第3話 かくして靴下

「魔王様、遂に完成したのですね」

 と、水色髪メイド。

「うむ。昨夜、ようやくの」

 うなずく、魔王ルミナス。

 秘密じゃないのかよ!? 隠せよ自分の性癖ぐらい!

 得意げに腕組みして、ツンと顔を上げた魔王少女ルミナスは、ゴスロリというよりボンデージと言いたくなるほど、やたら露出度の高い衣裳をまとっている。その上から真っ赤な裏地のマント。

 ……どこのド○ンジョ様だよ。

 て事は、メイド二人はボヤッ○ーにトンズ○ーか? 性別違うけど。

 それなら俺はヤッタ○マン? ついにヤッタけどさ、夕べは。残念ながら、生身ではないけど。


 と、二人がスススッとこちらに近づいて来た。

「見事な造形ですわね」

「この色艶といい」

 顔が、近いんですけどメイドさんたち。俺の本体イチモツに。

「高純度のアダマンタイト製じゃ。何ものにも傷つけられぬ、永遠不滅のゴーレム。理想の護衛じゃよ」


 護衛ね。護衛の仕事ならね。でも、本体はこっち・・・なんだよな。説得力ねぇぞ……。


 しかし、アダマンタイトってアレか。アメコミのヒーローが手の甲から出してた爪だっけ。ダイヤモンドより硬く、鋼鉄より強靭だという。

 よくそんな素材でこんな体格の良いゴーレムが作れたもんだ。身長百八十はあるぞ。自重何百キロあるんだ?

 ……いや、「錬成」と言っていたか。魔力で無から作り出したのなら、素材は必要ない?

 なんて考えが逸れていたら……。


 夢中になりすぎたのか、ピンク髪の方が本体に手を伸ばしてきた。


「触るでないぞ!」


 ルミナスの声に二人は飛び上がり、サササッと引き下がった。黒っぽいメイド服だと、まるでGではじまる昆虫のようだ。

「「ま、誠に申し訳ありません!」」

 謝罪が綺麗にハモッたな。

 腕を組みながら指一本を立てて、ルミナスが偉そうに言う。

「妾以外の魔力が流れ込むと面倒じゃ。充分定着するまでは他の者には触らせぬ」


 ……おい。定着したら触らせ放題なんてまっぴらだぞ?


 やがてメイド二人は退出し、再び寝室は俺とルミナスが二人きりとなった。

 すると、マントをなびかせ歩き回りながら、魔王少女は話し始めた。顔の前に立てた人差し指をフリフリ。

「さて、朝食までまだ間がある。護衛としての務めを伝えておこうかの」

「ちょっと待ってくれ」

 なんとなく、他の者の前では黙っていた方がよさそうな気がしたのだが、もう遠慮はいらないだろう。

「このままじゃ、この本体の方が納まりつかないんだが」

 股間を指さす。あまりにも目立ち過ぎだ。

 ルミナスが「にまぁ~」と笑った。

「なんじゃ、もう妾を所望かの? 折角、服を着たばかりじゃが……」

「いや、脱がなくていいから」

「おぅふ。着衣のままのプレイかの? それはソレでそそるのぉ」

 拳骨で頭の角の付け根をグリグリ。

「痛い! 痛いのじゃ!」

 涙目のルミナス。まったく。生身のイチモツと違って果てることが無いから、どれだけ酷使しようが本体はそそり立ったままじゃないか。収まりつかんよ、ホント。


 俺は権利の主張をする。

「ここから連れ出すのなら、服くらいよこせ」

 俺の要求に、ルミナスはきょとんとした。

 ついで、口元を抑えて笑い出しやがった。

「ぷっくくく! ゴーレムが服を着るなんて」

 ちょっとカチンと来た。

 そりゃ、暑さ寒さも関係ないのは確かにそうだろうけど。

「そんなにおかしいか? 差別反対! ゴーレムにも人権を!」

「何を言うか」

 フン、と鼻で笑われた。

「ここは魔界ぞ。魔族が平等なわけがなかろ? ましてや人権をや!」

 確かに。ゴブリンとグレートデーモンが同じ扱いとか、あり得んな。

「……郷に入れば郷に従えってことか?」

 しかし、あっさり引き下がるわけにもいかない。

「サイズは変えられないと言ったな。なら、せめて下を向かせるとか」

「ふむ。それくらいは仕方ないかの」

「そうか。それじゃ早速――」

「無理じゃ」

 クルリとルミナスは背を向けた。

「妾は腹ペコじゃ。朝食の後でな」

 そのまま出て行こうとするので、マントを掴んだ。

「ぐぇっ、何をするのじゃ、首が――」

「せめて隠せるものをよこせ。でないと、あのメイドらが隙を見て触りに来るぞ」

「なるほど、それもそうじゃの」

 奥のクローゼットに歩み寄り、しばしゴソゴソ。

「これでもかぶせておくのじゃ」

 真っ赤な靴下。ぴっちりのサイズだ。


「隠してねぇ……全然隠してねぇよ……」


 頭を掻きむしろうとして、スキンヘッドなのを思い出した。

 おお、髪は我を見放したか!

 涙すら出ないのは、仕様です。

「ほれ行くぞよ。背中とお腹がくっつくのじゃ」

 扉を開けるルミナス。こちらを向いて命じた。

『来るのじゃ!』

 人権どころか、自由意志すら魔界ではないがしろだ。


 相変わらずゴテゴテと装飾が施された、やけに広い食堂。大きなテーブルに座るのは、ルミナス一人。

 護衛と言うからには、常に主人に付き従い、危険から守るのが仕事だ。

 まぁ、仕事だからそれはいい。この身体は疲れを知らないらしいし、食事の必要もないようだから、豪華な朝食を堪能するルミナスの後ろに直立不動でも苦にならない。

 しかし。

 股間からそそり立つ真っ赤な靴下を見て、男女の使用人が顔を背けて肩を震わせてるのは、どうしたらいい?


「あ……あの、魔王様、これは……」

 ついに耐えかねたのか、給仕の一人が俺の本体を指さした。

「うむ。気にするでない。メイド避けじゃ」

 いや! 質問の意図は靴下の中身に対してだと思うぞ!

 そんな俺の心の叫びも気にせず、ルミナスは運ばれて来た皿のベーコンか何かにフォークを突き立てるのだった。朝からよく食うな、コイツ。

 俺から奪われた三大欲求の一つを、目の前で満たしやがって畜生。

 しかし、喋ると「ゴーレムなのに自意識がある」とばれるし、そうなると露出狂疑惑になりかねないので、今はじっと耐えるしかない。


 そう、今はまだ、だ。

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