第5話
「よぉ、エルーナ。今日も埃っぽく古本と遊戯か?」
「あらブレッド。相変わらず友達がいなくて一人遊びしてるのね。今日はどこの犬を引っかけたの?」
二人を出迎えたのは、清麗な水色に煌びやかな銀細工を施したドレスを身に纏った、長く伸びた美しい金髪の少女であった。
「燈と言う。雌犬みたいな出で立ちだが芯のある男だ。私の相棒だ。」
「初めまして燈。私はエルーナ=フェルニクス。この地の領主であるフェルニクス家の次女よ。」
エルーナは簡単な自己紹介と、優し気な笑顔で手を差し出してきた。
領主の娘という事は、平民に手を握られるのは嫌なのではないのだろうか。ブレッドとも仲がよさそうには見えないし、ならこの手は……。
そこまで思考して、燈は膝を曲げて、左ひざは立ててその場にしゃがむと、見様見真似で覚えていた武士が主に仕えるような格好で、頭を下げた。
「漣、燈と言います。今日はご依頼の件でお伺いしました。よろしくお願いします。」
拙い挨拶だが、咄嗟に考えた文言にしてはまともだろうと、燈はエルーナとは目も合わせずにそれを伝えた。
するとエルーナは、自分の差し出した手を少しの間見つめ、頬を緩めて、クスクスと笑った。
「……何か、失礼がございましたでしょうか?」
何せ見様見真似なので作法とかはよくわからない。燈は機嫌を損ねたことを覚悟するが、エルーナの様子は違った。
「見てブレッド!私が手を差し出して握らなかったのは彼が初めてよ!随分と賢い犬をお連れになったのね!気に入ったわ!」
「そうだろう。お前みたいにな性悪女に拾われなくて、本当に良かった。」
エルーナはブレッドにそう告げると、燈の頭をくしゃくしゃと撫でた。どうもそれは愛玩動物に向けるそれっぽく、威圧的な意味はないことに、燈は安堵した。
「それで、いくらで譲ってくれるの?」
「お前の脳味噌を引きずり出して、闇市で叩き売ったぐらいでならいいだろう。」
「あはは!素直に売るつもりはないと言えばいいのに!本当に服以外は可愛くない女ね!」
「あたしはお前と違って、毛むくじゃらの豚に媚を売らなくていいからな。飾る必要がないんだ。放っておけ。」
また西部劇のようなコントをしていると、燈は半ば呆れながら二人の笑いが治まるのを待っていた。
少し日が傾いた頃にそれがようやく治まると、ブレッドが話を切り出した。
「それで、依頼の詳細は?」
ブレッドが尋ねると、エルーナの表情が変わった。神にでも縋りたいというような、追いつめられているような影がある。
「恐らく
「メイドは大丈夫なのか?」
「幸い大きな怪我はありませんでした。しかしそれ以来、メイドたちが怯えて仕事にならないのです。
「祓師は何と言っていた?」
「風の幽霊とは言っていました。ただどの程度の強さかと言えば……「青」の祓師が手も足も出なかった。としか言えません。」
「青か……結構手ごわいな。」
ブレッドの聞き込みでどんどん情報が増えていく。燈は傍で、ブレッドの表情が段々と難しくなっていくのを眺めていた。
「ブレッド、その青ってどれぐらいの強さなの?」
「あん?あぁ、祓師の事か。雑魚から順番に赤紫青黄黒白銀だな。銀は世界に数人、青までは帽子、黄色からは胸に勲章みたいなのをぶら下げてる。」
「なるほど、あんまり強くはないんだね。」
「まぁ、お前よかは弱い。それでもアタシと同じかそれ以上だ。今回はお前のオバケが頼りだな。」
「そ、そうなのか……。」
燈は自分が頼りだと言われ、尻込みしてしまう。戦うと言われても、どうすれば自分の中の幽霊の力を引き出せるかもわからないし、使い方もわからない。おまけに相手がどんな形をしているのかわからない、ただ風の幽霊で青の祓師よりは強いということだけしか情報が無い。そして、今こうしているうちにも敵は目の前にいる。
