第4話 天地無用で読書

 朝食後、用事があるからと告げて、ルミナスは再び寝室に戻った。そしてドアを閉めて何やら呪文を唱えた。あれが施錠の魔法か。

「さて、これでしばらくは邪魔が入らぬぞよ」

「おい、なんで服を脱ぐ?」

 色ボケにも程がある。

「何を言うか。細かい作業には邪魔だから脱いだまでじゃ」

 あ、マントとボンデージ風の所だけね。下着はそのままか。

「と言うわけで、本題じゃが」

 すぽん、と赤い靴下を抜き取る。

「おう……もっと丁寧にやってくれ」

「何を言うか。これからじゃぞ?」

 そう言うと、俺の本体イチモツをさわさわと撫でさすり始めた。

「こらこらこら」

 思わずルミナスの頭を掴もうとしたが、身体が全く動かない。

「身体の制御からは切り離したのじゃ。静かにしとれ」

「むぅ。なら、感覚も遮断してくれ」

「そうはいかぬ。これが本体じゃからな」

 ……耐えるしかないのか、このこそばゆさ。

「この本体にはな、ゴウラ。お主の全身を制御する魔導陣が刻まれておるのじゃ。髪の毛一本の厚みを錬成しては書き込む、超精密な立体的魔導陣じゃ」

 なんか、無駄に手間暇かけてないか、それ。

「お主の魂が宿っているのもここじゃ。それを曲げて変形するとなると、陣の形が歪むからの。その修正もしなければならぬ」

 手間がかかるのは分ったが……むずがゆい。

 それでも、小一時間もすると俺の本体は下を向き、今までより目立たぬようになった。

 ふぅ。こそばゆいだけの責め苦も、注目浴びまくりの羞恥プレイもこれで終わりか。身体も動かせるようになったし。ヤレヤレ。

「そう言えば、こんなに手間がかかるんじゃ、あっちの方はお役御免だな」

 昨夜のアレだ。

 しかし、ルミナスは微笑んだ。

「そうはいかんぞよ」

 やめようよ、そのニンマリ顔。それさえなきゃ、美少女で通るのに。

「ゴウラ、お主の身体を動かすには大量の魔力が必要じゃ。それを補給するには、妾と結ばれるしかないのじゃ」

 あれは食事みたいなものか。これってもしかして、餌付けされてるのと一緒?

「それに、いつでも向きを変えられるように、呪命を仕込んでおいたのじゃ。魔導陣の自己修正も込みでな」

 え、それって……。

臥竜がりゅういざ立たん』

 おわぁぁぁあ!

 体の中心を貫くような感覚と共に、俺の本体が天を向いた。

 向きを変えるための改造で味あわされた「くすぐり地獄」が、一瞬に濃縮されたかのような刺激。例えるなら、ケツから手を突っ込まれて、奥歯ガタガタ言わされたような?

『邪竜よ眠れ』

 ギギギギギギ!

 再び、大地を指す本体。

 『臥竜』『邪竜』『臥竜』……

 あ、遊ぶんじゃねぇぇえ!

 本体を上下される感覚に耐えながらも、ルミナスを部屋の隅までジリジリ追い詰め、アイアンクローでギリギリと、とどめを刺す。

「痛いのじゃ~~!」

 全く。人の身体をオモチャにしやがってこのアマ。



 その後、ルミナスは午前中、執務室で仕事となった。魔王も書類仕事するのか。まぁ、魔界と言えど王国だからな。ひっきりなしに従僕が書類を持ち込み、目を通したルミナスがサインを印を押して、従僕が再び持ち去る。これの繰り返し。

 で、護衛はその間、部屋の隅で待機。

 ……つまり、暇だ。

 いくら、疲労も空腹も排泄の必要もない身体だとは言え、精神は人間だ。何もせずにただ時間を過ごすのが苦痛にならないわけがない。

 それに対してルミナスは、それらの欲求はある。おかげで、三時間ほどの執務時間だが、何度もお茶やオヤツなどの休憩を挟む。

 羨ましい。俺のいたあの会社は、限りなくブラックだったな。自分の席でオヤツなんて絶対許してくれなかったから。

 ……過去のことは良い。大事なのは今だ。

 お茶やオヤツの時間は、書類の持ち込みは止められる。話しかけるなら今だ。


「なぁ、ルミナス。退屈なんだが」

「妾もじゃ。よし、こっそり抜け出して二人で」

「うん。二人でどうするのかな? 下着は脱がなくていいぞ?」

 ギリギリギリ。

「痛い! 痛い!」

 俺は魔力切れしてないから、まだ補給は要らん。

「お前の仕事中、何か時間を潰せるものはないか? 読書とか」

「読書するゴーレム……」

 また、クククとか笑いやがる。

 確かに、自意識あるのがバレバレだな。

 執務室の俺が立つ側の対面には、書架があつらえてあり、結構蔵書が置かれてる。なのに、手に取ってめくれないとは。

「魔界の生き物、魔族の歴史、ヒト族の伝説……あれ?」

 この目、どれだけ良いんだよ。タイトルだけでなく、細かい著者名まで判読できる。

「当然じゃろ? 遠目が効かんと見張りにならぬからの。鷹の目の呪法を応用してあるのじゃよ」

 なるほど。

 書架に近寄り、適当な本を一冊取る。それをすぐそばの書見台にセットし、定位置に戻って目を凝らす。


 読める……読めるぞ!


 天空の城の制御文じゃないが、魔族の歴史とやらの第一章から読み始める。天地創造の神話は、割とパターンなんだな。

 ちなみに、会話と同じく、魔界語の文章もスラスラ理解できた。言語などの最低知識は、昨夜のベッドシーンでルミナスの魔力と一緒に流れ込んだのだろう。……そう言うことにしておこう。

 と言うわけで、見開き二ページ読み終わるたびに部屋の反対側へと歩き、ページをめくって元に戻る。ルミナスの執務中これを繰り返すのが、俺の日課となった。


「魔王様……あのゴーレム、何をやっておるのですか?」

 首をかしげる従僕に、ルミナスが答えた。

「あー、あれはのー、同じところに立たせてるとー敷物が痛むのとー、本の虫干しを兼ねておるのじゃー」

 思いっ切り棒読みだ。俺が教えた通りだが。

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