第5話 謁見して別件

 昼食は魔界の貴族との会食だった。

 魔族の貴人と言えば、イメージとしてはドラキュラ伯爵なんだが、よく考えたら伯爵って爵位の真ん中あたりなんだな。男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵だっけか。その上が大公で、小さい国だと大公が王様の場合もあるんだよな。カリオスト○公国とか。

 会食中の護衛なんて退屈そのものなんで、そんなとりとめもないことを考えてたんだが。


「しかし、そのゴーレムは見事なものですね、魔王様」


 まさに貴公子然とした金髪に緑の瞳の青年が、やたら立派な犬歯を光らせて微笑んだ。歳は二十代半ば。

 そう、だからドラキュラのイメージなんだが、確か爵位は侯爵を名乗っていたかな? 一つ上の位だ。

 しかし、どんなにイケメンでも男はお断りだ。触ってみろとか言ったら、ルミナスはその場でアイアンクローの刑。


「そうじゃろ。モデルは我が夫、今は亡きベリエル・ヴィ・アブロシェール先代魔王陛下じゃからの」

「確かに……絵画などに残されたお姿、そのまま」


 ん? 本人に会ったことが無いのか? コイツ、見た目はルミナスより十歳は上なのに、実年齢では年下なのか。魔族の年齢は、ホントに分らんな。


「しかも、立ち居ぶるまいは生身にしか見えません」

「ふふ。そうじゃろ。妾の魔力百年分で錬成したのじゃからの」


 どうやってナニに溜めたのかは、せめて秘匿して欲しい……。


 会話はその後、魔界内の政治的な話に流れ、それ以上この身体が話題になることは無かった。ほっと一安心。


 午後は諸侯との謁見があると言うので、再び寝室へ。どうも、寝室と衣裳部屋を兼ねているらしい。

「魔王城はこんなに広いのに、魔王個人のプライベートな生活空間としては、意外とささやかななんだな」

 メイドは寝室で待っていると言うので、長い廊下を歩く間は二人っきりだ。なので、思ったことを口にしてみた。

「そうじゃな。妾はモノを溜めこむ方ではないからの。亡き夫、ベリエルは武具のコレクターじゃったから、未だに城の部屋の半分を宝物庫にして埋め尽くしとるわ」

 そりゃすごい。


 で、ちょっと気になったので聞いてみた。


「さっきの伯爵さんあたり、再婚相手にいいんじゃないか?」

 再婚してくれれば、毎晩コイツの相手をしなくても済むはず。

 自分の顔に彫り込まれてる前の夫ベリエルと比べても、彼はなかなかのイケメンだ。会食の際の様子では、かなりルミナスに好意を持っていそうだし。

 身分の差だって、魔王ならどうにでもできるだろう。


 しかし、またも鼻で笑われた。

「歳の差はさておき、魔力の器が小さすぎじゃ。妾の半分も注げば溢れかえり、魔力が暴走するじゃろ」

 歳の差より魔力の差ってことか。


「歳の差って、さっきの彼の年齢は?」

「見ての通り……でもないの。もう四十か?」

 魔族の中では若いんだろうし、百年以上も生きていたら十数年は誤差の範囲か。

「なんか見た目と実年齢がお前と逆だな」

 ルミナスがこちらを振り返り、ふっと微笑んだ。

「そうじゃな。魔族は一人前になれば、好きな年齢の外見である程度は止めることができるからの」

「じゃあ、見かけが若いものだらけになりそうだが」

 コイツなんて、中学生のコスプレイヤーにしか見えんしな。ああ、俺の本体を凝視してたメイド二人も、実は中身はオバサンだったり……勘弁してくれ。

「そうでもないぞよ。外見年齢を上げて風格を選ぶものもおるからの。特に、指導的立場を狙うものじゃな」

 なるほど。偉そうな感じは出るか。

「だとすると、一人前になる儀式とかあるのか? 強い奴を倒すとか」

 再び、振り向いて微笑むルミナス。

「男の場合はそうじゃの。競技会で上位に残るなど、いくつかあるのじゃ」

「女の場合は?」

「大抵は、嫁ぐことじゃな。魔族の女性は、あまり戦闘には向かんからのぅ」

 へぇ。

 そう言えば確かに、女の魔物で強そうなのって、メドゥーサとかエキドナとか美女+蛇のタイプしか知らん。アラクネは美女+蜘蛛だけど、特技は機織で何だか家庭的な感じだし。

「て事は、お前も結婚で?」

「そうじゃ」

 即答だった。

 うーむ……魔族の女性で高齢の姿だと、つまりそう言うことか。厳しいな。


 寝室では朝のメイド二人が待ち構えており、早速、回れ右をさせられた。ナニをするときはナニも隠さないのに、着替えだけは隠すとは。別に見るつもりもないのだが。

 ……解せぬ。


 そして、午後の謁見。そのものずばり、謁見の間と呼ばれる大広間の玉座にルミナスが座り、そのすぐ左に俺は立たされた。

 玉座からは距離を置きながら、広間を埋め尽くし拝跪する魔族の群れ。

 尤も、跪くと言っても種族ごとにまちまちだが。下半身が蛇だとそもそも膝がないし。ケンタウロスなど四本脚は、前足を折るだけだ。

 彼らの目的は陳情。魔王に直訴するための、各部族の代表たちというわけだ。


 あれ? 強い種族も弱い種族も、謁見では平等に扱ってるぞ? 弱肉強食じゃなかったのか?


 核種族の代表は一組ずつ、名を呼ばれると玉座の下に呼ばれ、そこで短く陳情の口上を述べる。それをルミナスは右側の書記官に確認し、二言三言、返す。内容は「善きに計らえ」か「熟慮いたせ」で、前者がYES、後者がNOなんだろう。多分。

 これらの陳情内容の承認が、午前中の執務ってことだな。ただ、謁見は月に一度なので、それ以外の執務もてんこ盛りのようだ。

 しかし、種族によっては魔界の共通語が喋れないので、コミュニケーションが困難だったりもする。

 ウィル・オー・ウィスプとか、二つの火の玉がシュルシュル音を立てて飛び回るだけなんで、見ているともう、「悋気の火の玉」だった。まさか、本妻とお妾の喧嘩じゃなかったよな?

 ルミナスの采配は「熟慮いたせ」だったので、しょげかえる火の玉という珍しい物が見れたけど。

 とはいえ、やたら不景気な陳情が多いのが気になる。魔界でも不作とか疫病とかあるのかよ……。


 あとは……ヒトに近い魔族からは、俺の姿がかなり注目されてた。先代魔王がモデルだから、顔に注目されるのは当然として。

 男性は全身、特に胸筋とか腹筋の造形。女性は、やはりと言うか、本体の方。


 それでだ、ルミナス。若い女性が出てくるたびに『臥竜いざ立たん』とかこっそり唱えるの、やめてくれる?

 後でお仕置きだからな。

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