何もかもが不利な状況で、ブレッドに頼りにされることは不安で仕方ない。燈の蒼白な顔色には、エルーナにもわかるほど不安と書いてあった。
「あら、大丈夫?随分と怯えているようだけど。」
「なんだ燈?男のくせにビビってるのか?」
「当たり前だよ。俺は戦ったこともなければ力の使い方もわからない。せいぜい習ってた剣道ぐらいしか……。」
エルーナとブレッドに、情けなくも不安を口にしていたその時だった。ふとエルーナの後ろにある、ランタンの灯が視界に入った。
小さな火の先端が、ゆらり、ゆらりと揺らいでいる。
「火が……何度も……瞬いて……。」
「……燈?おいどうした燈?」
燈の異変にブレッドが気付いた、その時だった。
突如としてエルーナとブレッドを、まるで突風が吹いたような重圧が襲った。部屋を彩っていたインテリアがごとごとと揺れ始め、次第に部屋の温度が上がっていく。
「なに!?いったいどうしたの!?」
「なんだこりゃ……おい燈!しっかりしろ!」
動揺する二人。それが燈から発している何かだと気付いたブレッドは、虚ろな目をしている燈に掴みかかり、意識を呼び起こそうとする。
しかし燈の瞳は紅蓮に燃え、ただ没頭するように何かを呟いている。
「コ……ロス……コロス……コロスコロスコロスコロコロコロコロコロコロッ!!」
それはまるで、何かが乗り移った様に。
「燈!!……うわっあっちぃ!!」
それでも燈を取り戻そうとするブレッドを、身体から吹き上げた炎が拒絶する。
「まずい……エルーナ!屋敷の奥へ!」
「ちょっとブレッド!一体何がどうなってるの!?」
「何が理由か知らんが、燈の中の幽霊が目覚めた!風のやつもすぐに出てくる!とにかくこの場を離れるぞ!」
ブレッドはエルーナの手を乱暴につかみ上げ、ありったけの力で引っ張り上げ走り出す。
「あれを止めなさいよブレッド!家が燃えちゃう!」
「心配しなくても保険が出る!それにあんなヤバいのあたしが止められる訳ないだろ!」
「じゃあなんで連れてきたのよこのおバカ!!」
「お前のその顔が見たかったからだよブス!!」
二人が燈を置いて部屋から出ると、部屋の中から不気味な笑い声がこだまする。しかしそれはすぐに悲鳴に変わり、何もない天井から燃えカスのような物が落ちてくる。
そして、窓のない密室に吹き荒れる旋風が、その姿を形作っていく。
【ヒィィィィィ!!オマエ、オマエナンナンダァ!!】
「オマエ……コロス。コロッ……コロロロロロロォォォ!!」
旋風が怯えながら示す先には、黒髪の青年の姿から変わり果て、真っ赤な長い髪をたなびかせ、全身に燃え盛る炎を纏い上げた少女がそこにいた。
「オマエモ……アイツモ……ミンナモヤシテヤルゥゥゥゥゥゥ!!」
紅蓮の少女が放った炎の流線は、瞬く間に旋風の幽霊を火だるまにしていく。
【ギャアアアアアアアッッ!!アツゥイ!シヌゥゥゥシンデシマウウウウウウッ!!】
旋風の幽霊は炎に巻かれながら、逃げ場を探して部屋中を彷徨い始める。しかしすべて炎に巻かれ、逃げるための窓もどこにもない。だが、この部屋を抜ける道は、一つだけある。
無我夢中に逃げ込んだのは、ブレッドとエルーナが逃げていった奥の部屋に続く道。炎を足元に残しながら、旋風は二人を目指して駆け抜けていく。
「ニガ……サナイッ!!」
紅蓮の少女は炎を拭き上げながら、逃げおおせる旋風の背中を追う。
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