第4話

 燈はブレッドに引っ張られるようにして、人々の行き交う賑やかな街の中を歩いていた。露店の店主の声は張りがあって、無視をしても鮮明に内容が入ってくる。時には腹の虫をくすぐるような香りも立ち昇っていて、手持ちがないことが本当に悔やまれた。


「今は虚無ファウストに感謝の祈りをささげる祭りの最中なんだ。」


「それでこんなに盛り上がってるのか……。」


「虚無は、基本的にはあたしたち存在リアルに恩恵をもたらす存在として有難がられてる。だけど幽霊ゴーストは別。あいつらはイタズラばっかりで、タメになる奴らの話を聞いてみたいぐらいのもんだ。」


ブレッドの口ぶりは、幽霊そのものを目の敵にしているかのようで、燈にはそれが自分に向けて言われている気がして億劫になる。


「……別に、あんたがどうってわけじゃないさ。ただ虚無がそういうものだって事を、知っておいて欲しいのさ。」


ブレッドの言うように、街は祭りの賑わいで輝いて見える。燈の持つ、同じ虚無の仲間である幽霊の恐ろしいイメージなどないぐらいに。


「ブレッドお嬢様、ご機嫌麗しゅうございます。よろしければこちらを。」


「ん?あぁ、ありがと。」


小綺麗な格好をした、籠にパイのようなものを入れて配っていた街娘が、ふと通りがかったブレッドにパイを差し出した。ブレッドはそれを受け取ると、何となく頬張ってみせた。


「そういやブレッドの屋敷はかなり豪勢だったが、いいとこのお嬢様だってりするのか?」


「……まぁ、そうだったな。没落貴族の残骸だよ、あれは。」


「へぇ、ブレッドは貴族だったのか。」


「違ぇ。没落貴族だ。まぁそれは親の話、あんなゴミクズどもは地獄がお似合いさ。」


 自分の親の話だというのに、容赦のない言い草がいかにもブレッドらしいと、燈は腹の底から込み上げてくるものが抑えきれず、思わず吹き出してしまった。


 そんな辛抱弱い一面を、ブレッドに拳骨される。


「いいっ!!……てぇ……。」


「どアホ。その金で私もお前も生きてるんだ。早く二人で稼ぐぞ。」


「稼ぐって……どうやって?」


「露店の手伝いや荷物運び、器用さに自信があれば見せ物をやってもいいが……儲かるのは間違いなく、賞金稼ぎさ。」


「賞金稼ぎ……。」


 言葉の響きに、危ない橋を渡る気がしないでもない燈は、無意識に半歩ほどブレッドと距離を取ってしまう。


「ゴロツキをぶっ飛ばすだけでもまぁまぁな額だが、あんたと私なら間違いなく【幽霊狩りハンティング】だな。まぁ幽霊を倒して払うだけの簡単なお仕事さ。そんなビビんなくていいぞ。」


「いや、俺はそれで死にかけてるから……。」


 ブレッドは豪快に笑いながら燈の肩をバシバシと叩くが、それで一度死にかけている燈には笑えない冗談だ。燈が苦笑いして顔を逸らしているのにも、ブレッドは気づかない。


「そう情けない事を言うな。お前は幽霊ゴーストの力を持ってる。下手なナマクラよりよっぽど強力な幽霊ゴーストの力なら、そこら辺に落ちてる仕事なんててちょろいもんさ。」


ブレッドはそう言うが、燈にとってはそんな簡単な問題ではなかった。いつもより体も熱く感じるし、その割に喉が乾かない。むしろ日陰に入ると寒すぎて身動きが取れなくなってしまうぐらいだ。


何よりブレッドが、肌を擦った時に噴き出た炎が、自分がもう人間でない気がして不安でたまらない。これでブレッドがいなかったらと思うと……。そう思い浮かんだ燈の背筋が凍る。


「さて、着いたぞ。」


 前を歩いていたブレッドが、趣のある木造の小屋で立ち止まった。


「……ここは?」


「【廃屋すたれや】さ。ここに幽霊ゴースト関係の仕事が集まるのさ。」


 いつの間にか入っていた裏路地の奥に、それは影に隠れて潜んでいた。屋根も壁もろくに補修されていない穴だらけな小屋はいかにも何か居そうで、湿っぽい空気が漂っている所が余計に不気味だ。


 扉を開けて中に入っても誰もいない。埃っぽくて薄暗い部屋の中に、穴の開いた屋根から僅かに光が差し込んでいるだけだ。


「誰も住んでるわけないだろうこんなボロ小屋。ほら見な、依頼はあそこだ。」


 ブレッドが示したのは、その光が差し込んでいる壁に貼ってあるメモ書きのようなもの。


 質の悪い羊皮紙に見慣れない文字が書いてある。


「ふむ……「屋敷に忍び込んだ幽霊の討伐」か。うん、これがいい。」


 ブレッドはメモの一枚を剥ぎ取ると、燈の腕を引っ張りながらあっという間に廃屋を後にした。


「長居は無用だ。廃屋は幽霊に目をつけられることがあってな。のんびりすると酷い目に遭う。」


「なんでそんな危険な所に依頼なんか……。」


 燈が尋ねると、ブレッドは含みのある笑顔を見せてメモをひらひらと泳がせた。


「嫌いな奴に恩を売りに行くんだよ。」

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