第7話 朝寝して散歩
お昼の間もサンドイッチ風の軽食をぱくつきながら、ルミナスは書類仕事を何とか片付けた。
「よし、視察にでるぞよ!」
えっほ、えっほ。
ガラガラと音を立てて進む馬車の横を、俺は二本の脚で走る。
時速二十キロほどだから全力疾走でもないが、いくら走っても息切れせず疲労もないのはありがたい。
魔王城の周囲は城下町で、良く晴れた青空のもと、中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。行き交う住民に角とか尻尾とかが目立たなければ、ヒト族の街と見間違えるだろう。
「意外だな。魔族の生活レベル、結構高いじゃないか」
車中のルミナスに声をかける。
「この百年の発展の成果じゃ」
ふん、と得意げに胸を逸らす。はいはい、魔王様万歳。
馬車の車輪の音はかなり大きいので、会話をしてもオークの御者には聞こえないだろう。
もっとも、馬の代わりに車を引いてるのは、身の丈三メートルもあるダチョウのような鳥だから、馬車と呼んでいいのかどうか。
ニュージーランドで絶滅した、恐鳥モアみたいな魔物だ。魔界ではデミュウと呼ばれてるらしい。
街に漂う様々な匂いや臭い。城の中では気にしなかったが、俺の鼻は結構それらをかぎ分けている。ゴーレムだというのに。
「鼻が利かなければ、敵襲を察知できぬからな」
どんな魔導か知らんが、ルミナスが作ったこの身体は良くできている。
やがて、馬車(デミュウ車?)は街を抜け、緑一色の穀倉地帯に入った。ルミナスが食べているパンも、ここで実った小麦から作ってるのか。
畑で働く農夫たちは、良く見るとゴブリンのようだった。肌が緑色なので、保護色だな。
魔界なのにのどかすぎる風景。護衛としては暇すぎる。
シュッ、シュッ。
あまりに暇なので、走りながら指先を変形させてみる。針のように尖らせたり戻したり。
金属の塊でしかないこの身体が動くのは、関節部分を魔力で変形させているからだ。その応用で、このような芸当もできるような術式が仕込まれているそうだ。
次に指を一体化させ、肘から先を一振りの刀身に変えてみる。
「てやっ!」
すれ違いざまに道端の樹木に切りつけてみた。瞬時に樹木は一刀両断……とはならず、浅く切り込みが付いただけだった。
「この身体、頑丈なだけで力は人間並みだな」
ちょっと拍子抜けだが、ルミナスはけらけらと笑った。
「当然じゃろ。普段からパワー全開では、妾の身体がもたん。安全のため、リミッターが掛けてあるのじゃ」
なるほど。ドアを開けようとしてぶち抜いたりしてたら、日常生活にならんからな。
「なに、そのうちお主の正式なお披露目がある。その時はリミッター解除で暴れて良いからな。楽しみにしとれ」
くっくっくと笑うルミナス。なんか、悪い顔だぞ。
デミュウ車の走る道は、鬱蒼とした森へ入った。ようやく、魔界らしい雰囲気になってきた。あちこちから、魔物の息づかいや獣の臭いが感じ取れる。
「そろそろ、魔王領の外縁じゃ。野良の魔獣も増えてきておる」
車を引いてるデミュウは、飼いならした魔獣ということか。
「領土の外は、野生の王国ってことか」
「そうじゃの。魔界本来の、弱肉強食の世界じゃ」
繰り返される人魔大戦のたびに、ヒト族は捉えた魔物を使役して魔力を手に入れ、魔族はヒト族の文明を取り入れた。それがこの世界の歴史だという。
食うか食われるかの魔界の中に築かれた、文明の島。それが魔王領。
謁見の時に見た「平等らしさ」は、そうして生み出された成果の一つってことか。
ちなみに、各貴族の領地もそれなりに文明化されているらしい。しかし、魔界の殆どは領地化されていない手つかずの大自然のままなので、その人間界に近い部分がヒト族に侵略され、植民地となってしまっているという。
森を抜けると、見晴らしの良い丘の上だった。
眼下には緑の少ない荒れ地が広がり、遥か彼方には遠目にも標高の高そうな藤色の山脈が連なっている。
デミュウ車から降りたルミナスが隣に立つ。御者のオークは、デミュウの世話をしているようだ。
「あの山脈が『大障壁』じゃ。魔界と人間界を隔てておる」
「随分遠いな。ここからどのくらいあるんだ?」
「ここからあそこまでなら、一万スタディオンはあるじゃろ」
謎翻訳能力も、度量衡は別なのか。いや、スタディオンって古代ギリシャか何かの単位だったような。古代オリンピックの種目で、確かスタディオン走なんてのがあった気がする。
「城からここまでが何スタディオンだ?」
「およそ、二百スタディオンじゃな」
だいたい、二時間ほど走ったと思う。疲れを知らない身体だから、曖昧だが。およそ四十キロが二百スタディオンだから、二百メートル前後か。
と言うことは。
顔を上げて、『大障壁』を眺める。一万スタディオンとは、二千キロの彼方ということ。なんてこった、大部分は地平線の下なのに、あの高さだと?
どう考えても山頂は、大気圏を突破してるな。
「あの『大障壁』が魔界に魔素を閉じ込め、人間界に広がるのを防いでいたのじゃが……」
ルミナスは、遥か右手の方を指さした。
「大昔のある時、天から星が墜ちて来て、『裂け目』が生じたのじゃ」
地平線の彼方で、山脈が抉れているのが見えた。
「それが、人魔大戦のきっかけか」
堕ちた星とは隕石だろう。魔族側からそれが見えたということは、こちら側から人間界に向かって落下したのか。
……と言うことは、人間界から見たら、突然魔族が『大障壁』を破って出てきたように映っただろう。
歴史の視点の違いだな。
腕組みをして『裂け目』を眺めていたら、肘にルミナスの手が置かれた。
「ゴウラ。ここまで来たのは、お主にあれを見せるためだけではない。こっちに来るのじゃ」
手を引かれて、丘の縁の崖まで来る。
「手を伸ばしてみい」
言われるままに手を前方にかざすと、弾力のある膜のような感覚があり、手の周囲が虹色に淡い光を放った。
「領地の境界を覆う結界じゃ。危険な野良魔獣を防いでおる」
なるほど、ファンタジー世界だな。
「月に一度、こうして出向いて魔力を補充するのじゃが、夕べ、お主にほとんど吸いだされて、今はすっからかんじゃ」
お仕置きが過ぎたか。
「そりゃすまんな」
結界が消えたら厄介なのだろうが。
「そこでじゃ。『臥竜いざ立たん』」
おおう。
むくむくと
「なんだ、ここでおっぱじめるのか?」
「そんな趣味は無いぞよ」
ないのか。
「代わりに、お主に魔力を放ってもらう」
指さす方を見ると、足元の地面に魔法陣の刻まれた平たい石が置かれていた。
『魔力放出』
呪命と共に、
断じて、立小便ではない。断じて。
ぽん、とルミナスが手を打ち鳴らした。
「次からはお主に魔力を与えて、一人で魔力補充をさせれば良いな。妾はその間、お忍びであそb……イタタタタ、痛いのじゃ」
本体には手を添える必要が無いので、両手でルミナスの頭を愛撫してやっただけだ。
しばらくすると放尿……ではない、放出は収まった。
帰りの間は、両腕を色々な武器に変形させてみよう。俺のイメージ次第で、結構自由に出来るらしい。
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