト製の身体のおかげで、締め技や関節技が効かないことが分った。三半規管が無いからか、激しく転がされても目が回ることはない。

 しかし、眩暈と言うか、意識が飛ぶ時がある。本体に強い衝撃が加わった時だ。

 絶対に折れないとは言え、わずかにたわむことはあるらしい。その時、内部に仕込まれた魔導陣が歪むのだろう。それが一瞬の空白を産む。


 なら、可能な限り衝撃をかわさないと。

 自分では本体の形状は変えられないが、付け根部分ならどうか。腕を剣に変えられるのだから……。

 うまくいった。流石に下を向かせることは無理だが、腹に付くまで立てたり、水平近くまで寝かせることは出来た。これでなんとか、うつ伏せに倒れるたびに大地と子作りしなくて済む。


 しかし、昼までの時間は長かった。

「なんだゴウラ。もうおしまいか?」

 ドノバンが腕組みして俺を見降ろす。

 もう一つの、この身体の弱点。魔力が切れると、指一本動かせなくなるのだ。

 なるほど、ルミナスがリミッター解除しなかったわけだ。燃費が一気に落ちるだろうから、何も学ぶまもなく活動限界になってただろう。


 様子を見に来た彼女を視界の隅に捕らえながら。

 俺は瞬きすることもできず、仰向けに倒れたまま、ただ青空を見上げていた。

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