第3話

 瞼が開くと、金色のシャンデリアが真っ白な天井に吊るされている、天爛豪華な世界が広がっていた。


「ん、起きやがったか。」


 青年が声に振り向くと、随分と凝った装飾を施した黒のミニマントを羽織っているにも関わらず、中に黒い無地のスポブラだけしかつけてない痴女っぽい恰好をしたクール系の少女が、分厚い木の扉にもたれかかっていた。


 男勝りな印象にも拘らず、くせっ毛を括ったポニテやシンプルだけど一段だけフリルを重ねた赤いひざ丈のスカートは、性格の裏に隠れた女子らしさを主張している。


 とはいえ、やはり何にも覆われてない引き締まったお腹周りが心もとない。


「お前、寒くないのか?」


 青年がそう声をかけると、少女は深い溜め息を重そうに吐き出した。


「燃えカスから拾ってきてやった大恩人に、まず最初にかける言葉がそれか?頭湧いてんのか?」


 づかづかと革のブーツを鳴らしながら青年に歩み寄る少女はどことなく不機嫌で、青年の顔を覗き込むと更に度が増したように眉間が険しくなる。


「いや、年頃の女の子がその恰好はどうかと。」


「真面目か。はぁ……まぁいい。私はブレッド、ブレッド=スターチア。あんたは?」


「サザナミ……漣、アカリ。」


「アカリ?ふーん……雌犬みたい。」


「君はアメリカ軍の教官か何かか……。」


 突然の洋画的シチュエーションに戸惑う燈は、君だってきつね色に焼きあがっておいしそうな名前じゃないかとは言わずに、その香りを想像して飲み込んだ。


「それで、あれはなんだったんだ?」


「あー、そう。他の事には興味が無いのね?これだから童貞は……。」


「雌犬の次は童貞か……少し口が悪いんじゃないか?」


 しとやかな花のような外見に似合わないほどの罵詈雑言に、燈も限界だった。だがブレッドは、その一切を聞かなかったことにして話を続けた。


「……【幽霊ゴースト】よ。あんたは炎の幽霊ゴーストに襲われたの。乗り移った粗チン野郎を贄にしてね。」


幽霊ゴースト……それは一体何なんだ?」


「長話はだるいからかい摘まんで説明するけど、要は意志を持った【虚無ファウスト】よ。目に見えない、けれど力だけはある。中途半端の出来損ないよ。」


「【虚無ファウスト】……って何だ?」


虚無ファウストは実在しない、この世にはありえない奴らのことよ。逆にどこにでもいる奴らを【存在リアル】と呼ぶわ。区別の方法は「見えるか、見えないか」よ。もう面倒だからこれ以上は何も言わないわ。自分で把握しなさい。」


「……その【虚無】は、普通は意志を持たないって事か?」


「話が早いじゃない。あんたの考えてる感じで大体合ってるわ。……まぁ、あんたの場合は一部例外があるけれど。」


「……例外?」


 燈が首を傾げると、ブレッドはまたイライラした様子で乱暴に燈の腕を握り、人差し指でその肌を強くこすった。


 すると、燈の肌からオレンジ色の炎がぽつぽつと噴き上がる。


「チッ、見てるだけでムカつく奴だな。」


「……これは?」


 燈が心中を表に出すこともできないぐらいの驚きで呆然としていると、ブレッドは嫌そうに舌打ちをした。


「……幽霊ゴーストは、何か強い意志が作用して共鳴すると、存在リアル憑依エンチャントして力を発揮するって聞いたことがある。つまり、今あんたの体にはあんたを焼き殺そうとした幽霊ゴーストが宿ってるって事さ。」


「それって、あの男がトチ狂ってたのにも関係があるのか?」


「大アリさ。そいつは幽霊ゴーストに精神を乗っ取られて、肉体から切り離されちまったのさ。依り代を失った存在リアルは……残念ながらそのまま地獄行きさ。まぁ、弱いのが悪い。」


 燈は思った。幽霊がもたらす結末は、悲しいほど人を不幸にするのだと。そしてブレッドの口ぶりから、きっとこの世界は弱い存在を救ってくれるものなどないのだと。


 だってそうじゃないか。ブレッドの口ぶりから察するに、乗り移られていた人はもう……。


「……はぁ。しみったれた事なんざ考えてんな!!幽霊ゴーストを屈服させるだけの精神力があるなら、この世界のどこでだって生きていけるさ。」


「そうはいかないな。俺はここがどこかもわからないし、この先どうしていいかもわからない。この力だって、なんのために使っていいかわからないんだ……。」


 目覚めたはいいが、結局何が何だかわからず仕舞いなのは相変わらずだ。何でこの世界に来たのか、元の世界に帰れるのか、この先の事を考えれば尚更、わからないことだらけだ。


 もしかしたら、あそこで死んでいた方がよかったのかもしれない。燈の心は、そんな感情に覆われていた。


「……だぁーっ!うぜぇ!うるせぇ!辛気臭ぇ!!」


 そんな燈の様子に、ブレッドは堪らず声を上げ、イライラを全身で表現するようにうろうろしながら髪を掻きまわす。


 そしてひとしきりそれをやり終えると、燈の方へ向けてずかずかと歩きだし、その鼻緒を摘まみ上げた。


「んがあっ!!ひでででで!!」


 痛みに燈が悶えるも、その半分涙が浮かび上がった目を、ブレッドは機嫌悪く睨みつけた。


「いちいちうるさいんだよお前は!んな事心配しなくても、あたしがあんたを傍仕えとして雇ってやるよ!」


「んぐ……へっ?」


 燈が間抜けな声でとぼけた返事をすると、ブレッドは腕を組んでふんぞり返り、燈が黙った様子を満足そうに見下ろした。


「街へ行くよ!チンタラしてると引きずっていくから!!」

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